「NEXT STEP」-after 「In Heart」-

この作品は、HirokazuさんのHP 、ほぁほぁ倶楽部10000アクセス 記念に贈らせていただいたものです。
こちらにも掲載しますが、ぜひ、そちらで読まれることを、おすすめします。



 マルチは、お料理が苦手だ。
 藤田家にやってきて、しばらくたつが、未だに苦手だ。
 浩之は、コツだよ、とか、経験だよ、とか言って、あせることはないさ、って続けてくれる。
 でも。
 やっぱり、マルチは浩之を喜ばせたくて。
 やっぱり、マルチは浩之の喜ぶ顔が見たくて。
 そもそも、メイドロボは、きわめてロジカルに料理を作るのだ。
 今にいたって、レストランのコックが人間なのは、そんなワケで。
 セリオなんか、たしかに料理が上手だけど、やっぱりそれとは違うらしい。
 マルチには、心があるから一概にそうは言えないけど、やっぱり、その、コツ、ってのがよく分からない。
 だ<って、その、コツ、を教えてくれる人がいないから。
 コツって、代々伝わっていくもの…みたいだし。
 いきなり、ポッと出て、おいしいモノ作るって、無理なのかな?
 そう、マルチは思う。
 浩之は、いつもおいしそうにマルチの料理を食べ、食後には、おいしかったよ、の一言を欠かさない。
 でも。
 それは、マルチを愛している浩之の言葉で。
 言ってしまえば、どこまで本当の言葉か分からない。
 せめて、朝のおみそ汁ぐらいは、おいしいの、作ってあげたいな。
 うーん。
 誰か、お料理…おみそ汁を作るコツ…教えてくれないかな?
 マルチは、そんなことを考える。
 うーん、うーん…。
 セリオさんじゃ…だめですし…。
 うーん、うーん…。
 あ!
 マルチの頭の中に、ある人物の顔が浮かぶ。
 あの人なら…きっと!
 あ、でも。
 …。
 失礼かも…しれない…。
 だって…。
 でも…。
 うーん、うーん…。
 そんな風にマルチは悩みに悩んで。
 で、やっぱり、決めた。
 教えてもらおう!
 浩之さんの…笑顔のために!



 その日も、あかりはひとりぼっちで。
 しょうがないよね、共働きなんだから。
 そんなこと、自分に言い聞かせながら、エプロンを身につける。
 そんな日の夕飯は、あかりが作る。
 両親が帰ってきたときに、暖かいご飯を出してあげるのだ。
 あかりは幸い、料理が好きだからそう言うのが苦ではない。
 …ぱっ、と終わらせちゃお。
 出来れば、浩之に自分の料理を食べてもらいたいと思う。
 でも、浩之には、今、自分より大切な人がいることを、あかりは知っていた。
 …仕方ないよね…。
 エプロンを付ける度、思うことだ。
 それにも、もう慣れた。
 ちょっぴりしんみりしたけど、あかりはきっと顔を上げ、さ、今日は何にしようかな、なんて考えながら、流しに向かった。
 と、そのとき。
 ぴんぽーん。
 チャイムが鳴った。
 だれかしら?
 ぱたぱたと、スリッパを鳴らしながら、玄関へと急ぐ。
「はーい」
 と、ドアを開ける。
 あ、またやっちゃった。
 いつも、浩之ちゃんに、女なんだから、ちゃんと外確認してからあけろ、って言われてたっけ。
 浩之ちゃんに言われたことなのに、いつも忘れちゃうな。
 そう、あかりは思いながら前を見た。
 すると、そこには、マルチが立っていた。



