大澤 武司
(Dr. OSAWA Takeshi)



 


熊 本 日 記
(2009年8月)

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□2009年8月31日(月)  記念の盃

 研究室で档案の読み込みをしながら、今日「来熊」されるはずの陳先生を待つ。5時半が過ぎても先生の研究室に人の気配がしないので、さすがに今日はいらっしゃらないかと思い荷物をまとめて研究棟のエレベーターを降りる。そこでちょうどスーツケースを抱えた陳先生に遭遇。まさに運命のめぐりあわせ。

 せっかくの「来熊」を「楽しい」思い出にしていただきたく、近場ではあるが食事に誘う。10年も日本にいらっしゃった陳先生。やはりお刺身やお寿司で一杯やるのが良いだろう。幸運にも久保田の「万壽」があったので、兄弟の盃とする。「百壽」や「千壽」よりもずっとトロミがあり、香りの広がりが良い。同じく娘を持ち熊本を愛する35歳の研究者同士であるだけに話は尽きない。

 二人とも気の済むまで食べて飲む。帰りがけに大学の守衛さんに二人の記念写真を撮ってもらった。今日の酒は一生の思い出に残るものとなった。

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□2009年8月30日(日)  政権交代

 吉田さんから鳩山さんへ。麻生さんから鳩山さんへ。歴史って不思議。

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□2009年8月28日(金)  日常へ

 海外研修の余韻を味わう間もなく事務処理に追われる。本や論文を山積みにして中国研究拠点の論文構想を練りつつ、来週訪問する予定である鹿児島方面の高校のリストアップと「傾向と対策」を行う。鹿児島は初めてなので、地理的な感覚を頭に植えつけるところから始めなければならない。2日がかりの仕事なので市内の温泉宿をとる。

 何とか論文構想のレジュメを作り終えて送信。詳しくは書けないが「毛沢東の戦犯政策」というタイトルで少しひとつ仕事を進めていこうと思っている。档案は少ないのだが、結構、調べ始めると面白い。すでに「周恩来と対日戦犯処理政策」は簡単なものを書いるが、これとは全く異なった形で研究を進めることになりそうである。

 続いて9月上旬に予定している2度の東京出張の事務処理をする。科研は「研究代表者」「研究分担者」「連携研究者」と今年は「トリプル」で来ているので、書類もそれぞれ異なり、煩雑である。また「立て替え」と「振り込み」も複雑を極めており、「持ち出し」になっていないか少し心配。

 こんなことをしている間にあっという間に日が落ちた。締め切りが迫っている論文まで手が回らず。

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□2009年8月27日(木)  長春日記2009 その12


家に着くまでが研修@第4駐車場

 一人の遅刻者もなく6時15分に「宝辰飯店」を出発。北京市内の高速整備の進み具合を象徴するかのように、30分弱で第3ターミナルへ到着。大連経由福岡行きの中国国際航空CA 954便。定刻通りに運航。午後4時過ぎ、無事に学園大の第4駐車場に到着。去年のような「熊本だ〜嬉しい〜!」という声がみんなから出なかったのが印象的。充実した研修の余韻を楽しんでいるかのようであった。

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□2009年8月26日(水)  長春日記2009 その11


毛氏紅焼肉@吉祥鳥湘菜

 今日は北京市内観光。天安門から紫禁城、そして頤和園を経て天壇公園へ。最後、便宜坊グループの「天壇御膳」で北京ダックを食べさせるあたりがこのツアーの「水平」を端的に表しているといったところだろうか。本当に頑張った学生たちには、できれば「大董」の北京ダックを食べさてやりたかった(夢のまた夢だが)。ある学生が「長春の春餅のほうがうまかった」と言っていたが、それがまさに「大事な感覚」なのだと思う。

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□2009年8月25日(火)  長春日記2009 その10


「定陵」地下宮殿

 今日は北京郊外観光。あいにくの曇りだが、みんな疲れもたまっているので、炎天下で体力を奪われるよりは良いだろう。午前中は北京五輪の「鳥巣」や「水立方」を訪れた後、明の十三陵のひとつ「定陵」を参観する(正式にはここしか観光化されていないとのこと)。

