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大澤 武司
(Dr. OSAWA Takeshi)



 


研 究 日 記
(2006年10月)


□2006年10月31日(火)  秋桜、ひとつ咲く

 苦しい半年間だったが、来年度も自分の研究を続けていくことができそうだ。

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□2006年10月30日(月)  研究者として嬉しいこと

 講義の準備もあり、いわゆる「中国帰国者」問題関連の論文やら記事やらを集中的に収集している。嬉しいのは、数多くの社会学の先生方が、「史的研究」として拙稿を引用してくださっていること。研究者冥利に尽きる。

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□2006年10月29日(日)  ホームページ作り

 息子がお世話になっている保育室のホームページを作る。本当に素晴らしい保育室なので、その情報発信を少しでもお手伝いできればと思う。

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□2006年10月27日(金)  国会図書館と外交史料館

 ある問題を検討するため史料調査へ。午前中は国会図書館で関連文献の収集を行なったが、あいにく一番複写したかった文献は「利用中」とのこと。少し早めの昼食として「一茶」でカツカレーの大盛りを食べた後、躊躇することなく外交史料館へ。

 史料館でじっくり調査するのは久しぶりである。嬉しかったのは、閲覧室の担当官の方が名前をちゃんと覚えていてくださったこと。学部以来、随分通っていたからなぁ...。

 まず「K'門」で気になっていていた史料を検索。かねてより作成していた史料目録に「K' 7.3.3」というシリーズはなく、この史料を引用している文章の典拠に疑問を抱いていたが、案の定、正確には「K' 7.1.3.3」であった。

 やはり、「戦後日中民間人道外交」と日本婦人の里帰り問題については、きちんとした実証的な論稿を執筆する義務がありそうだ。1958年10月11日付け「北京放送」の位置づけも含めて...。

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□2006年10月24日(火)  産婆術

 「訴訟」と「歴史学」について「同志」と議論。教員は決して自らの考えや主張を押し付けるべきでなく、できるだけ正確な素材を提供して、それぞれの学生(院生)がどのように考えるのかをじっくりと見てゆくことが必要なのだと実感。さて、本格的なシラバスの準備にも取りかからねば...。

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□2006年10月22日(日)  語学資格試験

 連続学会報告、緊急の翻訳などなど。体力はほとんど残されていないのだが、性懲りも無く語学資格試験に参加。2時間半の長丁場であった。疲れた...。

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□2006年10月21日(土)  日本現代中国学会全国大会

 学会報告のため、町田にある和光大学へ。小田急線で20分足らず。先週の木更津に比べ何と近いことか!

 「政治・法律」を扱う第1分科会での報告は、同じく日本人技術者留用問題に関する研究を進めていらっしゃる大東文化大学の鹿先生とのコンビとなった。台北や島根で大変お世話になった先生である。

 私は国際政治の文脈から、鹿先生は中国共産党の政策という観点から報告。時間が短かったわりには、面白い分科会になったのではないかと思う。参加者の方々も40名を越える盛況であった。

 戦後東アジア地域秩序における諸勢力の「琉球」に対する認識と档案史料、公文書における「表記」の問題に関するご質問を下さった川島先生、「研究の目指すところ」や「戦後国際政治の文脈における研究の意義」などについてご質問くださった毛里先生。そのほか、コメントくださった皆様、ありがとうございました。

 原稿を用意せず、時間通りに報告できました。「リハビリ」終了です。

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□2006年10月20日(金)  締め切り

 午後6時が締め切りであった。自分の翻訳担当分2本はすでに終えていたが、より困難な翻訳2本については、時間の都合上、「同志」が担当しており、日本語の最終確認は私がやる必要があった。

 送付されて来た翻訳文は良い訳だった。とはいえ、微妙なニュアンスや誤字、脱字の確認のためには、最低2回チェックを入れ、打出した原稿に2〜3度は目を通さなければならない(と私は考えている)。

 全ての確認が終了したのは午後5時49分。メール添付で送信し終わったのが午後5時56分。間に合った。

 ある企業が中国最高峰の大学の院生を招いて実施したインターンシップの実習報告書。極めて質の高い、中国の若者が書き上げた「日本理解」に関するものであった。日中関係を専門とする日本人として、中国の若者が現在の日本社会に接して実感したことを、飾らずに綴った報告書は、数多くのことを教えてくれた。

 間違いなく我々は日中相互理解のための重要な仕事をしている。ぜひ、より多くの日本企業がこのような活動を展開することを望む。「顔が見える」交流から得られるものは間違いなく大きく、本当の「人脈」となる。

