X'masすぺしゃる

Christmas for Fools

99.12.24 up

見もしないのにつけてあるテレビの向こうから、クリスマスソングが流れてくる。
ブラウン管の中には、まるで絵に描いたような薄っぺらい聖夜の情景。
「クリスマス、か。昔と違って季節なんてもうないのに、こんな行事だけは残るのね」
画面には目もくれずに、ひたすらにディスプレイに向かってキーボードを叩きつづける。
眼鏡に乱反射するディスプレイの光が、彼女の瞳を見えにくくしている。
「こんな日に、こんな所で仕事なんて、つまらないものですわね。お互い」
リツコは、ずっとディスプレイを見つめたまま、話しつづける。手は止まることなくキーを打ち続けている。
「司令も今日くらいは早くお帰りになって、可愛いお子様たちにプレゼントでも差し上げたらいかがですか?」
「その必要はない。サンタなど、くだらんおとぎ話だ」
皮肉よ。
ずっと画面を見つめたまま、眉一つ動かさずに。尚も手は澱みなく動きつづける。
パチン
何もない空間を埋めるためだけに垂れ流していたテレビを、突然消された。
急にがらんと広くなってしまった研究室の中に、革靴が床を鳴らす音だけが響く。
その足音は、リツコの座っている椅子の後ろで止まった。
手袋をはめた手のひらが、リツコのうなじを撫でる。
「まだ仕事が片付いてませんわ」
「構わん。この後再開すればいい」
髪の毛をゆっくりと梳かしていく。
「今日は神の生まれた聖夜なのに、こんなことをしていいのかしら」
「旧世紀の神なぞ、既に意味もない存在だ」
リツコはようやくキーボードを打つ手を止め、眼鏡を外してディスプレイの脇に置いた。
作業していたウィンドウを閉じると、可愛らしいリースとツリーが交互に並ぶ壁紙が表われた。
マヤの仕業ね。
「まだまだ先は長いんですからね、あまり手間をとらせないで」
赤と緑がやたらと目に付いて、うんざりする。
聖夜なんて、くそくらえよ。
 
 
冷房の所為で妙に冷えきっている研究室の空気は、触れ合う肌の温度を心地よく感じさせる。
さっきから、リツコは自分を見下ろす視線を感じていた。彼女の上から彼女を見つめる、もう一人の自分。
獣じみた声を上げて、虚ろな目をして身体をくねらせている、くだらない女を見下ろす、冷たい女。
うるさいのよ。
絡み付く冷たい視線。
掌の火傷の跡が肌に触れるたびに、心の隅が疼く。
リツコの肌の至る処に火傷の傷が触れる度、神経は疼き、肉体は熱く燃え上がる。
見ないでよ。
もう一人の彼女は、憐れむような、さげずむような、悲しむような、憎むような眼をしてリツコを見ている。
熱くたぎる身体が、冷たい視線を少しづつ切り離していく。熱が上がるにつれ、リツコの中にある塊がバターのように溶けていく。
もう、どうでもいい、わ。
何もかもが、どうでもよくなっていく。頭の中を、白く空っぽにしていく。
ずっと拭えない後ろめたさも、E計画に対する重苦しさも、今の立場のもどかしさも、レイに対する嫉妬も、切なさも、苛立ちも、悲しみも、愛しさも、憎しみも・・・・・・・・
震える肌の上を指が唇がなぞる度に、喘ぎが大きくなる度に、冷たい視線は切り離されてどんどん遠ざかってゆき、心の中の塊は溶けて流れていく。
身体の中の熱が彼女を乾かしていく。流れ落ちるあらゆる体液と共に、乾いていく。
そして、冷たい視線の彼女が消え去った瞬間、絶頂は訪れ、残されたのはかさかさと乾いた熱い脱け殻の肉体だけ。
その瞬間だけ、彼女は全てから解放され、自由になれる。
何もない、脱け殻だけ。
リツコを癒すのは、その空っぽな身体と空っぽな心。
 
 
いつの間にか眠っていたらしい。
気がつくと、ベッドの上にはリツコ只一人だけだった。
タバコが欲しい。
サイドテーブルの上を手探りで探す。と、指の先にタバコとは違うものが触れて、彼女は身体を起こしてサイドテーブルの上を見た。
銀の包み紙に金のリボンで飾られた小さな四角い包みの。震える手で包みを解く。
中から出てきたのは、猫の意匠を凝らした銀色のシガレットケース。
『Merry Christmas for R』と綴られたカードが添えてあった。
「ふ、ふふ・・・・ふふふ・・・・・あははは・・・・・・・」
唇から漏れる力ない乾いた笑いを押さえることもなく、シガレットケースを手にする。
「ふふふ・・・バカよ・・・・・大バカだわ・・・・・あはは・・・・は・・・」
殺してやりたい。
あいつを殺して、私も死にたい。
身体はすっかり乾き切っていた筈なのに、笑いつづける彼女の頬には、幾筋もの涙がつたっていた。

END

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