本作品には一般的な幻想郷観には存在しないものが、話の中核の「要素」として含まれています。  原作に登場するものから大きく外れたものが登場することに、嫌悪感を感じるような方は本作品は読まない方が無難です。  そのため一部のキャラの設定に原作には登場しない設定が含まれることもご了承ください。  また途中でその「要素」の描写が所々に挿入されますが、突っ込んだ描写はありません。ですが欠片でもそういった「要素」が駄目と感じられた方はその時点で戻るなり、タブやウィンドウを閉じるなりすることをお願いします。  また作者は本作品をもって、特定の趣味思考を持った人を貶めるつもりはありません。そうならないように気をつけていますが、もし問題になる点、気になる点がありましたら、コメント等でご指摘ください。  まあ、ぶっちゃけ作者の趣味も偏ってるので、人のことを貶める資格など全くありません。  ネチョいシーンは何かと特殊な方向に走っています。ですが、陵辱、ふたなりはありません。  それでもごく普通の百合百合しい絡みでないと駄目と言う方もUターン推奨です。  以上注意書きが長く、多く、面倒臭いことになっておりますが、以上OKな方に悦んでいただけると幸いです。  早苗の手にはお盆、その上には湯気を立てているお茶と、里で買ってきたお饅頭が四つ載っている。  守矢神社に今いるのは早苗ともう一人、早苗の部屋にいる稗田 阿求の二人だけである。  二人は特別親しいわけではなかった。昨日までは挨拶を交わした回数ですら片手で数えられるほどの付き合いであった。  そもそもの起こりは、阿求からの守矢神社への取材申し込みであった。  とは言え、たいした話ではない。  守矢神社の二柱と一人に阿求が取材を申し込んだのがちょうど十日前のこと。  二柱が快諾したことで早苗にも断る理由も無く、お茶請けなどを買ってきて準備をしてきた。  そして当日、早苗が阿求を里から案内し、玄関にたどり着いたのと同時であった。  諏訪子が慌し気に、例の奇怪な帽子をかぶり玄関から飛び出してきたのであった。  諏訪子が、まくし立てるように早苗と阿求に説明するには、妖怪の山で何かあったらしく某天狗が二人を呼ぶとすぐに飛び去った、だから自分と神奈子は妖怪の山の集会に出ることになってしまった、詳しい話は神奈子に聞いて、と。  そして一方的に説明すると諏訪子もその天狗の様に飛び去ってしまった。  早苗と阿求はそれを呆然と見送るしかなかった。 「おや、稗田の、いらっしゃい」 「ええ、こうして挨拶をさせていただくのは初めてになりますね。阿礼乙女 稗田 阿求でございます。今後ともよろしくお願いします」 「ああ、よろしく。私のことは説明しなくてもわかるだろ」 「ええ、ご高名はかねがね」  神奈子のざっくばらんな態度に早苗は少しだけ眉をしかめるが、残りの二人は余り気にしていないようだ。  阿求にとっては出会い頭に弾幕を挑んでこないだけで、穏当な取材対象であるのだ。 「諏訪子から聞いたと思うんだけれど、何かごたごたがあったみたいでね。  せっかく足を運んでもらったのに悪いね。今度天狗の酒でも届けさせてもらうよ、そこの早苗にね」 「あの、八坂様、何かあったのでしたら、私も……」 「いや、せっかく稗田さんに来ていただいたのに帰ってください、とは言えないだろう」 「でしたら私も、一緒に!」  阿求が目を輝かせてそう言うが、神奈子は断りを入れる。 「すまないがいろいろと込み入った事情があってね。部外者は遠慮させてもらうよ」 「残念です。何か喋っていただけるようになったらまた尋ねさせていただきます」 「そうしてもらえるとこちらとしてもたすかる。だからというのもなんだけれど、今日の取材は風祝の独占インタビューで我慢してくれないか。  早苗、そういうわけで留守番を頼むよ。ついでにどうだ、客間ではなく早苗の部屋にでも。  な、早苗の部屋も独占公開ってことで手をうってくれまいか」 「や、八坂さまっ!」 「ええ、その申し出承りました」  阿求はにっこりと、神奈子はにんまりと笑いあう。  そして当の早苗は、部屋に変なものを出しっぱなしにしていないか心を悩ませたのであった。  早苗の心配は杞憂で、早苗の部屋は誰を通しても問題ない状態で早苗は胸を撫で下ろした。  阿求には部屋で待ってもらって、早苗はお茶菓子の準備を台所で済ませて、自分の部屋に向かっていった。  早苗は神奈子の急な提案に狼狽したものの、いざ実現するとなると楽しみになってきていた。  幻想郷に来てから神奈子、諏訪子以外が早苗の部屋を訪ねるのは初めてであったのだ。  別に早苗に友達がいないということではない。  単純に妖怪の山という立地条件のため、守矢神社まで足を伸ばせる存在は限られる。  そのうえわざわざ妖怪の山まで来たんだから、ということで訪ねてきた人を迎えて、神奈子、諏訪子を交えて宴会が始まるのが常であった。  おかげで霊夢や魔理沙といった面々が来ても早苗の部屋には至ったことがなかった。  逆に早苗が博麗神社で何故か料理をすることになったり、霧雨魔法店で掃除をするようなことは何度もあったが。  そして今日の阿求が早苗の部屋〜〜外の世界に在った頃と変わらない、小学生のときに作った少し歪んだ「SANAE’S ROOM」のプレートが掛けられている部屋〜〜に訪ねる友人第一号であった。  そしてこれが奇蹟の出会いとなったのであった。  その衝撃の出会いは早苗が自分の部屋の襖を開けたときに、文字通り早苗にとって衝撃となって襲ってきた。 「幽々雄様、もう離しませんよ。  なんですか、幽々雄様。もうここをこんなにして、やっぱり誘ってるんじゃないんですか」 「妖夢、止めろよ。俺たち男だろ……、どうしてこんな……」 「だから言ったじゃないですか、幽々雄様。貴方が誘っているのが悪いんですよ。  それにその男に触られて、こここんなになってるじゃないですか」 「ギニャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」  早苗の悲鳴が守矢神社に響き渡った。 「もう少し静かにしてもらえませんか、今良い所ですので」  それでも阿求のマウスをクリックする指は止まらない。 「な、な、な、な、な……」  早苗が指指した先には、マウスをクリックする阿求の姿。  そのマウスの繋がっているノートパソコンには、二人の男性が絡み合う姿が映っている。  かたや空色の和服を着崩された男性、かたや緑色のチョッキとズボンを着た少年。 (注:登場人物は全員18歳以上であり、幻想郷では外見にとらわれてはいけません)  その頭一つ小さい少年、妖夢に、幽々雄が組み伏せられている映像が液晶に映し出されている。  妖夢は丁寧な言葉遣いながら幽々雄を追い詰めていく。  そんな画面が液晶に映し出されていた。 「あ、阿求さんっ、何をしてるんですかっ」  最後の方は裏返ってしまう。 「何って、早苗さんのセーブデータの続きを少々」  阿求はノートパソコンから視線を外さずに、早苗に返事をする。  早苗は呆然と立ち竦んで、阿求が続けるそのゲームの画面に見入る。 「はぁはぁ、幽々雄様……。貴方はもう私のものです。」 「妖夢……。俺は……」  十分後、ノートパソコン内でクライマックスを越えたところで早苗はようやく我に帰った。 「阿求さん、どうゆうことですか?」 「いや、まずは涎を拭きましょう」 「よ、涎なんて出してませんっ」 「念のため確認してから言われても……。いやあ、早苗さん良い趣味してますね」 「ば、馬鹿にしてるんですかっ? こんなゲームをやる人間だと知って」 「いいえ、違います」  阿求はゆっくり首を振りながら言葉を続ける。 「早苗さん、貴方のセーブデータを一通り確認させていただきました。  妖夢×幽々雄ルート、咲也×レミルート、小悪魔×パチュルート、  それ以外は分岐管理用のセーブデータばかりでした。  貴方の心意気私に届きましたよ」 「阿求さん、貴方……」 「咲也と美礼お追加シナリオがあるとしたら?」 「美礼×咲也でしょう」 「紫雲と藍雲では?」 「藍雲×紫雲」 「ミスティアンとチルノーでは?」 「どちらでも」 「早苗さん……」 「阿求さん……」  阿求はそっと手を差し出す。  早苗も手を伸ばす。  そして二人は堅い握手を交わした。  二人は同志を、魂で結ばれた同志を見つけたのだ。  阿求が尋ねてきた理由はそもそも取材であったのだが、二人の会話には取材のしの字も上ってこなかった。  二人の間には先ほどまでプレイしていたゲームの話題が飛び交っている。  幽々雄×妖夢派には聞かせられないような言葉も飛び出しているため詳細はここでは割愛する。もし間の会話を聞きたいのであれば、考えるのではなく感じ取って欲しい。  それはともかく早苗は聞きたかった質問をぶつけた。 「ねえ、どうして阿求さんは、この作品の事を? 幻想郷には動いているパソコンがあるという話しは聞いたことが……。  魔法の森の香霖堂にあるのも動いてはいませんでしたし」 「ええ、私もつい最近なんですよ、触れたのは。  何と言っても外の世界のものですからね。  八雲さんの所に取材に行った折、パソコンを貸して頂いたのです。  ソフトも山積みで、未開封の作品も多々あったのですが、その未開封の作品の一つがコレだったんですよ。  パッケージを見た瞬間思いましたよ。私はこのゲームをする為に生まれてきたんだって。  え、幻想郷縁起、何のことです?  もちろん、冗談ですよ。六割くらいはですけどね。  しかもプレイを始めて、三日目のイベント、妖夢が幽々雄と道でぶつかってしまうシーン、そこで私は……」 「いいですよね、あのシーン。やっぱりあそこで妖夢が幽々雄に持っていたイメージが変わり始める切っ掛けとなったシーンですしね」 「ええ、あの短いながらもあのイベントの有無であの作品の価値は五割は上がったと思っているんですよ」  二人の会話は続く。続く。続く。  阿求が守矢神社を尋ねたのは朝の10時であったが、昼食は有り合わせで済ませて、気がつくと既に陽は傾いていて早苗の部屋も紅く染まり始めていた。 「ねえ、阿求さん、そろそろ……」 「そうですね、いくら送って頂けるにしても、夜道を二人で帰るわけにも行きませんし……」 「だから……帰る前に聞いておきたいんですけど、阿求さんって絵もかけるし、お話も掛けるんですよね?」 「え、ええ、まあ、どちらも求聞史紀でそれなりに鍛えられたと思っていますよ。文章に関しては、創作ではないんですが」  それだけを聞くと、早苗は自分の机の一番下の引き出し棚を開ける。  その棚は、自室であるのにわざわざ鍵が掛けられていた。  阿求は何が出てくるんだろうと、首を伸ばして待っている。  早苗が取り出したのは、紙の束、数百枚はあるであろうか。  早苗は少し逡巡した末に、その束を阿求に差し出した。 「私がまだ外の世界に居た頃に書き溜めていたものです。  幻想郷に来る事になって日の目を見ることはもうない、焼き捨てようとも思っていたんですがどうにもそうは出来なくて今日まで引き出しに死蔵していたんです。  きっとそれも今日のためだったんです。阿求さん、どうか読んで頂けませんか?」  その紙の束は長年仕舞いこんでいただけあって、黄ばみ劣化し始めていた。  阿求が何枚かめくるとある紙には小説が、ある紙にはイラストが、ある紙には漫画が描かれていた。  登場するのはあのゲームの登場人物たち。  ギャグもあればシリアスもあり、そして登場人物たちが体を重ねているものもあった。  共通していたのは妖夢×幽々雄と言った早苗、そして阿求が好きなカップリングで貫かれていることであった。  一枚一枚吟味する阿求。  幻想郷縁起の編纂を行うときの阿求の表情はこんな表情なんだろうか、と思いながら阿求の動く眼球を思わず追ってしまう。  阿求はどの紙に目を通すときも表情を変えない。  早苗には阿求の頭の中までを察することはできないが、阿求にとって物を読むのがこういったスタンスなのであろうと理解する。  早苗にできるのは阿求が自分の創作物を読むのを邪魔せずに、ただ阿求が顔を上げるのを待つことだけであった。 「ふぅ」  阿求が大きく息を吐く。  逆に早苗は息を止めて阿求の言葉を待つ。  阿求が読んだのは紙の束の半分程度であった。  それでも百枚は超えるであろう枚数である、それなりの時間が経ってしまい、部屋を照らしていた夕陽は沈み、外はもう夜と言って差し支えない闇に覆われ始めていた。 