提 言



理事長
森田 勇造
博士(学術)
  

天皇と大嘗祭
理事長 森田 勇造

1.稲作による生活文化

 稲は多年草だが、毎年定期的に苗を植えては刈り取るので、日本人にとって最も身近にある植物であった。そして、稲作農業の生産過程の風景や仕事から、巡りめく季節感や年中行事、祭りなどが発生し、今日もまだ続けられている。
 米は稲草の実であるが、稲のような一つの栽培植物によって、一千年以上もの長い間、民族がほぼ統一されてきた民族国家は、日本以外にはない。極論すれば、稲が日本人の生活文化を豊かにし、日本人たらしめてきたとも言える。その日本の生活文化の成り立ちや、日本人と稲とのかかわりによって支え続けられてきたのが天皇と呼ばれる統合機関である。

2.祖霊信仰と天皇


 稲作農耕民たちは「人は死ねばごみ(土)になる」という唯物論的な考えではなく、神にもなり得るという唯心論的な考えを培って、古代から60年以上も生きた長寿の親が亡くなった後、子孫は、その徳と生命力を慕い、あやかろうとした。
 特に、稲を栽培する際の天災や病害虫、水不足などに悩み、苦しみに耐えがたいとき、子孫たちは先祖霊を呼び、助けを求めた。日本では、祖霊を祀る行事を「先祖祭」と呼んでいる。最も一般的なのが、正月と盆の祖霊祭。稲作農耕民は、こうした祖霊をいつしか「神」と崇めるよになり、祖霊信仰という社会形態が組織化された。
 神の発生にはいろいろあるが、我々が困ったとき、人が自身を超越するもの、不可知なものの存在に気づくこと、人を取り巻く自然現象など、神の所産とする概念は原始時代に発生している。また、人間の共同体の始原者、主宰者または保護者であるものを、神と考えることに始まるともされている。その延長が、日本民族の始祖であるとされている天照大神であり、その流れを汲むとされているのが天皇だと考えられている。

3.天皇即位と大嘗祭


 祖霊信仰の考え方では先祖の霊は不滅の存在であり、その一部が物や人に宿っている間は、その物や人に生命があると思われていた。
 日本の天皇は、ごく普通の日本人にとっては先祖霊の依り代で、政治的権力者としての立場ではなく、日本古来の民間信仰である天照大神への尊崇を中心とする、民族的象徴であり、神のような存在である。
 神道における天照大神は、皇室の祖神と仰がれ、伊勢神宮のご神体である。だから、天皇としての人間は亡くなるが、社会統制機関としての依り代である天皇は、死ぬことなく遺伝子のように継続し続ける。そして、天皇に即位する人が代われば時世も変わる。
 天皇が即位後、初めて行う新嘗祭(新穀―米―を食べる祭り)を"大嘗祭"と呼ぶのだが、天皇に即位するために欠かすことのできない天神・地祇と新穀を共食する儀式である。
 大嘗祭は、あらかじめ吉凶を占って選ばれた水田、古代日本の中心地でった奈良や京都から東の悠紀田、西の主基田で稲を作らせ、神饌のための米を奉納させて行われた。
 一人の人間が天皇に即位するために欠かすことの出来なかった「大嘗祭」は、稲作農耕民にとっては、先祖神としての新しい天皇を迎える祭礼であり、氏子としての務めを果たす象徴的儀礼でもあった。

4.日本を家族化した大嘗祭

 大嘗祭が始まったのは、紀元673年に即位した第40代の天武天皇の時代で、その次の第41代の持統天皇によって確立されたとされている。しかし、その後武士階級の胎動によってうやむやになった時もあったようだが、これまでに数多くの天皇が即位して大嘗祭が行われ続けてきた。
 新しい天皇が即位するための大嘗祭に、東西の二か所から米を奉納した地域は、天皇とは家族関係というより、天皇の子、赤子、氏子となることが暗黙のうちに了承されていた。
 平成の今上陛下は第125代目なので、80数代もの天皇が大嘗祭をしたことになる。そのたびに東西の2箇所から米が奉納されたので、単純に計算しても160か所以上の地域が、天皇の子、氏子になっているので、日本国のほぼ全域が形式的には家族のようになっている。どんな知恵者が考案したのか、大嘗祭は世界に例のない、民族統合を促す悠久の戦略的制度である。
 稲作農耕民にとって、最も大事なものは種籾。その種籾をいかなる災害からも守り、保持していなければならない役目で、今も毎年田植えをしている天皇は、稲作農耕民にとっては親であり、先祖であり、神でもある。そうした考えが、工業化した今日の日本国に住む人々の心の底にも、まだ遺伝子のごとく潜んでいる。

