X'masすぺしゃる

奇跡の起こし方

99.12.24 up

街中を彩るイルミネーション、あちこちから流れるクリスマスソング。
ショウウィンドウには、リースやクリスマスツリーと共に、色とりどりのリボンに包まれたプレゼントの箱。
そして、そこかしこでケーキを売る、サンタクロースたち。
「・・・・・・どこもかしこも、クリスマスだわ」
身を寄せ合って歩くカップルや手を繋いで楽しげに歩く家族連れにまぎれて、一人街を歩く制服の少女。
どんよりと雲に覆われた今日のような天気では、一人で街を歩くには寒すぎる。
吹きつける師走の風が、彼女のショートヘアをくしゃくしゃにしてしまい、慌てて彼女はショウウィンドウに姿を映して髪を整えようとした。
「・・・バカみたい」
誰かが見てるわけでもないのに。
ショウウィンドウのガラスに映る紅い瞳をじっと見つめて、それから彼女は寂しげな笑顔をガラスの向こうの少女に向けた。少女も寂しげに彼女に微笑みかけた。
マフラーをしっかりと巻きなおして、再び少女は街を歩く。
「一人きりのクリスマス、かあ」
やっぱり、みんなとパーティしてたほうが良かったかなあ。
街ゆく人々とすれ違いながら彼女は一昨日のことを思い返した。
 
 
 
一昨日の放課後、レイはいつものようにアスカとヒカリと3人で甘味屋に寄り道していた。
「大体ねえ、日本人は根本的に間違ってるのよ!クリスマスを何だと思ってるのかしら」
磯辺巻きを引きちぎりながら、アスカがテーブルをドン、と叩く。
「日本では、カップルとオモチャ屋さんのためのイベントでしょ」
三色団子をもぐもぐと頬張りながら、レイが応える。
「どぉせ、彼氏のいないアタシたちにはクリスマスだろうがバレンタインだろうがカンケーないわ」
ふん、と鼻で笑いつつカンケーない、のポーズをとるアスカ。
「あらん?ワタシ”たち”なんて一緒にしちゃっていいの?カンケーないのはアスカだけかもよん?」
食べ終わった団子の串で円を描きつつ、アスカに向かってニヤリと笑うレイ。
「な、なによ。じゃあレイはそういう予定あるって言うの?」
「・・・そりゃ、ないけどさ」
「不毛な言い争いは止めなさいよ」
それまで静かにお汁粉をすすっていたヒカリが苦笑しながら割って入った。
「それより、今年は3人でパーティーしない?みんなで集まってケーキ焼いてお料理作って、それでプレゼント交換して・・・ね、どう?」
「それいいわね。料理はヒカリに任せるけど。どおせ一人で家にいてもつまんないしね!みんなでワイワイ呑むのも楽しいよね」
「・・・・・・アスカ、お酒なんて呑まないわよ。未成年でしょ」
煎茶をすすりながら、白い視線をアスカに向ける二人。
「え〜、つまんな〜い!ドイツではビールなんて水みたいなもんだったわよ」
「ここは日本」
ちぇ、と心底残念そうなアスカを無視して、ヒカリはまだ団子を頬張るレイに問い掛けた。
「ね、レイも来るでしょ?」
暫く逡巡したのち、レイはためらいつつ二人に手を合わせた。
「・・・・・・うーん、ごめん。行けない」
「な、何なに!?まさか本当に予定アリなわけぇ!?」
慌てて覗きこむアスカに苦笑しつつ、レイは手を振って答える。
「違う違う、そういう予定じゃなくて、マジで都合悪いんだ。ホント、ごめんね〜」
「なんだ、残念。しょうがないね」
「他の子誘うか。ま、用事じゃあしょうがないよねえ。」
「マジでゴメンね〜。この埋め合わせはするからさ」
「よぉっし、今の言葉忘れないでよお」
「・・・・・・前言撤回。アスカのいうこと聞いたら、私破産だわ」
 
 
 
