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大澤 武司
(Dr. OSAWA Takeshi)


 


研 究 日 記
(2008年1月)


□2008年1月31日(木)  いつもの日常

 午前中は引き続きシラバスづくり。並行して論文修正の前提となる先行研究の再整理も進める。先般来、集中的に注文した本が次から次へと自宅に届く。もちろんその都度仕事は中断となる。

 さて、今日は基礎演習のレポート提出締め切りだが、みんなきちんと間に合わせられるだろうか。春休み中にアメリカやカナダなどの海外へ1ヶ月程度出かける予定を入れている学生さんもいるとのことだったので、あまり負担にならなければよいのだが。

 ひと仕事終えると慶応の先生からメーリングリストにお知らせが入る。研究拠点の書籍費関係書類を提出するようにとのこと。確認すると私にも図書購入予算がついているとのこと。どうしても欲しかった史料集が購入できそうだ。

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□2008年1月29日(火)  新年度準備

 講義シラバスの作成に追われる。学部の講義を受けたのはいつの頃だったか。学部に2回行ったこともあり、いろいろな先生の教授法に触れることができたが、いざ自分で白紙の状態からシラバスを作るとなると自然と力が入る。日本中の大学のシラバスをネット検索し、それをもとに傾向を分析。落とせないもの、強調したいもの、伝えたいものなどあれこれ思案しながら、組み立てていく。

 各回の講義をより内容豊富なものにするため、これまで流し読みしてきた本を本棚から机の上に積み上げて、イメージを膨らませる。大学で研究する者は誰しもが通る道なのだろうが、やはり講義は自分も楽しみながら、学生さんにも楽しんでもらいたい。時に深く、時に広く。バランスとリズムが大事だと思う。

 愛機「FMV-BIBLO LOOX T君 2世」とにらめっこしながら、シラバスを練りつつ、「日本の古本屋」で本の注文にいそしむ。

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□2008年1月28日(月)  「学問」と「芸術」

 研究の合間に読んだ本。長山靖生氏による『貧乏するにも程がある――芸術とお金の不幸"な関係』(光文社、2008年)である。先週話題になった『高学歴ワーキングプア』に通底する感じの本であるが、「学問」と「芸術」の近さを考えれば、それはそれで勉強になる。

 最も響いた言葉。「飢えることを前提にしているものに、娘はやれないだろう」(75頁)。う〜ん。これから博士課程にあがろうとしていた私にお嫁様を任せてくださったご両親に感謝しなければならない(まぁ嫁さんがしっかりものなので、特に苦労はないのだが)。あれから5年。さて、公私ともに責任も重くなってきた。

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□2008年1月27日(土)  東京タワー




 とりあえず東京の名所に連れて行っておこうということで東京タワーへ。近所の鉄塔を見るたびに「東京タワー!」というのが不憫だったので、そのうち本物を見せようと考えていた。私個人としては、慶応や外交史料館に行くときにいつも見ているので、そんなに感動はないのだが、息子は大喜び。

 暖かかったとはいえ、1時間半も並んで大展望台に行くものなんなので、とりあえずタワーの下で昼食。正午過ぎ、ちょうど良く敷地内でピエロの大道芸が始まった。ジャクリングなどに熱心に見入る息子は、すでに大展望台のことは忘れたようだ。それにしても、出先で昼寝されてしまうと、もう抱っこして運べない重さになってしまった。成長を実感。

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□2008年1月26日(土)  戦後東アジア国際政治研究会

 研究会のため本郷へ。久し振りに参加者15名を超える盛会となった。第1報告は慶應の手賀さんによる「柬埔寨侵攻と米中接近」。最新の米公文書を利用した研究は、米中接近の構造的要因以外の点について、いろいろな可能性を考えさせてくれるものだった。米国の対中接近の動機は何か。それは常に一貫したものだったのか。あるいは...。極めて完結性の高い報告だったが、前後の文脈を固めることで、さらに展開が望める極めてユニークな研究報告だった。

