ファイアーエムブレムトラキア776.5

第1章 出会いと別れ


1


 「王子、ご無理なさらぬよう。御身あってこその北トラキア開放なるのです」
 
 「わかっている、フィン。なれど僕はお飾りの木偶人形にだけはなりたくないのだ」
 
 馬上の騎士が、白銀の胸甲を身につけた
15歳くらいの少年の背後を気にしながら戦っている。手にしている槍は並の騎士が装備できるような代物ではない。穂先に落ちる太陽の輝きがさらにまして見える。
 
 「キュアン様よりいただいた槍に誓って、リーフ様をお守りする。それが故に命を落とそうとも、惜しくはない」
 
 みすぼらしい皮鎧に身をつつみ、粗悪な槍をかざしてくる兵士を一突きで絶息させた。見事な槍捌きである。鐙だけで馬の位置を変え、両手で槍を繰り出す。その様は伝説に謳われる槍騎士にも見える。
 
 群がる兵士を打ち据え、おそらく主君であろう少年の戦いを手助けしている。
 
 気合一閃、振るう剣は斧を手にした山賊に軽い手傷を与えただけだった。気持ちと技量に差があり、山賊にもてあそばれている感がある。
 
 数合剣と斧を合わせ、撃ち合う。金属と金属がぶつかる音、削れ、擦れあうと火花が散り、焦げ臭いにおいがする。
 
 大きく振りかぶり、打ち下ろす斧の切先が少年の左腕を掠める。布地が裂け、血が飛ぶ。致命傷にならずとも、戦意がそがれたのは確かだった。
 
 「くっ」
 一歩後方にあとずさる。相手に飲まれての行動だ。その隙を見逃すはずもなく、かさにかかって前進する。悪相と呼んでいい顔に、薄ら笑いを浮かべているのは、勝利を確信したからだろう。
 
 少年は気を取り直して剣を構えるも、痛みのせいか剣先が震えている。
 
 「へ、おびえていやがるよ、この小僧はよっ!」
 
 無造作に斧を横に振る。自らの膂力を頼みにした一撃だが、片手でしか剣を扱えない少年の防御を吹き飛ばすほどの一撃だった。
 
 「あっ………」
 剣は音を立てて少年の左側に回転しながら飛び、草原に突き立った。距離にして十歩程度の場所だ。通常であれば短く思える長さも、戦いの今であれば、ひたすら長いものに思える。
 
 「うらみもなんもねえが、おれの前に立ちふさがったのが運のつきだったよなぁ」
 
 「う、うう」
 
 左足を横に出しながら動くが、相手もさるもの、右に半円を描くように動く。確実に剣と少年の間に立ちふさがった。
 
 「騎士でもなんでもねぇ。素手の連中を殺ることに躊躇はねえ!」
 
 ケルベスの門付近に潜む山賊の一味の一人である。帝国軍という不気味な一軍と、寄せ集め所帯の様相の集団が戦いを始めた。この混乱を期に周辺の村落を襲おうと、山賊段たちが山を降りてきた。
 
 門の前面で戦いをしていた騎士やら剣士がいる一軍があらかた帝国軍を片付けた時、山賊たちが山を降りてきた時期が重なった。どちらにとって幸運なのか不幸なのかはわからないが、混戦となった。
 
