ファイアーエムブレム776.5
第3章 道なき逃亡
1
深夜のこととて、追っ手は許してはくれない。リーフたちは街中を駆け出した。
「マギ団の一員なら、ここら辺のことはよくわかるんだろう?」
「おあいにくさま。まだ入ったばかりの駆け出しなの。頼りにはしないでね」
「嘘でもいいから、任せて欲しいって言ってほしいなぁ」
ルリカの無責任とも取れる一言に、カホは本気で悔しがった。無理もないだろう。彼女を含め、ユウとリーフたちはマンスターの城下町とは縁がない。土地勘などまったくないのだ。
「とりあえず、どちらかに走れば出口には着くよ。さ、話す暇があったら足を動かす」
あちこちで松明の明かりが灯る。兵士がいる証拠だ。
「どこかに身を隠したほうがよくはないだろうか?」
「見つからない自信があるならそのほうがいいだろうけど、見つかったら間違いなく包囲される。そうなると」
「城の外に逃げるのは不可能だろうね」
ユウの言葉をルリカが継いだ。提案者であるリーフはうなだれてしまった。
「かといって、門はもう閉まってるはずだよ。開けてくれるはずもないしね」
「ま、そういうときのために手は打ってあるんだよ。さっきも言ったけど、私のほかにあの地下牢に踏み込んだ仲間がいる。捕まっている人たちを逃がすための、抜け道があるんだ」
「だったら、はじめからそこに案内しなさいよ!」
「それが、ね。あたしともう一人の仲間がいたんだけど、いつの間にかいなくなってるんだよね。その人が案内してくれるはずだったんだけど………」
再度大きな声を上げそうになったカホの口を大急ぎでユウがふさいだ。さっきの声で気づかれなかったのは、偶然というしかない。
とりあえず四人は路地に隠れ、一息ついた。誰もが肩で息をしており、どれほど走ったかを知ることができる。
「おおよそでいいから、場所はわかるの?」
「城から遠い、下町だとは言っていたけど。詳しい場所は………」
最後まで言うことなく、ルリカは黙った。不思議そうに見るカホに、ユウは二言三言耳打ちした。確かめるように路地から顔を出し、うなずいた。
「わりと手は早いみたいだね。もうちょっと距離は稼げると思ってたけど」
「だてに重要拠点を任されてないってことね」
「まいったわね」
三人三様、言うことは違っても先行きに不安を感じているらしい。それでも、落ち込んではいない。楽天的なのか、腕に自信があるのか。どちらにせよ、リーフは不思議に思った。
「絶望的な状況なのに、どうしてあなたがたはそんなに落ち着いているのですか」
「しょげていても解決にはならないし」
「落ち込んだからといって見逃してくれるわけでもないし」
「完全にだめと決まったわけでもない」
「それに、あなたがあのリーフ王子だとしたら、なにがなんでも生きてもらわないとね」
一人の台詞を継ぐように、残りの二人も思うところを話した。
「レイドリックが追っているのはぼくです。ぼくがもう一度捕まれば、あなたがただけでも………」
「それは下策中の下策よ。どう考えてもあなたを逃がした罪として、私たちは追われ続けるわ。だったら、四人で道を切り開くほうがいいわ」
「三人よりも四人のほうが確率も上がるしね」
「さ、とりあえずここから移動しましょう。そろそろこっちに兵士が来るわ」
暗闇に身を隠しながら、移動を続ける。兵士の影があればそこから遠ざかり、声がすれば離れていく。もう少し月明かりが暗ければ逃亡も容易になるのだが。
しばらくそんなことを繰り返していると、道の幅が広がり、周囲に店舗が増えてくる。おそらく大通りなのだろう。
「ここを抜ければ、この街の入り口みたいね。とすると、目的地は近いかもしれないわね」
「そうね。ふつう下町は城から一番遠い場所にできるものね。あとは、東西どちらに抜け道があるか、ね」
ユウとカホが打ち合わせを終えると、リーフのほうをむいた。あたりに気を配っていたリーフだが、視線を感じ向き直ると、少女たち三人が自分を見ていた。
「どうしたんですか?」
「決めて」
「はい?」
「早く決めて」
「ですから、なにをですか?」
「逃げる方向」
完全に腑に落ちない顔をしているリーフを前に、苛立ちを隠せないでいるカホを押しのけた。
「なにも説明しないでなにをしているの」
「いや、てっきり、話を聞いていたものと………」
変わったユウもカホとさほど変わらなかった。
「右か左、選んでくれないかな?」
「逃げる方向を、ってことですか?」
「そう」
