A Day, The Day -PM part1-




 PM0:00。
 あかりと並んで教室を出、いつもと反対方向へ足を向けた。
 一瞬だが、あかりと背を向ける形になる。
 隣の気配を紛失し、足を止めるあかりが分かった、足音で。
「浩之ちゃん…?」
 どうしたの?
「ああ、今日、ちょっと行くところがある。4限はノートとっといてくれ」
「…う、うん」
 振り向かずに言い、振り向かずに背後からの声を確認した。
 あかりはなにも言わず返事を返し、そのまま立ちつくしていたようだった。
 どうして?とか、なにがあるの?とか、そういう言葉を飲み込んでいるのが分かる。
 あかりはあかりなりに、俺に干渉する事を控えているのだろう。
 あいつの出現は、強制的にあかりにその決断をさせることになったが、悪いことじゃないはずだ。
 いつまでも一緒じゃないぞ、と言う認識に欠けていたあかり…自分で自分の未来を狭めていた、果てしなく思いこみに近い感情の中で。
 そんなあかりにとって、あいつは成長のきっかけ、いや、それ以上の存在になったはずである。
 …実際は、そうでもないのかもしれないけど、そう考えることで俺も救われる。
 あかりの気持ちを知りながら否定を続けた、俺も。


 PM2:00。
 強くない日差しを浴びながら俺がたどり着いた場所は、3年間通い続けた高校のある丘だった。
 なぜ丘の上なぞに学校を作ったのかと遅刻しそうになる度に思ったものだが、時間を気にせずに居られるならば、その学校への道のりに広がる風景も明るいものには違いなかった。
 きっと学校を作ったヤツも、今の俺と同じような事を考えていたに違いない。
 どうして3年間にそれを感じられなかったのだろう。
 いつも何かに縛られてとは言わないけれど、高校の3年間なんて自分のことしか考える暇も余裕もなくて、風景だとかまして学校作ったヤツの気持ちなんて考えたことなんてあるはずもなかった。
 卒業した人間の何人が、その想いに気づいたってんだろう、気付くと思ってんだろう。
 何でもそうだ、気付くべき時に気付けなくて、気付きたい時にも気付なくて…物事はなんでも後からしかついてこねぇ。
 結果論という言葉は何にしても寂しすぎる。
 でも。
 少なくとも俺は、本来の時間と相違してても、その事に気付くことができた。
 後手後手に回ってしまったけど、気付かないよりも気付くことによって感じるところはあるし、後悔の念に包まれてもその後悔はきっと生かす場所がある。
 よかったなぁええおい、たった一人でもココにお前の気持ちに気付いたヤツが居てよぉ。
 心の中で、学校を作ったヤツに語りかけた。
 想いを押しつけられた不快感は、不思議と無かった。
 なんだか変な気分になって…アハハ…少し、笑った。


 PM3:00。
 放課後が来るまで、まだ少しある。
 フリータイムを目の前にして、学校全体の心が少しずつざわめき始める時間。
 そんな空間を背にして、俺は学校裏手の古ぼけた神社…思い出の練習場…へ足を運んだ。
 何のために存在しているか分からないこの神社も、葵ちゃんと俺、そして彩香や早坂には間違いなく思い出の場所で、全てが忘れがたいものばかりだ。
 だが、久々に見た神社は、2年前も古ぼけていたけど、手入れもなにもしていないのかいっそう古ぼけたような気がした。  思い出は色あせていくものか、とそんな象徴になりそうな神社だったが、心の情景は変わり様も無い。
 境内に近づき、腰を下ろす。
 ちょうどここら辺に、修学旅行から帰ってきた日、膝を抱えた葵ちゃんが座っていたんだっけ。
 そこから見る風景は、人工的なものが無いばかりにあまりに変化が無くて、まるでタイムマシンのように感情をリアルにあの時へと呼び戻す。
 もう、葵ちゃんと俺はここには居ないのに。

 −
 葵ちゃんと俺が出会たその年、葵ちゃんは大会出場を果たし、3回戦敗退。
 初出場と、高1ということを考えればまずまずの結果を残したのだった。
 その翌年、万端を期し出場した葵ちゃんは、準々決勝にて念願の来栖川綾香と対戦し善戦するも敗退することとなる。
 敗退はしたものの、試合後に綾香が「次世代のヒロインは葵ね」なんてコメントしたものだから、マスコミの扱い大きくなるし、同時にその実力が認められたのか、同好会は部に昇格することとなった。
 そして、俺たちには学校内に部室と練習の場が与えられ…。