 「リーフ王子!」
 
 フィンという騎士が、手にしていた投げ槍を山賊の背にむかってほおった。寸分過たず、背中に突き立ち、勢いが過ぎて山賊を地面に縫い付けてしまった。
 
 自然、彼も敵に背後を見せる結果となり、ひとりの兵士が斧を手にほくそえんでいた。身を厚い鎧で固め、左手には大振りな盾を装備している。帝国軍の誇る重装騎士だ。
 
 後ろに振りかぶり、投擲しようとした。山賊の持つ痛んだ斧と違い、あたれば重傷では済まされない切れ味である。
 
 リーフ王子と呼ばれた少年の目に、その騎士の行動は見えた。大きな声を上げ、自分を救ってくれた忠孝の騎士に注意を促した。
 
 「フィン、後ろだ!」
 
 鞍と足の間に挟んだ槍を取り上げ、急いで振り返る。と、冑と鎧の間、ちょうど首の辺りにできる隙間に矢が突き立ってうつぶせに倒れる騎士の姿が見えた。
 
 剣を手にとってフィンのそばに駆け寄る。ご無事でしたか、と問われうなずくが、それよりもフィンを救ってくれた矢について問い返した。
 
 「タニアか?」
 
 「いえ、タニアはオーシンやエーヴェル殿とともに門の開放に向かっているはずです。あの方向から放てるはずはありません」
 
 「ではダグダ、か?」
 
 「弓も扱えるそうですが、王子の右手側で山賊と戦っています。こちらも不可能でしょう」
 
 矢が飛んできたであろう方向にはうっそうと茂る森が広がっている。そこから放たれたのだろうが、いったいなにものなのか。
 
 「王子、疑問もっともですが、今はケルベスの門を落すのが先でしょう。気を抜かれますな」
 
 「ああ、フィン。ありがとう、お前がきてくれなかったら、私は間違いなくやられていた」
 
 「そのお言葉だけで充分でございます。それに、私も王子に命を救われました。もったいないことでございます」
 
 「さあ、行こう。どうやら村の周辺の山賊もいなくなったようだ」
 「はっ」
 
 王子を馬上に乗せ、ケルベスの門に向かう。どうやら、門を守備する兵士も全滅したようであった。


2


 門の前に集合したリーフ軍は大きな門を開き、中に踏み込んだ。守備兵が多く常駐していたが、手錬の剣士であるエーヴェルと、フィアナ周辺では負けなしの戦士であるダグダがいるリーフ軍にかなうはずもない。また、彼の娘のタニア、エーヴェルが目をかけて育てたオーシンやハルヴァンという若者たちも腕が立つ。
 
 やがて村からさらわれたという子供たちが閉じ込められている牢獄にたどり着いた。
 
 「リフィス、頼む」
 
 「ああ、わかった」
 
 リフィス団を名乗る盗賊団を率いていた男だが、ひょんなことから討伐され、リーフ軍に加わることとなった。鍵開けや盗みの技量に長け、ケルベスの門の巨大な門も彼が錠を解除したのだった。
 
 「おわったぜ」
 
 「私と、リフィスはここに残って様子を伺います。リーフ様、この子供たちを親元にお届けください」
 
 「わかった。みんな、行こう」
 
  四人の子供は馬に乗せられたり、背中に担がれて生まれ育った家に帰っていく。
 
 この場に残ったのは、一人の妙齢の女性と、鍵開けに従事していたリフィスと呼ばれた盗賊だけであった。
 
 「エーヴェルさんよ、どうしてあの小僧にかかわってるんだい?」
 
 「お前を信じるからいってしまうが、あの方はレンスターのキュアン様の遺児、リーフ様だ」
 
 「キュアンって、あの、トラキア王国に殺された?」
 
 「そうだ。先ほどのお前の発言は、不敬罪に当たるな」
 
 「現存の国ならともかく、滅亡の憂き目に会った国の王子様ならばあたりはしないだろう。それに、再興なんていう、甘い夢に付き合う気もさらさらないぜ」
 
 信じる、そんな言葉は虫酸が走る。さらにいえば、かつての栄光や栄華にすがりつくしかない生き方もしたくはない。滅びるに理由があったからだ。砂で作った城は、一度流されたら二度と元には戻らないのだ。
 
