本の紹介


『私が ひきこもった 理由』
取材・文 田辺 裕 / ブックマン社 編
四六判・並製/224頁/定価(本体1,300円+税)

  http://www.bookman.co.jp/book/hikikomori/index.html

15人の「ひきこもり」経験者へのインタビュー集。

なぜ「ひきこもらざるを得なかった」のか?

内面の葛藤を語る彼(女)らの口調は軽く、時には笑いを誘われる。

しかし、その不器用でまっすぐな言葉は、私たちの心に深い共感を呼び起こす。

生きにくい時代を共有する、すべての人に。

人は時にはひきこもる必要があるのではないか。

少なくとも、僕はそう信じている。  〜解説 ・ 斎藤 環(精神科医)

 


『精神医療ユーザーのめざすもの――欧米のセルフヘルプ活動』
メアリー・オーヘイガン著 中田智恵海監訳 長野英子訳
解放出版社 四六版248ページ 1800円+税90円

著者のメアリーは精神医療サバイバーでニュージーランドで初めての精神医療ユーザーのセルフヘルプグループを作った方です。この本は1990年にメアリーが、英国、オランダ、アメリカのセルフヘルプ活動を回った旅の報告書です。
ぜひ多くの方にお読みいただきたいと思います。お金のない方は図書館に注文して下さいませ。
1999年9月16日発売予定です。

また、通信販売もいたしております。郵送料は無料です。
発送時に振替用紙を同封いたしますので、郵便局で1890円をお振り込み下さいませ。
お申し込みは以下まで住所をお知らせ下さいませ。
futen@mail7.dddd.ne.jp

