第38回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭 参加リポート
 
カルロヴィヴァリ市街
 ヨーロッパの国際映画祭の中でも有数の歴史とステイタスを誇る、チェコ・カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭からの招待は大変嬉しいものだった。日本ではあまり名を知られていない映画祭であるが、ヨーロッパでは「東中欧のカンヌ」と称されるほどの大規模な映画祭であると聞く。  

 首都プラハから車で2、3時間ほど離れたカルロヴィ・ヴァリは普段ヨーロッパのスパ・タウン(「温泉地」とはいっても湧き出る鉱泉水を健康のために「飲む」だけなのだが・・・)として歴史的に有名な観光地で、その町並みは極めてその古くからのたたずまいを意識し、人工的にまで統制されたものとなっている。近代的な建築は映画祭の本拠地となっているテルマルと呼ばれるビルのみ。テルマルには大小6つのシアターが収容されているが、その他にも7つのシアターが市内随所に点在している。中には歴史ある高級ホテルの中のオペラ劇場を映画上映に使用するものもあり、まさにカルロヴィ・ヴァリ市の総力をこの映画祭のために注いでいる感がある。
 訪れる観客とプレスの数も大変なもので、市街は連日賑わいを見せていた。まさに「祭り」という印象が堪能できる。特に夏休みを利用して訪れた学生の数が非常に多く、野宿をしてでも世界各国の映画を見逃すまいとする、たくましい顔ぶれもよく見受けられた。劇場ロビーの片隅で寝袋にくるまり仮眠を取る観客達の姿など、他の映画祭ではあまり見られない光景であろう。

カルロヴィヴァリ会場
 本作"HAKO"(ちなみにチェコ語では箱を"クラビッツェ"と発音するらしい、小気味良い響きだ)の上映はコンペティション部門ではなく、アナザー・ビューと題される、比較的目新しい表現や世界観を試みようとする部門への招待であった。同部門には他にも日本映画が招待されており、塚本晋也監督「六月の蛇」、熊井啓監督「海は見ていた」と共にプログラム入りしていた。いずれも日本映画界を代表するメジャー、ベテラン監督に並んで、私のような個人作家的な作品が仲間入りしているのであるから、全くもって海外の映画祭のセレクションは刺激的であり、日本では考えられないものだ。両監督の作品は他の大きな映画祭でも既に好評を博しているだけに、今回の監督の訪問はなかったが、それとは別に川喜多映画財団のスタッフである坂野ゆかさんが3度目の訪問をなさっていた。坂野さんはNETPAC賞の審査員も行っており、その活躍ぶりは実に尊敬に値する。で、あるにも関わらず、映画祭側からの依頼で私の初回上映の際の通訳まで引き受けてくださることになってしまい、誠に御面倒をおかけしてしまった(坂野さん、本当にありがとうございました)。

 さて、その初回上映は夜の7時頃から行われた。それにしても残念だったのはその会場の狭さである。やはり16ミリというフォーマットの弱点でもあろう、計2回上映されたシアターは席数80弱のミニシアターで、二回分とも早々とチケットは売り切れてしまったらしい。映画祭スタッフの話では「一体どうやったら"HAKO"を見られるのか?」との苦情まであったそうで、もう少し広い会場で上映できたなら・・・という点が悔やまれた。その点からも客層はチケット取得に熱心な若年層がほとんどであった。
 また初回の上映では早めの途中退席者もいくらか見られ、私としては実にハラハラさせられる状況だった。ヨーロッパの映画祭ではよくある光景(とにかく良し悪しの判断が早く、はっきりしている)とは聞くが、始まって20分ほどで離席されては立つ瀬がない。たかが67分の作品なのだから最後まで付き合ってくれてもよさそうなものを・・・と考えるのは日本人の感覚らしい。しかし二度目の上映ではそれがほとんどなく、何とかホッと胸をなでおろした次第である。

ポスター
 今回の訪問で最も興味深かったのはチェコの観客の上映中の意外な反応であった。一体本作は事前にどのような作品であるとの先入観を持たれていたのであろうか。とにかく冒頭からあらゆるシーンでよく笑うのだ(!?)。確かにユーモラスなセンスも織り混ぜて作り上げた作品ではある。しかし、新手のコメディーかと錯覚しそうなほど、随所でくすくすと笑いが起こる。後半は比較的シリアスな流れであるにも関わらず、その微妙にくすぐるような笑い声が止まないのはなぜなのだろうか?異質なもの、変わったものを、手っ取り早く「笑い」に変換してしまうのは、ダーク・ファンタジーに慣れたチェコの国民性なのだろうか。まあ必ずしも悪い気はしなかったのだが、なんだか次第に不安をおぼえてしまった・・・その笑い声の中に少々シニカルな印象を感じてしまったのだ。
 ダーク・ファンタジーと言えば、チェコでは独特のアニメーションの系譜が有名である。イジー・トルンカやフジチェスラフ・ポヤル、カレル・ゼマン、ヤン・シュヴァンクマイエル等、日本ではある種聞き慣れた作家名を輩出した文化を持っている。「動かぬものが動く」というアニメの新鮮な驚きと感動はチェコの古典的な人形劇の文化から流れを汲んでいるし、現在でも新進のアニメ作家が数多く育っている。しかしながらそれらの作家の認知度は、チェコ本国においてもさほど高いものではないようだ。いわゆる知る人ぞ知る程度の隠れたパブリシティーであって、ビデオやDVDのラインナップは日本の方が遥かに多く紹介されているのだ。現に一般のビデオショップでは彼等の作品ソフトを(トルンカやシュヴァンクマイエルですら)見かける事はなかった。やはり日本の映像視聴環境のインターナショナルぶりは、かなり特殊に豊富なのではないだろうか。しかしあらゆる国の映画作品を豊富に見る事ができる豊かさを代償にして、日本固有の感性を捨ててしまいたくはないものである。拙作『箱-TheBox-』は決して日本においてもメジャーな作風ではないのだが、日本人としての特殊で繊細な感性をもってして作られた作品には違いないと考えている・・・。

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