大澤 武司
(Dr. OSAWA Takeshi)



 


熊 本 日 記
(2012年6月)

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□2012年6月29日(金) 食べ納めではありません


レ馬刺し@うろこ

 お嫁様と晩酌をするため「うろこ 」さんへ。女将さんから「7月以降も馬のレバ刺しは大丈夫よ」と力強い言葉。山芋の鉄板焼きも絶品。熊本万歳!

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□2012年6月28日(木) 料理の腕前


アジのお刺身@大澤家

 久し振りの晴れ。帯山のマルショクの古閑鮮魚さんにお手頃な値段で天草産の新鮮なアジがあったのでお嫁様のために3匹ほどさばいてお刺身にする。もちろん、小骨は一切残さず、少しばかり冷凍庫で締めて、きっちり角の立ったブリッブリのものに仕上げる。さばきたてはやはり美味い。大澤娘。もすこぶる気に入った様子。

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□2012年6月27日(水) 会議雑感

 いま、遅ればせながらスマートフォンの導入を検討しているが、多額の投資をして「システム」や「デバイス」を入れても、きちっと稼働するように「あとどり」しなければ「現場」を混乱させるだけであることを改めて実感。

 会議の時間以外は終日極秘作業。神経をつかう仕事だけに疲れた...。

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□2012年6月26日(火) 卒論演習

 今年の卒論履修者は10名だが、たぶん、全員期日通りに初稿をあげてくるだろう。嬉しい悲鳴である。今日のゼミを終えて私も腹をくくった。

 「おばさん」は結局のところ「おばさん」だ。お嫁様にはこのようになってほしくない(たぶん、大丈夫だと思う)。

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□2012年6月25日(月) 専門演習T

 古田さん。本当によく頑張りました。

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□2012年6月24日(日) 上海日記 その4


「しろモン」ゲットだぜ!

 帰熊。飛行機まで少し時間があったので、上海の市内を散策。現地で仕入れた情報にもとづき「ブツ」を捜索しにでかける。わが熊本のアイドル「くまモン」のアルビノ種ともいえる「しろモン」が上海に生息しているとのこと。

 ある観光地のショッピングモールで密かに売られているという「しろモン」。時間との闘いのなかで捜索活動を続け、ついに「しろモン」発見。もちろん、その場でつぶやいた言葉は「しろモン、ゲットだぜ!」。「これぞ中国!」といったパクリの王道を体感することができ、このうえなき脱力感。

 若殿様と大澤娘。のみならずお嫁様まで大喜びしたことはいうまでもない。


これはなんだ!?

 上海の浦東国際空港を12時10分に出発した福岡行きCA915便の機内で配られた「機内食」。この時間帯を飛ぶ国際便でこれはないだろう。空港のラウンジでしこたま料理を食べておいたからどうでもよかったが、一般の乗客からすれば、これは「クレームもの」だろう。周囲のツアー客のじいさん、ばあさんがブーブー文句を言っていた。これでいいのか中国国際航空...。

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□2012年6月23日(土) 上海日記 その3


日中国交正常化40周年記念国際シンポジウム@錦江飯店小礼堂

 上海国際問題研究院などが主催する日中国交正常化国際シンポジウムに参加。あいにくの雨であったが、会場となった錦江飯店の小礼堂はほぼ満員。基調講演は唐家セン元国務委員や福田康夫元首相など。会場には香川の井上先生をはじめ、谷野閣下や朱建栄先生などを姿が。

 午前のセッションに関して言えば、日中関係の悪化を印象づける、「祝賀」らしくない内容といっても良いだろう。これまで「過去の戦争」に関する歴史認識に終始することが多かった日中双方の議論だが、今回は「将来の戦争」のにおいが何となく感じられたように思う。やはり「来年の春までに何かしら起こる」のかしら...。

 唐氏がウイグル平和会議開催を批判すれば、福田氏が「日本の一般国民のみならず、政治家ですらよく知らないこと」と応える。これに再び唐氏が「ウイグル問題は中国の核心的利益にかかわるものである」と応酬する。


福田康夫元首相@錦江飯店小礼堂

 ここで細かいことは書くつもりはないが、とにかく「分け合えば平和」は間違ったメッセージを中国側に送ることになろう。


李嘉冬老師と@廊亦舫

 シンポジウム会場で運命的な再会。お嫁様のおじいちゃまである千田勘太郎が師事した新城新蔵先生(京大総長等を歴任)が所長を務められた上海自然科学研究所の研究をされている東華大学の李嘉冬先生に偶然再会。

