『たむたむたいむ』は昭和48年(1973年)から昭和54年(1979年)まで丸6年間ニッポン放送系の全国30局に「企画ネット」されていたラジオの番組名です。
「企画ネット」とは企画そのものは全局共通。パーソナリティが局ごとに違っているという面白い試みで、私、かぜ耕士はニッポン放送版『たむたむたいむ』のパーソナリティを昭和53年(1978年)までの5年間つとめました。
ニッポン放送の放送時間は月〜金深夜0:10〜0:30分までの20分間で聴取率のピークは男女合計で1975年12/3日の8.7%、最低は調査第1回目の73年11/27日の3.4%でしたからラジオ番組としてはかなり成功したことになります。
ピーク時には深夜放送第2位の聴取率を獲得したこともあったとスポンサーの作った宣伝用小冊子に書かれていて驚いたこともありました。
みずからのホームページを立ち上げるに当たってタイトルを『たむたむたいむ』としたのは、ネット上でかぜ耕士の消息を検索する人の大半が「たむたむたいむ」と入力するらしいと知ったためです。
あんなに口を酸っぱくして「平仮名の『かぜ』に漢字で『耕す』『武士の士』」と毎日叫んでも「かぜ耕二」「かぜ耕武」「かぜ耕道」「風耕士」「かぜ耕土」「加瀬耕治」とどこまで間違えば気が済むのか、といった具合でしたから、まあ、名前からでは辿り着ける人は少ない。折角捜してくれる人には早く辿り着いて欲しいと思い、恥ずかしながら『たむたむたいむWEB
VERSION』とした次第です。
何が恥ずかしいって、コレ、完全なるみずからの過去の模倣に走ってるタイトルですもんね。
コンテンツには1950年代から80年代の入り口までが語れるものを並べてみました。
その時代のどこかで青春時代を送った人なら、それに引っかけて何かを懐かしく語ることが出来るサイトに、また、それ以降の生まれの人には、この時代を知ってると物事の解釈にも相当幅が出るはずなので読んで欲しいんだよなあ、という思いもあります。
僕の中のヘンな教育的体質が書かせていることも多いかもしれません。「教育的」が「芸能的」であることが僕の特質かもしれないので…。
『岬の果て映画館』はテレフィーチャーの実話ものビデオ作品を書いて行きます。ハッキリ言えば映画をそっくりそのままなぞります。「僕の解釈力で」という但し書きはつくのですが、そこから前述の「時代」が立ちのぼってくれば解りやすいのではないかなあ、と思うからです。僕は芸能にたずさわる人と格闘家を崇めている人間なので、これは僕自身の青春を彩ってくれた人への讃歌でもあります。
「『涙をこえて』を知っていますか?」はかつてのWEB連載『芸能界周辺族』を改題したものです。『芸能界で成功しなかった時〜待っていたこんな事、あんな人』というタイトルを付けたいとも思っていましたが、これも、このページに早めに辿り着いて貰うための方便です。ここに書いたことの逆を生きれば芸能界で成功できるはずですから、これは「裏HOW
TOもの」と捉えていただければ解りやすいです。
『レドンドビーチの暮らし方』は2001年夏から冬までの僕の生活記録です。アメリカで暮らしていたら見えて来たカルチャー・ギャップについて書きました。一人でバスに乗るのがこんなに大冒険なのもカリフォルニアならではだったかもしれません。これも「避暑地に関するHOW
TOもの」と位置づけできるかもしれません。
『向島チューズデイ』は僕だけの5〜60年代を描きます。今年一杯覚え書きしておいて来年にはもう少し読み物の形態にしたいな、と考えています。
『十字路酒場日記』は酔っ払いの戯言程度の近況や、ちょっと思ったことをメモして行こうと考えています。ここからBBS『Cafe
Sentiment』に話題が波及すればよいがなあ、とも思っています。
『表紙』から声をお届けすることも出来るだけ早い機会に実現したいと考えています。
もちろん、『WEB RADIO』も同様に早い実現を夢見ていますが、まあ、徐々に…。
さとなおさん初め、何人かのサポート・メンバーのお力添えで、『たむたむたいむWEB
VERSION』やっと再開。長い目で見守ってやって下さい。今後ともどうぞよろしく。
2002年7月13日 かぜ耕士58歳の誕生日に