 第2報告は同じく慶応の杉浦さんによる「中国の対日情勢認識と日中友好人士」。長崎国旗事件後における中国の対日政策の展開を「情報の流れ」という視覚から分析しようとするもの。第1報告が用いた米国公文書と比較すると、やはり中国外交部档案(日本外交文書もそうだが)を利用して政策決定過程の詳細を再構成するのはなかなか困難なようだ。となると、やはり「切り口」や「イシュー」の斬新性こそがポイントとならざるを得ないか...。私自身の今後の研究テーマ設定も含め、いろいろ考えさせられる時間となった。

 終了後はいつもの「赤かぶ」で「懇親会」。今回は修士の有望な院生の方も多数ご参加くださっていたこともあり、水月昭道氏の『「高学歴」ワーキングプア――「フリーター生産工場」としての大学院』(2007年、光文社)の話で盛り上がる。個人的にはあまり共感するところはなかったが、業界をこのようなまなざしで見ている人々もいるということだ。私としては、もとより簡単に研究者や大学教員になれるとは考えていないし、すべては日々の戦略的な精進が決めると考えている。それぞれ目指すところは違ってしかるべきだと思う。

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□2008年1月24日(木)  外交史料館

 年度末なので少しまとめて史料を購入するため、朝から外交史料館に向かう。行きがけにマンションのエレベーターのなかで、いつも息子を可愛がってくれる隣りのおばあちゃまと一緒になる。このところ昼間に街角ですれ違う機会が多いからか、「ご主人は自由業?」と質問される。気になっていたのだろう。多忙ではあるが、「裁量労働制」なので、人様からは「ヒマ」そうに見えるらしい。

 とにかく当面研究に必要と思われるマイクロフィルムの購入申請を出す。自腹ではとても購入できないため、研究費の有難味を感じる。昔に比べ、マイクロフィルムの検索簿などもその場でコピーできるようになったので、作業効率は格段にあがった。そういえば、昔は目録を全て手書きで写していたものだ。その意味で、早く中国外交部档案館の档案目録が整備されることを祈る。

 レポートを課しておいた中国語履修者の学生さんたちが、みんなきちんと締め切りまでにレポートを提出してくれた。試験期間中の忙しい時期だったが、再履修の苦労を考えれば...。

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□2008年1月22日(火)  講義準備

 まだ確定ではないのだが、準備を進めていないと落ち着かない性質なので、シラバス作りを始める。まったく予想の範囲で進めているのだが、おそらく「中国概説」「中国近現代史」「東アジア国際政治と日本」「日中関係」ぐらいはある程度講義計画を準備しておかなければならないだろうと思い、書棚の関連書籍を机に積み上げつつ、著名な先生方の講義要項をネットで確認しながら講義計画を練る。

 大学時代に受けた講義のプリントとレジュメをすべてファイリングしておいて良かったなぁと思う。坂野先生の近現代史や文革論、国民革命論、金元重先生の近代化比較史、権純哲先生の朝鮮半島史、宮嶋博史先生の「両班」史や魚鱗図冊のお話、井上久士先生の中国近現代史...。振り返れば、印象に残る講義をしてくださった先生方ばかりだった。

 夜携帯に電話が入る。来年度講義の打合せのためのスケジューリング。責任の重さを感じながらも、お任せくださった方々の期待に応えるべく、魅力的な授業が出来ればと思う。2ヶ月だが、できるだけ煮詰めたい。

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□2008年1月21日(月)  経済学部中国語部門会議

 わずか1年という本当に短い間ではあったが、金曜日の教員室では数多くの先生方から中国語の教授法をはじめ、授業の進め方などについてもご助言を頂くことができた。中国語の初級と中級については、授業のリズムもつかむことができ、最初は「長いなぁ〜」と思った90分間もあっという間に過ぎるようになった。

