提 言



理事長
森田 勇造
博士(学術)
  

野文人の育成

                                             理事長 森田 勇造

1.社会人準備教育のあり方
 私たち人類は、これまでに経験したことのない科学的文明社会に突入している。そして、社会の安定・継続を図るにはどのようにすればよいのか、地球的規模で頭を悩ませている。
しかし、社会現象は激しく変化しているが、人間の本質・特に子どもの本質は、百年前とあまり変わっていないので、社会人準備教育の原点に立ち戻って考えれば良いのではないだろうか。
 人類が古代からなしてきた、社会の後継者育成事業は、言葉や文字・電子機器等によることではなく、日常生活における体験を通して、見習い体験的に体得させることであった。
 日本のように発展して豊かな文明社会になると、働くために必要な知識や技能を教えがちになり、安全・安心に生きるに必要な生活文化については、関心が弱くなる。
 しかし、いかなる時代にもより良く生きるために学び、働くのであるから、社会人の生きる基本的能力である生活文化を身につけておくことが必要。そのためには、少年期に異年齢集団による、見習い体験的学習活動(体験活動)の機会と場が必要になる。


2.生きる力の伝承
 私たちが、社会生活をより快適に、豊かに営むために必要な生活文化の大半は、六〜十五歳の少年期になす、野外でのいろいろな共同体験によって培われる。
 ここでの生活文化とは、その土地になじんだ衣食住の仕方、あり方、風習・言葉・道徳心などの生活様式としての伝統文化のことである。生活文化は、地域社会にとっては最も重要な文化的遺産なのだが、戦後の日本は伝統文化否定の風潮によって、これまであまり重視されてこなかった。
 科学的文明社会になればなるほど、人間の都合のよいように環境が整備され、快適に過ごせるようになるが、その反面、野性的な能力は衰退し、安心感や満足感が得られず、不安や不信感にかられやすくなる。
 人間の本質が変わらない限り、自然とのかかわりが少なくなっても、社会人として生きるに必要な人間力を身につけていないと、生き方・生き様が分からなくなり、ゆとりや安心感が得られなくなる。


3.人間力としての野外文化
 全ての民族には、社会を安定・継続させる知恵としての生活文化を伝承する、野外でのいろいろな身体活動がある。それは、少年期の子どもたちが、生活文化を見習い、情感を育み、心身を培う、見習い体験的学習活動の機会と場であった。例えば祭りや年中行事、遊びなど異年齢の集団活動や冠婚葬祭等の社会的活動のことである。
 科学的文明社会において、社会人はどうあるべきかという、人間学的少年教育に必要な"野外"は、家の外の野原や田畑、山、川、草木等、つまり家と大自然の間を表現する、現代的教育用語として使用されている。
 私たちが自然とともに生きるには、小自然である"野外"と、大自然に対応する知恵である生活文化としての"文化"を組み合わせた"野外文化"、すなわち野外でのいろいろな集団活動を通して発現する能力としての人間力が必要である。
 長い歴史を生き抜いてきた人類は、生命力は強いが、飽食や運動不足には弱い。私たちは、ITやAIを中心とする豊かな科学的文明社会がどのように発展しようとも、敢えて肉体的機能の低下や生きる力を退化させることなく、人間力を高める努力・工夫が必要。
 これからの科学的文明社会でより良く生きるには、自然や社会環境に対する積極的な態度としての野外文化を身につけ、人間力を高めることが重要になる。


4.野文人であれ
 私たちは、お互いに社会での生き方、あり方、考え方、感じ方等に関する暗黙の了解事項をいくつも作り上げ、ごく普通に生活している。その暗黙の了解事項こそ、人類に共通する社会人としての基本的能力。それは、主義や思想、宗教等の観念の世界や民族、国家を超越して共通する、文化としての人間力である。そのごく当たり前の文化をより多く共有することが、これからの平和で安定した社会生活や国際化への重要な道しるべになる。
 私たち各自が、生きる基本的能力としての野外文化を身につけていないと、よりよい社会人になれないし、社会生活を共にすることができなくなり、社会の原点である家族、家庭すら成り立たなくなる。
 ここで言うよりよい社会人とは、生きる力でもある人間力としての野外文化を身につけた心身の健康な人、すなわちより良い人間的状態が保たれた"野外文化人"、略して"野文人"のことである。
 これからの都市文明社会でゆとりある豊かな生活をするには、まず第一に、心身が健康で、困難に打ち克つ忍耐力が必要。第二は、社会的義務と責任を果たすことができ、自分で考えて行動する活力・想像力を身につけていること。第三は、情報知とも言える高度な知識や技術を身につけた冒険的(チャレンジ)精神の旺盛なことなどが必要。
 これら三つの条件を兼ね備えた人が"野文人"。野文人は、野蛮人とは対照的存在で、人間力の高い洗練された人のことである。
 これからの社会人準備教育は、野文人をより多くすることである。
令和2年1月8日

