「観覧車からの夕日、見たい……」
きっかけは何気なく言った、その一言だった。
「じゃ、じゃあ行こうよ。今度の日曜日」
この時を逃すかとばかりに、碇くんは勢い込んで話す。
「そういえば、僕たち遊園地行ったことなかったよね。付き合って半年になるのにさ」
「そうね」
「よーし、早速チケット取るよ。今度の日曜、10時に駅で待ち合わせだよ」
「いいわ」
とても嬉しそうな碇くん。わたしも、嬉しかった。
碇くん、知ってて誘ってるの?

『LOVE CHARM』 〜遊園地競作企画参加作品〜


秋晴れの日曜日、絶好の行楽日和のおかげで、今日の遊園地はいつもより賑わっている。
家族連れやグループやカップルが行き交う歩道を、私と碇くんはただ歩いていた。
なんだか顔を上げるのが恥ずかしくて、下を向いてしまう。
意識が、どうしても碇くんと繋がれた手の方に集中してしまう。
遊園地のゲートをくぐる時に、さあ、って手を引かれてから、ずっと繋ぎっぱなしになっている。
そのままどんどん進んでいっちゃうから、離すきっかけもなくて。
緊張して、掌が汗ばんでいるのがわかる。嫌じゃないかしら。
でも、あったかい。碇くんの手。大きいのね。
時折、感触を確かめるように握り締めてくる。力強い掌の動き。
手を繋いでいるだけなのに、心臓が高鳴ってしまう。きっと、顔が真っ赤だわ。
こんなにどきどきしているの、彼に知られたら恥ずかしい。
けれど、手を振り解けない。手を繋いでるのが気持ち良くて、このまま……
「あ、綾波」
碇くんの声に我に返った。やだ、考えてた事、気づかれてないわよね。
「ねえ、何か乗ろうよ。せっかく遊園地来たんだからさ」
「そ、そうね。あれなんかどうかしら」
「え、あ、あれ?」
どぎまぎしながらいいかげんな返事をして、自分の指差す方向を見ていなかった。
「ホントに?綾波って絶叫系に乗るんだ」
私の指が指し示したのは、園内で一番過激さを売り物にしたジェットコースターだった。
違う、とも言い出せなくて、私たちは順番待ちの列に向かって歩き出した。
手を繋いだまま。


「綾波、大丈夫?」
碇くんが心配そうに覗きこんでいる。
私はその場に座り込んでしまった。
「驚いたな。綾波がこんなに弱いなんて。隣で黙っているから、てっきり平気なんだと思ってたよ」
私だって驚いている。叫び声さえあげられなかった。
エヴァに乗ってたから、この程度の動きなら大丈夫なはず。そう思って乗ってみたが、耐ショック構造のしっかりしたエントリープラグの中と、安全バーひとつのコースターとでは、体感衝撃がまったく違って当たり前だった。
「立てる?」
碇くんの問いかけに力なく首を振る。情けないが腰に力が入らない。
「しょうがないな、ほら」
背中を向けて、彼がしゃがみこんだ。
その仕草が何を示すかわかって、一気に頬が熱くなったが、今の状況で他の選択肢はない。
よいしょ、と碇くんは私をおぶって歩き出した。
「…軽いな、綾波」
広い背中。どきどきするけど、不思議と安心する。やっぱり男の人なのね。
背中に体を預けながら、そっと目を閉じた。


ベンチに横になって、大分落ち着いたようだ。体を起こして、ベンチに腰掛け直す。
「あ、もう起きても平気?」
缶ジュースを片手に、碇くんが自販機から戻ってきた。
「ええ、問題ないわ。もう大丈夫よ」
ふふっ、と缶ジュースを手渡しながら笑う。
「綾波にもかわいい所があるんだね。いつもとは違ってて面白いや」
いつもと違うのは碇くんの方だわ。
どうして?今日の碇くんはなんだか……
冷たいジュースに口をつけようとしたら、彼の手が頬を撫でた。
「うん、もう顔色戻ったね」
私は、缶ジュースを握り締めたまま、動けなくなってしまった。


