「コラー!待ちなさいお前たち!!」母の叱責に逃げ出す姉と弟。台所の砂糖を勝手に食べていたことがばれてしまったのだ。
二人はごめんなさいと大声でわめきながら庭裏の雑木林へと逃げていく。「とうとう見つかっちゃった。どうしよう?」
ふたりは砂糖を舐めながら解決策を模索したがいい案など浮かぶわけもなく、日が暮れれば母の待つあの家へ帰らなければならない。
「しょうがない・・・。ふたりで謝ろ」姉は弟の手を引いて、家路へとむかった。

おそるおそる家に近づくと、家の前に一台のトラックが止まっていた。
兵士に促され、荷台に乗りこもうとする母。ふたりは怒られていたことも忘れて駆け寄った。「どこへ行くの?お母・・・」
「あっちへお行き!!」母は怒鳴った。「あたしゃ、こんな子供知らないね!早く行っておくれ!」
「お前の子ではないのか?」兵士が問う。「あたしに子供なんかいないよ!知らない子さ!」
「そんな・・・、ごめんなさい!ごめんなさい!行かないで!もう悪いことはしないから!」
二人は泣きながら母の腕にすがった。その様子を兵士が注意深<眺めている。母親はふたりを乱暴に突き放す。
「お前など愛していない」それがふたりの聞いた、母の最後の言葉だった。

置き去りにされた姉弟。「おねえちゃん。ママは僕たちのこと・・・。僕たちが悪いことばかりするから」
「そんなことない!ママは私たちを愛してる。確かに怒られてばかりだったけれど、だけど・・・。同じくらいいっぱい、私たちを抱きしめて
くれたじゃない。お洋服を縫ってくれたり、感謝祭にはケーキを焼いてくれた。他にもいっぱい、私たちのためにママは、ママはー」
否定する姉も涙が止まらなかった。二人とも母の愛は十分に分っている。しかし、まだ幼い二人の心は、あの辛い言葉に耐えられるように
できてはいなかった。その夜、二人は手を取り合って一緒に床に入った。背中で泣き止まない弟に姉は語りかける。
「ねぇ。もし…。もしも、ママが帰ってこなかったら。私がママの代わりになるよ」「…おねえちゃん」「なあに?」
弟は涙を拭いて言った。「大好きだよ」

あの時、母の身に何が起こっていたのか。二人がその真相にたどり着いたのは、母を捜して14年目のことだった。
アウシュビッツ収容所資料館の職員が、展示ケースからそれを取り出して二人に手渡す。
懐かしい、薄紫色の母の服。その袖裏に織り込まれていた、一枚の写真。幼い日の自分たちが、手を繋いで写っている。
「姉さん。母さんは僕らのこと・・・」「うん」
二人は母の思い出の前で、写真と同じようにもう一度手をつないだ。