小夜曲 〜Serenade〜

ふと、目が醒めた。
いつの間に眠っていたのだろう。
深夜の静寂が支配している部屋の中。
点けっぱなしだったラジオから、途切れ途切れに流れてくる、サキソフォン。
甘い、セレナーデ。
心地よいまどろみの中、ゆっくりと頭を横に向ける。
ベッド脇の間接照明の明かりが、闇と光のグラデュエーションを描き出す。
橙色の光が作り出す柔らかな陰影の中に、彼は横たわって、安らかな寝息を立てていた。

「……碇、くん」

私の隣で、ぐっすりと眠っている彼。肩が静かに上下している。
碇くんの体が放つ体温で、彼の周囲の空気だけが微かに熱を帯びている。
彼を取り巻く暖かな空気の層に、私も一緒に包まれたくて、体をほんの少し寄せた。
碇くんの顔が、吐息がかかるくらい間近にある。
とても安らかな寝顔。どんな夢を見ているのかしら。
額にかかる前髪を、そっと梳く。
柔らかな黒髪が、私の指の間を流れていく。ゆっくりと。

「……ん、綾波?」

「ごめん、起こしちゃったね」

まだ、夢心地なのかしら。とろんと、まどろんだ表情で私を見る。
私を優しく見つめる漆黒の瞳。
なんだか気恥ずかしくて、彼から視線を逸らす。

「髪、撫でて」

彼の手が、ゆっくりと顔のほうへ伸びてきた。
恥ずかしさに絶えられなくて、瞼を閉じる。
そっと、指を髪の中に埋める。彼の細くて長い指に、私の髪の毛が絡まる。
感触を確かめるように、優しく、ゆっくりと髪を後ろに梳かす。
彼の指の間を流れ落ちていく、私の髪の毛。
何度も、何度も髪を撫でていく、碇くんの指。
髪の毛の一本一本が、彼の指の愛撫に震え、甘い疼きを生み出す。
時折、掌が頬や耳たぶをかすめていく。暖かい、大きな掌。親指が、生え際を優しく撫でつける。

「髪の毛、長いほうが良かった?」

「なんで?」

一瞬、亜麻色の豊かな長い髪が浮かぶ。

「……綾波の髪は、綺麗だよ」

くしゃっ、と柔らかく髪を揉む。

「ほら、柔らかくて、さらさらで、心地よい手触りだよ」

毛先を弄ぶ、碇くんの指。
毛先にまで神経が行き渡ったように、彼の指の動きを伝えてくる髪。
碇くんが指先を動かすたび、私の鼓動が大きくなっていく。
腰の辺りから、甘い疼きが全身に広がり、私の力を奪ってゆく。

「綺麗だよ」

頬の上にかかる髪を掻き揚げ、そしてその指はゆっくりと首筋にかかる髪へと移っていく。
碇くんの熱い吐息を、頬に感じる。
首筋に、彼の細くて長い指の感触。
夜の静寂が、部屋を支配している。
微かにラジオから流れる、サキソフォン。

二人の吐息が奏でる、小夜曲。

Fin

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