 市街地から近いこともあり、大量の日本人観光客に遭遇する(所詮我々もそのうちの一団か)。もっとも、中高年日本人観光客のマナーの悪さは相変わらずで、子供の頃、台湾で散々嫌な思いをしたのを思い出す。「旅の恥はかき捨て」的な文化は日本独特のものではないと思うが、やはりなぜか海外ではどこでも日本人の「悪態」が目立つような気がする。



「好漢」@男坂

 「飲茶」という名の中華バイキングを食べた後、そのまま「八達嶺高速」を北に進む。小一時間ほどでいわゆる「万里の長城」に到着。面白いことに、今年は男女ともほとんどの学生が「男坂」に挑戦するという気合の入りよう。なぜか全力疾走で登っていき、一番高いところで雄たけび。どうもみな「闘争心」という脳内分泌物がこの研修中は出まくっているようだ。

 仕事では幾度となく北京を訪れているが、何を隠そう今回が長城初体験。ようやく「好漢」になれたかしら...。

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□2009年8月24日(月)  長春日記2009 その9


北京到着

 1時間40分ほどで長春から北京へ。名残惜しそうであったが、別れの時は必ず来る。気持ちを切り替えて北京観光を楽しんでくれればと思う。「中国の現在」をきちんと感じ取れるであろうか。


麻婆豆腐@四川飯店

 午後は自由時間。学生は全員散ってしまったので、私も仕方なく宿泊先近くの「ハオ先生の館」をのぞきに行く。システムが大幅に変更になっていた。詳しくは「こちら」を参照されたい。

 夕食は恭王府の四川飯店にて。恭王府は清華大学の日本研究中心設立大会の時に母校の先生方をアテンドして「輪タク」でドリフトをかましてもらったばかり。「ふくらみのある辛さ」は四川飯店のものだが、日本人が食べるためか、「辛さ」を相当抑えいるようで、私としては物足りない感じ。

 「宝辰飯店」のふかふかのベッドで久し振りにゆっくり寝る。

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□2009年8月23日(日)  長春日記2009 その8


「猪肉三鮮餃子」と「雪花」ビール

 本日も学生は終日自由行動。私といえば、終日宿にて秋学期の「中国概説」のレジュメづくりにいそしむ。とにかく「楽しく」現代中国の概要を紹介できればと思う。昼は近くの食堂で「猪肉三鮮餃子」で簡単に済ませる。


「結業証」授与式

 夜は「結業証」授与式と宴会。23名全員が試験もパスし、無事に短期語学研修課程を修了することができた。やはり、全員がすべての講義と講座に出席し、さらに夜には協力し合って予習・復習を重ねてきた充実感からか、最後は「我不想回国!」や「我愛長春,吉林大学!」という言葉がみんなの口々からこぼれる感動的な時間となった。みな少し飲み過ぎた感じ。

 きっと彼(女)らの人生を大きく前進させる貴重な経験になっただろう。「中国が好きになった」という言葉がなによりも印象的であった。

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□2009年8月22日(土)  長春日記2009 その7


浄月譚の碧松浄月塔

 学生たちは終日自由行動。午前中は宿にて論文の下原稿を書く。何とか最後までたどり着くことができ、全体の骨子は固まった感じ。後はひたすら練りこみ作業を行っていくことになる。

 午後は畢老師のご配慮で小さな観光。学生たちがすでに行った「浄月譚」に案内して頂く。湖沿いを歩き、モダンな建築物である11階建ての「碧松浄月楼塔」に登り、全景を堪能する。なぜか、エレベーターが止められており、汗をかきつつてっぺんまで登る。運動をした後は、青空の下でピーナツをつまみに軽くビールを一杯。いや、4本...。


社会主義新農村

 私が東北料理である「酸菜」を食べたいとリクエストしたことから、夕食はそのまま怪しげな「社会主義新農村」という店に案内される。外観から想像できる通り、いわゆる「毛沢東時代」の中国農村の雰囲気で店作りがされた東北農家料理のお店である。