「それだけで決めろといわれても、決めかねますよ」
「ぐずぐずしていられないのはわかるよね?追っ手が抜け道を発見する前に外に出ないと」
「もし、反対だったら倍の距離を戻らなければならない。確実な情報がない限り、動くべきじゃない」
「できればそうしている。だけど、そういってられない状況だよ、今は」
たしかにそうだ。それくらいはリーフにだってわかっている。それでも、自分の判断が誤っていたら、自分はおろか、三人の少女の命すら保障できない。
(これが、上に立つものの苦悩だというのか、フィン)
ことあるごとに、あなたは将来の北トラキアを背負っていかねばならぬ身だ、と言われてきた。そのためには、意に沿わぬ決断を迫られるときもあるし、部下や民を犠牲にしなければなら
ないときがある。結果はどうあれ、それを決めるのはリーフである。いや、もっと大きな意味で言えば、指導者である、と。
上に立つというのは、自らのことだけを考えていてはいけないのだ。
「それではフィン。お前は、僕が死ね、という命を下したら死ねるのか?」
「死ねるのか、ではありません。死にます。それが、いかに理不尽とはいえ、主の命であれば当たり前です」
「お前のことなどこれっぽっちも考えずに言ったことでもか」
「はい。主の命令とは、従者の命よりも重いものです」
「人を死に追いやることでも、わたしは言わねばならぬか。そんなこと、おかしいではないか」
「おかしいと思われる、リーフ様のお考え、それは素晴らしいことです。なればこそ、そのような命を出さなくともいい国をおつくりください。そのような、気の沿わぬ命令は、フィンのみに
お申し付けください」
「フィン………」
ぐっと唇をかみ締め、顔を上げる。その目に強い光が宿り、なにかを決意した表情になった。
「ルリカ、街の出口はここより南、だな?」
「は………はい」
「では、西に向かう」
「つまり、右にいくってことだね」
「ああ」
「理由は?」
「ユウ、理由なくして動けぬのか、おぬしは?」
「いえ」
「ならば聞くな。先ほどより警備が手薄になった。機会は今しかあるまい」
「そうみたいだね」
「ルリカ、先にいけ。間をおかずにユウとカホ。僕は最後に行く」
「わかりました」
四人は辺りを窺いながら、南西方向に向かって動き出した。路地に入り、先を確かめながら、確実に目的地に向かって進んでいく。あたりに高い建物は少なくなり、見通しが良くなってき
た。
こちらが先に歩哨を見つけるか、相手が先にこちらを見つけるか。気の抜けない状況である。
「ま、松明をたいていてくれる分、こっちは察知しやすいんだけどね」
「そうもいかなくなったぞ。包囲網が徐々に小さくなっていく」
「見つかるのも時間の問題かな?」
どうやら安宿屋の建物らしい。壊れかけの木製の看板がかかっている。軽く吹く風にあおられ、耳障りな音を発して揺れていた。掛け金が壊れているせいでもある。
「ここを越えれば、城壁に近づけるな。ルリカ、頼むぞ」
「おまかせ。この程度の闇はわたしにとって夕方と変わらないよ」
忍び足で歩き出す。そこに、油断がなかったとはいえない。歩哨の姿はなかったし、ここにくるまでも存在しなかった。おまけに、相手は必ず松明や明かりの類を持ち歩いているという、
先入観もあった。
あたりを気にしながら歩く。見上げた宿屋の一部屋は窓が開いていた。なにか物陰が動いた気がしたが、今はそれを確認するほどの暇はなかった。だが、一瞬の隙が生まれたのは確
かだ。
ルリカが視線を動かすと、前方に二人連れの男が歩いてきた。どちらも、不意の遭遇に驚いた。
一人が手にしていた松明に火をともした。そして、もう一人は声を上げようと、手で筒を作り、大きく息を吸った。
「しまった!」
ルリカは男の息の根を止めるために、体を前傾姿勢にして、兵士の懐に飛び込もうとした。手遅れかもしれないが、時間は稼げるかもしれない。自らの不手際による被害を小さくするの
だ。
頭上から弓弦の音がした。ごく小さなものだが、五感を鍛えられた盗賊のルリカの耳にははっきりと聞こえたのだ。
息の呑む音がする。肉に鏃が突き刺さる、嫌な音とともに。さらにもう一回。数瞬の間に、兵士が二人地面に崩れ落ちていた。急所といえる、みぞおちに矢が一本立っていた。
見上げると、少女が短弓を手にして窓際に立っている。暗がりゆえ、はっきりとしたことはわからないが、その場から立ち去ってしまったようだ。
