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ビルの間に木造3階建て

 春3月、身体の中を早く冬の寒さから目覚めるようにと声をかけて春の風が吹きぬけていく。数年来続いた暖冬に慣れた身体には、なかなか冬の寒さから目覚める事ができない。どこからともなく、ほのかな梅の香が私に花の咲いている所へ手招きしているようで出かけることにした。

 ところは婦系図で馴染みの湯島へと足を向けた。

 湯島天神では、今が盛りと梅祭りが行われており、カメラを持った人々で賑わいを呈していた。女坂を下っていくと、ふと横丁に目指す建物が私が来るのを待ち焦がれるかのように迎え入れてくれた。

 この木造3階建ては、昭和2年に建てられたもので、戦災を免れ現在に至っているが、2軒続いていたのが、左側はビルに変わり、1軒になってしまいました。

 しかしここ湯島天神の下にはまだまだ下町情緒が残っており、昭和2年頃に建てられた下見張りの木造家屋が数多く残っており、2、3分のところには3階建てもありましたが、すでに空き家になっており、近々取り壊すのではないかと心配です。

 しかし、落語に出てくるような九尺二間の長屋も、故・久保田万太郎の旧居が残っていたのには、やはり喜びを隠しきれませんでした。下町には、まだまだ昔の面影が残っているのはやはり心強いもので、人々のやさしさが肌にじわじわと伝わってくるようでした。

1996年)

 

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