横澤先生と大澤が「文化大革命」

 料理はリクエスト通り、「酸菜」の鍋をはじめ、大好物の「毛氏紅焼肉」のような豚の角煮、さらには鯉やら鯰やら鰌(ドジョウ)など7種類の淡水魚が醤油ベースの汁で炊かれたその名も「文化大革命」という魚料理を堪能する(全く臭みがなく、本当に美味であった)。

 これ以外にも「土改」や「上山下郷」、さらには「秋収」など、面白い名前の料理がメニューにはずらりとならび、学園大で中国近現代史を担当する教員が揃い踏みする卓としては、何とも愉快なひと時となった。

 そういえば、27年前の今日、一家揃って台湾に行ったんだっけ。

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□2009年8月21日(金)  長春日記2009 その6


2年目だから名人級?

 授業最終日。本日も全員出席。これで最初から終りまで授業欠席者が一人もなしという快挙を達成したようだ。まさにあっぱれである。修了試験も何とか終えたようで後は週末の自由時間と北京での旅行を楽しむだけである。

 午後は昨年同様、王老師による水墨画講座。「文房四宝」は「筆」「硯」「紙」そして「墨」。王老師から「去年も来てたよね」との光栄なお言葉。お嫁様からはいつも「一度見たら忘れない顔」といわれているが、はからずも今日はそれが証明された感じ。通訳さんからは「学部3年生」に間違われるし、良いこと尽くめである。

 試験が終わったこともあり、夕食後、学生さんと飲みに行く。いろいろな先生の講義に関する意見などいろいろと聞く。外国語学部なのだがら、全員が国際政治や歴史に興味があるわけでなないことを改めて認識する。

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□2009年8月20日(木)  長春日記2009 その5


再び「老昌春餅」

 本日も全員出席。寝過しても全力ダッシュで1分後には教室に飛び込もうとする意気込みや良し。終日、宿にて論文構想の取りまとめ。いまだ来春して一度も携帯鳴らず。これほどの平和があるとは。

 夕食は昨年と同じく「老昌春餅」にて。学生興奮して「うまい、うまい」を連呼しつつ大量の春餅を食べ、ビールや白酒をあおる。今年の連中はONとOFFの切り替えがうまくできるようだ。今日で授業はすべて終了。明日は試験を残すのみ。今回はすべての授業に全員が出席するという快挙を成し遂げたようだ。快哉。

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□2009年8月19日(水)  長春日記2009 その4

 5分ほど遅刻する学生が数名いたものの授業には全員出席。昨年と比べると雲泥の差である。「研修」できている以上、これが本来のあるべき姿なのだろう。良い先例になると思う。これを伝統として行きたい。今年は昨年とは異なり、極力「口」を出さずに、学生の自主性に任せるようにしている。

 もっとも、夕食の1卓12名に5菜2主食(米飯と餃子など)1汁では、「大食」である私には「Haibugou」である。とはいえ、学生たちの食事のバランスとリズムを崩してしまうのは問題なので、夕食後、別途食事に出かけることにした。やはり大人である以上、終日研究した後は「一杯」やりたいものである。今日は独りで「刷羊肉」。良く冷えた純生の「雪花」の瓶ビールを2本ほど。大好きな「冬瓜」と「菜香」もたっぷり頼み、本を片手に至福のひと時とする。

 中国研究拠点の論文構想をまとめる。一応「外交班」に属しているのだが、着任以来じっくり档案調査に行けていないこともあり、新規で「何か」を立ち上げるのは苦しい状況。研究費を頂いているだけに頭が痛い。「残留孤児問題」がひと段落つくと「中国国内戦犯問題」に頭を切り替え、それがひと段落つくと元に戻るの繰り返し。講義準備も頭をよぎる。9月中旬の研究報告の準備もしなければ。長春でひとり、わたし結構忙しいかも。

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□2009年8月18日(火)  長春日記2009 その3


羊肉串@長春の臨時書斎

 本日も授業には全員出席。午後は「実践漢語」ということで学生たちは映画を見に行った。字幕なしの「ハリーポッター」とのこと。終日宿にて仕事を進める。夜は学生達が自主的にやっている予習・復習に付き合う。A班が使っているテキストは「提高編」なのでなかなか難しい。特に日常会話の言い回しなどは、普段我々が日常で使っている「研究中国語」とはまった異なる世界。