「小説に関しては、軽くしか読んでいないので余り言えません」  早苗は頷く。つまり漫画やイラストには言及するということだ。 「正直上手ではないですね、話の構成も分かりにくいというか、そもそも構成自体がないと感じてしまう部分も多いですし、例えばこの漫画では幽々雄の心情が分裂してしまい、意味が分かりません。  それに絵としても、特にイラストに関しては、おそらく早苗さんが絵をほぼ独学で学んだせいでしょうか。  デッサンがおかしいところが多すぎです。  ほらこのイラスト、脇がここにあって、太腿がここにあるでしょう。そしたら腰はどこになるんでしょう。  こっちの漫画では遠近法と言っても、ここまで左右の腕の長さがおかしいと、にとりさんののびーるアームですか?って聞きたくなっちゃいます。  あと、これは構成と絵を含めてですが、見せ方が……」 「あはは、いいです。もう、いいですよ」  早苗は俯いたまま、そう告げる。  そして阿求が机に置いた原稿を抱きしめる。 「すいません、分かっていたんです。私が上手でないことくらい。  それを求聞史紀を書いた阿求さんに見せること自体が思い上がっていたんですよね……」  早苗は涙を堪えている。  外の世界では最後まで同好の志に出会うことなく、この世界、幻想郷に来る事になってしまった。  今まさに奇跡の様に出会ったのだ。  舞い上がってしまうのも無理はなかった。  そしてその彼女から告げられた、公正であると理解できるが、受け入れたくない評価に早苗は打ちのめされてしまった。  そして阿求も見誤っていた。  彼女、早苗がそこまであの作品に思い入れを持っていたことに。  早苗がその作品に持っている思いは、阿求が先代までの阿礼乙女達が書き残してきた書に持つ感情と近いものを持っているのだと。  先代までの書いたものは時代遅れになってしまったものは、多々ある。  むしろそうなってしまったものの方が多い。  それでも阿求はたまにその書物を紐解くことがある。  無意味であろうと、いや無意味と分かっていても、その書物には価値があると信じている。  書庫を建て替える計画が出たときに、そのような書物を破棄する話が持ち上がったときに阿求はそれを必死で止めた。  聞き入れられないようなときは、自らを人質に取ることまでを考えた。  それくらい好きだったのだ。  阿求にとって先代までの書が大切なのは当然のことだった。  だが、早苗にとってそのゲームがそこまでの価値を持つ客観的理由はなかった。  それでも早苗はそのゲームを愛してしたのだ、と。  早苗の瞳から涙がこぼれる。  その涙が早苗の原稿を握り締める手に滴り落ちる。  そして次の涙がこぼれた。  だがその滴りは早苗の手を濡らすことはなかった。  早苗の手に阿求の手が優しく重ねられている。  重ねられていた手が片手だけだったのが、次の早苗の雫が零れ落ちるときには両手になっていた。 「すいません、早苗さん。求聞史紀なんかを書いているせいで、自分の立ち位置を評論家みたいな場所に置いてしまうのが私の悪い癖なんです。  さっき言ったことは早苗さんには悪いんですけど、嘘ではありません。  でも、早苗さんが好きな気持ちは伝わってきました。  それに……読みにくかったですけど……早苗さんの漫画面白かったです。  身びいきじゃないですよ。きっと早苗さんの気持ちを伝えるにはまだ技術が足りないんです。  だから……」  早苗はまだ涙ぐんでいる目で阿求を見ている。 「一緒に作りましょう、私達の作品を」 「少し大きいですね」  阿求が着た早苗のパジャマは明らかに、阿求のサイズに合っていなかった。  早苗は「少しじゃない」と思ったが阿求の名誉のために口に出さずにいた。  結局、あの後も話に盛り上がってしまい、夕食もとらずに二人は話し込んでいた。  そうしているうちに二柱が帰ってきて、結局阿求はなし崩し的に泊まることになってしまった。  二人の夕食は二柱が持って帰ってきた、宴会の残りものであったが二人にとってそれはご馳走であった。 「それにしても……ほとんど初対面みたいな阿求さんの前で泣いてしまって恥ずかしいですね」 「いえ……私だって、泣かせるようなことを言ってしまって、自分が恥ずかしいです」  最初は客間に寝てもらう予定だった阿求も、本人の意向で早苗の部屋に布団を引いて一緒になることになった。  そして灯りを消しても、二人は話が尽きず、眠気も襲ってこない。  一緒に本を作ることになった。  でも、作ってどうしよう、とかどういう本を作ろうとか、妖夢×幽々雄の良さなど、汲んでも汲んでも湧き出る子鬼のひょうたん状態であった。  それでも日付が変わった頃には、お互いに段々と意識が途絶するようになってくる。  多分これが最後の会話かな、そう思いながら早苗が阿求に尋ねる。 「今度、阿求さんの家に遊びに行っていいですか?」 「もち……ふぁぁーーー……すいません、もちろん大歓迎です」  阿求のあくび混じりの返事を聞いて、早苗は安心して眠りにつくことができた。  翌朝阿求を稗田家に送り届けるとそのまま、二人は打ち合わせに入る。  結局、早苗が漫画を描いて、阿求が小説を書き、早苗の描いた挿絵が入るという形式に落ち着いた。  内容も早苗の漫画は幽々雄が妖夢に好意を感じ始めるまで、そして阿求が書こうとするのも妖夢が幽々雄に対する感情が友情を超えるまでの経過を書くことにした。  問題は本を作ったとして、どうするかだ。まさか里の書店におくような本ではない。  結局その問題はその場は保留となったが、三日後阿求がある催しを見つけてきた。  〜〜裏例大祭〜〜  例大祭の翌日に博麗神社でひっそりと盛大に行われるという秘事であった。  阿求も何か変わったものがあるらしいという噂は耳に届いていた。  だが詳細が伝わって来ていなかった。  突破口は意外なところにあった。  阿求が偶然出合った魔法の森の人形遣いに「書店で売っていないような本を買うにはどうしたら良いのでしょう」と訪ねると人形遣いの口から思わせぶりな言葉が漏れ出てきた。  その一言はすぐに飲み込まれたが、阿求はその一言を聞き逃さなかった。 「というわけで、そこであれば私たちが作った本を頒布することができるそうなんです」 「さすが阿求さんっ」  早苗は喜びのあまり阿求を抱きしめてしまう。  阿求の顔はちょうど早苗の胸に埋もれる形になってしまい、阿求はその柔らかさに翻弄されそうになってしまう。 「さ、早苗さん」 「あ、阿求さん、す、すいません。嬉しくてつい」  早苗はすぐ阿求を話したが、阿求はなんとなく寂しそうな目で早苗の胸を見てしまう。  早苗はその視線に気付かずに、その裏例大祭への日取りを指折り数えていく。 「そんなに余裕はないですね」 「そうですね。私達はほとんど初心者なんですし。救いは私が印刷所と懇意なので締め切りに関しては融通が利くことくらいですし」 「私なんか、幻想郷に来てから絵を描いてないんですよ。阿求さんは日常で文章を描いているのに……」  本を作る、売る、ことに対する障害が取り除かれた後には、早苗に現実が圧し掛かってくる。  早苗は頭を抱える。  間に合うのか、描きたいものが描けるのか。  そんな早苗の頭を、阿求が背伸びしてはたいた。 「悩む暇があったら練習あるのみ、奇跡の道も準備からです」 「あはは、そうですね。問題は準備のほうがとか言われちゃうことですけど」  それから三日と開けずにお互いの家を訪ねて、机に向かう日々が始まった。  阿求はなかなかプロットが思い浮かばないようで、早苗にデッサンの取り方を教えることで逃避している。  一方早苗は早苗でテンパっていた。  締め切りまで一日、また一日と過ぎていく。  漫画を描き始めて、締め切りまで半分が過ぎた頃であった。 「やっぱりうまく描けないです」  早苗が机に突っ伏す。  今手がけているのはクライマックスで妖夢が幽々雄を、紅白の装束を纏った男巫から護るシーンであった。  妖夢が扱うのは日本刀。  当然、妖夢は激しい動きをしているシーンである。  それを見て幽々雄が妖夢に見惚れるのだ、大事なシーンであると早苗も、そして阿求も分かっていた。  だからこそ早苗は困っていた。  何度書き直しても、八雲某が隙間を使って時空を捻じ曲げたとしか思えない妖夢が出来上がる。  こうしてこの日、早苗は五度目の書き直しにも失敗した。 「気分転換にお茶を飲んだらどうですか?」  阿求が淹れてくれた紅茶にも手を出さず、早苗は突っ伏している。 「駄目です、こんなんじゃ、刀を変な風にしか扱えない妖夢を半人前とみなす幽々雄攻めの、幽々雄×妖夢になってしまいます」 「それは避けたいですねぇ。私に手伝えることがあれば手伝うんですが」 「いや、私が描かなきゃ。漫画は私のパートなんですし」 「ええ、何か手伝えることがあれば……」  そこで突っ伏していた早苗が急に起き上がる。  阿求はその勢いに驚いて、原稿に紅茶をこぼしそうになってしまう。  起き上がった早苗の眼は輝いていた。 「阿求さん、モデルになってください!」 「へ?」 「こ、こうですか?」 「いや、右手をもっとこう捻って」 「い、痛いです! 早苗さん、人体の構造を無視しないでくださいっ」 「ああ、だから私の描く絵が変だったんですね。阿求さんのおかげで今理解できました」 「うぅ、痛いですよ」 「動かないでください。ほら足動かしちゃだめですって」 「いや、体を捻ったら足動かさないと転びますって」 「ほらそこは空を飛べば」 「私は飛べません!」  阿求は右手に箒、左手に大きい筆をもって勇ましいポーズをとらされている。  その阿求に早苗は、細かい体の位置について口を出したり、直接阿求の体を動かして、脳内の妖夢のポーズに近づけていく。  早苗はその阿求をスケッチしていく。  阿求は早苗の自分を見る視線が気になりながら、腕がつりそうになりながら、耐え忍ぶ。  早苗の視線が自分のあちこちに突き刺さるのを感じて恥ずかしくなってくる。  阿求自身は求聞史紀を書いて他人を描写するのには慣れていたが、阿求自身が注視されるという状況には慣れていなかった。  早苗に声を掛けられたのが、自分が紙に写し取られているまるで早苗に服を脱がされているみたい、と阿求が思った時だったので、阿求の心臓の鼓動は倍速になってしまった。 「大分マシになった気はするんですけど。なんでしょう、やっぱり阿求さんの服でちょっと体の線が分かりにくくなってからでしょうか」  早苗の言うとおり阿求の服は体の線が出にくい服装である。 「そうですね、阿求さん、服脱いでもらえませんか」 「ひゃいっ、はいっ、はいっ」  早苗はもちろん冗談のつもりで言っただけだった。  それでも、阿求はひっくり返った声で返事をすると隣室に飛び込んでしまった。 「え?」  早苗はあっけにとられる。  そして隣室から聞こえてくる衣擦れの音を聞いていると、冗談でしたとはとてもとても言い出せなくなってしまう。  霊夢さんや魔理沙さんだったら言えるんでしょうけど、というかそんな冗談を真に受けないでくださいっ。  早苗は頭を抱える。  冗談を冗談と受け取ってもらえない生真面目な正確の自分を脇においてだが。  そして早苗が自己嫌悪に陥っていると、阿求が襖の隙間から顔だけ出して、早苗の方を見てくる。 「あの、私……早苗さんと違って、子供っぽいので笑わないでくださいね」  阿求の顔は真っ赤であった、  そして早苗も自分の顔が真っ赤に染まったのを自覚していた。  心臓が爆発しそうで、首まで熱い。  早苗は全身を駆け巡る自分の鼓動を聞きながら、返事をする。 「え、ええ、笑ったりしないですよ。そ、それに風邪を引くといけないですから手早く済ませましょう」  そこまで言ってから早苗は、冗談だった、と言えば良かったと後悔する。  でも早苗は阿求の肌を見てデッサンしたいという欲求が確かに自分の中になることを否定できなかった。  襖の向こうのに隠れていた阿求が、体を襖の影から露わにする。  いつも袖の中に隠れている腕は、袖がないだけで細く見えた。 「え?」  襖から阿求が体を露わにする。  そこに立っているのは下着姿の阿求であった。  上はキャミソール、下はドロワーズという下着群のおかげで露出度はそこまで高くない。  それでも阿求は恥ずかしそうに腕で隠そうとするおかげで、早苗もかえって恥ずかしく思えてしまう。  それにしても阿求がてっきり下着も着けずに出てくるのを想像していまっていた早苗は、安心と同時にわずかな失意を覚えてしまっていることに気付かされた。  