Q先生は3年前、国語の教師として現在勤務している中学校に転勤して来ました。一年生を担当し、子どもたちの成長とともに担任団も学年が上がっていくというやり方の学校ですから、3年間同じ生徒たちと関わっていけるわけです。Q先生の目指していたものの一つに、『自分たちで考え、自分たちで行動し、成し遂げた時の喜びや達成感を子どもたちに伝えていく事』があります。話をお聞きしたのは、担当した生徒たちの卒業式が2日後に控えている日の昼下がりでした。
―――卒業生たちの様子は?―――
『最高ですよ。自分たちでどんどんやってますからね。最初に卒業対策プロジェクトを作ろうと問いかけました。するといろいろアイデアが出てきたので、それぞれ自分たちで委員会(祝う会、文集、卒業遠足、卒業式、等々)を立ち上げ、積極的に自主的にやり始めました。自分たちもびっくりしていた様です。一年の時から3年間で心が伝わった、という実感で非常に満足度が高いです。』
―――式での【日の丸・君が代】については?―――
『子どもたちの意識外にあるみたいでしたね。あえて私のほうからは問いかけてはいません。ただ、いってみれば【日の丸・君が代】問題は世の中の現象のひとつにすぎない。ここで管理職とケンカするのが今自分のやるべきことなのか、むりやり日の丸を降ろし君が代を流さない事で、解決するのか。そうじゃなくて、世の中の様々な現象に目を向けなければいけないよ、と常々子どもたちに語ってきました。九月十一日のテロの時も、「何でこういうことが起こったのか、歴史的にいろんな事をよく考えてみようね」、と話しました。新聞読んでごらん、ニュースも聞いてごらん、家で話し合ってごらん、と。長期的展望を持って、自分にとっての真実、自分の視点を持つ事の出来る人間を育てればその子が世界を変えてくれる。』
―――先生の授業、拝見させて頂きましたが、とっても楽しいですね。―――
『私の授業では、私の質問に対して「わかりません。」は絶対に許されません。どんな子にも自分の考えがあるはず。もちろんその子に合った質問をしますよ。即答ができなければ後で訊くからね、と。自分で考えるという事をせざるを得ない状況です。
こんなに確固たる教育理念をもって実践しておられるQ先生も、最近の教育改悪にはほとほと困っていました。とても息苦しい、と言われます。
―――具体的には?―――
『学習指導要領が変わった。同僚は読んでるけど、私はまだ読んでいない。どう変わってもGOING MY WAYだから。それでも中学校の事件やいじめがでてくると【心の教育】だの【道徳】だの言い出す。昔は道徳の時間を話し合いとか他の事にも使うことができたのに、今は有りがたいお話だけにしなくちゃならない。来年からは授業日数を確保せよといってくる。980時間は厳守しろと。土日休みで授業時数は減ってくるのに、その中で選択科目を増やし総合学習の時間を入れてきてるのでもっと厳しい。これで「学力を落とすな」ですよ。「生きる力をつける」というけれど、生きる力は親がつけるもの。たしかに学校でしか出来ない事もあるけど、わざわざ総合的な学習でやらなくても、今までも充分に出来ていたことなんですよ。
980時間のうち今までだいたい30時間位行事に使っていましたが、それを授業に戻して尚且つ行事をやるとなると、教師だけでなく生徒にも相当負担になります。それを【ゆとりの教育】と言っている。ことごとく、そういう状態です。
行事の中で生徒たちがどれだけ大きなものを得ているか、道徳1時間やるよりもずっと価値あるものです。大臣は「宿題を出せ、提出物を増やせ」とも言い出した。彼らは自分の言っていることの矛盾に気が付いていない。ちょっと責任者、顔貸せ!と言いたくなる。机の上だけで理屈だけで言うんじゃないヨ!』
―――そんな状態じゃ先生もやりにくいですね。―――
『できればすぐに辞めたいくらい萎えてます。教育委員会に我々の声は全然届かない。しかし、親からの一言には敏感に反応します。教師に人権は無い、と言っても過言ではありません。なにをされても言い返せない、やり返せない。今度、教師から駐車場代を徴収することになりました。でもね、なにか事件が起きて通報があれば自分の車で飛んで行くし、具合の悪い子がいれば内緒で(規則ではタクシーを使う)送っていくわけですよ。致し方なく使う事だってあるのに。我々のやっていることを何処で誰が見てるんだろうね、という情けなさ。そして何か起きると質の低下を言われる』。
―――自宅研修制度も廃止になりました。―――
『夏休み、毎日学校に来て何やるか?「普段話し合えない事などの会議をしなさい」と言って来てます。教師間では、プールもあるし体育館も開いてるから、2学期に備えて体力づくりでもしようか、と言ってます。とにかく、虚しい時代に入ったのは確かですね。』
それでもQ先生は子どもたちと接していて楽しいといいます。五十歳過ぎて、やっと充実してきた、最近子どもからの質問に、わからないことは「ゴメン、
わからないや」と素直に言えるようになった、と笑って話してくださいました。
来年の保障はないけれど、子どもたちの為に定年まで教壇に立って頂きたいと切に願っています。