「ねえ、次はどれにする?」
もうどのくらい園内を歩いたのだろう。次々といろんなアトラクションを二人で楽しんだ。
さすがに絶叫マシンにはもう乗らなかったが、コーヒーカップ、メリーゴーラウンド、それから…。
そうそう、ゲームコーナーではクレーンゲームに夢中になっちゃって。
「もう5回目よ」
「もう少しで捕れそうなんだよ。まって、もう一回」
結局9回目で成功して、すごく大はしゃぎしてたわ。
「はい、綾波にあげるよ。なんか”綾波”って感じだろ、このぬいぐるみ」
白いウサギのぬいぐるみ。今は私の腕の中にしっかりと収まっている。
「お化け屋敷に行こうか?」
何やら期待した顔で、碇くんが提案した。
「ほら、やっぱり遊園地に来たら、お化け屋敷ははずしちゃいけないよ」
良くわからない理屈を言っているが、とにかく行きたいらしい。
「いいわ」
思ったより人が並んでいる、しかし皆カップルばかりの行列に私たちも並んで、入る順番を待った。
お化け屋敷とはいうけれど、暗いだけで特に何もない。
「うわっ」
「ひゃあっ」
碇くんは時折声をあげるけれど、私には怖いという気持ちは起きない。
でも。
「!。あ、綾波、大丈夫だって。平気だよ、怖くないって。あはは」
碇くんの腕に、ぎゅっとしがみついた。怖いわけではないんだけれど。
暗いから、私の顔がどうなっているか、わからないわよね。


外に出ると、もう空は暮れかけていた。空がどんどん茜色に染まっている。
「そろそろ観覧車に乗ろうか?きっと夕日がきれいだよ、今日は」
急いで、観覧車に向かう。日が暮れてしまったらだめ。
大きな観覧車の下に来て、私は頂上を見上げた。
この観覧車は、もともと旧東京の「お台場」という所にあったものらしい。
セカンドインパクト後、復興の記念に海底から引き上げられ、ここに再建したという。
私たちはゴンドラを待つ列に加わった。
赤いゴンドラ、赤でなくてはだめなの。お願い、どうか順番が回ってきますように。
「もう順番だよ。結構早くて良かったね」
赤いゴンドラが目の前に止まった。すごい幸運。良かった。
期待に胸が膨らむ。本当に叶うのかも……
向かい合わせにすわった二人を乗せたゴンドラは、静かに地上から離れていった。
「うわあ、見てみなよ、すごくきれいな夕焼けだよ」
窓の外には、赤く染まった大きな夕日がゆっくりと沈んでいくのが見える。全てのものを赤く染め上げて、ゆっくりと、ゆっくりと。
碇くんは沈む夕日にじっと見入っていた。
きれいだけど、でも、そんなのはどうでもいいの。本当に望んでいるものはそれではないの。
沈む夕日と反対に、ゴンドラは上へと登って行く。少しずつ頂上が近づいてくる。
碇くんは無言のまま、ただ窓の外を見つめている。
どうしよう、せっかく赤いゴンドラに乗れたのに、せっかく夕日が見えるのに、どんどん頂上が近づいてくる。
お願い、碇くん、わかって……
でも、碇くんは外を見つめたまま。
刻々と、ゴンドラは天辺に近づいていく。私たちは中で向かい合って座ったまま。
ああ、もう頂上についてしまう。終わってしまう。だめ。過ぎてはだめ。
お願い、止まって―――
ガコン、ガタタ!!!
ゴンドラが止まった!
『お知らせいたします。ただいま電気系統のトラブルにより、園内の電気が停電いたしました。お客様には大変ご迷惑をお掛けいたしますが、間もなく復旧いたしますのでもうしばらくお待ちください』
止まった。止まってくれた。まだ、間に合う!
きゅっと、拳を握り締める。
「ねえ、碇くん。どうして私が観覧車に乗りたいって言ったのか知ってる?」
声が上ずってしまう。心臓が破裂しそうなのが伝わってしまう。
「え……?」
外の騒ぎを見ていた碇くんが、振り返って私を見つめる。
「この観覧車の赤いゴンドラに乗って、一番天辺に来たときに夕日の中でキスすると、その二人はずっと一緒にいられるんだって」
膝が、声が震える。碇くんがどんな顔をしているか見られない。
「ただの噂って言えばそれまでだけど、でも、私誘ってもらったときすごく嬉しかったの。もしかしたら本当かもしれないって。いっぱい偶然が重なったし、今だって…」
「綾波……」
涙が出そう。拳をぎゅっと強く握り締めた。
「だから、だから私……」
顔を上げた私に、碇くんは微笑んでいた。
ゆっくりと静かに、手が顔に近づく。顔にかかる髪を優しく掻きあげた。
そのまま、頬にそっと添えられる。
近づいてくる碇くんの顔を見ていられなくて、私は瞼を下ろした。
耳元で、碇くんが囁いた。
「ジンクスが叶わなくても、ずっと一緒だよ」
柔らかな温もりが、唇の上にそっと重ねられる。
夕日が、私たち二人の重なる影も、暖かな橙色に染め上げていた。

END

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