阿求が下着姿で箒と筆を振り回すように持っている。  この特異な状況に早苗の常識が覆されそうになるが、ずっとこのままでいるわけにもいかない。  早苗は阿求のスケッチを始める。  阿求のキャミソールとドロワーズの間から覗く可愛いおへそが気になる。  脇が気になる。  隠すことのできない細い四肢が気になる。  鎖骨が気になる。  阿求のいろいろなところが気になって早苗は阿求を微に入り細に入りスケッチしてしまう。  それなのに早苗の筆が進む。  早苗は自分で驚いていた。  こんなに描きやすいとは思っていなかった。  何か阿求をモデルに描いていると集中力が上がっているような感触を、早苗は覚える。 「できた!」 「で、できましたかっ」  阿求は隣室に飛び込んで服を着込んでいる。  その間に早苗は書き上げたデッサンをもう一度眺める。  うん、多分、これでこの話は締まるかな、そう自惚れられるほどの出来だと早苗は自画自賛する。  そこに服を全て着てきた阿求が再登場する。服が微妙に傾いていたりするのは急いで着込んだからだろう。  それとも一人で服を着ないんだろうか、そんなことを早苗は考えるが、口には出さずに、阿求のデッサンを本人に見せる。 「ちゃんと……かけてますね」 「ちゃんととは酷いですね。せっかく阿求さんが骨を追ってくれたので、集中して描いたんですよ」 「確かにちゃんと描けてますが……これだと余りにも私過ぎませんか?」  早苗は阿求に言われてデッサンを見直す。  阿求の言うとおり、これではあまりに少女だ。阿求過ぎる。  阿求の細部まで書き込んでしまったせいで、、完全に阿求以外には見えない。  少なくとも男性と言われたら十人中九人は首を傾げるであろう。  このままでは決して幽々雄を護る妖夢にはならない。 「もう少し肩幅を……」  阿求が早苗の隣に来て、原稿を覗き込むように指摘をしてくる。  阿求は急いで着こんだためか、肩が少しじれて鎖骨が見える。  早苗の顔の前に阿求の頭が突き出されて、阿求の髪の香りが早苗の鼻に漂ってくる。  いい、香り。どんなシャンプー使ってるんでしょう。  しかもちゃんと天使の環できてますし。  そんな彼女がさっき、下着姿で私の前に……。 「あの早苗さん聞いてます?」 「ひゃい、聞いてます。阿求さんのことなんか考えてないですよっ」 「はい?」  阿求は怪訝そうな顔をして早苗の顔を見るが、早苗はごまかすように阿求を促す。 「すいません、聞き飛ばしてたところもあるので最初のほうからお願いします」 「まったく、締め切りも近いのですから、呆けてたらだめですよ」 「いや、本当にそうですよね」  あの失言は流すことに成功した、そう早苗は思っていた。  しかし阿求の頭の中は、その失言で一杯であった。    早苗が一体、自分の何を考えていたのか、阿求は早苗に説明しながら思いを巡らす。  やはり最初に思いつくのはモデルの件であった。  今思えば早苗の言い方も冗談半分であったような気がしてくる。  しかも最初はモデルとして全裸になるべきなのか考えたのであった。  絵描きには、全裸の方が体の構成がよく分かるそう聞いたことがあったからだ。  でも最終的に阿求は下着姿を選んだ。全裸には抵抗がありすぎたのだった。  もし全裸だったら早苗さんはどう思ったのでしょう。  阿求の頭の中はそんな想いで一杯になる。  その一日は作業は進んだが、早苗も阿求も悶々と悩みを抱えることになり、会話の少ない日となった。  そして例大祭の夜も明け、ついに裏例大祭当日となった。  二人が博麗神社に到着すると、稗田家ご用達の印刷所によって一箱の荷物が届けられていた。  早苗が震える手でその梱包を紐解いていく。  箱から製本された本を手に取る二人。  二人は思わず黄色い声をあげてしまい、周りの参加者からジト目で見られてしまう。  それでも二人は喜色を隠すことはできずに、頁をめくっていく。  二人とも笑いが止まらない。  今まで積み重ねてきた苦労が、結晶となって一冊の本になったのだ。  早苗にとっては格別であったが、求聞史紀を世に送り出したことのある阿求にとってもこの一冊はまた特別な一冊になった。  求聞史紀は先代までの積み重ねがあるとは言え、当世の阿礼乙女である阿求が独力で書き記した書であった。  校正や出版に至る工程では他人の手を経ることはあったが、文責は阿求一人の肩に掛ってくる書であった。  そして今、早苗の手の中に、阿求の手の中にある書は、求聞史紀に比べたら装丁も凝っておらず、厚みでも負け、内容でも求聞史紀とは比べ物にならず、求聞史紀のように広範な人の手に渡ることもない書である。  それでも阿求にとって、他人と一緒に、いや早苗と一緒に一冊の本を書きあげることができた、そのことが阿求にとって、無上の喜びを生み出していた。 「あの、いいかしら?」  二人が本を手にとって浸っていた喜びは、隣の席の人間によって遮られた。 「私、今日一日隣でお世話になります、サークル『マーガロイド』のロリスと申します」  そのロリスさんは本を一冊差しだしてくる。 「私のサークルの新刊です。輝郎×妹紅郎本なんですが、大丈夫ですか?」 「私、かぐもこ好きなんで大丈夫ですよ。幽々妖夢の次に好きなんです」 「あら、貴方のところの新刊は幽々妖夢ですか?」 「ええ、初めての参加、というか本を作るのも初めてだったので、ちょっと恥ずかしいんですが」  ロリスさんと早苗はお互いの新刊を交換する。 「今日一日よろしくお願いしますね」 「こちらこそ」  和やかに挨拶を済ませる二人。  挨拶の後、ロリスさんはこっそりと早苗に耳打ちをしてくる。 「あの、角に大きい扇を掲げているところがあるでしょう」  ロリスの目配せした先には非常識な大きさの扇が掲げられている。  そしてそこに描かれているのは幽々雄と妖夢であった。 「幽々雄と妖夢……、絵上手……欲しいです」 「止めておいたほうが良いですよ。あの扇を掲げているのは『白玉牢』。  幽々雄×妖夢の総本山とも言えるところです。  貴方のところは数少ない妖夢×幽々雄でしょう。止めておいた方がよろしいですよ」 「幽々雄×妖夢……、ご助言ありがとうございました。できるだけ近寄らないようにしますね」 「ええ、せっかくの裏例大祭ですもの。お互いに楽しくすごしましょう」  紅白の服を着たスタッフが大きい箱を持って練り歩いている。 「はいはい、見本誌の徴収よ。この素敵な賽銭箱に見本誌を入れてく。入れないと販売停止になるわよ」 「あら、主催者さんだわ。それじゃ、改めて今日一日よろしくお願いしますね」 「こちらこそ、よろしくお願いします」  早苗が阿求の方を向くと、阿求も逆のスペースの人と話を終えたところだった。 「阿求さん、お隣さんは……?」 「こいし×悟本だそうですよ」 「ショタ兄受けですかぁ」 「早苗さん、涎、涎」 「すいません、思わず……」  早苗が涎を拭いていると、会場に主催者の声が響き渡る。 「みんな帰る前に神社保護募金を忘れないでね。裏例大祭の始まりよ!  それじゃ、怪我しない程度にがんばってね」  その主催者の挨拶とともに裏例大祭の幕が上げられた。 「完売を祝って乾杯!」 「乾杯!」  阿求の部屋で二人は杯を一気に干す。  二人とも酒は強くないので、二人で会った時もわざわざ酒を飲むことはなかった。  今日が初めての二人だけの宴会、祝杯である。 「やっぱり、みんな妖夢幽々に飢えてたんですよ!」  一杯目で既に顔を赤く染め上げた早苗がそう力説する。 「いやあ、そうですよね」  こちらは顔色は変えていない阿求だが、早苗の言に深く頷く。 「それにしても……」  早苗は感慨深げに呟く。  あのゲームが幻想郷でこんなに普及しているとは思わなかったと。  外の世界のゲームであるはずなのに、幻想郷の裏例大祭であんなに本を作っている人がいるとは、早苗の想像を遥かに超えていた。  それは阿求も同じで、せいぜい自分たちだけ、くらいだろうと思っていたが、裏例大祭の最大手の『エイトスパイダーズ』までが、にとり×比奈本を出しているのに驚かされた。  思ったより世間は広いか、狭いのか阿求には分からなくなっていたが、その疑問も自分たちの本が全てさばけたことの喜びでかき消されてしまった。  手元に残ってるのは、二冊だけ。早苗の分と阿求の分。  あとは全て売れてしまったのだ。  最後の一冊が売れた時には阿求は泣きそうになってしまったし、早苗に至っては最後の一冊を買った人と握手をしてしまったくらいだ。  その最後の客曰く「また買いに来るぜ」の一言で早苗は本当に泣いてしまった。  阿求は、早苗の涙もろさに半分呆れて、半分羨ましいと思ってしまった。  これくらいストレートに感情表現できるのは幸せなんだろうな、と。  阿求の、阿礼乙女としての対象からある程度距離を置く、客観的な視点が恨めしい。  それでも阿求は思い直した。  そんな私が嬉しいのだから、これはかなり嬉しいことなんだな、と。  そう思うことで阿求は早苗とようやく喜びを共有することができた。  二人の充実した時間、裏例大祭に幕が下ろされ、阿求が家に誘い、こうして祝杯を酌み交わしている。  早苗は裏例大祭で買ってきた本を汚さないように注意しながら、酒の肴にしている。  阿求は今日一日を思い返している。  そんな穏やかな時間も時計が九時を指す頃には終わりとなる。 「はあ」  早苗は大きくため息をつく。 「もう、この夢みたいな時間も終わりなんですね」 「そうですね……、私……早苗さんと一緒に本作れてよかったです」 「わ、私もですよぉ!」  酔いのせいで早苗は変なアクセントで返事をしてしまい、阿求は思わず吹き出してしまった。  早苗もその阿求のリアクションを見てつられて笑ってしまう。 「はあ、夢も覚めてしまえば、儚いものですね。次はまた一年後の例大祭ですか……」 「え?」 「え?」  早苗の言葉に阿求が首をかしげる。早苗もかしげる。  阿求は両手を合わせて、早苗に謝る。 「す、すいません、言ってなかったですか?  例大祭は一年に一回なんですけど、裏例大祭より少し規模が小さい裏新嘗祭も年に一回あって、規模は小さくなるんですが例月祭が毎月あるんですよ」 「へ?」 「はい、次回の申込書です。締切は三週後になりますので、明日からキリキリ原稿に取り掛かってもらいます」 「えーーーーーーーーーーーー」  早苗はへたり込む。  締切への恐怖と、また阿求と本が作れることへの喜びとアルコールで腰が抜けてしまう。 「さあ、早苗さん。神様方を心配させるといけませんから、今日は帰りましょう。  そして明日、次の本の打ち合わせです」 「あはは、まあ、よろしくね、阿求さ……」  へたり込んだまま、そこまで言って、早苗は一瞬口ごもり、言いなおす。 「よろしくお願いしますね、阿求」 「はい、早苗」  そうして二人は、二度目の硬い握手を交わす。  二人は週に三度は会う機会を作り、本の構想を練り、そして執筆し続ける。  二回目、最初の例月祭でも本を売り切ることができた。  二回目の例月祭も完売、そして三回目の例月祭は阿求が冊数を強めに読みすぎて、初めて完売にはいたらず、二人で担いで持って帰るはめになってしまった。  だがそれらの経験を経ても、二人の情熱は摩耗することなく、次の本、次の本へと向かっていく。  そして裏新嘗祭前の例月祭が幕を閉じた。  今回も全ての本が人の手に渡った。 「また買いに来たぜ」  裏例大祭で買ってくれた人が、今回も欠かさず買ってくれた。  彼女は前回と同じ真っ白のエプロンドレスにこれまた真っ白の帽子という汚れの目立ちそうな服を着ている。 「はい、うちの新刊」  例大祭で隣だった、『マーガロイド』のロリスさんも来てくれた。  この人が認めたサークルは伸びるという『紫もやし』の人が買いに来て驚いたりもした。  あの『白玉牢』の人が本を買いに来て、冷や汗をかいたりもした。でも妖夢×幽々雄本を喜んで買ってくれた。白玉牢の関係者と言えど、いろいろあるのだろう。後でロリスさんに聞いたところ白玉牢のNo2らしい。No1のお嬢様に振り回される立場なのだけあって、きっと妖夢攻めに感情移入するのであろうと、早苗は結論付けた。  みんなが、名前も知らない人であっても自分達の本を手に取ってくれるだけで二人には十分な励みとなっていた。  そして今日も宴が幕を閉じる。二人は拍手と共に、充足感に浸っていた。  恒例となっている、阿求の部屋での打ち上げも六回目を数える。  