 あかりの目の前には、マルチ、つまり、浩之の今の最愛の人、が立っていた。
 驚いた。
 …平然と…していられるはずが…なかった。
「…こ、こんばんわ…」
 マルチが、弱々しく挨拶した。
 そんな、女のコらしい弱々しさに、あかりは我を取り戻す。
「…マ、マルチちゃんっ?…ど、どうしたのっ?」
 ど、どもってしまった…。
 ちょっと、気まずい…な、私が一方的に、感じてるだけかも知れないけど…。
 そんなあかりに、マルチは
「…あの…あかりさん…」
 と言葉を発す。
 どうしたんだろう、マルチちゃん…。
 正直言って…あかりは、マルチとあまり会話をしたことが無い。
 だから…どう、対処して良いのか分からない。
 それに…マルチは、いわばライバル…なのだ。
 心の動揺は、その疑問を増大させていた。
「…?」
「…あ、あの…」
 マルチは、ちょっぴり、ためらって。
「…?…マルチちゃん…どうしたの?」
 また、同じ事を、あかりは言った。
 はっ、とマルチが顔をこわばらせ下を向き。
 そして、少しして、きっと顔を上げる。
 言おう!
 決心の、表情。
「…あかりさん、私に…お料理…おみそ汁を作るコツ…教えてくれませんかっ!?」
 言った。
 …!
 あかりは…驚いた。
 …マルチ…ちゃん。
「…あ、あの、私…お料理が…苦手で…、お料理…せめておみそ汁くらいはっ、上手に作れたらなっ、って思いましてっ…それで、…誰かにおしえてもらおう…って思ったんですけど…あかりさんしか思いつかなくて…で、その…失礼かとは思ったんですけどっ…」
 マルチは、思っていることはじから言葉にした。
 …マルチ…ちゃん。
 あかりは、そんなマルチを…。
 そんなマルチを見て…。
 そうか…この子も…私と…同じなんだよね…女のコなんだね。
 あかりは、そんなマルチの考えていることが…痛いほど分かった。
 マルチちゃん…。
 そう…か、浩之ちゃん…。
 マルチは、まだ、思っていることをはじから言葉にしていた。
 …。
 あかりの中で、なにかが…吹っ切れた、そんなマルチを、見て。
 あかりは、そんなマルチをみて、くすっ、と微笑むと
「いいよ、マルチちゃん。あがってよ」
 と言った。
 マルチは、えっ、とあかりを見る。
「教えてあげる。おみそ汁の、作り方のコツ!」
 あかりが続ける。
「…!は、はいっ!…あ、ありがとうございますっ!」
 マルチが、心から、嬉しそうな声を出す。
 くすっ。
 心の中で、あかりが笑う。
 …笑える、私…!
 あかりは、スリッパ立てから、スリッパを取ると、マルチの前に並べた。
 並べながら。
 浩之ちゃんは、だから、マルチちゃんを好きになったんだな。
 浩之ちゃんは、一生懸命な、マルチちゃんを好きになったんだな。
 浩之ちゃんは、誰よりも優しい、マルチちゃんを好きになったんだな。
 そんなことを思った。
 そして、
 あぁ、私も、マルチちゃんを、心から、好きになれそうだな!
 そんなことを…思った。



 朝。
 いつも通り、藤田家の食卓。
 マルチが、お椀を食卓に置いた。
「いただきますっ!」
 浩之の声。
 朝食が始まった。
 と、浩之が、お椀に手を伸ばす。
 そして、それを口に持っていく。
「…!」
 驚く浩之。
 声には出さなかったが、表情が、驚いていた。
 はっ、と、マルチを見る。
 マルチは…微笑んでいた。
 ニコニコと。
 …浩之は、そのみそ汁の味を…知っていた。
 …誰の…みそ汁の味か…知っていた。
 そうか…そうか。
 おいしいよ、の一言の代わりに、浩之は手を伸ばし、マルチの頭をひとなで。
 あっ、とマルチが驚く。
 そして喜ぶ。
 …そうか。
 そのみそ汁の味で…浩之には…全てが分かった。
 …心のしこりが、取れた気がした。
 …マルチとあかり…。
 そうか。
 ありがとう、あかり…。
 ……。
 そして、マルチ。
 おいしいよ、の代わりに、精一杯の笑顔を。
 そんな浩之に、マルチも笑顔を。
 温かいなにかが…ふたりを包んだ。
 三人は、…やっと…今、次の段階に…進めたのかも知れない。
 こうやって…人は…成長していくのかもな…そう、浩之は…思った。

 「いつもと変わりのない朝」の出来事、だった。


終わり



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