戦争で一番おそろしいのは何かって?
あんた、あたしが「それは死ぬことだ」って答えると思ってるんだろ。
あはは、ジャーナリストの考えなんてお見通しさ!
そうだね。戦争で一番恐ろしいのは、男物のパンツをはいていることだよ。
これは嫌だった!もう恥ずかしくてさ。
祖国のために死ぬ覚悟で戦地に居るのに、はいているのは男物のパンツだなんて。
がばがばでつるつるした生地で縫ってあって。
まったく、どうしようもない!夏も冬も四年間だよ!

土豪の中には女兵士が二十人。それだけ女が集まれば、それなりのグループもできあがる。
そんな中、仲間のひとりがあたしに言ったんだ。
「あなたの他にもうひとり、すごい美人がいるのよ!」
みんなは、あたしとその子とどっちが美人かで、勝手にもりあがっていたのさ。
美人の名前は、クドリャフカ・アフメートワ。
クドリャフカ(巻き毛ちゃん)なんて言うからどんな女なのかと思ったら、亜麻色の瞳に黒髪の― ふん、たしかに美人だった。
ありゃ、南部の生まれだろうね。あたしゃ、ああいう真っ直ぐの髪に憧れていたから、ライバルが
自分にないものを持っているというのは、どうにも煮え切らない気持ちだったよ。
ふふ。あの頃は、あたしも若かったのさ。
まわりが始めた美人合戦に気を取られてしまって、あたしもクドもなんとなくお互いをさけるようになってしまっていた。
それが、クドと話す機会は突然に訪れたんだ。
それは、クドが狙撃されたときだった。

衛生兵だった私は、狙撃されて二階の窓から落ちるクドのそばにかけよった。
クドは狙撃手のくせに隠れるのがヘタクソで、狙撃にはまったく向いていなかった。
…いいや、もともとあの子は、銃を握ること自体に向いていなかったんだ。
「私、家族がいないの」
クドが何を言っているのか、最初は分からなかった。出血に意識が朦朧として、うわ言を呟いているのだと思ったよ。
「・・・ずっと、ひとりぼっちだったの。だから・・・」
「しゃべるのは助かってからよ!」
あたしはそう言い捨てたんだけど、クドは喋り続けるんだ。
「あなたに憧れていたの。青い瞳。潤った唇。なめらかなブロンドの髪。なんて綺麗な人なんだろうって…。
こんな人と友達になれたら素敵だなって、ずっと思ってた。なのに、話す機会を失ってしまって…」
こんなところで、いきなり素直になられて、全く困るじゃないか。あたしゃ言ってやったよ。
「あんた、こんな男物の下着をつけたままくたばる気?ドイツ人に見つかったら、弄ばれた挙句に、笑いものにされるのよ!
冗談じゃない!あんたも、そう思うでしょ?!だったら生きて―」
クドはあたしの腹立ちが可笑しかったのか、一度だけクスリと笑ってみせた。
可愛らしい、こっちもつられて微笑んでしまうような、そんな笑顔だったよ。

それから私は、クドの瞳が動かなくなってからも、彼女を自分の陣地へとひきずって運び続けた。
男物の下着をつけたクドを、あんなところに放っておけやしなかったのさ。
戦争の中にいたって、あたし達は女だった。あんたも女ならわかるだろう?プライドさ。
当時の私達にとって、それは命と同じくらい大切なものだったんだよ。
その後、ソ連の国境を越えたポーランドの最初の村で、やっと女物の下着が支給されたのさ。
これでぶざまな死様をさらさなくてすむ。あたしたちは、今まで履いていた男物の下着を頭上でくるくる回しながら大喜びしたよ。
想像してごらんよ!こんなおかしな光景ったらないだろうに!あっはははは―

どうして笑わないのさ。
あんた、泣いてるのかい。
どうして?