1968年アメリカ南部。一人のプロレスラーの元に、一通のファンレターが届いた。
「ファンレター?私に?」ヒール(悪役)の自分に手紙など初めてだった。

 「ブラックピンクさんへ。ぼくはブラックピンクさんがだいすきです。ブラックピンクさんは、おおきくてつよそうで、やさしいめをしています。
  きょうもまけちゃったけれど、ぼくはブラックピンクさんがいつかきっとかてるとしんじています。あしたはきっとかってください」

「うれしい・・・」。しかし、その分悲しみも深い。彼女は目を伏せて手紙を折り畳む。
マネージャが彼女の肩に手を置いて言った。「気にするなよ。これはショーじゃないか」

いつものように、ブラックピンクへのブーイングと、ロザリーエンジェルへの拍手喝采により試合は始まった。
憎き黒人レスラーが、美人の白人レスラーに投げ飛ばされる姿は爽快だ。「黒い悪魔め!」「やっちまえ!」
ようやく訪れようとしていた黒人と白人の平等な社会。その変化を恐れる一部の輩が、ブラックピンクを見下すことでウサ晴らしをしている。
成すがままに討たれマットに平伏すブラックピンク。その最中、彼女が目にしたのは、
総立ちの観客の中で自分を涙ながらに見守る、小さな子供の姿だった。
(・・・手紙の子)自分と同じ黒人の子だと思っていたら、それは、白人の男の子だった。
彼女は冷静になろうとした。やっとの思いで見つけた仕事だ。約束を破り首になってしまったら家族はどうなる。
まだ働けない幼い弟たちはどうやって食べていけばいい。このまま床に平伏せていれば職を失わずにすむ。
エンジェルが勝たないとお客はこない。これが私の仕事なんだ。彼女は自分に言い聞かせた。
しかし、もう一度その男の子を見たとき。うつむいて大粒の涙を流す少年の姿に、彼女は抗うことができなかった。

ブラックピンクは自分を足蹴にしていたアイドルレスラーを持ち上げ、リングの外に放り投げてしまった。
静まる場内。リングの下で、一番人気の美人レスラーが目を回している。
「オーマイガっ!なっ、なんということでしょう!我らがアイドル!ロザリーエンジェルがブラックピンクに
やられてしまいましたっ!信じられませんっ!!」客席から大ブーイングが沸き起こった。
彼女は、悪魔の付け爪と牙、耳に翼、コスチュームに付けられた滑稽な装飾を外してゆく。
大層な衣装とメイクの下に隠されたていたのは、まだあどけなさの残る17歳の少女の素顔だった。
観客もロザリーエンジェルも目を見張った。

自分たちが足蹴にしていたのは、悪魔という抽象的な存在ではなく、自分たちと同じ、傷つきやすい生身の人間だった。

少女は、投げつけられたゴミの中から少年の投げた一輪の花を拾いあげると、静かにリングを去っていった。

翌日、切符係りのおじさんが少年に言った。「残念だけれどブラックピンクはもういないよ。ここを去ったんだ」
その人は誇らしげにそう言ういうと、ブラックピンクから預かったという手紙を少年に手渡した。

応援してくれてありがとう。あなたのおかげで、勝つことができました。
私はもう負ません。この先どんなことがあっても、きっと勝ってみせます。
ブラックピンク