すっかり日も暮れ、外は更に寒さを増している。けれども窓の外に見える、イルミネーションに彩られた大きなクリスマスツリーの周りには、人影が増える一方だ。
「用事がある、なんて・・・・・・嘘ばっか」
毎年駅前の大通りのけやき並木をイルミネーションで飾っている、その通りを見下ろせる喫茶店で、レイはコーヒーを前に窓から一人外を眺めていた。
ポケットから携帯電話を取り出して、メッセージを確認する。
分かっていはいたが、やはり、メッセージはなかった。
「ホント・・・・・・バカみたい、私」
本当は、本当は・・・・・・本当はあの人と一緒に過ごしたかった。
クリスマスまでに、レイは何度その光景を夢見たことだろう。
クリスマスに、好きな人と想いが通じ合う。聖夜のちょっとした奇跡が、二人を結ぶ。
レイの好きな少女マンガでは、そんな話しは山ほどある。勿論、それが『お話』だってことはレイにだって分かりきっている。
けれど、もしかしたら。
もしかしたら。
そんな淡い期待が、レイにこの日の予定を空けさせたのだった。
だが実際は、一人街をあてもなく歩くだけ。
今日までの毎日、教室で会う度、廊下ですれ違う度、靴箱で一緒になる度、彼女の胸は高鳴った。
でもどうしていいのか分からない。彼も微笑むだけで、何も起こらなかった。
窓の外を歩く大勢の恋人たち。好きな人と両想いになれるなんて、一体どうすればいいのだろうか。
レイには奇跡としか思えない。
そして、奇跡は彼女の上には、譬え聖夜でも、起こってはくれなかった。
「やっぱり奇跡なんて、起こらない・・・のね」
今頃、彼はどうしているのだろうか。家に一人でいるのだろうか。いつもの3人で遊んでいるのだろうか。
それとも、もしかして誰か女の子と一緒だったりして・・・・・・
「ここ、いいですか?」
凛と響く声に、レイの思考は断ち切られた。
顔を上げると、同じ位の年頃の少年が、コーヒーを片手にレイに微笑んでいる。少し浅黒い肌の色が、どことなくオリエンタルな顔立ちを際立たせている。
見渡すと、いつのまにか店内のテーブルはほぼ満席になっていた。
レイがどうぞ、というと、少年はレイの向かい側の椅子を引き、テーブルに湯気の立つコーヒーを置いた。
「・・・・・・あなたも一人なの?」
クリスマスの雰囲気の所為だろうか、少年の持つ雰囲気なのか、それとも今日があまりにも寒いからだろうか。
レイは、思いがけず少年に声を掛けてしまった。
「うん・・・・・と言いたいところだけど、残念ながら待ち合わせ」
少年は、コーヒーカップを両手で抱えながら、ちょっと笑って見せる。彼が構えず普通に返事を返してくれたことに、レイはほっと安心した。
「ちぇ〜、一人ぼっちは私だけかぁ」
「君はいないの?」
「うん。結局ね。何にもなかったよ」
てへへ、と舌を出しながら苦笑いするレイに、少年もちょっと苦笑いを返す。
「それは残念。君みたいな可愛いコをほっとくなんて、そいつも冷たい奴だなあ」
「ぜ、全然冷たくなんかないよ。優しい人だもの、ちょっとおとなしすぎるけど」
「あはは、ご馳走様」
「あ、や、そ、そんなんじゃなくて、私たちは全然、そう、単なるクラスメートなんだもの。私が勝手に期待しただけだもの」
慌てて弁解しているレイを見ながら、少年は暫く笑いを堪えていたが、真っ赤になって絶句してしまった彼女と目が合って、二人で吹き出してしまった。
「あははは・・・・なんか可笑しいの」
「ほんと、可笑しいね」
二人はひとしきり笑いあった。なんとなくお互いの警戒心が解けて、二人の間には柔らかい空気が流れた。
「いいなあ、この後カノジョと待ち合わせ?」
今度は少年の方が赤くなる番だった。
「うん、まあね」
「うっらやましー。私は一人寂しくクリスマスだって言うのにさ」
