X'masすぺしゃる

やさしさが降る夜

99.12.25 up

終業を知らせるチャイムが校舎に鳴り響くと、途端に教室は放課後のざわめきを取り戻した。
「では、休み中は事故に気をつけて、また3学期に元気に登校してきてください」
担任の教師が最後に挨拶をしながら教室を出ると、すぐにがたがたと椅子を立つ音が響き、生徒たちはそれぞれ仲のよい友人同士でコロニーを形作る。
浮き足立つのも仕方がない。今日は2学期の終業式であると共に、クリスマスイヴでもあるのだから。
シンジも、いつもの3バカトリオで帰路につくつもりで、トウジとケンスケと一緒にさっさと帰り支度を始めていた。
「こらっ!そこの3バカトリオ、待ちなさい!!」
勿論、声の主は振り返らずとも分かりきっている。
「アンタたち、今日はクリスマスパーティーだからね。5時にウチに集合、遅れるんじゃないわよ」
「ええっ、そんな!!アスカ、そんな話聞いてないよ」
「そりゃそうでしょ。今初めて言ったんだもん」
ええっ、ミサトさんの家で、と別の部分で喜ぶケンスケを無視して、シンジは僅かばかりの抵抗を試みる。
「そ、そんな、そんな急に言われたって・・・・・勝手だよ・・・僕だっていろいろと・・・・」
「うっさいわね!やるっていったらやるのよ!!それとも何、シンジは参加できない正当な理由でもあるわけ?」
横でなだめるヒカリを尻目に、正当な、に力を入れて、アスカはキッとシンジを一瞥する。
「・・・せ、正当なって・・・そんなのないけど・・・・でも・・・」
「シンジ、往生際が悪いで。男ならシャキっと決めんかい!」
「・・・・・・あら、ジャージ男、珍しいわね」
何故かトウジまでもがアスカの味方に回ってしまい、もはやシンジの抵抗はここまでである。
「今日はワイも、みんなで集まってパーティーしたほうがええて思てな。珍しく惣流と意見が合うたな」
「今日は絶対みんなでパーティーよね!有無を言わさずパーティーよ」
「ホンマや、その通りやで!」
「分かってるじゃないの、ジャージ男」
何故かがっちりと固い握手まで交わしてしまうほど、異様にパーティーに執着する二人。
(こんな日に、単独行動など取らせてたまるかいな、まかり間違ってカップルで過ごしとったら、絶対許さへん!!)
(一蓮托生、みんな道連れよ。目の届かない所になんて行かせるもんですか!)
どうやら、相手がいない同士、二人とも利害が一致したようである。
「ファースト、あんたも来るのよ。今日は絶対参加だからね」
一人で教室を出ようとしたレイにも、アスカは言い放った。
「・・・・・・構わないわ」
相変わらず無表情に応えるレイ。
「じゃあ、夕方5時集合!3バカはケーキを買ってくる事。忘れたら家に入れないわよ」
ブーブー文句を言う二人の横で、シンジは心中ため息をついた。
(はあ・・・折角のイヴなのに・・・・・でも、綾波が来るのが救いだよ・・・・)
 
 
結局、というか予想通り、パーティーの終盤になるとケンスケとトウジはシャンパンで酔いつぶれていた。
ミサトは今日も会議らしく、遅くなるとの留守電が残されていて、これ幸いと子供たちは羽目を外したのだ。
それがこの結果である。
アスカは潰れてはいなかったが、手の付けられないほど大トラになって、すぐにキックが飛んでくる。
ヒカリは3人の面倒を見るのに大忙しである。トウジを介抱する時はどことなく嬉しそうではあるが。
「・・・・・・アイスが食べたい」
ろれつの回らない口調で、アスカがシンジの方を向く。その眼は既に据わっている。
「さ、さっきケーキ食べたじゃない。まだ残りあるよ?」
恐る恐る応えるシンジ。ほんの少ししかアルコールを口にしなかった(みんなが先にあらかた飲んでしまい、飲めなかった)シンジは、さっきからレイと二人、ヒートアップしたこの場の雰囲気から取り残されていた。
「アタシが食べたいのはケーキじゃなくてアイスなの!!100円とかの安い奴じゃなくて、バニラビーンズの入ったのでなきゃいやなの!!!」
「そんなの、ウチに買い置きないよ」
「シンジが買ってくればいいでしょう〜」
「え〜、何で僕が・・・・」
「にゃに〜!?アスカ様のいうことが聞けないっていうの?バカシンジのくせにぃ〜」
さっと飛び蹴りの体制を取るアスカを制して、ヒカリがシンジにお願いする。
「ゴメン、碇くん。もうアスカよしなさいってば〜。悪いんだけど、この酔払いたちのためにコンビニで冷たいもの買ってきてくれないかな。あ、アスカってばだめよ、そんなこと。こんな事頼むの申し訳ないけど、もう飲むのやめなさいって。この状態じゃ、も〜、どうして冷蔵庫のビール持ってくるの!」
「分かったよ、洞木さん。僕もその方がいいみたい・・・だね」
「綾波さんも一緒に行って来たら?鈴原、そんなとこで寝ないで」
シンジはドキッとしながらレイの方を振り向く。彼女は、けれどいつも通りの口調でひと言言うだけだった。
「いいわ」
 