果たして味方であろうか。ルリカは迷った。少なくとも彼女を助けてくれたので、敵ではないだろう。だからといって、容易に信じるのも危険すぎる。そっと歩み寄り、宿屋の入り口の側に身
を潜めた。
ところが、まったくでてこなかった。
「まいったなぁ」
このような場所に立ち止まっていることほど危険なものはない。はじめの仕事に戻ろうとしたとき、背後から小さくだが声をかけられた。
「逃げ道を探しているのか?」
ふりむきざま、懐に忍ばせてあった小剣を相手ののど元に突きつけようとした。理想どおりに体は動いたのだが、相手がうまく体を後ろにそらせてかわしてしまった。
ルリカの目に映ったのは、長身の女性であった。見事なほどの黒髪は、闇夜の中でも輝いて見える。身をつつむのは皮で作られた胸甲と、庶民が身につける粗末な服である。少女の
背丈ほどの長弓と、腰の皮袋から頭を見せている短弓を持っているのは、この街からすると異様に見える。
「わたしが入ってきた道がある。そこに案内する」
それだけ言うと、歩き出した。背中には、ついてくるも来ないも好きにしろといっているような、冷淡さがにじみ出ていた。
「待ってほしいな。連れがいるんだ。一緒に案内してもらえないかな?」
「一人になろうと、二人になろうとかまわないが、足だけは引っ張らないでもらいたい」
まるで感情がないような話しかただ。むろん、声を潜めて話さなければいけない状況なのでいくらか差し引いたとしても、充分、冷淡だと言い切ってもおつりがくる。
ぐっと苛立ちを飲み込んで、リーフたちを連れてくる。
「あなたがルリカを助けてくれたのか?ありがとう」
「礼は素直に受け取りますが、時間が惜しい。急がしてもらうがかまわないでしょうか?」
「なにさまのつもりだ、あんた。この人がどんな人だか………」
声を荒げる寸前のカホに対して、少女はあっさりとリーフの身元を明かした。
「北トラキア、レンスター王国王子、リーフ様でしょう。そう思ったからあなたたちを逃がそうとしている。この態度が不敬罪にあたるのだとしたら、この場で罰していただきましょう」
思わず剣の柄を握るカホであったが、リーフの手が彼女の右手にかかった。
「ありがたくあなたの行為を受けます。ですが、彼女たちは今までわたしを助けてくれた。今のあなたに勝るとも劣らないほどに」
「わかりました。では、ご案内いたします」
深く一礼すると、歩き出した。その仕草は、宮廷にいた官女たちよりも優雅であった。いずこかで、専門的な訓練を受けていたに違いない。リーフは黒髪の少女の過去に興味を抱いた
。
「なんなのよ、あの女」
「カホ、我慢して。今は彼女の力を借りなければ、ここを出ることができない」
「罠かもしれないでしょ?リーフ王子のことを知っていたし、このままレイドリックの元に連れて行くつもりかも」
「わたしを助けてくれたのは?」
「必要最低限の犠牲、ともいえる。二人の雑兵の命で、脱走したリーフ王子が手元に戻るのだから、これほど効率の言いやり方はないわ」
「驚いたよ、カホが策略家のようなことを言うなんて」
足と同じくらい口を動かしているのは、カホ、ユウ、ルリカの三人である。カホとルリカは、こみ上げてくる黒髪の少女に対する反感を抑えるために、いつも以上に舌を動かしているのだ。
一方、ユウは自分と同じにおいをその少女から感じていた。だが、違和感も同時に感じた。まだ、うまくはいえないのだが、それを演じているような気がしたのだ。
(杞憂かもしれないが、それを頭の中に入れてあの人と接すればいい)
仲間にいてくれれば戦力はかなり充実する。先頭に立って戦う自分たちを補佐してくれるのは、離れた位置から確実に相手をけん制してくれる弓兵なのだ。魔導士も同じではあるが、
いかんせん数が少ない。武器の入手手段と、訓練の簡単さで言えば、弓兵が一歩も二歩も先を行く。故に、彼らを主において軍団も存在するのだ。
「あの腕前は間違いなく、かなりの鍛錬を積んでいる。一国の弓騎士だとてあそこまでの腕前はないよ」
「それは認める。だけど、あの性格だけは………」
「カホはわたしとはうまくいっている。あの娘だって同じようなものさ」
「いや、ユウ一人のために、あたしのすべての良心を使っているんだ。とてもじゃないけど、あの娘に回す分はないよ」
一瞬きょとんとした顔をした。あまりにもな言い分だが、的を得ているため、怒りはせずに、吹き出した。
これだけの冗談が言えるのだから、さほど腹にためこんでいない。自らに嘘のつけない性質だ。腹芸など永久の彼方にいったところでできるはずもない。
