ちいさな川だけれど、興味ぶかい川。
多摩川からさかのぼってみよう。これは多摩川を上流に向かって是政橋をみたところである。
かつて、ここに是政の渡しがあった。そうして、「谷戸川」もこのへんで多摩川に注いで
いたのではなかっただろうか。今は立派な堤防ができていて、もっと下流で多摩川に出る。
是政の渡あとの近く、「JCフーズ」という工場の敷地に流れ込む谷戸川。むかしは
このあたりは多摩川の河原であったろう。
そこからほんのすこしさかのぼったところで、南武線の下をくぐる。
その直前には、大丸用水の上を交差するのである。
そういえば、この川は、今回紹介する部分はすべてコンクリートで固められている。
そのまたすぐ近くに府中街道が通っている。府中街道は、谷戸川が解析した
谷をのぼって行く(写真右手)。もちろん、道路の拡張のために、谷はすでに削られている。
写真正面にみえる大きな建物は、新築成った稲城市民病院である。道路の下をくぐって
向こう側、鉄塔のこちらを川は流れるのであるが、あまりに風情がないので、
撮影しなかった。写真左手には、削平されて住宅地になっているが、かつては小高い
丘があった。「城山」と呼ばれたらしいが、削平時の発掘によって戦国時代頃の城柵
および律令時代の窯跡がみつかっている。その模型を、東京都埋蔵文化財センターで
見ることができる。
この交差点、先ほどの写真の右手に、馬頭観音がある。やはり、渡し場と関係あるのだろうか。
さらに、谷戸川の上流。この場所は、戦争中に多摩弾薬庫になり、 戦後、接収されて米軍射撃練習場、今は米軍レクリエーションセンター になっているところである。川は、いつ頃工事されたか知らないが、すべてコンクリートで かためられている。しかし、まわりには、森が保存されている。
以上は、1999年8月25日に書いたことになっている。次の2枚は、谷戸川が 多摩川に出るあたりを2000年4月8日に撮影したものである。たくさんの桜が植えられた 公園があって、ちょうど満開であった。左の写真は、多摩川にそって谷戸川が流れてきて、 「多渡神社」の横まできたあたり。写真の右手に道路(アカシア通り)があって、 その右手に谷戸川が流れる。神社の左に見えるのは、押立用水。 右の写真は、深い水路となって堤防をくぐる谷戸川。
東京都建設局南多摩東部建設事務所、都内遺跡調査会編「瓦谷戸窯跡群発掘調査報告書」 1999・9 というのが出ている。これについて、しろうととして気付いたこと、 個人的にメモしておきたいことを挙げておく。(2000 6 11)
Written by "G"