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□2006年10月19日(木)  社会的正義と歴史学

 11月上旬に予定している講義の準備で色々と読み漁っている。その過程で大変気になる「意見書」にぶつかった。どうやら資料として法廷に提出されたもののようだ。

 史料批判を通じて歴史事実を可能な限り客観的かつ実証的に再構成し、それを歴史的文脈のなかに位置づけ、評価するのが歴史家の仕事であると思う。その文脈の中には当然、「国際政治的な文脈」も含まれよう。

 弱者救済という社会的正義を実現することは極めて重要である。だが、これを実現するために研究者が「文脈」を軽視(無視)し、ある歴史的事実を「目的」のために「再構成」することは決して許されないだろう。

 「研究者」と「訴訟」の関係について考えさせられる一日となった。

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□2006年10月18日(水)  オーラル・ヒストリー

 今さらながら御厨貴『オーラル・ヒストリー―現代史のための口述記録』(中央公論新社、2002年)をじっくり読み直す。

 まさにオーラル・ヒストリーから、升味の中に心象風景が立ち上がったのだ。そこから歴史的背景を描き出し、歴史的文脈を把握することが可能となった。升味は、このような経験をしていたので、『日本政党史論』(東京大学出版会)を書くときに、多くの予備知識を得た上で、さらに安心感をもって執筆することができたと語る。(同書、56頁)
 何と胸に染み入る下りだろうか。

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□2006年10月16日(月)  翻訳終了

 どうなることかと思っていたが、午前中までに2本とも無事翻訳を終えた。随分とスピードが上がったものである。

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□2006年10月15日(日)  日本国際政治学会自由論題部会

 学会報告当日。木更津のかずさアカデミアホールへ。「上手いプレゼン」という観点からは絶対に避けるべきなのだが、最近はできるだけ完全原稿を用意して報告に臨むようにしている。特に博論の全体像を紹介する場合には、過去の苦い経験もあるので、無駄なく、できるだけポイントを押さえた原稿の改定を重ねて、時間を調節しながら臨むようにしている。ただいまリハビリ中である。

 とりあえず無事に終わったということにしておこう。

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□2006年10月12日(木)  急ぎの仕事

 急ぎの翻訳の仕事。来週の金曜日が締め切りだという。週末に1件、来週末に1件の学会報告。取り敢えず2つの報告書の翻訳だけ引き受ける。

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□2006年10月11日(水)  リライト

 某誌に投稿していた論文の査読結果が戻ってきた。幾つかの技術的な点を修正するとともに、もう少し「理念」的な側面にも配慮した記述スタイルでリライトされたしとのこと。11月上旬までに返送せよとのお達しである。少し筆が滑らかになりすぎていたかしら...。

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□2006年10月8日(日)  秋の遠足



遠足にて(期間限定)

 息子が通う保育室の秋の遠足に参加。砧公園へ。あまりにも可愛いので、期間限定で息子の成長を紹介。やっぱり似てるかしら...。

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□2006年10月4日(水)  博士論文配架

 博士論文『「戦後日中民間人道外交」の史的考察―1950年代を中心として』(中央大学大学院法学研究科提出博士学位論文、2006年3月)が中央大学大学院図書館(多摩キャンパス2号館5階)に配架されました。

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□2006年10月3日(火)  院ゼミ

 もう完全に秋である。年度内修了を目指すならば、博士であれば今月中、修士ならば12月下旬までに完成論文を提出する必要がある。博士はともかく、今年修了予定の修士院生3名については、最初の最初から教授のお手伝いをしながら指導してきたので心配は尽きない。

 少なくとも学位論文の「形」に着地させるためには、脚注の付け方を含め、「模倣」を通じて、学位論文の作法を自ら習得していく必要がある。とはいえ、就職希望の修士院生が、研究職希望者と同様の「放任」という環境で、2年間(実質的には1年前後か)でその水準にまで到達することは不可能に近い。内定獲得済みの修士院生が受ける精神的圧力の大きさは想像するに余りある。

 そこで「基準は考慮」ということになるのだろうが、社会人入学者に付与される課程博士号と一般入学者に付与される課程博士号に表記の差異がないのと同様に、研究水準に雲泥の差があっても、結果として付与される学位の表記が同じなのは、様々な面で問題があろう。

 いわゆる「法務博士」はご愛嬌だが、一般入学者の博士号取得が極めて困難な今日、専門職大学院でない大学院においても、社会人入学者や就職希望者に対する修士号付与の方法を再考する必要はないだろうか。

 もちろん断っておくが、これは内定を獲得した修士院生に対する教育のあり方に関する問題提起である。

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