『煙草』

99.2.2 up



碇くんと会った。いつもの場所で、いつもの時間に。


「やあ、綾波。待った?」


普段どおりの言葉。いつもの笑顔。
でも、今日は。
今日は、なにか違う。
どこも変わりないはず。でも感じる。
微かな違和感。



「……煙草の匂い」


鼻腔に感じる、微かな煙の香り。ほんの少しだけ。


「ごめん、判っちゃった?もう匂いしないと思ったんだけど」


「煙草、吸ってるの?」


「うん、まあ。ちょっと前から、ね」


悪戯を咎められた子どものように答える。


「なんて言う煙草なの?」


「ん、ああ、これ」


小さな箱を差し出す。ネイティブ・アメリカンの羽飾りにアルファベットで『CHEROKEE』の文字。


「そんなにしょっちゅうは吸ってないよ。月にひと箱、かな」


「……煙草、吸って」


急に、どうしても見たくなった。


「碇くんが煙草吸ってるとこ、見たい」


ちょっと驚いた顔で、碇くんが私を見る。


「綾波、嫌いじゃないの?煙草」


「平気よ。だから」


不思議そうな顔をしたが、碇くんは煙草の箱を手に取った。
中から一本取り出し、口に咥える。ライターを左手に持ち、煙草に火を点ける。
そして、ゆっくりと一息吸うと、紫煙とともに大きく息を吐いた。
口元から、そして手に持った煙草からゆるりと煙が立ち昇る。
その横顔を、私はじっと見つめた。


見た事のない、横顔。
私の知らない行為。
私の知らない、碇くん。



突然。
碇くんに、キスをした。
唇を重ねる。
胸いっぱいに広がる煙草の香り。
まだ煙が残っている碇くんの口の中は、少し苦くて、そして



「……甘い、匂い」


こんな感じなのね。
碇くんの、煙草の味。

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