乾杯の声もそこそこに二人は喉をアルコールで潤す。 「今回も完売できて、良かったですねー」 「いやあ、本当に。これというのも早苗の表紙のおかげですよ」 「でも、今回阿求の描いた裏表紙の方がインパクトあったじゃないですか。  今回は裏表紙で目を止める人が多かった気がしましたよ」 「ふふふ、やっぱりショタ幽々雄はあざとかったですかね」 「ふふふ、いいんじゃないですか」 「ああ、早苗はどうしてショタになると涎が止まらなくなるんですか」  わいのわいの、と二人の話が続いていく。 「次の本はどんな本にしましょうね」  阿求のいつも通りの気軽な一言への、早苗の返事には少し力が入っていた。  阿求は、今日はいつもの倍くらいのペースで早苗が酒を飲み下していることに気付く。  早苗の顔は赤かった。  しかも阿求もイベント後でテンションが高かったので気付いていなかったが、早苗のテンションはいつもに輪をかけて高かった。 「エロで」 「な、なんておっしゃいました?」 「エロでいきましょう。私達も一緒に本を作り始めて半年になったわけです。  ここは二人で新境地を開拓しようではありませんか」 「さ、早苗……さん、酔ってます?」 「今更さん付けなんて水臭いですねー。  阿求は私に下着姿を見せびらかした仲じゃないですか」 「見せびらかしたわけじゃなりません! それにエロというのは?」 「興味がないとでも? 私知ってるんですよ、阿求さんが私の目を盗んで、エロかぐもこ本買ったの」  早苗は愉しそうに笑うが、阿求にはそこどころではなかった。 「み、見てたんですかっ。そ、それにその笑い方なんですか。  って早苗さん」  早苗は阿求を抱きしめる。 「な、な、さ、早苗、ど、どうしたんですか?」 「私、阿求と一緒にエロい妖夢幽々本作りたいな」  阿求はそんな台詞を耳元で囁かれて、体が熱くなってしまうのを感じる。  早苗の口からそんな言葉が出てくるとはついさっきまでは想像もしていなかった。  早苗が抱きついてきて早苗の胸が押し付けられて形が変わっているのを、阿求は自分の体で感じ取ってしまう。 「は、はい……」  阿求はそんな状況に緊張しながら頷く。 「よっし、阿求、それでこそ女ですよ! 一緒にエロエロな本を作ってみんなに幽々妖夢の素晴らしさを布教しましょう」 「わ、私は普通の本でも良いかと思うんですが……」 「阿求、何か言いました?」 「いいえ」  今の早苗に逆らってはいけない、阿求は野生の勘を持たずともそう察することができた。  目が座っている。 「私いつか作ってみたかったんですよ。  妖夢に蹂躙される幽々雄にしましょうか、それとも幽々雄の誘い受けにしましょうか」  早苗は完全にドリームモードに入ってしまい、脳内で妖夢と幽々雄が絡み合うイメージが交錯し続けている。  そして手酌で次々と杯を干していく。 「あの……早苗、飲みすぎでは」  阿求のそんな心配も他所に早苗は次の酒瓶に手をかける。  早苗の脳内では、幽々雄を酔い潰して襲おうとする妖夢の姿が再生されている。  早苗はまるで自分の腕が妖夢で、口が幽々雄であるかのように、脳内の光景に合わせて酒を飲み下す。  阿求は流石に怖くなり、早苗の手から杯を奪う。 「早苗、もう止めておいたほうがいいですよ。こんに無茶をして二日酔いになるくらいでしたら、早起きして原稿を一ページでも進めたほうが建設的ですよ」 「幽々雄様、何をおっしゃっているのですか?」 「へ? さ、早苗さん?」 「私は妖夢ですよ」  阿求は凍る。  完全に酔っている。しかも現実と妄想の境界が曖昧になっている。  早苗さんはもう駄目だ、そう阿求は悟った。 「ねえ、幽々雄様ぁ、人の杯を盗んじゃいけないでしょう」  そう言いながら早苗は阿求にしなだれかかってくる。  早苗の手は、早苗の杯を持った阿求の右手を握りしめている。 「あの……私は幽々雄じゃなくて、阿求、ですよ」 「何言ってるんですか」  阿求は押し倒された。  早苗の杯にわずかに残っていた酒がこぼれて、阿求の手とそれを握り締めていた早苗の手をぬらしてしまう。  阿求は自分の心音が早くなるのを聞いていた。  阿求には早苗をどかすほどの力はない、ただ早苗に懇願するしかなかった。 「あ、あの、早苗……、いや妖夢、どくんだ」  阿求は試しに、ゲーム中の幽々雄の口調を真似てみる。  だが、逆効果であった。 「ふふふ、幽々雄様、この期に及んで貴方は立場と言うものが分かっていないようですね」  早苗は完全に、妖夢になりきっていた。  幽々雄の命令、は早苗にとっては幽々雄の最後の足掻きとしか映らなかった。  そして先ほど酒をこぼした手を阿求に突きつける。 「幽々雄様が変なことするから、お酒をこぼしてしまったではありませんか。  ねえ、幽々雄様、いつも言っておられますよね。残したら勿体ないって。  ですから、幽々雄様、貴方様の言うとおり残さないように舐め取ってもらえませんか」  阿求は早苗の据わった目に射竦められてしまう。  そんな阿求に早苗は言を重ねる。 「ほら、幽々雄様……」  突き出された早苗の手から酒精の雫が垂れて阿求の服を濡らす。  阿求は唾を飲み込む。  阿求は舌を伸ばして早苗の小指に触れる。  味蕾がアルコールと人肌の味を感じ取り、阿求の脳にその味を送り込んでくる。  阿求は早苗の肌の味に体を震わせる。  早苗の肌の味など今まで想像したこともなかった阿求は、自分の肌の味と違うという事実に驚き、そしてもっと味わいたいと思ってしまった。  そんな自分に混乱してしまう。  一方阿求はそのことに気付く余裕はなかったが、早苗も阿求の舌が小指に這わされた瞬間体を震わせていた。  早苗の脳内では、アルコールで混濁した意識の中で幽々雄と阿求が同時に存在していた。  阿求が舌を自分の手に伸ばすのは、早苗にとって同時に幽々雄が妖夢の手を舐めているのと同義であった。 「あ、あき、幽々雄様、もっと舐めてくださいよ」  早苗は幽々雄のたどたどしい舌使いに飽きた妖夢のように、自分の指を阿求の口の中に、まるで幽々雄が、阿求が壊れ物であるかのように優しく、でも拒否を受け付けない力強さで差し込んでいく。 「んっ、さ、さなえ……」  早苗の指が阿求の舌を口の中で絡めとる。  そのおかげで阿求は意味のある言葉を出すことができず、阿求の口は早苗の指の動きに従ってくぐもった粘液性の音を発し続ける。  阿求も酒は飲んでいたため、多少神経がアルコールに侵されている。  そのせいだろう、阿求も段々と現実と妄想の境界が揺らぎ始める。  阿求とて健康的な女性である。  夜に一人自らを慰めたことは何度となくあった。  そして今の光景は、阿求にその事を思い出させた。  指が糸を引くような音を立てながら熱い壺をかき回す。  その指が強く壺の壁をひっかくと阿求は体を震わせてしまう。  中の二本の指が不規則な動きをして、阿求の神経をかき乱す。  阿求はいつの間にか、自らの秘所に指を這わせていた。  早苗の指に口の中をかき回されながら、自ら蜜を滴らせ始めた秘所に指を這わせる。 「んっ、ふぁ、早苗……」  早苗に促されて阿求は、早苗の指に自分から舌を這わせる。  そして指で、自らを慰める。 「そうですよ、上手じゃないですか。幽々雄様……。まったく幽々雄様はいやらしいですね。  こんなに私にされてるのに、凄く気持ちよさそうな顔しちゃうんですね」  早苗は陶然とした目で、阿求の口の中をかき回す。  それが阿求にとっては、まるで自分の秘所を早苗にかき回されているような錯覚に、妄想に陥ってくる。  早苗が強めに、阿求の口の上の方をかき回したのなら、阿求の指もそれに合わせて自らの秘所をかき回す。  早苗が指を口から引き抜くと、阿求の指もまた秘所から引き抜かれる。  そして阿求が、まるで今早苗に犯されてるみたい、そう感じた瞬間、阿求の体にもたらされる快感が跳ね上がった。  阿求はできるなら早苗の名前を呼びたかった。  でも早苗の指のせいでできなかった。  だから心の中で早苗の名前を呼び続けながら、口に早苗の指を受けいれて、秘所に自分の指を受けいれた。  早苗の指で私こんなに気持ちよくなってます。  早苗さん、上手ですよ、ねえ、だからもっと気持ちよくしてください。  私、こんなに気持ちいいの初めてなんです。  だからもっとしてください。  阿求にとって今回の自慰行為は、今までの自慰行為を霞ませた。  人前で自慰行為にふけたことなど当然一度もない、これが初めてである。  しかもその相手は友人――大切な親友ではあるが――である。  数時間前までは普通に愉快で、馬鹿な話をしていたりした友人である。  その友人に口の中を犯されながら、自慰行為に浸っている。  その友人が自分の自慰には気付いていないと阿求は確信していた。  多分水音や動きで認識はしているだろうと。それでもその友人は阿求を阿求とみなしていない。早苗にとって阿求は幽々雄であるのだ。  阿求は快感に溺れながら、涙が止まらなくなってきた。  友人の手は止まらない。むしろ一層阿求を責め立ててくる。  それも自らを慰める指を止められない自分が情けなく感じてくる。  そして破局は突然であった。  「早苗」と阿求が早苗の指に妨げられながら呼んだ名前に、早苗が夢から醒めたかのように目を見開く。  それは文字通り夢から醒めたのに等しかった。 「え、あ、阿求、さん?」 「早苗?」  早苗は自分を見直す。  阿求に馬乗りになって、阿求の口に指を入れている。  しかも指はどう見ても、自分で舐めさせている。  阿求の手は阿求の秘所に伸ばされていて……。  確か自分は、妖夢×幽々雄の妄想に耽っていたはず、それなのになぜ阿求に襲い掛かっている?  人間、脳の限界を超えると、脳はその事象を拒否する。  そしてそれがこの場で起きた。  早苗の体がぐらりと、阿求に倒れこんでくる。 「ひゃ、さ、早苗っ」  阿求は早苗の体を支える。  早苗の表情を見るが意識があるようには見えないが、呼吸はしている。  深酒と現実の衝撃、それで意識を失っただけ、そう阿求は判断する。  軽く早苗の頬を叩いてみるが、その指で先ほどまで自慰に耽っていたことを忘れていた。  早苗の頬に阿求の愛液がついてしまい、その部分だけが灯りを反射する。 「ちょっと、早苗……それはないんじゃないですか」  阿求は現実に取り残されて、泣きそうだった。  自慰行為は半端なところで、もう少しというところで中断させられてしまった。  それでもゆっくりと優しく早苗を畳に横にする。  早苗を横にすると、早苗の豊かな胸が呼吸に合わせて上下するのがよく見える。  そしてさっきまで阿求の口の中にあった指はまだ阿求の唾液で濡れて光っている。  阿求は喉を鳴らして唾を飲み込む。  さっきまでの狂騒的な熱気が脳裏に蘇ってくる。  早苗の指で阿求は犯されていた。  実際に早苗の指は阿求の口にしか入っておらず、阿求が自分でしていただけであったが、阿求にとっては早苗の指で犯されていたのと一緒だった。  そう、その証拠に早苗の指は「阿求の愛液」で濡れている。  阿求は求聞持の能力があり、そのような錯誤はありえないことは阿求にも分かっていた。  それでも先ほどまでの出来事は阿求にはそうとしか思えなくなってきていた。  阿求は早苗の手の平を指で突く。手の平の皺に沿って指をなぞらせる。  そんなことをしても早苗は目を覚ます気配は全く示さない。  ただ安らかな寝息を立て続ける。  阿求は先ほどまでとは別な意味で心臓が破裂しそうに感じながら、早苗の手を持ち上げる。  早苗は変わらず、夢の世界に潜っている。  夢の世界でも妖夢と幽々雄の夢を見ているんだろうか、その想像をして阿求はわずかに唇に笑みを浮かべるが、同時に妖夢と幽々雄に羨望を覚えてしまう。  私と一緒にこれだけいるんだから、私のことを夢に見てくれたこともあるんだろうか、と。  早苗の夢は数えられないほど見てきた。  求聞持の力があるとは言え、夢はその対象外である。  求聞持はあくまで現実を書き留めるための能力、夢は現実の映し鏡であると同時に、現実の反義でもある。  初代の阿礼乙女はそう考えて夢を、力の枠内から弾き出したのだろうか、と阿求が考えたことがある。  そして阿求は違うだろうと、結論付けた。  きっと枕に頭を預けてから引き離すまでは、その求聞持その力から離れたかったに違いない。  夢の世界ではどの阿礼乙女も阿礼乙女であることを止められたのだ。  阿求も夢の中で早苗と戯れるときは、阿礼乙女でなくただの阿求として早苗と一緒にいることができる。  