娘がひとり、屋台に並んだ面を見つめている。青年は興味を持ち、娘に声をかけた。「見かけない顔だね。どこから来たの?」
後ずさりする娘。青年は不躾な言葉を詫び、笑顔で言った。「村の祭りは初めてかい?歓迎するよ」娘は軽く会釈を返し、また並ぶ面に視線を戻した。
青年もそれとなく陳列している屋台の面に目を向ける。そして、小さく驚きの声を上げた。全ての面が、狐面だったのである。
「ほ・・・欲しい面があるのかい?」娘はこくんと頷いた。右端にかかっている面を指差す。「あの面が、お父さんに似ているのです」
「お父さん?」「私は父を探す旅をしておりました。ここへ寄ったのは、その帰り道でございます」「旅…」どう見ても、旅人という風ではない。浴衣の振袖が、夜風になびいている。
「お父さん、見つかったの?」「はい。戦場で」「戦場?!」「合戦の跡、残ったたくさんの骸の中に、足軽の姿で倒れている父を見つけました」
狐の面を撫でる娘。そのときのことを、思い出しているのだろう。

  「あぁ、お父さん!」「・・・お前。どうして、ここに・・・」男は虫の息で娘の顔に手を伸ばした。愛しい娘の姿を、死際の翳んだ意識で受け入れる。
「どうしてこんなことに・・・」人間の姿で血を流す父に、娘はどうしてよいのかわからず、その手を握り締めては、おろおろするばかりだった。
「・・・お前、俺を探してここまできたのかい?人間に化けてまで・・・」父の言葉に、娘はうんうんと頷いてみせた。
「俺は・・・、獣の生活に飽きあきして・・・。生まれ変わりたかった。違うものになりたかったんだ・・・」父は、家族を見放した理由を語り始めた。
「やはり、人間がいい。立派な家を建て、暖かい着物を着て、食料を蓄える知恵がある。
命懸けで冬を越える必要もない。それが、いざ人間になってみたら・・・」
灰色の空を見つめる父の頬に、娘の涙が落ちる。その涙は、まるで父が泣いているかのように、頬を伝って地に落ちた。

「何者になろうと、生きる苦しみからは逃れられなかったよ」

気がつくと、そこに娘の姿はなかった。ふと見ると、ずらりと並んでいた狐面は全て、ひょっとこやら、お多福やら、翁やら、別の面に変わっている。
「あんちゃん、どうだいひとつ」屋台の主人が呆けている青年に声をかけた。青年は咄嗟の事に、口も頭もまわらない。「きっ、きつね!ここにあった狐の面は?!」
「狐の面?あぁ、残念。ひとつだけあったんだけどねぇ、さっき綺麗な娘さんが買って行ってしまったよ。お母さんに持って帰るんだと言っていたなぁ」