 夕食後、怪しげな屋台で「羊肉串」を5本焼いてもらって部屋で晩酌。ウイグル族の屋台ではボディーランゲージだけが頼り。たっぷりクミンがかかっており、とにかく旨い。

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□2009年8月17日(月)  長春日記2009 その2


再び少林拳

 今年の研修参加者はかなりストイックである。朝食もほぼ全員が食べ、遅刻もほとんどなく、全員が授業に参加。さらに時間を見つけてはジョギングしたり、卓球をしたりして身体を動かし、夕食時にはビールも飲まず、食後は自習室できっちり中国語の予習・復習をこなし、ひと通り終えた後で希望者が少しだけ一杯やって早めに寝てしまう。

 みな自己管理ができており、これまで一人も病院に行っていないという。まさに「正」のスパイラルが働いている感じ。全員が落ち着いた時間を過ごしているようで感心する。思い起こせば、東洋史概説の春学期の試験でほとんどが「A」だったのはこの集団であったか。妙に納得。

 出席確認を行い、その足で銀行で両替した後、午前中は宿の部屋にて論文執筆。正直、苦しんでいる。これまでは日中両国の外交文書に関する分析をもとに、引揚や戦犯処理の展開過程の再構成などを行ってきたが、いま取り組んでいる論文はこれまでとは異なり、かなり「論ずる」感じのものとなっている。

 特に歴史学のみならず、社会学的な観点からの考察も参照しつつ、議論を展開するのが難しい。寝ても覚めても頭のなかが論文のことで一杯になっている。これまで何気なく読んでいた先行研究に改めて感心することしきり。まさに「壁」に突き当たっている感じ。9月末までに着地させられるか、不安に駆られる。

 午後は学生さんと一緒に「文化講座」に参加。昨年同様、今年も張師匠による武術講座である。昨年は「少林拳」を中心に、ブルース・リーやジャッキー・チェーンの映画をマニアックに解説してくださったが、今年は「太極拳」を中心に、ジェット・リーの映画を題材にして、太極拳の解説してくださった。

 去年は1時間半ほどの講義して、その後、館内のホールで少林拳の実技講座に移ったのだが、どうも今年は最後まで2時間半ほど講義をやる予定のようだったようなので、途中の休憩時間に「建議」して実技指導をお願いする。場所を手配していなかったようなので、「友誼会館」前の駐車場に全員集合して、昨年同様、「少林拳」の「礼」からお馴染みの「形」まで、ひと通り教えていただいた。涼しい風が吹くなか、良い気分転換になったようである。

 夕食は珍しく厨房が混乱していたようで、料理がまばらにしか出てこず、物足りなさが残る。横澤先生とご一緒して近くの「火鍋」屋に出かける。若干、調子に乗って頼み過ぎたが、精力的な横澤先生は35歳の私以上の食べっぷりで、羊、牛、豚を完食し、大量の野菜もほぼたいらげた。9時過ぎ部屋に戻り、ひたすら論文の「削りだし」をする。缶ビール1本の健康的な生活。

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□2009年8月16日(日)  長春日記2009 その1


1年ぶりの長春

 今年も短期海外研修は長春の吉林大学である。とにかく熊本や北京に比べて涼しいうえに、食堂の料理が美味しく、加えて徒歩5分圏内にコンビニや銀行、ちょっとした食事処がまとまっているところが気に入っている。もちろん、受入担当者の畢老師のご配慮とお人柄も大きな決め手である。

 今回の旅程は、福岡から大連経由で北京に行き、その後、北京から長春に向かうというもの。午後3時10分に福岡空港を出発し、2度の乗り換えを経て宿泊先の「友誼会館」に到着したのは夜11時。フライト時間は合わせて4時間半程度だか、さすがに1日3回の離着陸は楽ではない。

 夜遅かったが、大学近くの屋台で軽く飲む。久しぶりの「羊串」に舌鼓。「雪花」ビールはすっきしたのどごしでいくらでも飲める感じ。無事ネットも繋がり、まずは明日に備えてゆっくり休むことにする。

