〜1000hitをゲットされたナインテール様に捧げます〜


よく晴れわたった青空。降り注ぐ日差しが心地よい。
何も遮るもののない屋上で、暖かな日光を満身に受け止めて、僕達はお弁当を食べていた。
今日は僕が作った弁当。男のくせに料理が上手いなんて、今までは恥ずかしかったけど、綾波が喜んでくれるならそれもいいか、なんて思ってしまう。
「どう?美味しい?」
もくもくとご飯を食べている綾波に聞いてみる。
「ええ」
素っ気無いのはいつもの事だけど、僕はちょっと意地悪したくなった。
「はい、あーん」
卵焼きをつまんで、彼女の鼻先に突き出した。
途端に、綾波はみるみる真っ赤になって、しまいには耳まで桜色に染まってしまった。
「……な、な、な、」
それは、もう一人の”綾波”が顔を出す合図だ。
「なーに言ってんのお!?やっだ、信じらんなーい!そんなの今時小学生でも言わないセリフよぉ。ちょお、碇くんてそーゆー事言う人だったの?レイちゃん笑っちゃうよ〜」
急にパタパタと賑やかに手を振って、機関銃のようにしゃべりだす。
僕は笑いを堪えながら、その仕草を楽しんでいた。


綾波・と・アヤナミ・と僕



あれは、どのくらい前だったろうか。
僕は、学校の帰り道、あるゲームセンターの入り口を覗きこんでいた。
別にゲーセンに寄りたかった訳ではない。ここは僕達の学校の生徒はあまり来ない場所で、この先の大きな書店に寄って、たまたま帰りに通りかかっただけだった。
店中から大きな歓声が聞こえてきて、僕はこの店の前で足を止めたのだった。
と、突然大きなどよめきが起こり、拍手が沸き起こった。
「すげー、20人抜きだぜ」
「新記録だよ。新しいチャンプ誕生だな」
格闘ゲーム機の周りに広がっている人垣の中心に、僕は見覚えのあるものを見つけた。
「あれって…うちの学校の制服?」
確かに、僕の中学校の女子の制服だ。なんで、こんな所に?
そして、さらに信じられない事に、その後姿は、僕の知っているある人物にそっくりだった。
「まさか、あ、綾波ぃ?!」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、周囲にいた人たちが僕の方を振り向いた。
そして、輪の中心にいた彼女も、ゆっくりとこちらを振り返った。
「な、何で、い…」
信じられないといった面持ちで僕を見詰める赤い瞳。僕と目が合って、彼女は頬を真っ赤に染めた。
カァ〜、という音が聞こえてきそうなほどすごい勢いで赤くなっていく。
そして、突然。
「チョットチョットチョット、もぉ〜うオニイサン何言ってんのよ!あたしは通りすがりの美少女天才ゲーマーよ。もしオニイサンの知ってる子にそおっくりでも、全っ然関係ないんだからね。今見たものはソッコー忘れるのよ。じゃね」
ツカツカと歩み寄ってきたかと思うと、彼女はものすごい勢いでまくし立て、そしてあっという間に外へと走り去ってしまった。
僕は、店内にいる多くの見物客と一緒に、しばらくぽか〜んと彼女の去っていった出口を見ていた。



次の日。
僕はぼんやりと教室の窓を見つめていた。
いや、正確には窓際に座る綾波レイを見ていたのだ。
綾波レイ。彼女を語るときは必ず『無口』『おとなしい』『無表情』のキーワードが使われる。
実際、彼女が大声を出したり、感情を顕にしているところを見たことがない。いつも賑やかで、快活で、何かと僕をひっぱたく幼なじみのアスカとは正反対だ。
それが、昨日のあの様子だ。今見ている綾波とは、姿形は同じでも、性格がまるっきり違う。
あれは一体誰だったんだ。
彼女が言うように、そっくりな他人だったのか?いや、少なくともウチの生徒で、彼女のような女の子はいないはずだ。
綾波の容姿は特徴があるから(どうもハーフらしいとか何とか)他の生徒と見間違えたとは考えにくい。
それに、いつも見ている僕が見間違えるはずが……
そこまで考えて、僕は一人で赤くなってしまった。
「なに一人でニヤついてんのよ。バカシンジ」
はっと我に返ると、冷たい視線でアスカが僕を見下ろしていた。
「もう、とっとと机下げなさいよね。アンタがボケ〜っとしてるおかげで掃除できないじゃないの」
いつの間にか掃除の時間になっていたようだ。慌てて机を後ろへ下げ、掃除用具を取りに行く。
「シンジは優等生と一緒にバケツの水汲んできてよ。いいでしょ、ファースト」
アスカが綾波に向かって言うと、綾波はこくんと頷いた。
テストではクラスで大抵一番という成績の綾波は、『優等生』もしくは『ファースト』と呼ばれている。
片手に雑巾の入ったバケツを持って先に教室を出た綾波を追って、僕もバケツ片手に水呑場へ向かった。
二人で廊下を歩いていても、綾波は黙って下を向いたまま。気まずい沈黙が二人の間を流れていく。
「あ、あのさ」
「……なに?」
「綾波、昨日ゲーセンに行った?」
「……知らない」
し、知らないって何だよ。僕の頭の中では100個くらい?マークが飛び交っていた。
会話が途切れたまま水呑場に着いて、僕達はバケツに水を汲み始めた。
蛇口から勢いよく流れ出る水流が、見る間にバケツを一杯にする。
ふと気づくと、隣で綾波が雑巾を絞っていた。思わずその手つきに見とれてしまう。
「……綾波って、お母さんみたいだ」
驚いて僕の方を振り向く綾波。頬が急にピンク色になる。
「いや、意外と主婦とか似合うんじゃないの?」
かわいい、なんて思いながら僕がそう言うと、ますます頬が赤くなった。
「な、な、な……な〜んてこと言うのよっ!」
……次の瞬間、肩を思いっきりどつかれて、僕は勢いよく廊下に尻餅をついた。
「こんなベリキュートなギャル(死語)捉まえて、お母さんはないでしょ、お母さんは。やあね碇くん、せめて、可愛いお嫁さん(ハアト)くらい言ってくんなきゃ。もう、美少女は雑巾絞ってもサマになっちゃうってかあ」
と言うや否や、ものすごい勢いでバケツを掴むと、綾波は教室へと駆け出した。
バタバタと走り去っていく後ろ姿を、僕は床に座り込んだまま、馬鹿みたいに呆然と見送っていた。



