イタリア「トリエステ・サイエンスフィクション国際映画祭」参加報告
●イントロダクション これまでの流れ
 『クローンは故郷をめざす』がワールドプレミアとして、初めて観客の前で公式上映されたのが2008年10月の東京国際映画祭。そして2009年1月に東京地区での劇場公開が始まり、サンダンス映画祭09への二度目の参加を果たした。

SF映画らしいオリジナルデザインの看板
その後、各国の国際映画祭からの招待が続き、これまで参加した映画祭は17カ国、24箇所。現在もオファーが継続中である。
 中でもモントリオールのファンタジア映画祭とニューヨーク・アジア映画祭では最優秀撮影賞を獲得、本作の映像美と、それを成した撮影監督・浦田秀穂の手腕が世界的に認められたのが嬉しい。
 また特徴的なのはSF映画祭やファンタジー映画祭への参加が8箇所を占めている点である。正直、本作はSF映画か?と問われれば、「そういう要素も含んでいるが、本質的には違う」と答えたくなるのが本音だが、タイトルからして近未来のクローンテクノロジーを扱った作品であるだけに、SF映画としての注目度が高いのは当然のようだ。
 そのSF映画祭の一つとして監督の招聘を受け、現地入りしたのが、今回レポートさせて頂く、イタリア・トリエステで開催の「トリエステ・サイエンスフィクション国際映画祭」である。

●開催地トリエステの印象

海岸線から夜のセントラル広場を臨む
 イタリアへの訪問は二度目であり、かつて2003年に『箱-TheBox-』が特別奨励賞を受けたトリノ国際映画祭以来である。その後冬期オリンピックの開催で世界的に知られたトリノもイタリアらしからぬ北方の地であったが、トリエステはイタリア北東の最端、アドリア海を臨む位置にある。隣国スロベニアとの国境を間近にする、やはりイタリアらしからぬ雰囲気の町。歴史的にはかつてオーストリア領だった時代の名残が町の景観からも感じられ、日本人が抱くオープンで陽気なイタリアのイメージとは違った、穏やかでありながらも古くから続く歴史の荘厳さを感じさせる、落ち着いた港町だった。

トリエステ市中にあるローマ時代の遺跡

特に海沿いの景観や町並みが美しく、夏場は海水浴客がたくさん訪れるらしい。町のランドマークであるセントラル広場(Piazza Unita d’Italia)からわずか十数メールの段差もない距離で、すぐにアドリア海に足を浸す事ができてしまう。日本でならすぐに水害を心配してしまいそうになるが、確かにこれほど都市部と海とが近接している場所もイタリアでは珍しいそうだ。またそのすぐ近くにはコロッセオのようなローマ時代の遺跡もある。そのセントラル広場から程近いホテルに5泊ほど滞在する事になった。

●映画祭に関して
 これまで「トリエステ・サイエンスフィクション国際映画祭」なるものの存在は初耳だったし、聞くところによるとこれまで複雑な経緯があったらしい。かつて別名による計9回の映画祭の開催があったらしいのだが、資金不足による長期休止を余儀なくされたりもしていたらしく、改めて仕切り直され、晴れて今回のリニューアル開催を迎えたようだ。この名称の映画祭として再スタートを切ったということだろう。イタリアといえばやはりベネチア映画祭が君臨しているし、次候補にはトリノやミラノの映画祭がある。その中で敢えて特色を持たせる為にも、SF映画祭という選択をしたのかもしれない。
 開催期間は09年11月22日〜28日の一週間で、約70本以上の作品が、市中にあるシネコン内の4つの劇場を借り切って開催される。メインの部門はNEONと称されるコンペ作品を含む長編作品部門。日本からは『ファースト・スクワッド』というスタジオ4℃制作のアニメの他、コンペ外では紀里谷和明監督の『GOEMON』や『20世紀少年』の3部作などが招待されていた。後は短編作品の部門と、その年の様々な特集プログラムで編成されている。

上映会場となるシネコンの入り口
 開催規模は決して大きなものではなく、中規模の国際映画祭といったところだった。まだ初回だから致し方ないのもあるが、『はがね』や『箱-TheBox-』の頃も含めてこれまで訪れた事のある国際映画祭の中ではコンパクトな開催規模だったと思う。ただしゲストは積極的に招聘しているし、決してホスピタリティーの面が杜撰であったりするわけではない。映画祭側の対応はしっかりしていたし、滞在中のストレスを感じる事は無かった。良質な映画祭としての今後の発展を期待したいものだ。
 特集上映のプログラムの中でも私の目を引いたのは、マーズ・アタックならぬ「マルクス・アタック!」と題されたプログラム。60年代~80年代初期までのソ連、東ドイツ、ユーゴスラビア、チェコスロバキアなど、旧共産圏で制作されたSF作品の特集だった。実は私はかつての東宝や大映などの日本の古いSF映画が趣味的に好きなこともあり(笑)、こうした日頃なかなかお目にかかれない、ひとクセもふたクセもある味わい深いSF映画には興味を引かれた。
スケジュールの都合でその多くを見れなかったのが残念だ…。

