立派な墓石にユリの花を添える一人の女性。その背中に、教会の老神父が声をかけた。
「彼女の葬儀は昨日終わりました。多くの人が参列してくれてね、とても盛大で華やかなものになりましたよ」
墓石に刻まれた名は、フリア(英名・ジュリア)・パストラーナ。1834 〜 1860年、享年26歳。
彼女は『世界で最も醜い女性』と宣伝され、米国や欧州で見せ物にされた女性である。
フリアは死後約150年を経て、ここ、生まれ故郷のメキシコに帰り、埋葬された。
「フリア・パストラーナ。彼女の人生は、きっと悲惨極まりないものだったでしょうね」女性が言った。
「なぜ、そう思うのです?」と神父は怪訝な顔をする。
「だって、そうじゃない。多毛症という障害のせいで、見世物小屋で化物あつかいされながら一生を終えたのよ。
 それだけじゃない。死後はミイラにされて、今日に至るまで、150年間も見世物にされ続けた。
 これが悲惨な人生じゃないのなら、なんだって言うの?」
女性は悔しそうに言った。

フリア・パストラーナは、1834年メキシコ・シナロア州で生まれた。
彼女は極端な多毛症のため、首から上は常に長い毛で覆われていた。いわゆるフリークス(奇形)だった。
そのため人目につく職にはつけず、10代前半まではお屋敷の倉で下働きをして暮らしていた。
ある日、フリアの噂を聞きつけたセオドアという米国人興行者が彼女に近づき、こんな話をもちかけた。
「俺と一緒に来れば、こんな仕事にしばられずにすむぞ。君はショーに出て世界を駆け巡るんだ。金も今の何倍も稼げる」
フリアはこの話に乗った。いつも自分の未来を変えたいと思っていたし、それを実現するには、多少胡散臭くてもこの男の話に乗るより他になかった。
「そして彼女は、生涯を見世物小屋で暮らすことになったのです」神父は、墓石を見つめながら言った。

セオドアは彼女をこう宣伝した。
『人間とオランウータンの交配!』『世界で最も醜い女!』『極端に不快な生き物!』
フリアは見世物小屋で、歌やダンスを仕込まれ、日々のショーをこなして行く。時には猿の物マネをさせられることもあった。
観客たちはハンカチで口元を押さえ、悲鳴を上げながら彼女を嘲笑した。偏見を看過する残酷な時代が、そこにあった。
しかし、特別に金を払いフリアと会ったという人は、彼女に対して別の印象を持った。

『彼女は美声の持ち主で、首から下は女性として完璧だった。豊かな胸、細い腕に長く美しい脚、ウエストなど
 たいへんに優美であった。性格も穏やかで優しく、少し話しをしただけでその知性の高さが伺えた。
 しかも、各国をめぐる見世物巡業の中で、彼女は数ヶ国語を習得していた。
 さらに彼女は財を抱え込むようなことはせず、慈善団体への寄付を常としていたのである。
 私はわからなくなった。
 彼女が人と違うことは確かだ。確かなのだが―。一体、彼女と我々の違いは、何なのであろう』

いつしかフリアにはファンがつくようになり、たびたび彼女に求婚する者が現れるようになった。
彼女のお陰で金持ちになっていたセオドアは慌てた。これを阻止しようと、セオドアはフリアと偽装結婚をする。
その後、フリアに対する囲い込みはいっそう厳しくなり、フリアは見世物小屋から外へ出ることは許されなくなってしまった。

フリアは26歳の時に妊娠した。
相手はわかっていない。夫のセオドアではないであろう。おそらく、ショーの後に金を払って通う男の中のひとりと思われる。
フリアは息子を出産した。自分と同じ多毛症の子供だった。フリアは自分とそっくりな赤ん坊が愛おしくてたまらず、
寝る間も惜しんで我が子を愛でていたという。しかし、この子には体力がなかったのか、数日後に死んでしまった。
フリアは失望のあまり衰弱し、産後の肥立ちの悪さも重なって、終には命の危機を迎えてしまう。
「フリア姉さん!僕らを置いていかないで!」フリアと同じ境遇にある、見世物小屋の仲間たちが手を握る。
「ごめんね」と力なく答えるフリア。そして彼女は、最期の言葉を残して、天国のわが子を追って逝った。
「私はね、しあわせのうちに死にます。だって私は、充分に愛されていましたから」

「フリアの物語は、ここまでです」神父は言った。
「その後の話は、彼女とは関係のない、醜い人たちの物語です。
 夫セオドアは医師に金を払って2人をミイラにして興行を続けます。
 その上新たに多毛症の女性を見つけて再婚、『フリアの妹』と宣伝し、さらに荒稼ぎをしてまわりました。
 今や大金持ちとなったセオドアですが、彼はある日のこと、突然発狂します。
 セオドアは銀行から全財産を引き出すと、奇声を上げながらそれを川へばらまき、一瞬で無一文になりました。
 彼はモスクワの精神病院に送られ、誰も見舞いに来ないうちに、廊下の隅っこで膝を抱えたまま亡くなりました。
 その後150年間。金の成る木として、悪党によって奪い奪われ続けてきたフリアとその子供のミイラ―
 …ですが、そんなところにこの美しい親子の魂が、執着するわけがない。それはもう、フリアの物語ではないのです」

「確かに…、そうね」女性は一瞬優しい顔をみせたが、また鋭い視線を向けて言った。
「それでも私はフリアが幸せだったとは思えないわ。人の倍の苦労があったはずだもの。
 難病に苦しみ、偏見に苦しみ、不自由に苦しんだはずだもの。
 なぜ自分はこんな姿で生まれてきたのだと、それを恨んだりもしたはずよ。
 だって彼女は、化物でも天使でもない、人間なんだから!」

「…あなたの言うとおりです。彼女は人より多くの傷を心に負いながら、その残酷な時代を生きたことでしょう。
 それでも、フリアは人を愛したんです。
 社会貢献を続け、仲間たちを愛し、男性を愛し、我が子を愛したんです。
 だからこそ、彼女は愛された。
 フリアは自ら証明して見せてくれました。
 ―愛すること。
 どんな境遇にある人だって、それができないはずはないのだと」

向かい合う二人の間を、やさしい風が吹き抜けていく。
風は、美しい木々の緑と、献花されたユリと、女性の長い前髪を揺らした。
鱗のように固くなった皮膚が、顔の左半分を覆っている。
その左目からは、大粒の涙が溢れていた。