早苗の見ている夢が妖夢と幽々雄なのか、自分のことなのか、それとも自らの使える二柱の夢なのか、阿求には分からない。  今度聞いてみよう。そして、ごめんなさい、早苗、今だけは浅ましい私につきあってくださいね。  そう阿求は心の中で早苗に謝る。  阿求が物思いに耽る間早苗の手は阿求に握られていたが、早苗は依然として目を覚ます様子もない。  阿求は心の中で早苗に謝り続けながら、早苗の手を自らの秘所に近づけていく。  早苗の指先に付いた阿求の唾液は冷え切って早苗の指先は冷たくなっていたが、早苗は構わずに自分に秘所に押し当てた。 「んっ、さ、早苗」  阿求は押し殺した声で早苗の名を呼ぶ。  阿求はゆっくりと腰を動かして、早苗の手を押し付けていく。  早苗の手は力が入っていないせいか、余り強い刺激を阿求に与えてはこない。  それが逆に阿求にとっては、他人にされているという感覚をもたらしてくる。  早苗の指が秘芯にこすり付けられて、阿求の体に痺れが走る。  阿求の心の中は早苗に対する罪悪感で塗りつぶされていくが、同時に早苗のせいだと思い込むことでこの行為を続ける。  早苗が途中で勝手に現実から手を離してしまった、そして悶々とした状態で阿求が取り残されてしまった、そもそもの原因は襲ってきた早苗にある、そう阿求は自己弁護する。  だが本当に達したければ自分の指だけでしてしまえばいいことも分かっていた。  同時に阿求は、少なくとも今晩は自分の指だけでは達することは無理だろうと思っていた。  早苗の指で口内を置かされた時のあの熱量が未だに阿求の中で燃えている。  自分でしたのではあの熱量に薪をくべるのは無理、だからこうしないと駄目なんだ、と。 「早苗、早苗……」  阿求は早苗の名前を呼びながら、早苗の手に自分の愛液を塗りつけていく。  その声は早苗を起こさないように、呟きでしかなかったが、阿求はもっと大きい声を出したいと思っていた。  そう、早苗が阿求の声で起き出して、そのまま早苗の指で自分をいかせてほしい、きっと早苗の指でいじられたら一分ももたないだろう。 「阿求ったら、私の指で勝手に自慰するなんていやらしいんですね」 「ほら阿求のここ、私の指でこんなになってますよ。糸を引いて阿求の糸ですよ」 「阿求、自分で見てください、きっと貴方の求聞持の能力がなくても忘れられないでしょう。こんなにいやらしく、こんなにだらしくなく貴方のここがないているの見たら」  そう早苗になじられるのを想像しながら阿求は達してしまった。 「早苗、ごめんなさい、ごめんなさい」  阿求はそう謝りながらも、早苗の指から与えられる快感から逃げることはできなかった。 「ふぁぁぁ、おはようございます」  早苗は誰に言うでもなく、起き上がり朝の挨拶をする。  そして辺りを見渡す。  自室でないことに一瞬混乱するが、もう見慣れてしまった阿求の部屋であることに気付いて安堵する。  早苗が寝ていたのは阿求の布団であった。  そして早苗は気付く。  隣で寝息を立てている阿求の姿に。 「え?」  そこまで来てようやく、自分の腕が何か重いものに絡み付かれていることに気づいた。  それは阿求の体であった。  早苗の右腕に抱きつくようにして阿求が眠っている。 「いったい、どういう状況だったでしょうか」  早苗は昨晩の事を思い出そうとするが、思い出せるのは阿求と酒を酌み交わした途中まで、途中からは良く思い出せなかった。  そこで早苗は自分が着ているのが、阿求の夜着であることに気付いた。  阿求の夜着は和服のため、多少サイズが違ったところで着れなくはないが、限界というものがある。  胸元やら裾やらが多少はしたないことになっている。  そして何より、早苗は自分で着替えた記憶がまったくなかった。 「うひゃぁ」  早苗は情けない声を出してしまう。  ついでに余計なことを思い出してしまう。  阿求は求聞持の能力を有している、着替えさせたのが阿求であれば、早苗の体は阿求が死ぬまでその記憶に留められるということだ。  最悪次代の阿礼乙女に引き継がれる可能性もなくはない。  阿求からそういった卑近な記憶は引き継がれませんよ、と聞かされていたが、ほぼありえないがない話ではないというだけで早苗には十分であった。  早苗は顔を両手で覆おうとする。が、阿求の腕が回された右腕を動かすことで阿求の眠りを妨げてしまう結果となった。 「ふぁ、もう少し寝させてください……」 「いや、お、おはようございます」 「ふぁ、あ、おはようございます」  阿求は早苗の腕を掴んでいた手を離して、猫の様に顔を擦る。  それで目が覚めたのか、改めて挨拶をする。 「早苗、おはようございます。よく眠れましたか?」 「あ、うん、阿求、おはようございます」  阿求は阿求で平静を装っていたが、内心は七転八倒ものであった。  早苗の記憶がどこまで残っているか図りながらの挨拶であったからだ。  早苗は早苗で、着替えとか一緒に寝ていた理由を聞きだすタイミングを図っていた。  阿求が起き出してから気付いたのは、早苗が寝ていた布団の隣にもう一つ布団が引かれていたことであった。  それなのになぜ一緒の布団で寝ていたんだろう、そう問いたかったが、まず先に聞くのは服のことであった。 「あの、阿求、ちょっといいですか?」 「ええ、いいですよ?」 「これって阿求の……パジャマですよね」  早苗はどうしても空いてしまう胸元を片手で握り締めて閉じながらそう確認する。 「ええ、私のですね。早苗、昨日そのまま寝てしまいましたので、私が着替えさせていただきました」  阿求は安堵する。この感じならおそらく昨晩の記憶はないに違いない、と。  その安堵で阿求は早苗に意地悪をしたくなる。  昨日散々、弄ばれたのだ、これくらいは当然であると。 「眼福という言葉を標語に掲げたい経験でしたね。いやあ、本当に早苗羨ましいです」  阿求は敢えて早苗の胸を凝視する。 「あ、あ、あ、あ、あきゅう」 「何でしょうか、早苗? 服が皺にならなくて良かった、と礼を述べて頂けるので?」 「う、うん、そうです、あ、ありがとうございます」 「いえいえ、どう致しまして」  阿求は優雅に礼をする。  これ以上いじめるのは阿求はやめておいた。  それに実際はタオルでお互いの体を拭いたりして、体を見る、どころの経験ではなかった。むしろ今すぐ起きて自分の身支度を自分でして欲しいと思ったくらいであった。  そして阿求にとっても予想外だったのは、 「ねえ、着替えはいいとして、どうして私の布団に?」  これだった。  昨晩寝るときは別々の布団に寝ていたはずであった。そして阿求が早苗の布団で寝ていたということは、阿求が早苗の布団に潜り込んだとしか思えない。  まさか人肌が恋しくて自然にとは言えなかった。 「わ、私、寝相が悪いんですよ」 「あ、そ、そうだったのですか」  二人の乾いた笑い声が阿求の部屋に響く。  阿求はどうせなら腕じゃなくて直接抱きしめてしまえば良かった、と後悔しながら。  早苗は着替えられたと同時に同衾してしまったと、動転しながら。  二人の笑みが止むと、ふと早苗が夢の話をする。 「そういえば、良い夢を見たんですよ」  うふふふと早苗が笑みを浮かべるが、阿求の背中に冷たい汗が流れる。 「夢の中で妖夢に攻められる幽々雄の夢を見ちゃったんですよ。  良かったですねー、気丈さを装いながらも妖夢になすすべなく快楽に落とされちゃうんですよ。  妖夢がしたのは指で幽々雄の口を犯すだけだったのに、幽々雄はそれでメロメロになってしまって……」  阿求は気が気でない。  早苗が昨晩の事を思い出してしまう可能性が、一歩一歩、二人の元に近づいてくるのを感じ取っていた。 「で、それを本にするんですか?」 「え、や、そんな、健全じゃない本は……」  早苗はわたわたと手を振って否定する。 「あの、早苗、憶えていますか?」 「何のことですか?」 「早苗、貴方が妖夢×幽々雄のエロ本を作る、とそう宣言したんですが」 「ひゃい?」 「ふふふ、そんな夢を見れるくらいなら、早苗の原稿については心配しなくていいみたいですね。  新嘗祭に向けて頑張りましょうか」 「わ、私、記憶にないんですが、言ったんですか? 私、そんなことを」 「あら、私の求聞持に間違いがあるとでも?」 「い、いえ……」  早苗が指先をせわしなく動かしながら、ああ、とか、うう、とか意味のない言葉を発する。  その挙句に言い訳をし出す。 「その、風祝である私がエロ本を書くだなんて」 「そもそも元のゲームが成人向けなんですが」 「あう、二柱に許可を頂いてからでないと」 「そうですね、じゃ、朝ごはん食べたら許可を貰いに伺いを立てに行きましょうか。  でも私と酒の上とはいえ約束したんですよ。駄目というと思いますか?」 「思いませんね……」 「じゃ、そう言うことで諦めて、早苗の夢を原稿に起こさないといけませんね」 「は、はい……」  詰み。 「じゃ、ご飯を食べたら、八坂様と洩矢様のところに伺いに行きますよ」 「えっ、ほ、本当に行くんですか?」 「いや、だって早苗が言ったではないですか」 「ごめんなさい、ごめんなさい、八坂様と洩矢様にはどうか、どうか内密に!」  阿求もまさか早苗が土下座までするとは思っておらず、急いで引き起こした。 「すいません、もちろん冗談ですよ。だから頭を上げてください」 「ほ、本当ですか」 「ええ、もちろんですよ」  今の早苗を見ていると、昨晩の早苗像が夢の様に阿求には思えてくる。  それでも書斎には二人の体を拭いたタオルが何枚か積まれている。  阿求は自分の早苗に対する想いを認めるようになっていた。  早苗と一緒にいたい、と。  昨晩の出来事は過ちではなく一歩、早苗さんに近づくための一歩なんだ、と。  阿求は早苗の腕に掴まる。  夜にそうして二人で眠ったように。 「さあ、早苗、まずは朝ごはんですよ。お腹が空いていては良い妄想もできないですよ」 「私二日酔いっぽくて食欲ないんですけど」  あの様な狂態をさらすほど酔いならば二日酔いになって当然であった。  それでも阿求は早苗の腕を引っ張る。ただ早苗の腕を放したくなかった。  だから食欲がないという早苗をも無理に連れ出していくのであった。  それからの二人の原稿は悪戦苦闘の連続であった。  話を作るのは良かった。  早苗の夢――阿求にとっては現実であったが――を膨らませる方向でまとまったからだ。  だが実際に書き始めて早苗の手が止まった。  第一に男性の裸体が難しかった。  第二に男性の局部の構造が分からなかった。  第三に男性同士の性行為に対する知識の欠如である。  第一の問題は阿求が再び、文字通り一肌脱ぐことになった。  早苗は早苗で例の夜に自分を着替えさせたときに見たからお相子ですと言い張り、毎日の様に阿求を脱がせてデッサンに励んだ。  阿求は無理矢理早苗に脱がされてしまったときに、顔が赤いのは単純に恥ずかしいからですと言うので精一杯だった。 「早苗、顔が近い、顔が近いです」と心の中で叫びながら。  第二の問題は稗田家に伝わる書物や、早苗や阿求が今まで買い集めてきた本を付き合わせることで何とかした。  結果として、人の範疇を超えてしまうような理解にならなかったのは僥倖であった。 「ねえ、この体勢で『入る』のかしら」 「どうなんでしょう、コッチの本ではもう少し、こうなって……」  阿求を四つんばいにさせて、早苗は後ろから阿求の腰に自分の腰を擦り付けたりしてみた。  そしてその瞬間に二人は我にかえり、とても気まずい一日が始まった。  第三の問題はその晩に解決策を練ることとなった。  二人は阿求の部屋で話し込む。 「本を読む」 「散々読んできましたけれど、そのまま使うのではパクリになりますし」 「人に聞く」 「阿求、お父様に貴方は男性との性交渉を持った経験があるかと聞けますか?」 「すいません……」 「謝らないでください、私だって当てがあるのでしたら言わないんですが。  貴方のお父様に限らず、こんなことを聞ける人は……」 「いないですね……、霖之助さんとかはどうですか?」 「霖之助さん、そうなんですか?!」  阿求は机を叩くように立ち上がる。 「阿求、落ち着いてください。別にそうだ、と言ってるわけではないんです。  ただ彼、超然としているところがあるではないですか。  そう、であっても不思議ではないと思ってるだけですよ」 「なんだ、そうなんですか。てっきり……」 「まあ、どちらにしても聞けないですよね……」 「無理ですね。