●上映時の反応
 さて『クローン…』はメインコンペ部門の14本の中にセレクトされ、2回の上映を行なった。通例どおり慣れない英語で上映前の挨拶を済ませる。「これは日本からもたらされた、これまでにない全く新しいタイプのSF映画だ」と言い切った(笑)。200席あるシアターは満席という訳にはいかず、半数程埋まったといったところか…。それはどうやら本作のみならず、どの上映でも平均的な集客数らしく、映画祭の知名度が関係しているようだ。さすがに以前サンダンスでの過激なまでの満席ぶりを経験してしまったし、遥々日本から来た身としては少し勿体ない気がするのは確かだった。
 イタリア人の陽気な気質からして本作の憂いある静かな作風は、少々ハマりが悪いかもしれない。またSF映画祭と銘打った観客の客層はやはり若年層に偏っている。ファンタジー色の強いラインナップからすると、当然明快なエンターテイメント性を求めるタイプの観客が多いのかもしれない。そういう意味で、やはり大好評を博すとまではいかなかったが、それでも上映後の拍手をしっかりと聞けて少し安心した。
 上映後の質疑応答を通訳を介して行なう中で印象的だったのは、西洋と東洋の死生観におけるスタンスの違いに関してのやりとりだった。本作の神秘的な世界観に心を打たれた観客もいたが、逆にそこを疑問に感じる観客がいたのも事実である。

●死生観のズレから生じる反応の違い
 『クローン…』はSF的要素を含みながらもそれに終始せず、やはり「人の魂の在処」を主題にした作品であると断言できる。人は死して肉体は滅んでも、魂は滅びず、我々現世の人間との繋がりを持ち続け、やがては輪廻転生の旅に出る…。現世の人間はその故人の魂との繋がりを尊び、悼むことによって浄化される。その死生観は全ての日本人において当たり前とされているものではないだろう。しかしここにはひとつの宗教性を明確に信仰せずとも、日常的な習慣の中に自然に溶け込ませてしまった、日本人の希有な習性がある。そして高原耕平というたった一人であるはずの人間の中で、クローニングが魂の重複を起こす矛盾をいかに描き、集束させるかがこの作品のメインテーマだった。しかしキリスト教を主とする西洋の宗教観とその死生観の中で、肉体と魂を切り離した考えや、魂の自立性というものは、全く異種なものとして映るのだろう。そこに戸惑いを感じて困惑するか、または好奇心を抱くかによって本作の評価が分かれるように感じた。

上映開場で記念に…
特にヨーロッパはその意味では保守性が強いのではないだろうか。サンダンス映画祭で好評だったのはそこが歴史や伝統の基盤を長く持たない多民族国家であるアメリカならではのものかも…とするのは考え過ぎだろうか…。とにかくヨーロッパでの上映に立ち会ったのは初めてだったから、そのような事を考えてしまった。
 いずれにせよ今後も私は日本人の持つ、神仏習合された特殊な感性にこだわって作品を作り続けるだろう。しかもそれを押し付けがましく「語る」のではなく、美しく昇華された芸術表現として「謳い上げる」ことを目標としてゆくつもりだ。インターナショナルな評価とは、あくまでナショナリティーを抱えた上で成立するものなのだから。

●上映を終えて…
 最終日にはコンペの授賞式が行われたが、結局受賞には至らず…。つくづく審査員との相性に運がないなぁ…と思う。ヴィム・ヴェンダースの時に使い切ったのか?(苦笑)。投票で判定される観客賞はアメリカのJac Schaefferという女性監督の作品 “Timer” が受賞。SF的要素は薄いが、チャーミングなラブストーリーとして観客の受けが良い作品だった。最優秀賞は意外にも14本のノミネート中、唯一のアニメ作品が受賞。『ファースト・スクワッド』というスタジオ4℃制作の長編アニメだった。

セントラル広場から曇天のアドリア海を臨む
 
今回の滞在中も、映画祭のスタッフやボランティアの皆さんには大変お世話になった。特に通訳として、また現地の案内までしてくれたトリエステ在住の青年、原田光嗣氏の親切でフレンドリーな対応に心から感謝を申し上げたい。原田氏はトリエステの音楽学校を経てコントラバス奏者として腕を磨いている。通訳の経験が初めてとは思えぬ、卓越した語学力の持ち主で、人柄的にもすっかり気に入ってしまった。原田君、本当にありがとう。
 そして映画祭のスタッフをはじめ、御来場戴いて熱心に鑑賞し、質疑応答にも積極的に耳を傾けて下さったトリエステの観客の皆さんにも心から感謝を申し上げます。ありがとうございました。

2009年12月 中嶋莞爾

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