「…ルチ、マルチ」
私を呼ぶ声。あの声は…主任ですね。
「おはようございます。主任」
「おはよう。良く眠れたかい?バッテリーの充電は済んだよ。昨日は登校初日だったから随分と疲れたろう」
「いいえ、ちっとも。初めての学校、とっても楽しかったです」
「今日はどんな夢を見たんだい?」
「今日は、学校の夢を見ました。いろんな方にお会いしたんですよ。皆さんと一緒に授業を受けて、お昼を買いに行ったり、プリントを運んだり、それからお掃除をして…」
「ふうん。良かった、楽しかったんだね」
「はい!いろんな事をいっぱい勉強して、早く皆さんのお役に立てるようになりたいです」
 
 
 
 

「マルチ、マルチ!」
「あ、浩之さん。こんにちは」
「おう。今日も掃除か?」
「はい、マルチはお掃除が好きなんです」
「よしっ、今日も手伝ってやるよ」
「浩之さんもお掃除が好きなんですか?」
「そういう訳じゃねえよ。マルチが頑張ってるのを見てたら、放って置けないだろ?」
 
――――――また、浩之さんです。
3日連続で会ってしまいました。
学校でもいつもお会いしてるのに、また夢の中でもお会いしてます。
でも不思議です。飽きちゃったりしないんです。
たくさんお会いできるほど、嬉しくなっちゃうんです。
もっともっとお会いしたいって、思っちゃうんです。
夢の中でもお会いしたいって、思っちゃうんです。
不思議です。
でもお会いすればするほど、緊張しちゃうんです。ドキドキするんです。
ブレーカーが飛んじゃいそうなくらい。
不思議です。
 
 
 
 
「マルチ、マルチ!」
私を呼ぶ声。あれは浩之さんですね。
「マルチ、今日も掃除ご苦労さん。家中ピカピカだな」
「ありがとうございますぅ」
ご褒美に、浩之さんになでなでしてもらいました。とってもいい気持ちです。
私は浩之さんのお家で働いているんですね。
「まあ、マルチちゃんご苦労さま。いつも一生懸命お掃除してくれてありがとう」
「あかりさん」
とっても優しい笑顔で誉めてくれます。
「おう、マルチはとってもいいメイドロボだな。最高のお手伝いさんだよ」
「ホント、マルチちゃんが居てくれて嬉しいわ。とってもいい子だしね」
「ありがとうございます。浩之さん、あかりさん。マルチ嬉しいです」
お二人とも、心から私のことを気に入ってくれているのが分かります。
「これからも、ずっと俺たちと一緒に居てくれよ」
「そう。私たち夫婦と、これから生まれてくる子供たちと、みんなでずっと仲良く暮らしていきましょう」
「はい、私、お二人に気に入っていただけて嬉しいです。これからもお掃除頑張りますぅ」
 
―――――――目が覚めました。
何故、私は泣いているのでしょう?
嬉しい夢を見ていたはずなのに。ずっと憧れていたはずなのに。
何故、こんなにも胸が痛いのでしょう?
 
 
 
 
今日は、眠りたくないです。
夢を見たくないです。
明日になれば、土曜日になってしまえば、学校を去らなくてはいけないから。
明日にならなければいい。心の隅で、そう思ってしまいます。
今日も夢の中に浩之さんが出てきたら。
何だかとても悲しい気分になってしまいそうで。
明日は笑ってお別れしたいのに。元気にご挨拶したいのに。
 
今日は、夢を見たくないです。
 
 
 
 
浩之さんが、隣で眠っています。
安らかな寝息を立てて、眠っています。
その逞しい腕で、私のことを包み込むようにして、眠っています。
今は充電器もないから、私は眠ることはできません。
このまま、大好きな浩之さんの姿をずっと見ていたいから、少しでも多くメモリに残したいから。
眠らなくてもいい体で良かったのかもしれません。
でも。
もし、今眠ることができたなら。
浩之さんの隣で眠れるなら。
 
どんなに幸せな夢を見ることができるのでしょう。
 
 
 
 
 
「マルチ、マルチ!」
その声は・・・・浩之さん?
これは、夢ですか?
「マルチ、ずっと会いたかった・・・・」
夢じゃ、ないんですか?
長い、本当に長い夢を見ていました。ずっと、夢しか見られませんでした。
夢は、終わったんですね?
 
夢から覚めても、まだ夢を見ているようです。
いちばん見たかった夢を・・・・・・・・本当に望んでいた夢を・・・・・・
 
 

END

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