その後、理科準備室と渡り廊下で彼女にどつかれ、僕はようやくあのハイテンション少女が『綾波レイ』と同一人物であることを認識した。
そして”彼女”に幾度か遭遇するうち、何かの法則に則って現れることが分かってきた。
大抵は僕と綾波の二人きりの時。だからまだクラスのみんなはもう一人の『綾波』に気づいていない。そして、彼女が現れる時の綾波は、頬を真っ赤にして恥ずかしがっている。
もう一人の”彼女”は、綾波が極度にあがってしまった時に、照れ隠しで現れるのか?
でも、何で僕の前でだけああなるんだ?まさか、いや、でも……まさかね?
普段の綾波からはまったくそんな素振りは見えないしなあ……
「センセ、お前なに綾波に見惚れとんのや」
「そーそー、碇ってば最近いっつも綾波のこと見てんだよね」
額に汗が伝うのを感じながら、僕は恐る恐る振り返った。やはり後ろには『にた〜』と悪魔の表情を浮かべてトウジとケンスケが向き合っていた。
「な、何言ってるんだよ、そんなことないよ!誤解だよう」
しまった、もう手遅れだと思いつつ、それでも僕は必死に言い訳を試みた。
「なあ〜んやセンセ、ああゆうコが好みやったんやな」
「水臭いジャン碇。僕ら親友だろ?相談してくれれば力になってやるのにさあ」
お前らにだけは相談したくないよ、と心の中でぼやきつつ、僕は最悪の事態を何としても避けようと必死だった。が。
「「おーい、綾波ィ、碇がお前の事好きだってさ〜」」
ああ、やった。やってしまった。もう泣きたい気分だ。
「ちょっと、どうゆう事!?シンジ」
「碇君、本当なの!?」
アスカと洞木さんが僕に怒鳴りつけるまでは予測が出来た。
しかし。
「やっ、やあ〜だ、なんなのなんなの!?マジマジマジィ!?ちょっと、いい加減なこと言わないでヨ。碇君があたしを好きだなんて、ンなことあるわけないじゃ〜ん!もうみんな妄想入りすぎ」
はじめて見るハイテンション綾波に、みんなあっけにとられ、教室は静まり返っている。
「第一、好きなのはあたしのほ……(ハッ)」
静まり返る教室と怒りが爆発寸前のアスカをよそに、僕ら二人は見詰め合ったまま、ゆでダコのように頭から湯気を昇らせていた。



「ほら、あーん」
抗議にもひるまない僕に、とうとう綾波も観念したようだ。
仕方なさそうに、卵焼きを食べようと可愛い口を開けた。伏目がちに、頬を桜色に染めながら、ぱくっと卵焼きを頬張る。
ほんの少し箸が歯に当たって、カチリと音を立てた。
「……おいしい?」
頬をもぐもぐと動かしながら、恥ずかしそうに視線を逸らしてこくんと頷く綾波。
最近、わかった事がある。
更にあがってしまうと、綾波は無口になってしまう。
口も利けないほど緊張してしまうようだ。
あーん、でこんなになっちゃうんなら、キスしたらどうなるんだろう?
ちょっと試して見ようかな、と僕は思う。
きっとまた、見た事のない『綾波』に会えるに違いない。

END

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