   <翻訳者あとがき>
                                           長野英子


 本書は精神医療サバイバーの運動と組織について、サバイバーの独自性に添って論じたものであり、既刊の『精神病者自らの手で』と共に、欧米のサバイバー運動の中で広く読まれているものです。
 この本の魅力はなんといっても著者の率直さでしょう。日本においてはサバイバー運動独自の自覚的な組織論運動論は見られず、無自覚なままで既成の組織論運動論をなぞっている場合が多いのではないでしょうか。しかし著者の言うように私たち「精神病」者解放運動には一切お手本がありません。したがって既成の社会運動の組織論や運動論そしてその思想は一切役に立ちません。あらかじめある何らかの思想信条からものを見るのではなく、サバイバーの現実から出発した実践的な探求こそが求められています。そしてそこにこそ本書の価値があると思います。実践家として日々の活動体験からの疑問、問題意識、そしてサバイバーの解放へのイメージとつながる理念、この二つのはざまで、苦しみ、悩み、そしてある時は混乱する、そうしたことをありのままに告白している著者の姿勢に共感する仲間は多いことと思います。 
 この本はサバイバー運動についてさまざまな問題点を摘出していますが、それぞれ私自身が全国「精神病」者集団の会員として日々考え、そして悩んでいる点でもあります。私たち「精神病」者は何者か、わたしたちの狂気の意味は、わたしたちの組織をいかに運営していくのか、中心的活動家は専門家と同様の権力を持ってしまうのではないか、政治活動と支え合いの統合はいかに可能か、などなどサバイバー運動に携わる誰もが日々悩んでいるところではないでしょうか。
 著者は「狂気の意味」そして「組織の運営管理」を問い直すことをすすめています。わたしの問題意識ではこの問いかけは二つの歴史的な意義があり、これによってこそサバイバー運動は人類史に貢献できると考えています。この意味で本書は単にサバイバー運動に携わる人たちだけでなく、人間とは何か、人間の解放とは何かを考える人々にとっても刺激ある本であると思います。
 反差別の運動は歴史的に「人間とは何か」の定義拡大の闘争でもありました。「奴隷も人間である」、「女も人間である」、「障害者も人間である」というように。「人間とは何か」のイメージを豊かにしていくこと、それこそが反差別闘争の中心にある目的ではないでしょうか。サバイバーはその存在そのものが市民社会の秩序やルールからはみ出した「カオス(混沌)」そのものです。その意味で「精神病」とレッテルを貼られた人間の経験について、肯定的な側面を見つけていくことは、近代西欧市民社会で創作された「市民像」、「主体的で自立した自由な人間が人間である」という「人間像」を打ち破る「人間像」を創出していくものです。
 既成の精神保健体制を否定するサバイバーにとっては、階層制度を完全に撤廃した組織、平等な参加を保障する組織をめざすことは中心的な問題意識の一つとなります。歴史的にはサバイバーの組織も含め、どんな組織もこうした構造を創出した実例は存在しないといってよいでしょう。しかしおそらくこうした問題意識を自覚的にそして日常的に持ち続けることをその組織目的の一つとしうるのはサバイバーの組織だけではないでしょうか。その意味でもサバイバーの運動は人間解放への闘いに大きな貢献ができるのです。
 著者が問題提起している精神保健体制に取り込まれることもこの二つの問題意識によって解決可能なことですが、日本のサバイバー運動も自覚すべき問題でしょう。幸か不幸か日本においては長年サバイバーに対しては排除のみが強調され、わたしたちの運動のそれに対する告発闘争でした。しかし欧米に遅れること遙かですが、この10年ほどの間に精神保健専門家たちも、そして行政も「当事者の参加」「当時者組織の結成」などと発言するようになってきました。
 本書にアメリカの「偽のオールタナティブ」をめぐる発言がありますが、専門家が強制医療をふるう権力を隠蔽するために「患者会」を使うことは当然考えられます。いわゆる「悪徳病院」では、病院当局が入院患者の中から患者ボスを選び、その患者ボスたちを使って入院患者を暴力支配をしている実態があります。この構造のよりスマートで「民主的」な形式として、患者会を使い「患者に患者を支配させる」構造を考え出す専門家がいてもおかしくありません。行政も自分たちのやりたいことを正当化するために「委員会に当事者を入れた」という形式を取ることもありえます。さらには精神医療審査会に当事者組織代表を入れて、当事者をほかの仲間の強制入院正当化に利用していくことも考えられます。
 現在日本のサバイバー運動もこうした危険な段階に来ているのではないでしょうか。その意味でも本書は有益な示唆を与えてくれるものだと思います。
 本書を貫く著者の精神保健体制の実態暴露と批判は多くの日本のサバイバー仲間が体験しそして批判している点です。まさに会ったことすらない人たちでありながら、サバイバーの仲間は精神医療の中で国際的に共通の体験をしています。本書ではこうした体験から、「医学モデル」の否定とオールタナティブ創設の主張がなされております。しかし著者の言うように、狂気の体験は精神医療の介入なしでもやはり苦痛を伴っています。この苦痛をいやすものとしての医療までも全否定、拒否すべきなのか、あるいはできるのか、という疑問があります。セルフヘルプ活動だけではこの苦痛は解決できないのではないでしょうか。日本でもこの点をめぐる議論はサバイバー運動の中で繰り返されてきましたが、今後も議論を続けなければならない点だと思います。もちろん既成の精神保健体制に代わるものとして具体的な「苦痛をいやすオールタナティブ」の試みが欧米には存在します。
 たとえば薬の問題があります。抗精神病薬はじめすべての向精神薬を否定するサバイバーであっても、「すぐに薬をゴミ箱に捨てること」をすすめているわけではありません。抗精神病薬や向精神薬をやめた際の症状は多様でありかつ苦痛に満ちており、生命の危険すら伴います。ドイツのサバイバーであるP・レーマンは「向精神薬の中断に伴う離脱症状」という文章の中で、医療的な体調監視の下で、慎重に少しずつ薬を減らすこと、そして鍼やマッサージ、ヨガなどの代替医療、環境調整や援助者の必要性を強調しています("Deprived of our humanity --the case against neuroleptic drugs" 「人間性の剥奪――反抗精神病薬の症例(邦訳なし)」より)。日本ではわたしの知る限り、薬からの離脱を助ける専門家もあるいは運動体、援助システムも存在していません。それゆえ薬の問題を実践的かつ建設的に議論し解決する前提が欠けているのが実態であると思います。この点は今後日本のサバイバーが欧米のサバイバー運動から学んでいかなければならない点でしょう。
 わたしたちは決して孤立していないことを確認し、そして日常の活動を少し醒めた目で点検するために本書が多くの仲間に読まれることを願っております。
 最後に日本語版出版にこころよく応じ、度重なる質問にていねいに答えて下さった著者のメアリー・オーヘイガン氏、分かりにくい翻訳を訂正する討論に熱心に応じて下さった監訳者の中田智恵海先生と編集の尾上年秀さんに感謝の念を表します。