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□2009年8月15日(土)  博多に前日入り

 中国出張の出発日がお盆最終日と重なるため、万全を期すために福岡に前日入りする。もっとも、所詮は九州。福岡行き高速バス「ノンストップ火の国号」も空席が目立ち、鳥栖ジャンクション先で若干渋滞があったものの、2時間ちょっとで博多駅前のバスセンターに到着する。

 丸善で買い物。何を隠そう私は加藤先生の大ファンなので、『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社)を買う。日本近現代史を中高生に授業をされたのをまとめたもの。自分の講義と比べながら読み進める。講義も2〜30名であれば、「学生いじり」をしながら進めることも可能なのだが、いかんせんどの講義も人数が多すぎる。どうしても時に「独りでしゃべっている」という感覚に襲われる。

 夜はホテルに併設されている居酒屋「手羽屋」にて簡単に済ませる。晩酌セットは1500円のわりには、刺身の盛り合わせ、カニみそ、辛子明太子、手羽焼き(3本)、磯辺揚げ(2個)、枝豆など盛りだくさん。もっとも、カウンターでひとりだと手持無沙汰なので、論文構想のメモを書き進めながらの晩酌となる。

 部屋に戻るとクリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」がやっていたので最後まで見る。ああいう役どころでの中村獅堂の演技は嫌いではない。

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□2009年8月13日(木)  お盆休み突入

 大学は今日から完全休業。恐ろしいことに丸々10日間、研究棟を含め全学の電源が落とされる。もちろん、空調も入らなければ、エレベーターも止まっている 。研究室にも一切電気が来ていないので、私の研究室も「墓場」と化している。冷蔵庫もただの箱である。

 「裁量労働」なのだから、お盆で時間のあるこの時期こそ、じっくり研究を進めたいのだが、「実力行使」の前にはなすすべもない。もっとも、所詮「鉛筆と紙」があれば研究はできるので、自宅でやればよいのだが、ご存知のように我が家は「動物園」状態。細切れの時間で文献を読み進めるのが精一杯。

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□2009年8月10日(月)  お盆休み前に


大澤息子・娘。

 「引揚」に関する先行研究を整理中。論文のパーツとなるもの。近年、「引揚」に関しては、歴史学的な研究のみならず、歴史社会学的な研究が急激に増加してきている。そのため、これらをまとめるのにひと苦労する。概念的なものも含め、ひととおり「記憶」だとか、「語り」など、「社会学」的な基本文献も読む羽目に陥っている。

 整理の構図としては、「体験の時代」「語りの時代」「理論化の時代」という枠組みのなかで、個人の手記や回想から広範囲な学術分野におよぶ先行研究、さらには残留孤児・婦人問題をめぐる国家賠償請求訴訟に関連する一連の「棄民」の訴訟理論化にまで触れたいのだが、収拾がつかなくなりつつある。

 大学が一斉休業となるお盆休みの10日間(13日から23日)は、研究室に空調も入らなければ、図書館も完全に閉鎖されてしまうので、できることは前倒しでしておかなければならない。

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□2009年8月9日(日)  阿蘇をちょっとひとまわり




再春館の丘

 天気が良いので阿蘇をひとまわり。車で自宅から30分ちょっと。これが「熊本」生活の醍醐味です。

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□2009年8月8日(土)  カントリー・パーク


水遊び広場にて

 とにかく暑いので水遊びのできるところへ。「カントリー・パーク」は自宅から車で20分ほど。緑に覆われたのんびりとした農業をメインとしたテーマ・パークである。いわゆる「箱モノ」ではあるが、子どもたちの笑顔を見れば、これはこれでよいのだろう。カブトムシは発見できず。

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□2009年8月7日(金)  「だご武者らしか組」第2回会合

 ネットで情報検索。かなり先鋭的なブログを発見する。いわゆる「棄民」問題に関心を持つ中国残留日本人関係者のようだが、「日本人」や「日本社会」に対する極めて強い敵意を表出している。いうまでもなく、私も彼(女)がいうところの「日本人」なのだろう。