「俺だって、去年までは寂しいクリスマスだったよ」
「いいな、あなたの上には、奇跡が起こったのね」
窓の外に視線を逸らしながら、レイが呟く。
「奇跡・・・・・・か。君は、奇跡が起こるのを待ってるの?」
「ふふ、どうせ起こらないけどね」
大きくため息をついて、レイは言葉を継いだ。
「本当はサンタなんていないし、神様は奇跡なんて起こしちゃくれない。そんなの分かってるんだけどね。バカみたいでしょ、私」
「俺も、前はそう思っていたけどね」
と言いながら、少年はおもむろに自分のリュックの中から手帳を取りだし、何かを探し始めた。
「でもね、去年のクリスマスから考えを改めたのさ」
きょとんとするレイに、少年は手帳の中からカードを取りだし、微笑みながらレイに差出した。
「奇跡は神様が起こすものじゃない、人間が起こすものなのさ」
レイが受け取ったそれは、サンタクロースの絵柄のテレホンカードだった。
新品ではなく、幾らか使った跡がある。
「今の台詞は、そのカードを貰った人からの受け売り」
「俺もさ、去年のクリスマスは一人で君みたいにこうして喫茶店で一人でいたんだよ。その時好きな子がいてさ、でも何にも出来なくて、ただ見てるだけだったんだ。」
そう、何にも出来ないのだ。どうにかしたいとは思うのに、どうしたらいいのか分からない。
「臆病だ、って言われたらそれまでなんだけどさ。まあ、それで一人でいたら、今みたいに年上の女の人が声掛けて来て、俺、顔に出てたのかな、そのお姉さんがさっきの台詞と一緒にそのテレカをくれたんだよ。」
少年は思い出す。胸に銀の十字架のペンダントを着けた彼女が、少年にカードを手渡した瞬間を。
「そのテレカで、俺は彼女に電話をしたんだ。めちゃくちゃ緊張したけど、今にも倒れそうなほどドキドキしたけど、ダイアルする間ずっと指が震えてたけど、でもそれがきっかけで、今こうなった訳」
少年は、そこまで言うと、レイに微笑みかけた。
「だから、そのテレカ、君にあげるよ」
「え、でも、そんな大事なもの、私が貰っていいの?」
「もう俺には必要ないからね。今の君が持っているのが相応しいと思うよ」
「でも、でも・・・・・・でも私・・・・・・」
困惑するレイに、少年は力強く笑って、言った。
「大丈夫。今こうして出会ったことが、もう奇跡なんだよ」
その時、入り口の方から、ムサシー、と呼ぶ声がして、少年は振り返った。
セミロングの少女が、彼に向かって手を振っていた。
「あはは、彼女が来たみたい。じゃあ俺は行くね」
今行くよ、マナ。そう言って少年はカップを手に立ちあがった。
「君に、素敵な奇跡が訪れますように」
レイは、彼に精一杯の感謝を込めて笑顔を贈った。
「うん・・・・・・うん、ありがとう。じゃあね」
二人は手を繋いで喫茶店を出ていった。
 
レイは、手許に残ったテレホンカードを見つめた。
さっきの少年の言葉が、自分の中で熱を持って渦を巻いている。
「・・・・・・奇跡は、自分で起こすもの・・・・・・」
少しづつ、自分の中に何かが湧き上がってくる。
「まだ、間に合うよね」
少しづつ、けれどしっかりと、レイの中でそれは形を取り、固まっていく。
喫茶店のテーブルから立ちあがり、店内の電話ボックスに向かう。手にしっかりとカードを握り締めて。
奇跡は、人間が起こすもの。
そうだよね、待ってちゃダメなんだよね。
受話器を上げて、カードをスロットに差し込む。カードか吸いこまれる瞬間、サンタがにこっと笑ったように見えた。
 
「もしもし、あ、突然ゴメンね、碇くん・・・・・・」
 

END

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