 もちろん母校を離れるのは寂しいが、与えていただいたチャンスに向けて、時間は限られているが、しっかりと準備を進めたい。

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□2008年1月18日(金)  補講――答案返却

 できるだけ単位は出すようにしたいのだが、どうしても出せない学生さんもいる。本当に苦しいところである。

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□2008年1月17日(木)  遠方より来る

 一時帰京している在中国日本大使館の友人を囲んで鳥居坂「春秋」で食事。少し早く到着したので、行きがけにポストに入っていた書評原稿を校正。来月か再来月には掲載されるらしい。それにしても、もうひとつの書評の掲載はどうなっているのか。いずれも依頼原稿だったはずなのに。ふぐちりを堪能する。

 なんとか本年度担当科目の採点と成績づけを終える。

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□2008年1月16日(水)  熊本日記 その3

 無事帰京する。帰り熊本空港で「菅乃屋」さんの馬刺し「華盛り」を買う。きっと嫁さんも喜ぶだろう。息子には羽田空港で「トミカ」の「飛行機・ミニカー」セットを買う。ふだん海外や地方に出張してもお土産を買うことはほとんどないのだが、今回ぐらいは良いだろう。

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□2008年1月15日(火)  熊本日記 その2

 私は今日を忘れないだろう。父の再入院。論文の締め切り。そして熊本での「所用」。なぜかすべてが重なった。論文は徹夜して何とか締め切りに間に合った。「所用」は誠意を尽くして臨んだ。人事を尽くして天命を待つ。父は無事再入院できただろうか。同じ「中国」の戦犯問題を研究されている和田先生と再会。本当に美味しい霜降りの馬刺しや馬のレバ刺し、馬スジの煮込みに舌鼓を打ちつつ、金曜日に返却する予定の答案の採点を思う。一文字ぐるぐるって本当に美味しい。

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□2008年1月14日(月)  熊本日記 その1






 初めての熊本。昨年10月、国際政治学会で福岡に行った際、「九州はいいなぁ」とつくづく感じたが、熊本は私がずっと親しんできた「維新群像」と極めて密接な土地柄だけに、初日から楽しんでしまった。

 空港からリムジンバスで交通センターへ。右も左もわからないまま 辛島公園を抜けて巨大なアーケードを散策。成人の日だけに、街中に着物姿の若者(私もまだまだ若者であるが)があふれ、煌びやかである。ホテルにはチェックイン時刻よりかなり早く到着してしまったが、いやな顔ひとつせずに部屋を用意してくださった。

 荷をほどき、早速市街地散策へ。私のポリシーは、効率が悪いのだが、「初めて行った街はとにかく歩き回る」ことにしている。てくてく歩いて橋を渡り、味噌天神のほうまで一気に歩く。「つるや」デパートを中心とする繁華街は、いかにも美味いものを出しそうな料理店がちらほらあり、歩いていてなんともて楽しい。

 味噌天神から可愛らしい「チキンラーメン」の路面電車「市電」に飛び乗り、再び来た道を戻り、熊本駅まで乗ってみた。どこまで乗っても150円均一というのが嬉しい。石畳みで覆われた線路を軽快にすべる市電クンを見たら、息子もきっと大喜びだろう。




 再び市電に飛び乗り辛島町で下車。黒田清隆像を撮影しながら(今回は一眼レフではありません)、お堀沿いを夕日に照らされてのんびり散歩する。もう少し行くと高橋公園である。3度目に会った時、龍馬が空に鉄砲をぶっ放った相手は横井小楠だったか。勝海舟と地球儀を挟んで立つ龍馬像(革靴を履いているので、たぶんそうだろう)は、34歳を迎えた私をどう見ているのだろう。ちなみに熊本城稲荷神社で引いたおみくじは「大吉」であった。

  *土佐勤王党の同志・桧垣清治でした

 下道りのダイエーで夕食を買い込んでホテルに戻る。ホテルの入り口に碑がある。よく読むとこのホテルの建っているところは、夏目漱石氏が熊本に初めて来た時に住んだ寓居跡とのこと。「坊ちゃん」の後、五高(現在の熊本大学)で教鞭をとるために熊本に来たそうだ。一日じっくり歩きまわって「森の都」を実感。もちろん、熊本城の美しさは語るまでもない。さて...。