 私の恩師である梅村先生のもとで李先生が在外研究をされていた時に新宿で一度だけお話する機会があった。随分と前のことでもあり、すぐに思い出すことはできなかったが、話が進むにつれ、新宿の喫茶店で研究談義に花が咲いたのを鮮明に思い出した。

 恐縮なことに、上海料理の名店「廊亦舫」で御馳走していただく。後で調べたのだが、ここは「中国名菜」にお店から20以上も登録されている名店とのこと。さすがに店内も大盛況。上海の活気が凝縮されたような空間。上海の夜景を堪能しつつ洗練された上海料理を味わう時間は至福の時。

 中華料理のなかでも、上海料理は満足感の質が明らかに異なる。いわば手足の先が痺れるような美味さといってよいだろう。特に牛のホルモン(大腸)の甘辛煮込みは忘れられない味となった(ザクザクした食感もたまらない)。カメラを忘れたのが残念である。

 ご多忙な李先生と旧交を深めることができ、本当に運命的な再会。きっと千田勘太郎か、松井松次が「上海」で運命的な再会を演出してくれたのだろう。また7月下旬に東京でご一緒できそう。楽しみである。

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□2012年6月22日(金) 上海日記 その2


英倫双層漢堡

 今日は終日史料調査。前回の調査の取りこぼしを確認。上海はあいにくの雨降り。早々に仕事を終え宿に帰還する。「英倫」(ロンドンオリンピック)ダブルバーガーセットをいただく。たっぷりマッシュルームにチーズという取り合わせ。黒胡椒が効いていて美味しい。

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□2012年6月21日(木) 上海日記 その1


リフレッシュメント(?)@中国国際航空

 上海出張。出発の儀式はいつも通り。天候の関係で20分ほど飛行機が遅延。いつものように炭水化物が重複した不思議な「リフレッシュメント」を機内でいただく。もう少しツマミっぽいものにしてくれるとありがたいのだが...。

 端午節の連休入り前日ということもあり上海市内は大渋滞。それでも6時過ぎにば新錦江飯店に無事到着。夜は湖南料理を堪能する。調べてみると「滴水洞」という湖南料理の名店とのこと。どおりて美味しいわけである。

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□2012年6月19日(火) 台風接近なるも

 台風が接近しているので、午前2コマは教室がガラガラなのを覚悟していたが、予想に反して驚くほどの出席率。東洋史概論なので、学生諸君にとっては「とりあえず履修」の科目だと思うのだが、キッチリ聴いている学生が多いので、ちょっと意外な感じがしている。いずれにせよ、嬉しいことではあるが。

 午後は卒論指導。面白い史料を発掘してきた学生が出現。満州移民に関するもので、話を聞いた限りでも、極めて興味深いライフ・ヒストリーをお持ちのお祖父ちゃんが「手記」を残していらっしゃるとのこと。いよいよ大澤ゼミも次のステージに入ったような気がする。本当に楽しみ。

 雑感。水面下での動きが激しくなりつつあるようだ...。

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□2012年6月17日(日) 初「787」

 私らしくもなく「二度寝」をしてしまい危うく飛行機に乗り遅れそうになる。今回は西武新宿駅の上にある某ホテルに2泊したのだが、やはりいつもの浜松町のほうが断然、朝は楽である。

 新宿も便利なのだが、やはり歌舞伎町に近いということもあり、中国や韓国からの観光客が多く、雰囲気的には上海のホテルに近く若干落ち着きに欠ける。ロビーに大きな荷物を置いてしゃがみこんでしまっているのはなんとも...(かといってホテルマンは注意するわけにはいかないだろうが)。

 もうひとつ残念なのは朝食のバイキングがイマイチなこと。メニューや味つけなど、なぜか満腹感が得られない。さらに築年数の関係もあってか、バスルームの排水溝のにおいも気になる。今回はほぼ最上階に近い部屋だったのだが、前回止まった中層階同様、かなり気になった。かなり高い宿なのだが...。


