黎 明

99.10.11 up

 
カタカタカタカタ・・・・・
 
 
年代物の映写機の上で、既に全部巻き取られてしまったフィルムが、乾いた音を立てる。
物語は全て終わってしまった。
それは、とてもとても長い間だったような気もするし、ほんの一瞬の出来事だったような気もする。
映写機から放たれる白い光が、月明かりも微かにしか射し込まない暗い部屋の中で、壁の一角だけを四角く浮かび上がらせていた。
そこには、もう何も映し出されはしない。
ただ、白いだけ。
少年と少女は、ベッドの上にうずくまって、壁に浮かぶ白い光を見ていた。
既にどのくらい時間が経っているのか分からなかった。
少女は、少年の体に体重を預け、その肩にもたれていた。
目は閉じられ、ただ少年の温もりを感じる事だけが、今の彼女には大事なことだった。
 
 
カタカタカタカタ・・・・・・・
 
 
少年はいつまでも回り続ける映写機を疎ましく思っていたが、倦怠感が先に立ち、ずっと放っておいた。
しかしそれでもようやく止める事を決心し、重い腰を上げた。
やっと立ちあがろうとする少年を、けれども少女は制止した。
「もう少し、このままで・・・・・もう少しだけ」
少年は、また再び少女の傍らに座り、その肩を受けとめた。
「このまま、止まってしまえばいいのに」
少女のつぶやきに、少年は何も訊き返さなかった。既に答えはわかっていた。
時計の針も、映写機の音も、空間を満たす空気の粒子も、何もかも・・・・・心臓の鼓動さえも。
その全てが、今の一瞬を留めるために凍りついてしまえば。
そうすれば、それはどんなに幸せなことだろう。
少女は心の底からそう願った。強く、強く。
 
時が、止まってしまえばいいのに。
 
少年は、その思いはよく分かっていた。
けれども、それは出来なかった。
出来ない。瞳の中にある、固い決意。
少女も、それは知っていた。
「だから、せめて少しでも長く、あなたを感じていたい」
少年は何も言わず、ただ彼女の傍らに座りつづけた。
深い、深い闇の中で、二人は、しかし確実に流れゆく時間に、胸を焦がす。
呼吸さえ、鼓動さえ、ただ疼きと苦しさと、切なさを紡ぎ出すだけ。
 
闇が深ければ深いほど、暁は、近い。
 
ふいに、空を覆っていた闇が、藍色の天幕に変わる。
夜明けが近い。
空が七色に染まる。
夜は、ゆっくりとは明けない。
一条の光が射し込めば、あっという間に闇は追いやられ、みるみる世界は太陽の輝きに包まれる。
 
空が、紅く染まる。
夕暮れの、黄昏の赤ではなく、赫々と昇りゆく、逞しき生命の、紅。
 
そして、世界は美しく輝き出す。
そう、世界は美しい。輝きに満ちているのだ。
扉の向こうに広がる景色が荒野だとしても、その中には、生命の煌きが隠されている。
 
だから、踏み出そう。
 
「いこうか」
少年は、立ちあがった。
映写機を止め、少女に手を差し伸べた。
少女は、もう止めない。
差し伸ばされた手を、握り返す。
譬え、この手がすぐに振りほどかれたとしても。
今は、強く握り締めよう。
 
少年の瞳は、優しかった。
少女の瞳は、凛々しかった。
 
二人は、微笑みあう。
胸中に、昇りゆく朝日を輝かせて。
「いこう」
 
そして、世界への扉は開け放たれた。
 

FIN

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