わたしとムアコックとの出会い
わたしとムアコックとの出会い

 表紙を描いたのは天野喜孝で、当時、その美しい表紙に釣られて本を手に取った人のなんと多いことか。じつはわたしもその一人なのですが、表紙ではなく今は亡き「グレープフルーツ」(新書館)第24号に掲載された「魔術師の領域」と題されたイラストでした。当然、そのイラストに目を奪われましたが、この本を読んでみたいと思ったのは以下の文章でした。(ちなみにこの文章は「歌う城砦」の初出にあったプロローグの一部で、後に原文でカットされているため、邦訳にはありません)

 一万年の長きにわたり、栄華を誇りしメルニボネの光の帝国の末期、大いなる異変天地にありて、人と神々の運命は〈宿命〉のかなてこの上に鍛へられ、恐ろしき戦さあり、もろもろの勲し行なはれたり。このときあまたの勇者排出せり。なれど衆に優れたるはメルニボネ最後の王エルリック、ルーンの刻まれし黒き剣のになひ手なりき。

M・ムアコック(井辻朱美訳)

 「ストームブリンガー」はエルリック・サーガの最後の巻にあたります。タイトルになっているストームブリンガーとは、主人公エルリックの持つ長大な魔剣です。ストームブリンガーは血と魂をすすり、エルリックに力を与えます。白子で体力の乏しいエルリックはストームブリンガーによって命を繋ぎ、剣なしで生きていくことはできません。しかし、その代償としてストームブリンガーはエルリックの近い人々−恋人や友人−の魂を奪っていきます。ストームブリンガーはエルリックにとってどうしようもないジレンマを持つ、愛憎の入り交じった存在です。

 エルリック・サーガは一般的にはヒロイック・ファンタジーの系譜に含まれる作品で、ロバート・E・ハワードの「コナン」と肩を並べることのできる数少ない作品です。しかし、わたしはヒロイック・ファンタジーを読んだことがなかったので(今でもその手の作品はほとんど読んでいませんが)、アーサー王に代表される古い伝説のような物語−あえて言葉をあてれば、エピック・ファンタジーか−として読んでしまった節があります。なぜならその当時、わたしは現代のファンタジーですらあまり知らず、そのルーツとなった北欧、ゲルマン、ケルト神話を先に読んでいたからです。「ストームブリンガー」の訳者あとがきでも触れられていますが、これは人と剣の運命の物語だと思います。

 この本はわたしが最初に読んだムアコックの作品であり、あの衝撃的なラストシーンゆえに絶対に忘れられない作品となりました。(その場面を著者自身が朗読したものを聴いたことがあるのですが、とても感動しました)それでも、今でも1巻から読まなかったことをひどく後悔しています。その上、原書で読むことにチャレンジした最初の作品でした。英語の成績が悪いわたしは見事に敗れ去りましたが、それ以後もこの作品を原文で読みたいという気持ちは捨てませんでした。個人的に最初に読んで欲しい作品は、エルリックの作品としては一番最初に書かれた「夢見る都」(「白き狼の宿命」に収録)です。

 最初に読んでから10年以上の年月がたった今でも、キャラクターとしてはエルリックが一番好きという気持ちに全く変わりありません。部屋には現在も「黒き剣の呪い」の表紙のイラストを使ったジグソーパズルが飾ってあります。

 最後に。「ストームブリンガー」はムアコックが23〜24才の時に書いた初期の作品で、今現在、何を書いているのだろうという気持ちが、わたしを原書に走らせました。なんせ日本では70年代中期以降の代表作がすべて未訳という状況です。ここ日本ではムアコック=ヒロイック・ファンタジーという印象が強すぎます。


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