 大和人 お天道様と共にあり 初穂を捧げ 歌い踊らん


2016年8月7日

(VOL.221)

森田理事長の著作集
アジア稲作文化紀行 
ー女たちの祈りと祭りの日々ー
雄山閣出版 2575円 (全242頁)

内容

T.男が見た母系社会
 1 カシ族の母系社会
 2 婿入り婚のクメール社会
 3 首狩り社会の女の役目
 4 泰族社会を支える女の力
U.貴州省の女と祖霊信仰
 
1 江南文化を求めて貴州高原へ
 2 他民族社会の成り立ち
 3 苗族の町、凱里へ
 4 先祖代々の味「オーショ」
 5 踊り子たちの見栄
 6 江南地方からの移住
 7 祖霊を祭る苗族の女たち
 8 トン族の風習
V.女が伝えた稲作文化
 1 壮族の祖霊と岸墓
 2 古代崖墓と祖霊神の起こり
 3 ベトナム秦族の御霊屋
 4 トラジャ族の岸墓の役割
 5 男を強くしてきた女の願い
 6 祖霊を祀る人びとの心意気
 
地球を歩きながら考えた
ー40年間に訪れた国々ー
原書房 1890円 (全342頁)

 内容

  
T.地球を歩きながら考えた
    見えない国境の意義
    東アジアの見聞録
    東南アジアの風習
    南太平洋の子どもたち
    中央・南アジアの回想
    中近東のイスラム社会
    ヨーロッパの旅
    アフリカの大地と生活
    オーストラリアの大平原に燃える巨石
    東インド諸島の子どもの遊び
 U.冒険旅行のすすめ
    冒険のすすめ
    ユーラシア横断鉄道の旅
    中央アジアの岩面画踏査旅行
    犯されるツルカナ族を探る
 V.”歩く禅”かち歩きのすすめ
    ゛歩く禅”かち歩きのすすめ
安全・安心とこころの保障 
ー少年教育と体験活動ー
世論時報社 1260円 (全168頁)

内容

T.私たちの安全・安心と少年教育
 1 自然との触れ合い
 2 生き抜かせる大人の役目
 3 少年期の見習的体験学習的活動
 4 安全・安心に必要な少年教育
U.少年自然の家での体験活動
 
1 まず大人がやってみせよう
 2 骨折、切り傷、虫刺されはあたりまえ
 3 親子での体験活動
 4 丸木橋を渡る試練
 5 山の夜道を歩く
 6 南アルプス誕生の謎解き
 7 神体山に海の貝の化石が
 8 赤いトマトがどうしてここに
 9 若い雄鶏のへたな鳴き声
V.自然からの幸せ
 1 いろいろな自然現象
 2 自然の活用
W.自然と共に生きる知恵
 1 谷間の安らぎ
 2 大きくて豊かな山
 3 緑の多い大地
 4 山間の魔除け
 5 日本の気候と潤い肌
 6 湿気に対応する生活の知恵
X.文明化した田舎の途惑い
Y.安全・安心に必要な体験活動
 1 生活文化習得の生活体験
 2 医療に勝るかち歩き
 3 自然を友とするグリーンアドベンチャー
 4 人類共通の文化・野外伝承遊び
Z.少年時代の海での体験
 1 溺れて死にかけた入り江
 2 海の牧草”鰯”の手掴み
 3 めじか釣り
 4 津波の音と父親の手触り
野外文化教育としての体験活動 
ー野外文化人のすすめー
三和書籍 2100円 (全261頁)

内容


T.文明化に対応する野外文化教育
 1 科学・技術的な文明化に弱い人類
 2 生きるための社会と教育
 3 少年期に習得させる基礎・基本
 4 少年教育は社会人準備教育
 5 新しい教育観による野外文化教育
U.野外文化教育としての体験活動
 
1 人間力を高める体験活動
 2 体験活動と教育的社会構造
 3 体験活動のあり方
 4 体験活動の内容
 5 体験活動によって起こる心理作用
V.体験活動の目標と指導
 1 体験活動の教育目標
 2 体験活動の教育的効果
 3 体験活動の指導のあり方
 4 よりよく生きる体験活動のすすめ
W.生活体験の実践
 1 文明社会の落とし子たち
 2 野外文化人の生活体験
 3 1週間の生活体験で子どもたちは変わる
 4 体験から得る知恵
X.生活体験学園の構想

  守られる立場から守る立場へ
 2 子どもたちの現状と対応策
 3 地域の文教センター”生活体験学園”
 4 生活体験学園の役割と目標
 5 生活体験学園の活動と日程
 6 学校教育の指導分担



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TEL: 03-5391-1901 FAX: 03-5391-1902

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