とある国で、背中に翼のある子供が生まれた。「天使さまだ」大人たちはそうはやし立て、少女を神に祀りあげた。
大人たちは豊穣や貿易の成功を少女に感謝し、また更なる富を少女に祈った。
実際、少女にそんな力はなかった。それどころか。生まれた時から現人神として扱われてきた少女は、自分の意思すら示すすべを持たなかった。
それでも、人としての本能や感性が、ないわけではない。少女は、自分と同じくらいの子供たちのはしゃぎ声に、自由に空を飛ぶ鳥たちに、ずっと憧れていた。
神通力も飛行能力もない、飾り物の翼。いつか大人になったら、この翼で飛べるようになるのだろうか。ここを出て、自由になれるのだろうか。
空に思う願いだけが、少女に許された唯一の自由だった。

「神の子を独占するな」「あれは、我が国のものである」大人たちは少女をめぐり、戦争を始めた。
大勢の人が犠牲となり、数知れぬ悲劇が生まれた。各国が戦いに疲れきった頃、とある賢者がこう言いだした。
「人々よ、目を覚ませ。神の子などいるから、多くの血が流されるのだ!」

少女は捕えられた。各国の調査官が少女に神の証明を強いた。「この岩を砕いて見せよ」「この水をブドウ酒に変えて見せよ」
できるわけがない。少女の背にある翼は神とはなんの関係もない。単なる身体的特徴でしかないのだから。
「この子は神ではないことが証明された」大人たちはそう宣言し、少女の羽を毟り、牢獄に閉じ込めてしまった。
議会は少女を災いの子と断罪し、処刑を決定する。彼女にはもう、流す涙さえなかった。

刑執行の前夜、牢の天窓からひとりの男が現れた。「姉さん」呼びかける青年。この人は?「僕は姉さんの弟だよ」
青年は上着を脱ぎ、自分の翼を見せて言った。「母さんは、姉さんを奪われてから、僕には翼を隠して生きるように言ったんだ」
「私の、お母さん…」少女はつぶやく。私に家族が…。
「さぁ、行こう。父さんも母さんも、姉さんを待っている。家族みんなで旅立とう!」
少女は初めて自分の意思で手を伸ばす。自分に家族がいる。それを知ったとき、少女は初めて、声をあげて泣いた。
「さぁ、姉さん。どこへ行こうか?」微笑む弟の問いに、少女は星の夜空を仰いで言った。

悲しみのない、自由な空へ。