3A@B787

 慌てて飛び乗った帰熊便は初「B787」。ANAの幹部の方からも「B787」の「メリット」を数多く聞いていたので、ずっと楽しみにしていた。ロールス・ロイスマークの輝くエンジンは離陸もスムーズ。今回はアップグレードせずに、息子曰く「家来席(エコノミー席の別称。プレミアム・クラスを息子は「殿様席」と呼ぶ)」の一番前、3Aにする(時刻的に「匠味」がないので...)。サイドがブロックされているので満席のプレミアム・クラス以上に広々と仕事させてもらう。


ブルーのブラインド@B787

 この席はモニタが独立式で、足元も広いので、国際線のプレミアム・エコノミーぐらいの感じ。加えて、窓のブラインドも、どのような仕組みになっているのかわからないが、ボタンを押すと段階的にブルーのすりガラスになる最新式のもの(液晶かしら?)。

 トイレもブルーのライトでシックにまとめられており、トイレの蓋も手をかざすと自動で閉まる(割り箸みたいな棒がニョキッと出てきて閉めるメカニズムは多少原始的だが...)。ルシウスが見たら「ここにも奴隷が!」といってきっと気の毒に思うだろう。

 とにかく、さすが最新鋭機といった感じ。 巨大な二階建てのエアバスで大量輸送されるよりも、エコな中型機に切り替える方が、「日本人」にはきっと歓迎されるだろう。

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□2012年6月16日(土) 東京で過ごす週末

 午前は国会図書館へ。最近掘り始めた新しいテーマに関する文献をいくつか複写。古い雑誌などは最近デジタル資料化され、図書館内の端末で直接PDFを読む形が多くなっているが、やはり雑誌記事などは直接現物を手に取って読みたいものである(劣化がひどいものもあるのだろうが)。

 午後は戦後「満洲」史研究会参加のため早稲田へ。一応、設立当時の参加メンバーになるのだが、熊本に行ってからは、ほとんど参加できずじまいだった。

 今回は、昨年8月に東北視察でご一緒した東大の峰さんが「葫蘆島訪問記」をご報告されるので応援のため参上。歴史系の研究会なので報告はじっくり。私も飛び入りで「加藤探検隊」東北行脚の写真をプロジェクタで紹介するなど、少人数ながらも楽しい時間となった。

 第二報告は、早稲田の現代中国研究拠点の鄭成さんの単著『国共内戦期の中共・ソ連関係―旅順・大連地区を中心に』(御茶の水書房、2012年)を下関市立大学の飯塚先生が書評。最近、転居続きの私だが、鄭さんはいつもきっちり新住所に年賀状をくれる律儀な研究仲間。その単著刊行に刺激を受ける。

 夜は池袋にて飲み会。研究、家庭、健康、次の一手など、やはり考えていることはみな同じ。現状維持的な思考が最も問題。

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□2012年6月15日(金) 孫文塾 in 松本楼


コース前菜@日比谷「松本楼」

 午前中は教育実習巡回。英米学科の4年生が母校の八代東高校で研究授業に挑戦。ファーストフードの良し悪しについて英語の授業。授業時間である50分を数分刻みで区切った「授業計画」などは大学教員の私からみれば新鮮。いきなり300名の前で講義デビューした5年前を思い出す。

 午後はそのまま阿蘇くまもと空港へ。夕方、日比谷公園の松本楼で行われる清華大学「孫文塾」にまずはすべりこまなければならない。時間的の関係で久しぶりのSNAとなったが、天候が悪く25分の機材遅れ。浜松町から近い日比谷公園でよかった。


緒方貞子先生@孫文塾

 孫文塾は5月上旬の北京集中講義以来。あっという間のひと月だったが、塾生の皆さんもお元気そうで、全員が勢揃いとなった。

 本日の講師は緒方貞子先生。いうまでもなく、国連日本代表部公使や国連難民高等弁務官、JICA理事長などを歴任された日本有数のグローバル人材である。塾生が企業人ということもあり、講演テーマも「グローバル人材の育成」などに関するものに。

 講演は、緒方先生が自らのキャリア展開をご紹介されると同時に、それぞれのステージで自ら体験されたグローバル社会の「難しさ」を語られた。講演のポイント、すなわちグローバル人材の必要条件は「多様性の容認」ということであろうか。「相手のもっともだと思うところを褒め、そうでないところにはこだわらない」「対立しても疲れるだけ」など、熊本でも使えそうな話も多かった。

 散会後は有楽町で二次会。今後の運営などを議論。

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□2012年6月12日(火) 雑感の続き

 手続き論。縄張り意識。慣例主義。

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□2012年6月10日(日) 広島日記 その3


原爆ドームの接写

 早朝、ホテル近くを散策。徒歩10分圏内に原爆ドームや平和記念公園などがある。中国各地や沖縄など、いろいろと戦跡は訪れているが、「ヒロシマ」が持つ重さはまた別格である。原爆ドームそのものは、教科書などでその姿をよく目にするが、実際に現物を前にすると、まったく異なる感慨に襲われる。明らかに「破壊された」痕跡。


平和を祈願して...