 
「・・・・・・・・・」
先刻からずっと、二人の間には会話がない。
当たり前と言えば当たり前の事なのだが、シンジにとってこの沈黙は、今日に限って非常に苦痛であった。
(ど、どうしよう。早くなにか言わなきゃ)
思いがけずレイと二人きりになる時間が出来たと言うのに、どんな話しをしたらいいものか、さっぱり浮かんでこない。
コンビニに行って帰ってくるだけという、ほんの短い時間しかないというのに、気ばかり焦って考えがまとまらない。それが余計にシンジを焦らせる。
(折角二人なのに・・・・・どうしたらいいんだ)
「今日は・・・・・クリスマスイヴね」
沈黙を破ったのは、意外にもレイだった。
「う、うん、そうだね・・・・・・」
(返事だけで終わってどうするんだよ・・・・・)
「本を、読んだの」
「へえ、な、何の本?」
「クリスマスの本」
意外な気もしたし、らしいという思いにもなった。
「あ、あのさ、綾波」
「なに?」
この瞬間を、シンジは今日まで何度も頭の中でシュミレートした。幾つも台詞を思い浮かべ、一人練習をした。けれどもいざその時となってみると、全部役に立たなかった。
「あの、これプレゼント。あ、いや、クリスマスプレゼント。えと・・・ご、ごめん、いらなかったらいいから。その、えと」
(・・・・・・・めちゃくちゃだ。唐突だし、しどろもどろだし・・・・・・)
驚いた面持ちのレイ。それを見たシンジはますます情けない気持ちになっていく。
(・・・・・・・逃げ出したい・・・・・・・)
「・・・・・・クリスマスプレゼント?」
「う、うん。そう」
「私に?」
「うん、綾波に」
暫く、その赤い瞳でシンジの顔を見つめていたレイだったが、やがてぽつりとひと言。
「そう・・・・・・・」
(要らないって言われちゃうんだろうか・・・・・・・)
尚も考えこむレイを目の前に、最後の審判を待つかのような心境のシンジ。
と、目の前にレイの白い手がすっと突き出された。
「え?ええと・・・・・・」
「プレゼント・・・・・・見てもいい?」
「あ、ああ・・・・・はい、どうぞ」
(受けとって・・・・・もらえるんだよね?)
シンジはレイの手に小さなプレゼントの包みを渡す。
中から現れたのは、碧いビーズと石で出来た、携帯電話のストラップ。赤い瞳の天使のマスコットが付いている。
このプレゼントを選ぶのに、それでもシンジは3日を要した。選んではやめ、決めては迷い、結局ストラップに落ち着いたのだった。
「・・・・・・いいの?」
そう聞いてきたレイの声には、嬉しさのかけらが混じっていた。
「もちろん。そのストラップ、碧い石が何て言うのか、綾波っぽいかなって・・・だから」
レイはストラップをしっかりと握り締めると、シンジに向かって微かに微笑んだ。
「ありがとう」
それだけで、シンジはもう満足だった。
レイはポケットから携帯電話を取り出すと、早速貰ったばかりのストラップを取りつけた。
小さな天使が揺れている。
(よかった、気に入ってくれたみたい)
胸を撫で下ろすシンジ。
不意に、レイが言葉を紡ぐ。
「クリスマスは、世の中の人たちが、みんなやさしくなれる日」
「え?」
「本に書いてあったの」
「素敵な台詞だね。いい本なんだね、きっと」
「碇くんは」
そこで言葉を切って、シンジの瞳を見つめる。真っ直ぐに、心を射るような、紅い眼差し。
「碇くんは、クリスマスだから、やさしいの?」
真剣な眼差しで訊ねるレイ。
クリスマスだから、聖夜だから、やさしくなれる夜だから、私にやさしいの?
「・・・・・・いや、ちがうよ」
その瞳に応えるように、真摯な声で、静かに答えるシンジ。
「クリスマスだから、じゃないよ。綾波のこと・・・・・・綾波のことが大切だから」
綾波のことを大事に思うから、だから今日贈りたかったんだ。その気持ちを。
シンジは不思議と、何の迷いもためらいもなく、自然と言葉が口から出た。
「大切な人だから、特別な夜に何かしたかったんだ」
「大切な人・・・・・・・」
暫くうつむいていたレイだったが、やがて顔を上げると、シンジの方に手を差し伸べた。
「・・・・・・本に、書いてあったの」
その手は、シンジの頬に添えられる。
「大切な人に、大切な気持ちを伝える方法だって・・・・・・」
すっと、シンジのすぐ側に寄ると、レイはシンジの頬に、
そっとキスした。
柔らかなレイの唇が、赤く染まったシンジの頬に、やさしく、やさしく触れる。
それはほんの瞬きする間の出来事だったが、シンジにはとても長い、そしてあっという間の出来事だった。
驚きと興奮と感激と恥じらいとで、耳どころが首まで真っ赤になってしまったシンジ。心臓は今にも破裂しそうな勢いで鼓動を鳴らす。
硬直しながらも、何とかレイの顔を見ると、彼女もほんのりと頬を桜色に染めている。
「綾波?」
口付けされた頬を押さえる手の下から、ゆっくりとやさしさが広がっていく。
ゆっくりと、ゆっくりと。身体中に広がっていく、やさしい心。
「綾波」
「・・・・・・碇くん」
微笑を交わす、二人。
お互いのやさしさが、大切な心が、二人を包みこんでいく。
「メリークリスマス」
「メリー、クリスマス」
手を重ね、見つめ合う紅い瞳と漆黒の瞳。
雪のかわりに、空から柔らかなふわりとしたものが、二人に舞い降りて、降り積もっていく。
それは、人々のやさしい想い。
世の中の人々のいつもより少しだけやさしい想いが、この夜を包みこんで、世界中の想い人たちを祝福する。
大切な人が、どうか幸せでありますように。
大切な人が、どうか笑顔でありますように。
そして、大切な人に、やさしくできる自分でありますように。
メリー、クリスマス。
 
 
 
 
その頃。
ミサト宅では、トウジに膝枕をしているヒカリと、完全に酔いつぶれてぐっすりと寝入っているアスカとケンスケの姿があった。

END

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