 明日締め切りの論文の最終確認を行う。それにしてもいきなり商店街で波田陽区氏が新成人にインタヴューしているのに出くわすとは...。

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□2008年1月12日(土)  姫田先生

 今日は姫田光義先生の最終講義。高校時代の時の国語の先生が『本多勝一』を私に与えて以来、姫田先生は私の憧れだった。私が日中友好運動史の再検討を研究の中心的課題としているのは、親族に「友好人士」がいたことも大きな要因だが、中国を愛しながらも批判的に向かい合われた「中大」の姫田先生の影響が本当に大きかった。姫田先生のいらっしゃる「中大」で中国研究をすることが誇りだった。

 「大澤君はまじめすぎるなぁ!がはは」と笑い飛ばしていただけることが何より嬉しかった。学位論文の「福」査をお願いできたことは、そんな私にとって最高の喜びだった。学生に愛されることの意味を最後に教えてくださったのも姫田先生だった。今日、私が目の当たりにさせていただいた多くの場面は、これからの私の人生に極めて大きな影響を与えるだろう。これからの仕事の根っことなるに違いない。

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□2008年1月11日(金)  学年末試験

 本年度担当した中国語の学年末試験を行う。ヒアリング30問というのは、通常からすれば「酷」だが、毎週積み重ねてきた小テストの総括だと思えば、それも良いだろう。大部分の学生さんがきちんと解答欄を埋めていたので、まずはひと安心。

 1年間、わずかながらも現代中国事情を紹介しながら、「これからの日本人」にとっての中国語の必要性を訴えてきた。何かしら感じ取ってくれただろうか。もっとも、本心としては、中国語の基礎、文献購読、そしてさらに中国事情に加え、専門の講義、さらに演習という総合的な形で教育ができる立場になれれば、もっと深みのある中国理解を導くことができるのだが...。

 そのためには私自身、さらなる成長が必要である。

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□2008年1月10日(木)  助言

 本当の人生の選択というのは常に急なものなのだろう。だが、その場合にも、親身になって丁寧かつ率直な意見をくれる友人がいることが、いかに心強いか身にしみた。私は幸せ者である。

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□2008年1月7日(火)  春日神社

 午前、科研費関係の書類提出のため三田へ。春日神社のおみくじは「大吉」。「すべてうまくいく」とのこと。思えば、人生の転機にひく春日神社のおみくじはいつも「大吉」だ(ここは「大吉」が多いのかしら...)。

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□2008年1月6日(日)  査読所見

 午前、論文査読の所見を仕上げる。2000字を超える辛辣なものとなった。

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□2008年1月4日(金)  仕事始め?

 研究者の醍醐味は、正月であろうとなかろうと仕事の締め切りがあれば、休日返上で「開夜車」しなければならないところであろう。いくつか論文を書いてきたが、やはり新しい論文を執筆する時は「着地する」まで安心できないというのが正直なところである。

 今回はいくつか仕事を実家に持ち込んだ。まずは論文。9月下旬に依頼された論稿だが、扱うテーマがこれまでになく大きなものだったため、大雑把な議論にならないよう心がけた。残り1章の執筆を残すのみとなっているが、やはり落ち着かない。レジュメ作りに勤しむ。

 そして論文査読。有名な先生であれば、査読の仕事などはいくつも抱えているのだろうが、私にとっては初めての経験だけに、関係する先行研究を網羅的に読破して臨む仕事になった。多少厳しい意見かもしれないが、戦後日中関係研究の最前線はもっと先を行っているというのが現実である。夕刻、自宅に戻る。

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□2008年1月1日(火)  あけましておめでとうございます

 旧年中は大変お世話になりました。本年も宜しくお願い申し上げます。

2008年 元旦

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