もし違ったにしても霖之助さんの場合、書物から得た知識で語ってくれそうですが」 「う、うーん、それでもお世話にはなりたくないですね、次からどういう顔で会えばいいのか分からなくなりそうです」  二人は腕を組んで考え込む。 結局人に聞くという選択は消えてしまった。  夕食後、二人はヤケ酒を呷り始めた。  ただ阿求は前回の反省を活かして、早苗の飲むペースを抑えさせる。  早苗も原稿が心配なのか余り杯を空けるペースが早くはならない。 「はぁ」  阿求は寝転んで酒を飲みながら、前に買ったエロ本を読んでいる。  そんな阿求を見ての早苗の溜息だった。 「阿求、はしたないですよ。まったく」 「いいじゃないですか、お互いに肌を見せ合った仲なんですし」 「ちょ、見せたのは阿求だけですよ。私のは見られただけです」 「そんな屁理屈はいいんですよ」  そう軽口を叩きながらも阿求の脳内に考えが浮かぶが、阿求はそれをありえないと打ち消す。 「そろそろ本格的に取り掛からないと裏新嘗祭に間に合わないですし。  どこかで区切りを入れて駄目なら駄目でそれでも書き続けるか、他のネタに走るか決めないとですね」 「うぅ、はい、でも私が言い出したことなんですし……あまり記憶にないんですけど……最後まで書きたいんですよ」 「私も描きたいのは一緒なんですけど、やっぱり男性同士のってあまりイメージが湧かないですよね」 「ええ、特に、その……お尻の穴に入れるとかどんな感じなのか、全く見当がつかないんです」 「それは私もですよ」  二人で黙り込む。  早苗も阿求も頭の中で考えていることは一緒だった。  二人とも入れるのは無理だけれど、入れられるのは可能である、と。  阿求は手を手の平に爪が食い込むほど握り締めている。  早苗も口を開こうとするが、陸に打ち上げられた魚の様に口を開けるだけで言葉が出てこない。  結局口火を切ったのは阿求のほうであった。  阿求は顔を真っ赤に染め上げて、俯いたまま早苗と目を合わせないで口を開く。 「あの、その、試してみませんか……。いや、早苗が嫌ならいいんです。  このままでは原稿が進みませんし、それだと私も困るんで!  だから、私……、その……」  そこまで言って、阿求は言葉に詰まる。  早苗にもその気持ちはよく分かる。  阿求の手は震えている。顔は真っ赤で汗がにじんでいる。  そこまで緊張しながら申して出てくれたんだ、と思うと早苗は自然と阿求の体を抱きしめていた。  早苗に抱きしめられると阿求の体の震えが治まってくる。  阿求の手もおずおずと早苗の体に回されて二人は抱き合う形になる。  早苗の胸に顔を埋める形となっている阿求には、早苗の心拍が常ならない速さなのを感じ取り、緊張しているのは自分だけではないんだと分かり、緊張がほぐれていく。 「阿求、貴方に言わせてしまってすいません。でも、その本当にいいんですか?」  早苗の質問に、早苗の体に回された阿求の腕で早苗の体が強く締め付けられる。 「その……」  阿求はか細い声で続ける。 「何度も言わされると、決心が鈍りそうで、それに恥ずかしいのでもう聞かないでください」 「阿求……」  早苗はまだ自分の中で踏ん切りがついていない。  その一歩を踏み出すために、早苗は敢えてスペルカード宣言するかのように力強く言い放つ。 「阿求、今から貴方を抱きます」 「はい……」 「や、やっぱり恥ずかしいですね」  布団の上に、まだ服を着たままの阿求が寝転んでいる。  こんな光景は原稿明けに何度も見てきたはずだった。  それでも阿求の頬は赤く染まり、早苗を待ち構えている。  そんなスパイスが振り掛けられている阿求を見るのは初めてだった。  だから早苗の胸も高鳴る。  喉がひりひりと渇く。  口の中が粘りつく。  手を伸ばせば阿求に手が届く、届いたら阿求をこの手で開拓することになる。  先ほどは阿求に選択肢が与えられた。  今度は選択肢は早苗の手元にある。  早苗には無限の選択肢が与えられている。 「こんなこと止めましょう」という選択肢も、キスをする選択肢も、何でもある。  ただ早苗には止める、という選択肢は思い浮かばなかった  阿求の肌に触れたかった。阿求の体温を感じたかった。  早苗を待っている、阿求は布団に横たわったまま待っている阿求がいるのだ。  その瞳は潤んでいる。まるで永遠亭の兎のように自分を狂わせる瞳だ、そう早苗には映る。  何か言うとかえって気恥ずかしい気がして、早苗は黙って四つん這いで阿求に近づく。  早苗の腕が阿求のスカートに触れる。  それだけで二人は体を震わせる。  早苗はスカートに手をかけて、ゆっくりとそれをめくっていく。  阿求は目を瞑って、それに耐える。  今まで早苗の下着姿を見たことは何度もあった。でも今までは別室で自分で脱いでいた。  それが今は、他人、早苗の手で行われている。  阿求は何か早苗に言いたいと思うが、言葉が思いつかない。  早苗も何を言ったらいいのか分からない。だから目の前に集中する。  そうすると早苗の眼に阿求のドロワーズが露わになる。  でも、今日はそれが最終目的ではない、もう一枚下が目的地である。  早苗はドロワーズに一瞬触れて、直ぐに指を離してしまう。 「あ、あの……」  そんな早苗の様子を見て阿求は切り出す。 「私、自分で脱ぎましょうか」  おそらくその方が二人とも気楽であったろう。  阿求は自分で脱げるのだし、早苗は早苗でそれを見るだけでいいのだ。  けれどそれは早苗の選択ではなく、阿求の選択である。  その一言が早苗の心の中に強い柱を立てる。  恥ずかしいのは私より阿求なんだ、怖がらせてどうする。せめて私がしっかりしないで阿求を不安がらせるわけにはいかない。  そう早苗は心に決めた。  そして阿求にできるだけ安心させる感じで語りかける。 「ごめんなさい、阿求。私って駄目ですよね、阿求をこんなに不安がらせちゃうなんて。  できるだけ、私もこんなの初めてだからどこまで阿求に優しくできるか分からないけれど、私に任せてください。  だから阿求はそのままでいて。でも痛かったり、嫌だったりしたら言ってくださいね」 「はい、早苗にお任せします。嫌だったら言いますよ、もちろん。でも早苗ならそんなことはしないって信じてますから」 「阿求ったらプレッシャーかけるんですね」  早苗は苦笑しつつ、一回深呼吸をする。 「このままだと、いろいろしにくそうですので四つん這いになってもらえますか?」  阿求はほんのわずかに躊躇した後に、頷くと体勢を変える。  阿求はお尻を早苗に突き出すように四つん這いになる。  その体勢が恥ずかしいのか阿求は枕に顔を埋めて、外界の情報を遮断してしまう。  早苗は再び阿求のドロワーズに指をかける。  早苗の指は先ほどのような震えはない。 「脱がせますよ」  早苗は念のため阿求に確認を取るが、阿求から返事はない。  阿求は耳までを塞いでいるわけではないので、聞こえなかったわけではなかった。  返事をしても枕で音がかき消されたのか、そうでなくも返事がないということは肯定だ、そう早苗は断じた。  早苗はドロワーズにかける力を強める。  ドロワーズの布地としての遊びがなくなり、張り詰めていく。  早苗には、その延びた布地がまるで自分と阿求との関係のような気がする。  今、私達はこの張り詰めた状態なんだろう、と。  じゃ、そこから一歩進みましょう。  早苗のその想いが指に伝わり、阿求を覆っているドロワーズがその役割を徐々に放棄していく。  早苗がドロワーズを完全に抜き去り、布団の脇にやる。  早苗の頭の中で弾幕が乱反射する。  早苗の目の前に阿求と秘所と肛門が晒されている。 「止めるなら、今止めるって言ってくださいね」 「……」  阿求は沈黙を守る。  早苗は心の中で数を数える。  阿求が一人、阿求が二人、阿求が三人。  頭の中で阿求が十人並んで挙手したところで、早苗は頃合良しと判断した。  早苗は阿求の臀部に顔を近づける。  いろいろな香り、臭いが早苗の鼻を突き刺すが早苗は構わずにもっと顔を近づける。  阿求はその早苗の気配を感じて括約筋を締めるのが、早苗には容易に見て取れた。  そんな阿求の緊張を笑うかのように、早苗は阿求の肛門に息を吹きかけた。  阿求が全身を大きく震わせる。  枕越しにでも、声にならない声を上げたのが早苗にも聞き取れた。  阿求は再び緊張で体が小刻みに震え出していた。  早苗はまずは阿求に少しでも慣れてもらわないといけないな、と考える。  いきなりの行為では阿求の体に傷を付けてしまいそうに思えたのだ。  阿求の小振りなお尻に早苗の手が添えられる。  そしてゆっくりとマッサージをするように手の平で阿求のお尻を、少しずつ少しずつ揉んでいく。  お尻だけでなく太腿にも指を這わせていく。 「阿求の太腿綺麗ですよ」 「私と違って無駄な肉もついていないのにこんなに柔らかいんですね」 「食べちゃいたいくらいです」  早苗は阿求の太腿に舌を這わせながら、返事は期待せずに阿求に呼びかけ続ける。  枕に顔を埋め続ける阿求にとって、外界からの刺激は触覚と聴覚だけである。  その阿求に触覚だけの刺激では阿求には強すぎると早苗は思った。  だから阿求に呼びかけ続ける。  早苗は阿求の靴下も脱がせてかかとやふくらはぎにも口づけをする。  阿求の柔らかい足の裏にもキスをしようか迷ったが、その後に他のところにキスをすることを考えて止めておいた。  早苗は気にしないが、万が一阿求が気にするといけなかったからだ。  早苗の口づけは早苗の下半身の随所に降りかけられる。  ただ秘所と肛門と言う敏感な部分を避ける。  それでも内腿を指で擦り、口づけをして徐々に阿求を慣れさせる。  そうしているうちに早苗が内腿を擦るたびに阿求が体をわずかに震えさせるようになってくる。  早苗が阿求の秘所を見ると、最初は全く反応していなかったそこも、蜜を湛え始めていた。  早苗は阿求の秘所を触りたい欲望に駆られる。  阿求の上げる嬌声が聞きたい、自分の手で阿求の体を弄りたい、そう思った。  けれど今日の目的は、あくまでお尻の感覚を得るためのものであった。  早苗の中で葛藤が渦巻く。  少しならいいんじゃないですか。  いや止めておくべき。  むしろたくさんしておいたほうがお尻も楽になる。  阿求と合意しているのはお尻に関することだけ、それ以外は何の話もしていない。  早苗の脳内でそんな意見が飛び交う。  結局早苗は脳内から秘所の事を拭い去る。  もし阿求に拒絶されたらと思うと早苗に手を出す勇気はなかった。  そして早苗の視線は再び阿求のお尻に戻ってくる。  阿求の肌は与えられた刺激で血流が良くなっているのか少し紅くなっている。 「阿求、行きますよ」  早苗はそれだけ言うと、阿求のお尻に人差し指の腹で触れた。  阿求の体が今までで一番大きく震える。  それに構わず早苗は指で阿求の肛門を何かを塗りつけるように擦っていく。  早苗は指を離して、阿求の肛門を観察する。  その桃色の窄まりはまだ何かが入るようにはとても見えない。  早苗は両手で阿求のお尻を掴む。  その手の配置に嫌なものを感じたのか、今までずっと枕に顔を埋めていた阿求が顔を枕から離して、何かを口に出そうとするが、早苗の行動の方が早かった。  早苗は両手で阿求の肛門を広げて、自分の舌を押し付ける。  だが早苗の舌は、阿求が括約筋を締めたことで押し出されてしまう。 「や、やめてくださいっ。き、汚いですよ」 「阿求なら、私なんでもできますよ」  早苗はにっこりと笑いながらそう断言する。  何の躊躇もなく肛門を舐めたことで阿求は納得せざるえなかった。  それでも阿求には抵抗があった。  せいぜいが指で弄られるくらいだと思っていたのに、いきなり舐められたからだった。 「ねえ、阿求」 「なんでしょう」 「そんなに緊張しないで、私を受け入れてくれないでしょうか」  早苗が正面からそう切り込んでくる。  自らの肛門に早苗の舌を受け入れるように、そう頼んでくる。  阿求は答えに詰まる。だがここまで来て駄目とは言えなかった。  そもそも先に言い出したのは阿求の方であった。  阿求は折れる。折れるしかなかった。 「は、はい……」 「それじゃ、力を抜いてくださいね」  早苗は阿求に慣れさせるために、再び指で阿求の肛門の周りをマッサージする。  阿求は括約筋に力を入れてしまうたびに、早苗は阿求に力を抜くように伝える。  それが五度も続いた頃には阿求は早苗の指に触られても、筋肉を強張らせることはなくなっていた。  