 それは同時に、二人きりの練習場との決別。
 −

 今年、綾香のコメント通りというべきか、そんなコメントは無くても信じていたけど、葵ちゃんは圧倒的な実力差を見せつけチャンピオンとなったのだった。
 やっぱりちゃんとした所でキチンと練習すると違うのか。
 そうなると、葵ちゃんはずいぶんと遠回りをして頂上にたどり着いたのだな、と思ってしまう。
 葵ちゃんは一言も弱音を吐かなかったし、それは部活を続ける上で俺のかけがえのない勇気になっていたけど、その分、葵ちゃんは辛かったのかもしれない、なんて思う。
 だけど、なにがあろうと結果がどうあろうと、この場所はいい思い出だ。
 廊下で必死に自分の好きなことを伝えようとする葵ちゃんに出会い、最初はただ何となく同情や哀れみなんか感じたりしてつき合っていただけだったのに、いつの間にか俺自身もそれにうちこむことになった。
 この場所が、俺の努力の証人。
 ここに来れば、俺はあの時の努力とか、頑張りとか…熱中することの大切さを思い出せる、取り戻せる。
 卒業と同時に、俺は格闘技を辞めたけど、あの時からの気持ちを持ち続けている自分がうれしかった。
 ここに来て、よかった。


 PM4:00。
 再び学校に戻る。
 私服でづかづかと校舎に侵入していく俺に、学生服やセーラー服の連中が怪訝な視線を浴びせる。
 学校とは如何様にも閉鎖的な空間だと痛感する。
 ここを卒業して一年も経っていないのだから、奴らとほとんど年齢も姿形も変わらないハズなのに、この注目度ってなんなのだ。
 ちょっと来ている服が違うだけでこんなだから、髪の毛の色さえ違ったレミィなんてのは、恐ろしいほどの注目を浴びて毎日を過ごしていたに違いない。
 まぁ、もっともレミィはそんな事気にするようなヤツじゃなかったけど…な。
 渡り廊下を渡り、部室棟へ向かう。
 足の運んだ先に、葵ちゃんに与えられた部室があった。
 ノックして、足を踏み入れる。
「あ、藤田先輩っ、こんにちはっ。お久しぶりですっ」
 見覚えのある顔が挨拶をする。
 おお、そういえば、ここはもう葵ちゃんと俺だけの空間じゃなかったんだな、と後輩部員を目の当たりにして思う。
「葵ちゃんは?」
 相手の目を見ることなく、部室を見渡しながら訪ねる。
「松原先輩なら、もう体育館に行ってるかと思いますが」
「…おめーも後輩なら、部長が行く前に行け。10分前行動が後輩の基本だ」
「ハ、ハイッ!スイマセン!」
「冗談だ、まぁ、急げよ。礼儀ってなぁあるモンだ」
 うちの部は、体育会系じゃないが礼儀節度には人一倍厳しい。
 葵ちゃんが部長だからってのもあるけど、なにより人として一番大切なものだから、やっぱりそれを尊重しなくてはどんな側面からも成長はあり得ないってことだろう。
 ペコリ、と挨拶して、その後輩が駆けながら部室を出ていく。
 俺も、その足音を追いかけるように、部室を出て体育館に向かった。
 …鍵かけなくていいかな、とか想いながら。