(VOL.229)

森田理事長の著作集
アジア稲作文化紀行 
ー女たちの祈りと祭りの日々ー
雄山閣出版 2575円 (全242頁)

内容

T.男が見た母系社会
 1 カシ族の母系社会
 2 婿入り婚のクメール社会
 3 首狩り社会の女の役目
 4 泰族社会を支える女の力
U.貴州省の女と祖霊信仰
 
1 江南文化を求めて貴州高原へ
 2 他民族社会の成り立ち
 3 苗族の町、凱里へ
 4 先祖代々の味「オーショ」
 5 踊り子たちの見栄
 6 江南地方からの移住
 7 祖霊を祭る苗族の女たち
 8 トン族の風習
V.女が伝えた稲作文化
 1 壮族の祖霊と岸墓
 2 古代崖墓と祖霊神の起こり
 3 ベトナム秦族の御霊屋
 4 トラジャ族の岸墓の役割
 5 男を強くしてきた女の願い
 6 祖霊を祀る人びとの心意気
 
地球を歩きながら考えた
ー40年間に訪れた国々ー
原書房 1890円 (全342頁)

 内容

  
T.地球を歩きながら考えた
    見えない国境の意義
    東アジアの見聞録
    東南アジアの風習
    南太平洋の子どもたち
    中央・南アジアの回想
    中近東のイスラム社会
    ヨーロッパの旅
    アフリカの大地と生活
    オーストラリアの大平原に燃える巨石
    東インド諸島の子どもの遊び
 U.冒険旅行のすすめ
    冒険のすすめ
    ユーラシア横断鉄道の旅
    中央アジアの岩面画踏査旅行
    犯されるツルカナ族を探る
 V.”歩く禅”かち歩きのすすめ
    ゛歩く禅”かち歩きのすすめ
安全・安心とこころの保障 
ー少年教育と体験活動ー
世論時報社 1260円 (全168頁)

内容

T.私たちの安全・安心と少年教育
 1 自然との触れ合い
 2 生き抜かせる大人の役目
 3 少年期の見習的体験学習的活動
 4 安全・安心に必要な少年教育
U.少年自然の家での体験活動
 
1 まず大人がやってみせよう
 2 骨折、切り傷、虫刺されはあたりまえ
 3 親子での体験活動
 4 丸木橋を渡る試練
 5 山の夜道を歩く
 6 南アルプス誕生の謎解き
 7 神体山に海の貝の化石が
 8 赤いトマトがどうしてここに
 9 若い雄鶏のへたな鳴き声
V.自然からの幸せ
 1 いろいろな自然現象
 2 自然の活用
W.自然と共に生きる知恵
 1 谷間の安らぎ
 2 大きくて豊かな山
 3 緑の多い大地
 4 山間の魔除け
 5 日本の気候と潤い肌
 6 湿気に対応する生活の知恵
X.文明化した田舎の途惑い
Y.安全・安心に必要な体験活動
 1 生活文化習得の生活体験
 2 医療に勝るかち歩き
 3 自然を友とするグリーンアドベンチャー
 4 人類共通の文化・野外伝承遊び
Z.少年時代の海での体験
 1 溺れて死にかけた入り江
 2 海の牧草”鰯”の手掴み
 3 めじか釣り
 4 津波の音と父親の手触り
野外文化教育としての体験活動 
ー野外文化人のすすめー
三和書籍 2100円 (全261頁)

内容


T.文明化に対応する野外文化教育
 1 科学・技術的な文明化に弱い人類
 2 生きるための社会と教育
 3 少年期に習得させる基礎・基本
 4 少年教育は社会人準備教育
 5 新しい教育観による野外文化教育
U.野外文化教育としての体験活動
 
1 人間力を高める体験活動
 2 体験活動と教育的社会構造
 3 体験活動のあり方
 4 体験活動の内容
 5 体験活動によって起こる心理作用
V.体験活動の目標と指導
 1 体験活動の教育目標
 2 体験活動の教育的効果
 3 体験活動の指導のあり方
 4 よりよく生きる体験活動のすすめ
W.生活体験の実践
 1 文明社会の落とし子たち
 2 野外文化人の生活体験
 3 1週間の生活体験で子どもたちは変わる
 4 体験から得る知恵
X.生活体験学園の構想

  守られる立場から守る立場へ
 2 子どもたちの現状と対応策
 3 地域の文教センター”生活体験学園”
 4 生活体験学園の役割と目標
 5 生活体験学園の活動と日程
 6 学校教育の指導分担



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