 平和記念公園も散策。「安らかにお眠りください...」の碑や千羽鶴、慰霊の塚など...。いわゆる「ヒロシマ」が凝縮された空間。ぐるりとまわって、爆心地直下の「島外科・内科」なども通過。詳細は避けるが、「専門家として」いろいろ考えさせられた朝の散歩であった。

 某研究所教官と東アジア情勢に関する意見交換をしつつ、午後は少し宮島などにも足をのばす。片道30分ほど。何と言っても「清盛」ですから...。

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□2012年6月9日(土) 広島日記 その2


アジア政経学会西日本大会@広島市立大学

 出張のメインイベントである学会へ。会場は広島市立大学。旧全日空ホテル近くの「本町」駅からモノレールのような高架の電車で40分弱で「大塚」駅へ。本来は環状にする予定だったそうだが、途中で予算が尽きて「?」のような路線になっているとのこと。駅からバスにひと駅分乗り、その後は少し登山。

 予定通り10時に開始。時間と場所を考えれば、思いのほか参加者が多い感じ。20名前後か。私のお役は「1960年代中国の対アフリカ外交」と「ソウルオリンピックをめぐる社会主義陣営の動き 」に関する報告にコメントすること。いずれも精力的に一次資料を猟集した研究だが、少し厳しめにコメントする。


お弁当@西日本大会

 午後は書評の部会と共通論題に参加。前者は中華人民共和国成立史に関する笹川先生の著作を扱ったもの。後者は「ヨーロッパ金融危機とアジア」といった内容。中国現代史研究のもうひとつの最先端といった感じの議論。

 懇親会に参加。広島風お好み焼きなども登場。やはり話題はもっぱら業界の就職ネタが多い。厳しいようだが、「さもありなん」といった感じもある。

 ホテルに戻り、早めに就寝。

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□2012年6月8日(金) 広島日記 その1


桜さく弁当@新幹線さくら

 午前は講義。シリーズ第2部の「国際連合と日本」も無事終了。ちょうどアメリカで従軍慰安婦関連の石碑問題があったため、日本の国連常任理事国入り問題とからめて話す。8割方の学生が集中して受講している模様。講義の負担は増えたが、2つに分割して良かったと思う(必修だし...)。

 講義終了後は明日午前の学会出席のためそのまま熊本駅へ。会場が広島なので、あまり好きではないが、新幹線で移動。直通で1時間50分。「さくらさく弁当」を食しつつひたすら我慢する。空き時間で月曜日の専門演習用の見本レジュメを仕上げる。実質30分程度の作業。


市電@広島

 広島到着。今回はANAホテルなので市電の最寄駅「袋町」を目指す。「広島港(宇品)」行きに乗れば良いとのことなので指さし確認しつつ乗車。順調に駅名が進んでいたのもつかのま、「的場町」の次あたりからまったく想定外の駅名が呼び続けられる。「おかしいなぁ...」と思いつつも、車内の路線図では「広島港」行きの途中にちゃんと「袋町」があるのでもうしばらく乗ってみる。

 しかしいい加減5つも駅名が違えばさすがの私も気づく。どうも「広島港(宇品)」行きは経由が二つあるらしく、私はどうも「比治」方面経由に乗ってしまったようだ。しかたなく市電を飛び下り、小雨が降るなか、結局、タクシーでホテルに向かう。

 無事にホテル到着。ANAホテルとはいうものも、すでに全日空とは資本関係はないとのこと。マイルもつかないし、あまりメリットがなかったか...。室内は極めて快適。ルーム・サービスの「アイ・ホット・マスク」をつけて早めに就寝する。

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□2012年6月6日(水)  雑感

 あきれるばかり...。大人げない。

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□2012年6月1日(金) 後半戦突入

 やっぱり無理が出てくるよね...。

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