再度、早苗の手が阿求のお尻を開く方向に働き、阿求の肛門を早苗が舐める。  一瞬だけ阿求は締めてしまうが、阿求は早苗に何度も力を緩めるように言われていたことを思い出して力を抜いた。  そしてその瞬間であった。  阿求の腸内に粘膜がねじ込まれてくる。 「ひっ」  阿求のお尻が早苗の舌を押し出そうとするが、早苗の舌はそれに抵抗する。  結局押し出されたが、早苗の舌は再び阿求の腸内に入り込もうとする。  そして、早苗の力を抜くようにとの言いつけを思い出し、また力を抜く。  早苗の舌が阿求の肛門の入り口を舐めるように動く。 「さ、早苗さん、ひゃ、そこ……」  阿求は早苗を呼ぶが、舌を阿求のお尻に差し込んでいる早苗に言葉で応える術はなく、早苗は阿求の腸内で舌を動かしてその返事とする。  腸内で舌を動かされるたびに阿求は内臓を直接揺さぶられるような感覚に囚われる。  早苗は早苗で舌を動かすたびに、阿求の体が震えて阿求が枕を握り締めて声を押し殺す愉しさを覚えてしまう。  早苗は脳内で自分を妖夢に、阿求を幽々雄に重ねる。  それだけで早苗の脳に変な成分が分泌され、もっと阿求をよがらせようと舌の動かし方を不規則に阿求の想像からずれるような動かす方をする。  阿求はそれに耐えられず、早苗が舌を動かすたびに、小さい声を上げて応えてしまう。  早苗はずっと阿求のお尻に顔を埋める形となっているため気付いていなかったが、阿求の秘所からは愛液が漏れだし、布団にシミを作り始める。  阿求は今まで感じたことのないその感覚に溺れ始めていた。  阿求にとってそれはもう感覚ではなく快楽になりつつあった。  早苗の舌が阿求の体の中で暴れまわっている、そう阿求は感じていた。  実際に体内に入っているのはごくわずかであるはずなのに、阿求にとってはそれが阿求の体の中、奥深くまで侵入して来ているようだった。  また早苗が強めに舌を押し込んできた。  その衝撃は阿求の脳までを揺らしてくる。  阿求の抱きしめている枕の表面は、阿求の唾液で一面濡れている。  早苗が舌を押し込んでくるたびに、阿求は声を上げるのを止められず、口を閉じることもできずに枕を濡らしてしまう。  これからこの枕を使って寝る度に今日の事を思い出してしまう、しかも少なくとも阿求の代では忘れることはありえないと思うと恐ろしいと同時に、それならいっそとも思ってしまう。 「早苗さん……、もっと」  阿求はそんな声を無意識に出してしまう。  さっきまでは押し殺していたその声も、もう阿求はいいや、と思ってしまっていた。 「早苗さん、私に刻んでください。  私が忘れたくても忘れられないくらいに」  阿求の懇願に応えるように早苗の舌の動きがまた変わる。  早苗の舌が動くたびに体が震える。 「さ、早苗……」  早苗の名前を呼んでも、返事が返ってこないこの状況に阿求は寂しさを覚えるが、早苗の返事代わりの舌遣いに涙をこぼして反応してしまう。  むしろ早苗の名前を呼ぶと、早苗が阿求の感じるところを探して刺激してくれる、それに味をしめてしまい始める。  阿求が早苗の名前を呼ぶ度に、早苗は阿求のお尻を苛める。  それで阿求は更に早苗の名前を呼んでしまう。  そんな絡み合ったまま墜落するような状況に陥っていく。 「はあぁ、早苗っ、ひんっ、いいの、お尻気持ちいいんですっ」 「だからもっとお尻ほじってくださいっ」 「早苗ので、もっと気持ちよくしてっ」  この光景を阿求は後で思い出して後悔するだろう。  それでも阿求は口に出して、早苗に懇願することを止められなかった。  早苗もそれに応えて阿求を攻め立てる。  早苗は脳内では阿求と幽々雄は同一の存在となっていた。  どちらが主でどちらが副ということではない。どちらも別な意味で大事な存在だった。  早苗は手で阿求の肛門を広げる必要がなくなったと思い手を離す。  そして阿求の秘所に触れることで、そこがどんな状況になっていたのかようやく知ることができた。  早苗は、自分によってこんなに阿求が感じていることに気付かされた。  早苗は胸が熱くなるのを感じた。  女同士でしかも、肛門を弄っているという異常な状況であるのに、いやだから一層早苗にとってはそれが特別なものに感じてしまったのかもしれない。  早苗は目の前の少女を特別な気持ちで見るようになってきていた。  このまま私の手でいかせてしまいたい。  その想いが早苗を急き立て、阿求を責め立てさせていく。  阿求は大きく体を震わせる。  早苗の手が阿求の秘所に延びて来て、阿求の秘芯や秘裂を同時に刺激し始めていた。 「あ、はっ、さ、さな……」  阿求には早苗の名前を呼ぶ余裕もなくなってきている。  もはや阿求は枕を唾液で濡らし続けていた。  早苗から与えられる快感以外脳に入ってこない。  阿求は早苗の名前を呼び続けるが、早苗には自分の名前だと認識できない。  それくらい阿求の言葉は快楽に侵されている。  それでも阿求は早苗の名前を呼び続ける。  いくときは早苗の名前を呼びたい。そう思っていたからだった。  そしてその想いは報われる。  早苗が舌を抜き差しするように動かす。その動きが阿求の限界だった。  それで阿求は自分が限界に達したことを体全体で感じ、そして彼女の頭の中を締める人の名前を呼ぶことだけを考えた。  その最後の名前だけはちゃんと出すことができた。 「さ、早苗、いっちゃう、お尻で……、早苗っ」  早苗は自分の名前が呼ばれると同時に阿求は体をえびぞりにしならせ、震え、そして布団に倒れ込むのを見ていた。  久方ぶりに舌が解放された。最後は顎がつりそうになっていたがどうにかこうにか耐え切ることができた。  そしてその結果が自分の前で意識を失っている阿求の姿である。  早苗は顔や指の周りを、近くにおいてあったちり紙で拭うと、阿求の体を楽そうな体勢に直す。  意識を失った阿求であったが、その表情は安らかなものであった。 「早苗……」  意識を失ったはずの阿求の口から、自分の名前が出てきて早苗は一瞬反応してしまうが、寝言だと分かり胸をなでおろす。  そんなに気持ちよかったのなら、後でちゃんと話を聞かないと、と思いつつ阿求の寝顔を見ていて、早苗も疲れを感じてしまう。  後片付けは後にしよう。  阿求を抱きしめて、毛布を一緒にかぶる。  阿求と同じ夢を見れるといいな、と思いながら。  それで早苗は今日一日は終わりだと思っていた。  だがまだ日は高い、その一日が終わるまではまだ時間があった。  早苗が目を覚ますと隣には阿求の姿はなかった。  別にいなくなったわけではなく、起き出して早苗を見ていた。 「ちょ、ちょっと阿求、な、何をしてるんですか?」 「何って、見なくても分かるでしょう。今度は早苗に体験させてあげようと言うんです。  早苗も妖夢に襲われる幽々雄の気持ちが分かったほうがいいでしょうし」 「いや、それは阿求に話を聞くだけでも」 「甘いですね、早苗」  阿求が見ていたのは早苗の臀部。  早苗の服はいつの間にか全て脱がされていた。 「ねえ、もう十分じゃないです……か?」 「十分じゃないですよ」  阿求は良い笑顔を早苗に向けてくる。 「それとも早苗は、私にするのは良くて自分にされるのは嫌、とでも仰るつもりですか?」 「イエ、ソンナコトアリマセンヨ」 「棒読みなのが気になりますが、折角の機会なんですから」  何が折角なのかと思ったが早苗は口には出さない。  阿求は早苗の体を横向きに寝かせて、自分はお尻を横から弄れる位置に座る。  阿求は先ほどまでの服装のままで、上半身は服を着ているが、下半身はスカートまで濡れてしまったせいか、何も身に着けていない。  早苗は阿求に寝ている時に脱がされたまま何一つ身に着けていない。  阿求は脇に置いた袋から何かを取り出した。  早苗がそれを見て、少し青ざめる。  阿求が持っているのは筆だった。  しかもいかにも細くて、あつらえ向きという感じだった。  そして阿求も同感だったらしく、ちょうどいい太さのが見つかった、という表情をしている。 「逃げるのはなしですよ」  早苗は釘をさされた。  八坂様、洩矢様すいません。  早苗はなぜか今更二柱に謝る。  だが早苗の脳内では二柱とも笑顔で頑張れと手を振って励ましてくれる光景しか幻視することができなかった。  阿求はその細い筆に舌を這わせて、唾液をまぶしていく。  噂に聞く閻魔様の判決を待つ霊達の気持ちがなんとなく分かってくる気がする時間が過ぎていく。  阿求は、準備が整うとわざわざ早苗の目の前に突きつけてその筆の太さを見せ付ける。  その筆は全体は真っ直ぐな構造をしており、早苗の小指より細いくらいで早苗は少しほっとするが、その現実的な太さに今からの出来事から逃げられないと悟る。 「早苗、いいですか?」  阿求は確認をとってくるが早苗に拒否権はない。  ただ早苗は頷くだけだった。 「力を抜いてくださいね」  さっき阿求に言った台詞がそのまま返される。  早苗は勤めて、それを実践しようとするが、筆を肛門に押し当てられた時にはさすがに一瞬力を入れてしまう。  それで阿求の筆は行き場を失うが、阿求は早苗の呼吸を計っていた。  早苗が筆が入ってこないのでわずかに安心し、力を抜いた瞬間のできごとであった。  早苗の体が異物感に震える。  早苗の腸内にその細長いものが入り込んできた。 「あ、阿求?」 「早苗のお尻、筆入りましたよ、半分くらいは入っちゃってますね。  まあ、一回入ってしまえば力を入れてもいいですよ。  むしろ早苗のお尻に与えられる刺激が強くなるだけですし」  阿求は早苗のお尻に差し込んだ筆をゆっくりと動かしている。  おかげで早苗が思わず力を入れえしまうと、阿求の言うとおりかえって刺激が増えてしまう。 「どうです、早苗。お尻に入れられた気持ちは?」 「何か、変な感じです」 「大丈夫ですよ、きっと早苗も気持ちよくなれますよ」 「そ、そうでしょうか?」 「気持ちよくなるように私が仕立ててあげますよ」  阿求の胸に不安が去来するが、早苗は阿求を信じてそれを打ち消す。  阿求は十回か二十回その筆を動かすと、袋を漁り先ほどの筆より僅かに太い筆を探り出した。 「さあ、早苗、次はこっちの筆ですよ」  阿求は愉しそうに早苗に筆を見せてくる。  今度の筆は早苗の小指ほどの太さであった。  早苗には乾いた笑いを浮かべることしかできない。  そんなやりとりを五回ほど繰り返した後だった。その度に筆の太さは大きくなっていた。  早苗は阿求が筆を動かすたびに、口から声や涎が漏れるのを我慢するので精一杯であった。  自分の太腿を動かすと、秘所から分泌された愛液がわずかに音を立てるが、阿求はそちらにはさきほどの早苗の様になかなか手を触れようとしない。  ただ筆を押し込み、抜き出して、かき回して早苗の反応を見ている。  早苗は段々太くなるが、その筆の単調さに少し厭いていた。  さきほどの阿求が達した情景を思い出し、太くなったとしてもそこに到れる気がしなかった。  というか太さ的には今早苗の腸内をかき回している筆が限界だと思い、阿求にもその旨を伝えた。  これ以上太いものは、早苗の限界をいろいろな意味で超えてしまう、そう思ったからだった。  阿求も「いや、今のこの筆まで入るとは正直思いませんでした」とのたまうた。  そんな筆を入れたのと思いつつ、早苗は筆から与えられるある程度の快感と、そして違和感ににじむ汗と共に耐えていた。  筆の動きか突然止まったことで早苗は阿求のほうを見遣る。  阿求がまた袋の中を漁っているのを見て早苗は不安に襲われる。 「あ、あの、阿求、これ以上は本当に無理ですから……」 「そうでしょうね」  生返事の阿求は袋を漁る手を休めない。  そして阿求は喜色を浮かべて一本の筆を取り出した。  その筆を見て、早苗は唾を飲み込まずにはいられなかった。  その筆の太さは今、早苗の腸内で蠕動に逆らっている筆より細かった。  確かに細かったが、その筆は今までの筆とは違っていた。  竹や葦といった素材で作られているわけはなく、その筆の太さは一定していなかった。  今までの真っ直ぐな筆であれば、一旦飲み込んでしまえば後は何とでもなった。  だが、その筆は中ほどに大きいこぶがありつつ、先端は細くなって入り易そうだったり、阿求の笑顔の意味が分かる構造をしていた。 「あの……、そろそろ……」 「男の人のも、筆と違って太さは一定じゃないですよね」  早苗の退路がいきなり絶たれる。