 夜は「だご武者らしか組」の第2回会合に出席。会合とはいっても、熊本の若手大学教員による飲み会である。今回は光の森にある「花・つくし」にて。このお店は絶品。天草大王を中心とした鳥料理を堪能できるのだが、「魂に響く」旨さに参加者全員が感動。最初の1時間はほとんど会話もなく男5人がただひたすら鳥を焼いて食べまくる始末。

 口に入れるととろける「せせり」や身体が奇麗になるような「砂ずり」は、目からウロコが落ちるほどの旨さ。いわゆる「地鶏」に関する固定観念を完全に覆してくれるシロモノ。私は美味しいものを食べるのが何よりも好きだが、新しい境地を開いた感じ。辛子レンコンも詰めたて、揚げたて。

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□2009年8月5日(水)  「阿蘇の司」


初めての浴衣

 平日ではあるが、「9時−5時」にひっかからないように気をつけながら家族を連れて阿蘇の温泉へ。大学教員になって1年半近くなるが、「裁量動労性」というのはいまだに良くわからない。もちろん、日常は土日も含めてほぼ毎日研究室に籠っているような生活だが、こんどそれとなく人事に聞いてみよう。

 本来ならば行きつけの「竹の倉山荘」に行きたかったのだが、夏休みということもあり、当然のことながら満室。それに去年とは違い、今回は乳飲み子もいるので、「お子様歓迎」のお宿でないとまずいだろうという判断もあった。

 そこで「阿蘇の司」というホテルを選択。大学の補助で半額近く戻ってくるのも魅力。もちろん、修学旅行から外国人客まではばひろくこなす「大規模レジャー・ホテル」である。さすが「ファミリー・プラン」は、花火あり、射的ゲームあり、カブトムシ狩り体験ツアーあり、巨大温水プールありと、見事な「子供向け」プランとなっていた。

 家族の形態が変わったからだろうか、これはこれで楽しめた。特に最後の「温泉プール」は、平日なので本当にすいていたため、家族揃って堪能することができた。お嫁様もかなり気分転換できたのではないかと思う。補助が出るのであれば、年に一度の恒例行事としても良いだろう。

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□2009年8月3日(月)  まとめの論稿

 午前中は研究室の模様替え。その後、ひたすら文献の読み込み。中国残留日本人問題の政治決着による新支援法の施行などをうけ、このあたりでまとめの論稿を書こうと考えている。「戦後処理と歴史認識」といった感じになるだろうか。

 個人の自己責任と国家の政策責任。構造的問題をめぐる議論。やはり、人権救済を主眼として創造された「歴史」をそのまま「歴史」とすることには抵抗がある。裁判で語られた「棄民の歴史」を腑分けしながら、戦後日中関係史の文脈で、もう少しきちんと「構造」を描出したいと考えている。もとより善悪二元論を出発点に「歴史」を描くのは適当でなかろう。

 終日研究室にいると電話もかかってくるが、いずれも首をかしげるものばかり。

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□2009年8月2日(日)  オープンキャンパス

 気力、体力ともにも充実しているので、朝から学内の図書館で文献の読み込み。今日はオープンキャンパス。大勢の高校生がキャンパス内を楽しそうに散策している。

 お昼近く、学食前で学生の軽音かハワイアンかのサークルの学生たちが楽器演奏。お決まりの「Caravan」からT-SQUAREの「Truth」などのナンバーを立て続けに演奏。いずれの曲も学生時代、ステージで弾いたことのある曲だったので、ギターを取り上げたい衝動に駆られた。でも、教員だからやってはいけない。音作りは大切に。

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□2009年8月1日(土)  カブトムシ狩り

 気力、体力ともに充実しているので、朝4時半に起床し、息子を連れて阿蘇山の麓にカブトムシ狩りにでかけた。初めてのことでもあり、「父親」としてカッコ良いところを見せるべく森を散策。蚊に苦戦しながらも、5分ほどでカブトムシをゲット。

 私自身、東京の田舎のほうで育ったが、実際に森にいるカブトムシを捕まえたのは人生で初めての体験である。結構、興奮するものである。父親の面目躍如。息子大喜び。

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