 PM4:10。
 体育館に、葵ちゃんの姿を見つけた。
 後輩が来る前にサンドバッグの用意を済ませ、早く活動が始められるよう準備している最中だった。
 自分の事は自分で責任を持って、という自分の行動スタイルをどんな立場になっても変えないその頑固さが、葵ちゃんの勇気。
 さっき小言を言ったヤツが、葵ちゃんにボクがしますから、と説得している。
 後輩にサンドバッグを奪われた葵ちゃんは、ちょっと困った風な顔をしたが、じゃ私は畳を…と動きだし、また別の後輩に止められていた。
 こういう小さな事も、葵ちゃんらしい優しさにあふれていると思う。
 だが、優しさは教授するものだけではなく、学ぶもので無くてはならないハズだ。
 後輩たちには強くなってもらいたいが、それ以上に葵ちゃんの優しさを学んでもらいたいと思う。
「葵ちゃん!」
 結構な距離があったが、俺は体育館の入り口から声をかけた。
 葵ちゃんの動きが止まり、こちらを向く。
 視線が合い、俺の姿を認識する。
「…せ、先輩!?」
 驚きの表情でこちらを見る葵ちゃんに向かって、軽く手を振った。
 走り込んでくる彼女。
「ど、どうしたんですかっ?な、なんかあったんですかっ!?」
 お互い挨拶もまだなのに捲し立てるその姿に、勧誘されたときのその姿を重ねる。
 変わってないなぁ…と微笑みながら
「葵ちゃん、優勝おめでとう」
 言った。
「せ、先輩…」
「あの時、言えなかったからな」
 そう、葵ちゃんが優勝したあの時、俺は確かに会場にいて葵ちゃん優勝の瞬間を見ていたのである。
 隣で、試合を見ながら
「はわー…あの人たち、とっても痛そうですー…うわぁ」
 と弱々しい声を終始あげていたヤツも、最後葵ちゃんが優勝した瞬間にはすごいですすごいです葵さんすごいですっすごいですー!!とか大騒ぎだったモンだ。
 優勝を決めた瞬間、俺たち二人は席を飛び出して葵ちゃんの元に向かったのだが、大勢の報道陣に行く手を阻まれ手が届く距離に行き着くこともできず、二人視線を合わせて目では語り合ったものの結局直接言葉を交わせぬまま帰ってきてしまったのである。
 そんな訳で、俺は今日ここに居るわけだ。
「そんな…私、先輩が見ていてくれただけでも…」
 顔を真っ赤にしながら消え入るような声で。
「見てるのは当たり前だろ。その後がな…一応会いに行ったんだけどサ…」
「し、知ってました!で、でも、あの時いろいろな人が来てっ…そ、その…!」
「ごめんなー。もちっと強引に割り込んでいきゃよかったかな…」
「そ、そんなっ、ご、ごめんだなんてっ!私、先輩が見ていてくれただけでもっ!」
 続く言葉は分かっている。
 こういうところ、早坂と初めて戦って勝ったあの時と変わらないな。
 実際の所、あの頃と一番変わったのはこの娘だと思うが、それを感じさせない何かが彼女にはある。
 それを純粋さと言うのだろうか。
「ま、まぁ…うん。と、とにかくな」
 言葉を遮って
「優勝、おめでとう」
 もう一度、言った。
 広がる笑顔。
「あ、ありがとうございますっ!」
 うんうん。
「私、うれしいですっ!いろいろな人におめでとうって言われたけど、先輩のありがとうが一番うれしいですっ!本当にうれしいですっ!」
 うれしいうれしいと重ねる葵ちゃん。
 自分で言うのも何だが、葵ちゃんの3年に及ぶチャレンジに一番近いところに居たのは誰でもなくこの俺だ。
 見守ってきたという自負もあるし、葵ちゃんにも見守られてきたという想いがあるに違いない。
 紛れもなく二人同じ夢を見続け、それが現実となった。
 それが、このうれしさの数なのだろう。
 葵ちゃんが落ち着くのを待って、声をかけた。
「これで綾香って夢に追いついたかな?」
 そう、綾香さんみたいになりたい、綾香さんに勝ちたい、という葵ちゃんの夢。
 空手を捨て、エクスストリームの世界に飛び込んだのも綾香を追ってのこと。
 だが、葵ちゃんは俺の言葉に一瞬、顔を強張らせて
「いえ…そ、それは…」
 と否定し、下を向いてしまった。
 まずいっ、不用意の事言っちまったかっ!?
 後悔の念が頭を過ぎろうとしたその瞬間、葵ちゃんは顔を上げ、焦る俺を落ち着かせるように、そして自分に言い聞かせるように、はっきりとこういった。
「まだまだ綾香さんには及びませんが、これでやっと、綾香さんと同じフィールドに立てたかな、と思ってます!」
 …さすが…だな!
 
PM part2に続く



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