夕焼けの美しいある秋の日の出来事・・・

 雅史は、公園のベンチに腰掛け、ぼーっと夕焼けを眺めていた。
 だが、雅史の頭には、夕焼けのことなどかけらもない。
 雅史の頭を埋めていたのは、浩之のことであった。

 一ヶ月ほど前、浩之の元にマルチが返ってきた。
 そこら中に出回っている、意志のない量産型のマルチではない、「あの」マルチである。

 『マルチが、マルチが帰ってきたんだ!!信じられるか、あのマルチだぞ!?』

 あの時の興奮しきった浩之の様子を思い出し、雅史はくす、とほほえんだ。

 あの時、『悔しい』と想う気持ちが雅史の中に芽生えたのは事実である。
 これで、雅史の想いがかなうのは100%不可能になった。
 だが、あの時、心から『おめでとう』と想ったのもまた事実だ。
 浩之が幸せなら・・・それが雅史の一番のねがいなのだから。

 「ずっとあのままでいてほしいものだよね・・・」
 夕焼けを見ながらつぶやき、ふふ・・・とほほえむ雅史。

 と、その時。雅史はこっちに向かってくる人影に気づいた。

 「・・・・・・あれ、浩之じゃないか。」

 ・・・ヘンだな。
 雅史はちょっと首を傾げた。
 浩之の足取りが重く、元気がないように感じたからである。見るからになにか悩みがあるように見える。
 それからすぐ、浩之の方も雅史に気がついた。

 「・・・なんだ、雅史か。」
 「・・・やあ、浩之。どうしたんだい、元気がなさそうだけど?」

 雅史が軽く聞くと、浩之は顔をうつむけ、

 「・・・隣、いいか?」
 「え、か、かまわないけど・・・。」

 浩之は、どかっと雅史の隣に腰を下ろし、少々どぎまぎしている雅史とは対照的に、浩之は重いため息をついた。

 「・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・」

 浩之は、黙ったまま何もしゃべらない。
 ちらちらと浩之を見ながら、雅史は浩之が話しかけてくるのを待った。
 場を沈黙が支配する・・。

 ・・・居心地悪いなぁ・・・。
 困ったようにちょっと頭を掻き、雅史は浩之に向き直った。

 「あの・・・」
 「なあ、雅史。」

 二人の声が重なる。

 「な、なに?」
 「マルチのこと、どう思う?」

 いきなり話しかけられ、雅史はとまどいながら返事をする。
 浩之は、そんな雅史の様子に気づかず、自分の足元をじっと見つめた。

 「・・・マルチは・・・ロボットだ。そんなことは分かってる。最初から分かっていたことだ。だけど・・・」
 「・・・だけど?」
 「あいつは・・・プログラムなんだよ。どんなに人間そっくりでも・・・心があるように見えても・・・あいつは、プログラムなんだ。あいつの行動全てが、プログラムに従ったもの・・・」

 浩之は足下を見つめたまま、吐き捨てるように言った。

 「あいつは俺を慕ってくれている。俺のことを好きだと言ってくれている・・・。でも、それすらも、プログラムなんだ!!人によって作られたもの・・・。」
 「浩之・・・」
 「あいつの一挙一動、その全てが人に作られたものだとしたら・・・おれはどうすればいい?どうすればいいって言うんだ!!!」

 浩之は、方をふるわせて叫んでいた。
 あたりが静寂に包まれ、空を舞うカラスの声が無情に響く。

 「俺は、あいつが好きだ・・・。でも・・・・でも・・・・。」
 「浩之」

 雅史の声に、浩之は顔を上げて、雅史を見る。
 雅史は『やれやれ』と言う顔をして、浩之に話しかけた。

 「・・・・浩之、きみ、バカだろ。」
 「は?」



[続く]