 「私は、こんな真似をしたくはない。だが、お前が従わぬのなら、しかたのないことだ」
 
 腰に帯びた剣を抜き、切先をのど元に突きつけた。よく研がれたそれは、リフィスの柔らかな肉を容易に貫くだろう。
 
 「ちょ、ちょっと待ってくれ。おっかねえのはなしだぜ」
 
 「不本意だといったろう、私も。力で相手を従わせる、それは帝国のする最低の手段だ。だが、リーフ様のためであれば、私はそれも厭わぬつもりだ」
 
 「わかったよ。あんたが生きている限り、おれもあの王子様のために働こう」
 
 「頼む。あの方はまっすぐにしかものを見れぬ。それはフィン殿とても同じ。お前のように世故に長じたものがいたほうがいい」
 
 「買いかぶりすぎだぜ、あんたは。おれは、ただ、姑息なだけの盗賊だよ」
 
 「光は闇を伴う。闇もまた、光と共にしか生きられない。ああして、リーフ様と出会ったのはなにかの縁であろう」
 
 牢を背に、エーヴェルは周囲を窺うようにして立っている。そのそばでしゃがみこんでいるリフィスは、思いついたことを口にした。
 
 「聞きたいことがあるんだが、いいか?」
 
 「かまわないが………」
 
 「おれが雇っていた剣士、いただろう」
 
 「サバンのシヴァといっていたな。かなりの使い手になると思ったが」
 
 「あんたも剣士だが、あいつとなんか違うんだよな。なにがか、とはいえないけど、違うんだよ」
 
 「いっている意味がわからないが?」
 
 「いうなれば、気質なのかな。あんたは剣を持つやつと感じが違うんだ。一流の使い手、てのはわかるんだが、それが当てはまってねえんだよ」
 
 そういうと、腰に差してある鉄製の剣を叩いた。さしずめ、自分もある程度使えるからわかるといいたいのだろう。
 
 人の悪い笑いを見せ、ならばここで試してみようか、と言った。
 
 「冗談じゃない。あんたとやりあったら、ものの数秒ももたねえ」
 
 「ならば、つまらぬことに気を回さぬことだ」
 
 こんな女のどこがいいのか。ダグダという男の素振りを見て、間違いなくエーヴェルに好意以上のものを寄せている。気づかないのは、あの朴念仁そうな騎士と、王子、それに彼女くらいなものだろう。
 
 つまらなそうに腰にぶら下げている商売道具をもてあそんでいると、子供たちを送った一行が帰ってきた。
 
 「ではゆくぞ。先ほど言ったこと、守ってもらうからな」
 
 「あんた、おれよりずっといい頭領になれるぜ。いっそのこと、リーフ王子を旗頭に、山賊団でもつくらねえか?」
 
 「面白い話だが、いま言う冗談ではないな」
 
 そう言うと、エーヴェルは剣を抜いて建物の奥へとすすんでいった。
 
 「とんだ貧乏くじだぜ、こいつは………」
 
 まもなく始まるであろう、戦いを思うと気が重くなる。それでも進むしかない。
 
 それが、自らの前に設けられた道なのだから。その道程でうまい話もあるかもしれない。それをすくい取るくらい、許されるだろう。我ながら納得のいかない認め方であるが。

 


3


 
 指揮官と見られる将軍が槍を構えている。
 
 天井が高く、装飾もかなり豪華なものだ。部屋の中央には長方形のテーブルが置かれ、複数の椅子もある。おそらくここで会食をしたり、非常時には指揮所になるのだろう。奥には扉があり、おそらく彼の自室になっていることだろう。
 
 「貴様ら、ここがマンスターにつながる砦と知っての狼藉か」
 
 「いかにも。レイドリック殿に話があるゆえ、無礼とは知りながら参上した。すまぬが通してもらえぬか?」
 
 「ならば、なにゆえ我が配下の者たちを斬った?」
 
 「話しても聞いてもらえなかったのでな、ちょっとなでてやっただけだ」
 
 エーヴェルとダグダが話をしている背後に、リーフ王子たちがいる。一応に肩で息をしているところを見ると、かなりの抵抗を受けたようだった。
 
 「エーヴェル様、こいつにはなにをいっても無駄ですよ。早いとこ片付けて、先へ進みましょうよ」
 
 「オーシン。なにごとにも形式というものがある。筋を通さなければいけないのだ、こういう場合は」
 
 「口を挟んで申し訳ありませんが、急いだほうがよくはありませんか?ここで時間を稼ぎ、増援が来るのを待っているかもしれない」
 
 「ロナンの言うとおりだぜ。ハルヴァン、形式なんてのは、相手が守ってくれそうなときに通すもんだ。こいつの姑息そうな面を見ていると、そんなもの、犬のえさ以下に思えるぜ」
 
 不適に笑うオーシン。本来なら、そんな挑発に乗らないのだろうが、相手は農民の子息のような風体である。身分が違う、戦士としての格も違う。重要な場所を任された騎士としては不用意な行動といえる。
 
 悠然と、だが、内心は怒り狂った気持ちのまま、オーシンの前に立った。
 
 「下賎なものにきく口は持たぬ。だが、牛馬とはいえ躾けるためには言葉も必要。もっとも、これさえあれば問題はないがな」
 
 そう言うと、槍を突き出してきた。鈍重そうな動きは脚さばきだけで、繰り出す穂先はかなりのものである。
 
 金属のぶつかる音。なんとか斧で槍先をはねあげ防ぐが、かなりの力を要したため、体勢を崩してしまった。
 
 なんとか持ちこたえるオーシンに、鋭く突きかかる。体を開きながら避け、斧で受け止める。三合四合と撃ち合ううちに、腕や脚に傷 を負い始めた。反対に、将軍のほうには傷ひとつない。攻撃をする隙も見せないし、当てたとしても全身鎧の厚さに阻まれて刃は届かない。
 
 「それでも、斧には重量があります。裂傷は受けませんが、打撲のように痛みは受けていることでしょう」
 
 心配そうに見つめるリーフに、フィンは楽観論を言った。技量の差は明らかだった。オーシンが完全な劣勢に追い込まれるのも時間の問題だ。その前に、なんとか突破口を見つけなければならない。
 