カホはいつでもまっすぐだ。それを補うのは自分だと思っている。
「冗談だと思ってるのか?本音なんだけどなぁ」
「ふっ、別にかまわないよ、わたしは」
「あたしがかまうの!」
キミが行くところに、ずっと走っていく。それが、彼女と出会ってから、一度もかわらぬユウの気持ちであった。
「ここから街の外に出られます。少し道は悪いですが、いけないことはありません」
「ありがとう。えっと………」
「そういえばまだ名前を名乗っていませんでした。わたしはワカナと申します」
「どちらかの兵士だった?」
「いえ」
「ではその腕前は?」
「知り合いに教えられました」
猟師かなにかであろうが、それにしてはこの礼儀正しさが腑に落ちない。
「で、リーフ様、これからどちらに向かいますか?」
「うん。道すがらそれを考えていたんだ。紫竜山にダグダたちがいるかもしれないし、それ以外の仲間がどこにいるか………。いっそターラにむかおうかとも思うだけど」
「どちらにしても、この山を越えるのが一番でしょう」
「あたしは反対だな」
「なぜですか?」
「あなたを信用してないからだよ。確かに逃げるにはいいかもしれないが、兵を伏しておくにも最適だ。レイドリックの兵を、ね」
「カホ、いい加減にしないか!」
「あなたのいうことに間違いはありません。ならばわたしにもいわせていただきたい」
「なにをさ」
「わたしを信じていただけないでしょうか」
心配になって二人の間に立とうとするリーフを止めたのはユウであった。右手をつかみ、なにごとかという顔で見るリーフに首を振った。
顔を近づけ、耳元でこうささやく。
「こういうときは止めるほうが話がこじれやすいんです。特にカホのような性格を有するものには。とことん話し合わせてあげましょう」
しかし、と口ごもるリーフであった。
喧々諤々、いくら街から遠ざかったとはいえ、まだ、敵の手中にあるといってもよい。リーフを含めた三人は気が気ではなかった。
やがて、二人がなにも言わなくなった。もしや腕に訴える気ではないか、そう思った矢先、カホが一つ大きく息をつくと、両手を上げた。表情や仕草から察するところ、降参をしたようであ
った。
「いちいち正論だわ。とりあえず今回はあなたの案に乗るけど、あなたを信用したってワケじゃないからね」
あきらめ半分という顔でいうカホに、ただうなずくだけであった。
「このままこの山を越えるのは得策じゃないから、いったんこの人がいたという集落に行って、そこで体制を整えるってことでどうかな」
「場所は?」
「この山の麓より少し歩いたところだって」
「敵に見つかる可能性は、どうなんだ」
「それも問題なし。いまは無人らしいから」
カホを含めて、いい案がないことから、ワカナという少女がいた集落にむかうことにした。さまざまなことがあって、一休みしたいというのもその意見を受け入れる要因の一つとなった。
「半日も歩けばつきます。その間に見つからないことを祈ってください」
「そうだね。神というのが存在するんだったら、今だけは信じてもいいかな」
「見つからない間は、ね」
ユウの戯言を、ルリカがさらに冗談で返した。
落ち着いて、なおかつ、周囲に気を配りながら歩き出した。リーフはちょうど真ん中に当たる三番目を歩きながら、考え事をしていた。
(あの矢羽、どこかで見たような気がする。それがどこだかは思い出せない………)
顔をあわせていなくとも、この少女とどこかで接したことがあるような気がするのだ。ほんの小さな接点であった。だが、彼の人生を左右しそうなほどの出会いであったはずだ。だから、彼
女をすんなりと受け入れられたのだ。
東の空が白み始める。おそらく、マンスター城内はリーフ王子の件で大騒ぎになっているだろう。
それも、城外に逃げた王子ではなく、城内にとどまっている王子に………。
あとがき
ひさしぶりのご無沙汰となっておりました。前回の更新が、2004年の年末。そして今回、2005年の3月。はや3カ月がたっております。時のうつろいとはかくも早いものかと。
ついに若菜が登場してきました。ちょっとセンチ本編とは違う性格と言動。今風に言うなら、クールでスタイリッシュでしょうか?
昨年の映画コメント風で言うなら、一番危険な若菜がここで読める、なんてところでしょうか。
続きは早いうちにお届けできれば、と思っています。約束はできませんが、努力はするつもりです。
弱気は最大の敵。遅筆は最大の恥。そう思ってがんばります。