とある一つの土地がある。
その土地を、アラブ人はパレスチナと呼び、ユダヤ人はイスラエルと呼んでいる。
その昔、二つの民族は互いの宗教を尊重し合い、ここで仲良く暮らしていた。
しかし、世界戦争による勝者の世界分割により、民族間の関係は急激に悪化。
この小さな土地を奪い合う事態に発展した。
先進国の援助を受けたイスラエルは、大きな武力で瞬く間に支配域を拡大。
物資の少ないパレスチナは、ゲリラやテロでこれに応戦。
四度もの大きな戦いを経て、争いは今なお続いている。
いわゆる、この『パレスチナ問題』を何とかしようと、これまでいろいろな試みが行われてきたが、
民族間の悲しみと憎悪は根深く、やり遂げられた試しはない。
とある外国人ジャーナリストが、ユダヤ人エリカとアラブ人ソヘイラを引き合わせたのも、その一つだった。

二人の少女が文通を通して友情を育めば、武器を持った大人たちの心に和平への関心が芽生えるかも知れない。
パレスチナ問題解決の糸口となる物語が生まれるかも知れない。そう考えたのだ。
しかし、それも失敗に終わった。
最初、ふたりの少女は確かに友情を育んでいたが、二十歳にもなるとお互いへの関心を失い、
この国はそもそも自分たちの土地であることを主張するようになった。
二人が特別なのではない。それは、お互いが国から学んだとおりの、一般的な考え方だった。

12年後、二人は死海の浜辺で偶然の再会を果たす。
二人はどこかよそよそしく、あたりさわりのない会話を始めた。
「元気だった?」「家族は?」「結婚は?」「子供はいるの?」「今はしあわせでいるの?」
ふたりはお互いの問いかけに対し、十分に答えることができなかった。
ソヘイラは言えなかった。数年前にイスラエル軍の占拠で家を失い、難民となってしまったことを。
エリカは言えなかった。家族がバス停で自爆テロに巻き込まれ、夫と息子が入院していることを。
別れ間際に、エリカが言った。
「ソヘイラ、あなたの夢はなあに?」
「家族と幸せに暮らすことよ。それしかないわ。エリカ、あなたの夢は?」
「うん、私も同じことを考えてた。おかしいよね…」
そう言ってふたりは笑った。
それから、抑えていた感情が爆発したかのように、ふたりは手を取り合って泣いた。
同じものを求めているのに、愛しているのに、なぜ私たちは分かり合えないのか。

平和に対するひとつひとつの思いは消えず、今も月と星の空をさ迷い続けている。