早苗はもう十分だろうと逃げようとしたが阿求の一手がその打ち筋を消してしまう。  今までの筆は阿求にとっては予行演習でしかなかった。  この筆のための捨石、偶数弾であったのだった。  阿求がその筆を舐める舌使いは淫蕩であった。  早苗は頬を紅潮させている阿求の顔に早苗も見とれていた。  この阿求も阿求なんだろうと、その背後に何人かの阿礼乙女がいようとも、私の目の前にいるのは阿求なんだろうと。 「いいですか、早苗さん」  阿求が早苗の顔と自分の顔を近づける。  早苗は阿求の荒い息遣いを直接感じる。  その阿求の瞳に映っているのは自分だけだ、と早苗は感じ取る。  だから頷いた。  早苗の腸内を埋めている筆を阿求はゆっくりと引き抜く。  引き抜く動きのたびに早苗は微妙に声を上げる。  そしてその筆が完全に引き抜かれた瞬間には、早苗の口からは物足りなそうな声が上がったのを阿求は聞き逃さなかった。  その声について阿求は追求しようと思ったが、それより目を奪われる光景が目の前に広がっていた。  早苗の肛門が筆によって押し拡げられたままになっていて、筆の太さを保ったまま、阿求に向かって口を開けていた。  私が男だったらきっと我慢できなかったでしょうね、そう呟きながら阿求はそこ様子を早苗本人に詳述する。  自分の見たこともない肛門の姿に早苗はどう反応すえば良いのか分からなかった。  ただ阿求が自分の肛門に興奮しているという事実に早苗の奥深い臓器が蠢いたのは確かであった。  阿求がゆっくりと例の筆を差し込んでくる。  最初は、いや最初だけは細くて受け入れ易い形状だったのを早苗は思い出す。そしてその通り早苗の腸に筆が飲み込まれていく。  そして最初の山が来た。  だが先ほどまでもっと太い筆を飲み込んでいた早苗の肛門はその山を乗り越えてくわえ込む。 「早苗のお尻、すごいですよ。こんなに飲み込むだなんて、早苗さんのお尻、いやらしい動きしましたよ」 「そ、そんな解説は入りません」  阿求にはそう言ったものの、阿求の解説に早苗の胸も高鳴る。  そして二つ目のそして最大のこぶがある。  阿求は早苗の腸を傷つけないようにゆっくりと、だが確実に押し込んでくる。 「早苗さんのお尻、筆の形に合わせて広がってますよ。ほらこっちの筆のこぶにあわせて」  早苗は返事をしなかった。いやできなかった。  今までの筆とは全く違うその感覚に早苗は初めて純粋な快感を得てしまった。  そして三つ目の山も早苗の腸が飲みこんだ。  早苗はほっと息を吐く。  この筆を全て飲み込んだことで楽になるだろうと思っていたからだった。  そして阿求の手がそんな早苗の思惑を裏切るように動き始めた。 「ひっ、あ、阿求、そ、そんなに動かさ、ないで」  筆の山が早苗の肛門を通り過ぎるたびに、早苗の言葉が途切れる。  阿求はそんな早苗を見て、筆を動かす手を休めない。 「きっと妖夢に犯される幽々雄はこんな感じなんでしょうね」  阿求は早苗にまじないをかける。 「ほら、幽々雄様、お尻犯されている気持ちはどうですか?」  あの晩の焼き直しが繰り広げられる。  違うのは今回は妖夢が阿求で、幽々雄が早苗であり、前は口腔だったのが今回は肛門だということだ。 「はっ、はっ、よ、妖夢、や、止めて」 「止めてというわりに、幽々雄様のここ、こんなに私の物を飲み込んでますよ」  そう言いながら阿求は早苗の腸に筆を押し込む。 「ひっ、や、そこ、駄目っ、妖夢ぅ」 「だめですよ、幽々雄様、もっと我慢していただかないと」 「だめ、だめ、阿求、駄目なのっ」 「早苗、もっと感じてください。この筆で」  早苗は混乱していた。  自分を犯しているのが阿求なのか妖夢なのか、自分が早苗なのか幽々雄なのか。  二人のお互いを呼ぶ呼称がぶれている。  早苗にはまだ選択肢があった。  早苗には理性でその選択肢を選べるような状況にはなかったけれど、選択肢はあった。  あくまで幽々雄よして、妖夢の、阿求の肛虐に耐える道。  そして早苗として阿求の肛虐に耐える道。  そして早苗は選んだ、現実を。 「ふぁぁ、阿求、阿求、気持ちいいんです。阿求にされて私……」 「早苗、いっちゃっていいんですよ」 「阿求、阿求」 「んっ」  阿求は思わず早苗に口づけをしてしまう。  これは本を書くための演習であったはずなのに。  阿求は早苗の許可を得ずに唇を奪ってしまった罪悪感に襲われるが、早苗にとってはその口づけが堤防を決壊させる最後の一掘りであった。 「阿求、私お尻でいっちゃいます、阿求、阿求っ」  早苗は阿求の名前を呼びながら達する。  早苗が体を激しく動かすので、阿求は思わず筆を早苗の肛門から抜き落としてしまった。  その衝撃で早苗はもう一度絶頂に達してしまう。  そしてその早苗の肛門は阿求を誘うように口を開いて待っていた。  二人は風呂に入っている。  阿求の書斎は離れにあり、そして阿求が父に我侭を言って作ってもらった専用の浴室があるのである。  そうでなければ二人ともここまで体を汚すような行為をするのは無理であった。  二人とも無言である。  一足先に体を洗い湯船に浸かっている阿求は、体を洗っている早苗を見はするが声をかけることはしない。  早苗もあの狂態の後で阿求に掛ける言葉が思いつかない。  お互いに何を喋るべきなのか、何を喋ることができるのか分からないまま、体を洗おうという意見だけは一致してこうして浴室で体を磨いている。  交わされる会話は必要最低限のものだけ。  早苗がお湯を被り、石鹸を洗い流した。  この風呂は阿求専用のため、当然の様に狭い。  湯船は一人で入っても足を伸ばすこともできない程度である。  だから阿求は湯船から上がり、早苗に湯船を譲ろうとする。  そして足まで出した阿求の肩に触れる手があった。  早苗の手以外ありえない。  阿求は早苗の顔をみる。早苗も阿求を見ている。  阿求はあれからちゃんと視線が合ったのは初めてだと思った。 「阿求、一緒に入りましょう」 「でも、湯船狭いですよ」 「いいから、いいから」  早苗はそう言って先に湯船に浸り、片足を入れたままの阿求を手招きする。  阿求が戸惑ったまま立ち尽くしていると、業を煮やした早苗が阿求の腕を突然引っ張りこむ。  二人が湯船に浸かったことで大量のお湯が湯船からあふれ出る。  阿求は早苗に抱きしめられる形で湯船に浸かっている。  阿求の背中に早苗の胸が、早苗の太腿の阿求のお尻があたっている。  そして早苗は阿求が逃げられないように、阿求を抱きしめている。  阿求から早苗の表情は分からない。  だが阿求のうなじに早苗の息が吹きかかり、早苗に抱きしめられているということを実感する。  早苗がゆっくりと口を開く。 「まだお尻痛いんですけど」 「す、すいませんっ」  阿求は素直に謝る。  先ほどまでの行為は、どう考えても阿求より早苗のほうが負担が重かった。  早苗も別に怒っているわけではない、ただ言ってみたかっただけだった。 「私も阿求にいろいろしたことですし、お相子ですよ」 「あまり吊り合っていないと思うんですが、早苗がそう言うのでしたら……」 「ではそうゆうことにしましょう。  それでですね、ねえ、阿求、一つ聞いていいですか?」 「な、何をでしょう」 「貴方、最後私にキスしましたよね」  阿求を抱きしめる早苗の腕の力が強くなる。  その動きは早苗にとっては無意識のものであったが、阿求にとっては責めているように感じ取られた。 「す、すいません、お、思わずっ」  阿求の声が裏返る。 「思わず、なんですか」 「ええ、思わずです」  返事にならない返事。 「じゃ、阿求は私に思わずキスしてしまうような……気持ちがあるってことですか?」  その質問を聞いて、阿求は自問する。  どうなんだろうと。  早苗は確実に大切な友人、親友、最大の親友である。  そして肌を重ね合わせることも許せる、とも思っているし、実際こうして許してしまった。  では彼女は恋人、もしくは恋人にしたい対象なのであろうか、と。  少なくとも男性、女性含めて早苗以外に恋人にしたいと思う人がいない。  だがそれが早苗を恋人にしたい、という感情を証明することにはならない。  同時に今の自分には早苗しか見えていないのも自覚している。  いつから早苗の事を考えていたんだろう、と阿求は思い返す。  今日ではない、もっと前。  早苗に襲われてしまったあの夜? もっと前。  初めて一緒にイベントに参加した日? 違う。  早苗に下着姿でデッサンのモデルをさせられた時? いやもっと前。  早苗の家に初めて伺った日?  逆にその日から阿求は記憶を現在に遡上させる。  その日以降で早苗と一緒にいること以外で心を砕いたことがあっただろうか、と。  そしてなかった。  あの日以来、阿求は早苗と一緒にいることしか、一緒にいて何をするかしか考えていなかった。  多分、ずっと、私の寿命が尽きるまでそうなんだろうな、と阿求は認める。  なんだ、簡単なことじゃないですか。  早苗は不安だった。  阿求は押し黙ったままだ。  聞くべきではなかったかもしれない。  でも早苗は聞かずにはいられなかった。  そして阿求が黙っている時間が経つごとに、急激に早苗の不安も膨張する。  早苗の言語中枢は阿求の返事を待ちきれずに早苗の口を勝手に動かしてしまう。 「私、阿求のこと好きですよ。友達として」  その言葉に阿求は泣きそうな顔で振り返る。  そしてそんな阿求に次の言葉を投げつける。 「そして友達以上の大切な人として」  阿求の泣きそうな顔が一転笑顔になる。 「私もですよ、早苗さん」  こうして二人は合意の上での初めてのキスを交わした。  二人は風呂でそのままお互いの気持ちを伝え合う。  こうして早苗は稗田家で二泊目の夜を過ごすこととなった。  家人に阿求も、聞かれることもあった。  それでも阿求は早苗と一緒にいることを選んだ。  それは早苗と一緒だった。 「あやや、早苗さんは留守でしたか。神様にお茶を淹れていただくなんて恐縮ですね」 「世辞はいいよ、今日は何の取材だい?」 「いえ、最近早苗さんがこの神社にいることが少ないと聞きましたので」 「ほう、どこまで知っている?」 「早苗さんが阿求さんと『仲が良い』というところまで」 「それを記事にしたいと?」 「いやいや、そんな怖い目をしないでください。これはあくまでも個人的な好奇心、かつ他の天狗への予防線ですよ。他の天狗に写真を撮られないようにしておいたほうが良いのではありませんか? 私にならそれができる、のですよ」 「さすが鴉、小細工に走るか」 「いや、別に強制できる立場ではありませんし、もし受け入れられないのでしたら、後は成り行きに任せるだけの話で」 「まあ、いいか、商談成立だ。方法は一任するよ。ただし早苗に関して変な新聞が出回ったら、アンタのこの妖怪の山での居場所はなくなると思いなさい」 「いやあ、厳しいですね。だったら代わりに何かネタを下さいませんか。これでは割りに合いません」 「そのへらへらした顔で何を言うかね。まあ、いいか。  アンタの事だから記事にするなとは言わないけど、時期は読んでおくれよ。  あの二人を引き合わせたのは私と諏訪子さ。私達もあの稗田のは知ってはいたけれど、取材を申し込んできたのは先方さね。  でも私も諏訪子も早苗に阿求を会わせてみたかったんだ。  その、なんだ。早苗と阿求が昔の私と諏訪子に似ていたものでね。  おおっと、ここはオミットだ、私の話なんだから」 「駄目ですよ、そこがなければ読者は納得しません。それで早苗さんがこう度々稗田家に泊まりに行くようにしむけたんですか?」 「いや、正直こんな展開は私達の想像の外だよ。私としては良い友人候補くらいのつもりだったんだけどね」 「そうなんですか。それにしても風祝と阿礼乙女、なかなか前途多難そうですよね」 「妖怪と人間だって十分大変だろう。それと大して変わらんだろうさ」 「そうですね、では八坂様、貴方はお二人のことをお認めになるのですね」 「お認めになるも、早苗が自分で決めた事に反対するつもりはないよ。まあ、まだあの子は私に秘密にしているつもりみたいだけどね」  机の上には昨日の裏例大祭で早苗と阿求が出した本が載っている。  一冊はいつものように、妖夢×幽々雄本(成人向け)。  もう一冊は同じゲームの少ない女性キャラ、霖子×忌の百合本であった。 「あの子の人生だ。好きにさせるさ」 「ねえ、阿求、次は何の本にしましょうか」 「そうですね、でもその話をする前に……キスしてくれませんか?」