 「タニア、狙えるか?」
 
 「やってみます」
 
 立ち上がり、矢を弓につがえる。狙いは面頬の隙間。視界を確保するために眼の部分は完全にふさがれていない。その間を矢で縫おうというわけだ。
 
 「オーシン、あたしにできるのはこれくらい。だから、あんたもがんばりなさい、よ」
 
 語尾に合わせて引き絞った矢を開放した。矢羽に風がはらみ、鋭い音とともに飛んでいく。時間にしてほんの数瞬。
 
 「ぐっ!」
 
 右目を襲う灼熱感。それまで見えていたものが半分になる喪失感。そして、掴み取っていた勝利が、こぼれていく。
 
 雄叫びを上げ、渾身の一撃を放つ。刃が肉を捉える感触が伝わり、振り切ると、金属と石がぶつかる音がした。
 
 うまく鎧と籠手をつなぐ部分に刃が入り、持ち前の力も手伝って右腕を体から切り離した。槍は左手に持っていたため、まだ戦えようが、戦意は喪失してしまった。
 
 膝から崩れ落ち、血だまりに突っ伏した。なにかつぶやいている。
 
 「レイドリック様、お預かりしたもの、お守りできず………」
 
 「ロボス。期待して眼をかけてやったものを、無にしおって」
 
 「き、きさま………レイドリック!」
 
 奥の部屋から現れたのは、壮年の男で、顔面に強いひげをたくわえている。高貴なもの特有の他者を見下すような視線と、偏狭質的な雰囲気をかもし出していた。寝ていたのか、鎧は身につけていないが、腰にはしっかりと剣を帯びている。そして、彼の背後には後手に縛られた二人の少女がいた。
 
 「マリータ、ナンナ!」
 
 「リーフ王子、さすがにあのキュアン王子の血を引いているだけのことはある。この少数でケルベスの門を落すとは。将来が楽しみですな」
 
 「貴様!」
 
 収めていた剣を抜き、今にも飛び掛ろうと前足に体重をかけたが、前方で展開する事態に、剣を落してしまった。
 
 「血気にはやるとはまだお若い。だが、事態を鑑みてもらわないと、つまらぬ犠牲を増やすだけですぞ」
 
 翼の髪飾りをつけた少女の白い喉元に大剣の刃を向け、部下であろう兵士にもう一人の黒髪の少女に同じことをさせた。
 
 「マリータ!」
 
 「麗しい母子愛というわけだ。このすさんだ時代に、すばらしいことだ」
 
 貴族のわりには下卑た笑いである。誰しもが嫌悪感を抱き、今にも飛び掛っていきそうな勢いであった。
 
 「ダグダ、皆にここから逃げるように言って」
 
 「エーヴェル!いまならやつを殺れる」
 
 「ナンナ様を犠牲にしても?」
 
 「うっ………、すまねぇ。マリータも人質になっているもんな」
 
 「私がなんとかする。リーフ王子も、ナンナ様も」
 
 「約束だぜ、エーヴェル。あんたとマリータも生きて帰ってくるんだぜ」
 
 「わかった、約束するから、皆を頼む。とくに、フィンをうまく説き伏せて欲しい………。リフィス、お前は影からリーフ様をお助けするんだ」
 
 「わかってるよ。あんたとの約束は守るぜ」
 
 「すまない」
  
 エーヴェルは剣を投げ、投降の意を示した。
 
 「レイドリック、用があるのは私と、リーフ王子だけであろう。あとのものは関係ないのではないか?」
 
 「そうはいかん。これだけのことをしでかしたんだ。罪は罰せなくてはな」
 
 「お手元に彼らを捉えるだけの兵はいて?逆に歯向かわれたほうが困るのではないか?」
 
 「ふん、たしかにな」
 
 いうやいなや、ダグダをはじめ、リーフ軍の戦士たちは退却を始めていた。最後までフィンが残るような素振りを見せたが、ダグダにかきくどかれ、無念そうな表情を浮かべ、リーフに一礼をして出て行った。無論、リフィスもいない。
 
 「では、リーフ様参りましょう。我らは獅子身中の虫となって、レイドリックの腹を食い破り、大手を振って外に出て行こうではありませんか。ナンナ様や、マリータとともに」
 
 「わかった。エーヴェル、頼む………」
 
 こうして、レンスター再興を胸に秘めたリーフ王子は、道半ばにして敵の手中に落ちた。大きな落胆を胸に、散り散りになっていくリーフ軍。そして、娘を人質にされたエーヴェルは、いかな策でこの窮地を切り抜けるのか………。
 


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