 

(長野英子さまよりの情報です)


『精神医療』(フォービギナー・シリーズ) 現代書館・発行 長野英子・著 1200円+税

 「精神病」者の立場から指針保健福祉法及びその運用実態を説明した本です。


『精神病者自らの手で 今までの保健・医療・福祉に変わる試み』 解放出版社 2600円+税

 アメリカの「精神病」者が既成の精神医療体制に代わる試みを詳述した本です。


    (以下、長野英子さんからの情報です)

★「1997年精神保健連盟フィンランド世界会議報告集」  1000円+送料200円

 日本から参加した「精神病」者仲間の大会での発表及び会議への参加報告です。オランダの保安処分施設への訪問記録(職員抜きで収容者との交流をした)、日本の「精神病」者運動の歴史も分かります。
 

★「オランダ保安処分施設の資料とフィンランド24時間サービスの資料 英文と邦訳」 1000円+送料200円

★私は現在全国「精神病」者集団という全国の「精神病」者団体個人の連合体のニュース係をしています。
 全国「精神病」者集団はニュースを年6回発行しており、購読料は5千円です(「精神病」者は原則として無料)

★またこの10年間は出ていないのですが、歴史的資料になりますが機関誌『絆』というのも出しています。これは500円から600円でそれに送料がかかります。

  「絆」:第3回「精神障害者」全国総決起集会基調
  「絆」第2号: 第4回「精神障害者」全国総決起集会基調討論資料
  「絆」第3号
  「絆」第5号
  「絆」第6号
  「絆」第7号:特集保安処分新設阻止!
  「絆」第8号
  「絆」第9号
  「絆」第10号
  「絆」第11号特集精神衛生法体制解体!

 以上は次の電子メール futen@mail7.dddd.ne.jp で注文していただくか、923−8691小松郵便局私書箱28号 絆社ニュース発行所 へお手紙でご注文下さい。
発送時に振替用紙で代金をご請求いたします。


『精神障害者の主張 世界会議の場から』(1994年 解放出版社 2000円)

 

 目次

  第一章

    私の患者会活動

    精神病発病から大阪精神障害者連絡会結成へ

    地域福祉活動と私

    仕事復帰のために

    街で暮らす生活の中で回復をめざす

    閉鎖病棟の仲間に響く患者会活動

    生きている現実と生かされている喜び

    高齢者の精神障害について

  第二章  権利を守る

    精神病院に風穴をあける

    宇都宮病院事件その後

    関西における行政交渉のあゆみ

    ロボトミーとノーベル賞

    天皇と「精神障害者」

    情報と人権はボーダーレスである

    患者を擁護する立場から

  第三章  ささえあう仲間

    すみれ会の活動と歴史

    日本におけるユーザー活動の現状と課題

    病者が必要とする場

    ユーザー運営のセルフヘルプ・プログラム

    セルフヘルプの基本的考え方

    セルフヘルプグループの三つの基本的要素

    日本におけるセルフヘルプ運動の特徴と課題

    セルフ・ヘルプ・グループの機能と役割

  第四章  世界のユーサー運動

    国際ユーザー運動

    生きる力を奪う精神医療

    ユーザー自身による新しいサービス

    精神保健サービスへのユーザー参加

    私たちこそプロフェッショナル

    ヨーロッパのユーザー運動

    精神医療のサバイバー運動

 

「まえがき」より

 

 精神病体験者の世界会議での発表を、本としてまとめました。それぞれの発言にはそれなりの重みと、苦しい体験を通しての前向きの意見が多くだされています。ユーザー(精神医療を利用する者)自身の置かれた立場は国によってまちまちです。精神医療の先進国においてもいまだにユーザーに対する偏見や差別は依然としてあることも本書を通して理解していただけることでしょう。ユーザーの人権を守るために、ユーザー自身が自覚的な立場で闘っていく以外にないのが、日本の、そして世界の現状なのです。国が違っても文化が違っても、精神病は、いまだに特殊な病との一般認識が根強く、そこにユーザーの生きづらさがあります。

