ショートショート・THOUGH…



 仰げば尊しが体育館に響く。
 この唄は嫌いだ。
 別れを意識させる。
 別れを意識するほど、馬鹿らしいことはないと思う。
 そんな俺だけど。
 今日は歌った。
 最愛の女(人)のために。
 卒業…おめでとう。

 在校生は、感傷に浸る暇もなく、会場の片づけ。
 俺はさぼらせてもらおう…。
 そして俺は、クラブハウス前に。
 そこには、卒業証書を持った、先輩がいた。
 おめでとう、と声をかける。
 ありがとう、とか細い声で先輩。
 俺は先輩の肩を優しく抱き、部室へと。
 俺と先輩が初めて結ばれた部屋も、いつもと変わりない。
 そんな変わりなさが、心地よかった。
 初めてあった時のように、先輩はタロット占いをしてくれた。
 俺たちの将来。
 明るいです、と先輩は言った。
 きっと、これからもその言葉を信じてやっていける。
 そう、思った。



 先輩のいない、部室に一人。
 先輩はいなくなった。
 先輩の拾った猫も、いつの間にかいなくなった。
 落葉松は、葉を落とした。
 時の流れが、俺をつつんだ。



 近所の公園。
 先輩が、ジジイとやってきた。
 先輩が、こんにちは、と言った。
 よぉ、と俺。
 ジジイが、お嬢様、一時間後に参ります、と先輩に言い、その後、あぁ、いつもと同じだな、と思ってる俺の方を向いて、藤田様、お嬢様をよろしくお願いします、と頭を下げた。
 おう、とぶっきらぼうに返事。
 ジジイが去っていく。
 ふたり、それに背をむけ、並んで歩き出す。
 ふたりのデートは、いつもこの公園でだった。
 高校をでて、先輩も忙しくなった、お嬢様として。
 毎日毎晩、パーティーだなんだに出席。
 そんな先輩に、協力的なジジイ。
 同情か、それとも愛情か。
 まぁいい。
 そんなジジイだが、たまに暇を見つけては、先輩と俺があう時間を作ってくれた。
 そんなふたりに、かつてのような肉体関係はなかった。
 言葉を重ねる事しかできなかった。
 肉体関係って、楽だ。
 黙っていても、体を重ねていれば、それは愛してるのサイン。
 でも。
 今は、言葉を重ねるだけ。
 …いろんな話をして、して、して、して…。
 毎回そんな繰り返しで。
 愛してると言う想いを言葉にこめて、話して…。
 …でも、そんな言葉で話をすればするほど、先輩は俺に近づいて…遠ざかる。
 俺を一人にする。
 俺を…。
 一人に。



 あの日と同じように、仰げば尊しが響く。
 もうあの日から、一年が経った。

 大学への道、黒猫が俺の前を横切る。
 あの日々を思い出す。
 先輩の言葉も、思い出した。
 未だに、それを信じてる。
 信じたい。
 でも。
 まるで「ローマの休日」みたいだったな、そんなことを思った。




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