 ユーザーが一市民として胸を張って生きていくためには何が必要なのか。ユーザー自身が抱えている問題もあれば、社会自体にもいろいろな問題が多くあると思います。

 本書の中で、それぞれの立場からの体験を通して、それらの問題の本質を見据えていただければ幸いです。

 発表の場となった世界精神保健連盟の世界会議は、1930年に開催された、精神病の一体験者であるクリフォード・ビアーズの始めた精神保健活動に端を発したワシントン会議以来の伝統をもつものです。今回は千葉県、幕張のコンベンションセンターを中心会場に世界から62カ国、5000名の参加者を迎え、1993年8月23日から27日まで開催されました。世界精神保健連盟には医療関係者以外にもユーザーや一般市民も参加しており、WHO(世界保健機構)ともリンクし、その活動は国際的に高く評価されています。

 今回の世界会議のメインテーマは「21世紀をめざしての精神保健」(テクノロジーと文化そしてクウォリティー・オブ・ライフ)であり、サブテーマは17用意され、連日熱い議論が交わされました。発表演題は900を越え、精神保健のあらゆる分野について語り合う世界会議となりました。

 私たちユーザーは、サブテーマ「ユーザー活動」を担当しました。メアリ・オヘイガンの基調講演をはじめ、基調シンポジウム以外に「体験発表」「サービスへの参加」「政策への参加と権利擁護」「自助活動」をテーマに七つのシンポジウムを開催しました。海外6カ国のメンバーと日本のメンバー20名が発表者として参加しました。司会も海外のユーザーと日本のユーザーが協力するかたちで進められました。

 各シンポジウムでは自らの体験、活動を通して日頃考えていることなどを発表する場となりました。同時通訳を介して、海外の情報に触れる貴重な体験を、参加した人びとは得たと思います。質疑応答では、具体的な質問が相次ぎ、とても有意義な討論になったのではないかと思います。

 精神保健は、今やユーザーやその家族だけの問題では決してありません。生活の場で仕事の場でもとりくまなくてはならない課題といえます。心の健康に不安を感じている人は年々増え続けています。ストレス社会が生み出す悪影響が人びとの心に反映されているのです。心の健康を守るためには、それなりの知識と実践が必要です。私たちユーザーは、何らかの精神的なストレスから発病し、社会から隔離されたり、人権の保障されない病院生活を余儀なくされた経験の持ち主です。私たち自身も、自分たちの体験から多くのものを学びました。読者のみなさまも私たちの体験から精神保健や人としての生き方について学ぶ機会になればと思います。

 私たちは、自分の体験を乗り越えて、自分らしく生きる道を探し続けています。社会と協調しながら、人びとと助け合いながら生きていくことが必ず可能だと信じています。

 私たちの存在は、以前の社会では邪魔なものでしかありませんでした。しかし、これからの社会においては、高齢化社会を視野に入れて考えた場合、人間としての存在自体を考え直すときなのではないでしょうか。生産性最優先や能率主義だけが通用する時代は過去のものとなりつつあります。いわゆる社会的弱者も、国や社会にとって負担だけの存在ではなく、何らかの形で社会参加することが十分可能なのです。人は人として人生をまっとうする権利があります。

 現代社会はそのあり方を問われる時代に入りました。ロザリン・カーター(元アメリカ大統領夫人)は来日した際に、「その国の文化水準は精神障害者の処遇に表れる」と明言しています。長年障害者問題にとりくんできた方の重みのある発言だと思います。

 社会的弱者もそれぞれに大切にされる社会が今求められています。ノーマライゼーション=差別なき社会を時代は模索し始めているのです。お互いに人間らしく、助け合いながら、さらに自分らしさを見失うことなく生きる。本書が、そんな素晴らしい生き方を学ぶことの一助になれば幸いです。

 なお本書では、読みやすさを考慮し、七つのシンポジウムの発表と質疑応答を四つの章に編集しなおしました。海外の発表者の翻訳については、小森芽具美さん、小林信子さんにご協力いただきました。また、岡知史と岩田泰夫、メキシコのアズル・ランデロスの三氏は、ユーザーではありませんが、ユーザー分科会での発表であり、ユーザー運動について参考になると判断しそのまま掲載しました。また、ジュディ・チャンバリンは、分科会での発表と本人が予め準備していた内容が異なっていましたが、いずれも読者に読んでもらった方がよい内容であると判断したため両方とも載せることにしました。

 1994年5月                        「精神障害者の主張」編集委員会


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