祥慶祭ライブへ行こう! 

仲秋 憬






 祥慶学園高等部の九月は学園祭を前に何となく学園中がそわそわしている。落ち着いた

良家の子女が多いとは言え、そこは十代の生徒達が集う学舎であるから、大きな行事には

浮き足立ちもする。生徒会役員などは、特に張り切って学園内を飛び回っているのだが、

それにしても授業等で格別の用事がない限り、美術準備室に遊洛院十和子が美術の臨時教

師である鈴原むぎを訪ねてくるのは意外過ぎる。それも放課後に彼女がやってくるなんて。

実はまだ十六歳でしかないニセ教師のむぎは戸惑うばかりだ。もっとも十和子は秋の祥慶

祭の準備で美術部に用事があっただけだったのだが。

 十和子は美術準備室で机に向かっていたむぎの顔を見るなり、まくしたててきた。

「鈴原先生、美術部について火急の用件がございます。美術部には祥慶祭ライブの舞台に

使うスクリーンの画像を依頼しています。予定では、もう完成している時期なのですが、

部の責任者に確認できまして?」

「は? ……何ライブ?」

「今度の祥慶祭での特別公演が決まっているラ・プリンス祥慶祭ライブです」

「ラ・プリンス祥慶祭ライブ〜?」

「鈴原先生……仮にも教師なら、その間の抜けた顔はおよしになってくださいませんか。

実は学園長のお考えで祥慶祭ではチャリティの公演を企画することが決まっているんです。

それで今年は四人のラ・プリンスの皆様に出演していただき、そのチケットの売上をチャ

リティーとして寄付することが祥慶祭実行委員会の全員可決で決定され、夏前から準備は

しておりました。先日のチケットの争奪戦は、そりゃあすさまじかったですわ。予約は一

切不可で生徒会のみの扱いでしたから」

「す、すごいんだね……生徒なら観たい人はみんな観られるわけじゃないの? 体育館の

ステージならみんな入れるんじゃ……」

「先生……ご冗談はおよしになって。祥慶学園の名にかけて陳腐な学生のままごと舞台と

一緒にされては困ります。特設ステージを組むライブのためだけの特別会場を用意するに

決まっているじゃありませんか! あの奇跡のような方々の伝説のステージになりますの

よ。脚本、演出ともにプリンスの皆様の魅力を余すことなく引き出すべくプロに依頼し、

世紀の一大イベント間違いなし! 先日はラ・プリンスの制服デザインをされている専属

デザイナーから特注の衣装も届き、公式パンフレットのためのスチール撮影もされました。

ライブのバッグバンドはもちろん生演奏。舞台の準備は着々と進んでおります。また限定

ラ・プリンス・グッズも販売が決まりチャリティの寄付金増額も確実です。こちらのお菓

子はブール・ド・ネージュというプティ・フールで……」

「あ……いや、その……それはイイけどさ……学園祭で公式グッズ……って……」

「何かご不満がございまして?」

「……いえ、何も」

 圧倒されたむぎは、そのまま疑問を封印した。

「祥慶祭で、そんなコトするなんて誰も言ってなかったけどな……」

 ごもごもとつぶやいたところで十和子に尋ねるわけにもいかない。



 昼は女教師、夜は家政婦として、世間には秘密にして、そのラ・プリンス達との同居生

活をし、日夜、家事一切の面倒をみているむぎにとって、突然耳に入ったこのライブは、

かなり興味あるものだった。

 ピアニスト顔負けで作曲までする一宮瀬伊の歌声は時々聴いているが、他の三人が舞台

で歌ったり踊ったり(?)する姿というのは想像しにくい。とは言え松川依織なら元歌舞

伎役者だから上手そうな気がするし、羽倉麻生は実際どうなのかは知らないが硬派なロッ

クなど似合いそうな気がしないでもない。むぎが全く歌うところを想像できないのが、彼

女の雇い主、ラ・プリンスのディアデーム御堂一哉だ。

 正直、これは観たい。ぜひ観たい。死んでも観たい。

 きっと一生の語りぐさになる予感がする。



「本当にラ・プリンスの四人が歌ったりするの?」

「その予定ですわ。ソロ・ナンバーもすでにイメージに合う曲を二曲ずつセレクトされて

いるのですもの。でも、わたくしは何より四人のコーラス・ナンバーがクライマックスに

披露されると予測しておりますわ。客席からもペンライトで声援をお送りして盛り上がる

予定で、すでに専用ライトも手配済みですの。あの優雅な方々にふさわしい暗い夜空に燦

然と輝き、七色の光を放つペンライトを! ラ・プリンスの皆様が振ってほしいと思われ

るようなものでなくては!」

 レーザー光線じゃあるまいし、どんなペンライトだ、それは。

「……へえー……観てみたい……な」

「残念ですが先生。チケットはすでに即日完売致しました。発売開始の昼休みだけで、す

べて売り切れ満員御礼ですわ」

「えーっ、そうなの? じゃあ、客席じゃなくて舞台袖のすみっこでいいから見学できな

いかな? 顧問補助でも雑用でも何でもするし」

「無理に決まっているじゃありませんか。そうでなくても実行委員関係者ですらリハーサ

ル見学しかできず裏方に徹することになりそうですのに、馬鹿なことをおっしゃらないで

くださいな。ライブはすべて生徒会と実行委員での運営が決定しています。教師の手は必

要ございません」

「なら遊洛院さんは?」

「わたくしは……おそらくアナウンスをさせていただくので舞台を見守ることはできると

思いますけれど。わたくしのような有能な者でなければ任せられない役目だと思いますわ。

失敗は許されませんもの」

「ああ、それで張り切ってるんだ?」

「ラ・プリンスの方々の魅力を最大限に引き出すのがわたくしの使命ですから!」

「……ご苦労様です……」

「先生、よけいなおしゃべりは、いい加減になさって、美術部の部員に確認を取らせてく

ださいな。……らちがあきませんわね。もう結構です。失礼いたしますわ」

 十和子はひどく興奮した様子で、それ以上むぎに構わず、準備室を出て行った。



 正に台風一過の準備室で、むぎは大きくため息をついた。

「パーティに行けないシンデレラみたい。……隅っこからでいいから見たかったなあー。

みんなのライブなんて……もう二度とないよね……」

 そもそもニセ教師としてむぎが祥慶学園に通っていること自体が、あり得ないイレギュ

ラーだ。ラ・プリンスと呼ばれる彼らと知り合ったのも、偶然と運みたいなものだし、本

来、むぎには祥慶祭のライブ見物より、しなくてはならない事もある。ニセ教師になって

まで祥慶学園に入ったのは、行方不明の姉を探し出すための事件の謎が学園に隠されてい

るからであって、学園生活を楽しむためではない。

 だが、本当まだ十六の少女としては、親しくなり家族同様になりつつある同居人達の晴

れ舞台を応援したい、観てみたいと思うのは、自然な感情だろう。

「もしかすると、あの人達は、あたしには見られたくないかもしれないけどさ。アイドル

みたいなライブの舞台なんてねー」

 例えば最前列に座るむぎをステージの上から見つけた時の彼らの困惑した表情を想像し

て、思わずむぎは笑ってしまった。




「鈴原先生、いらっしゃいますか?」

 ノックの音がして準備室にやってきたのは生徒会書記の樋山城だ。

「樋山くん、どうしたの?」

「すいません、祥慶祭の準備で遊洛院さんがこちらへ来たかと思うのですが」

「ああ、うん。ついさっきね。もう行っちゃったけど……ライブの準備で大変みたいね。

樋山くんも同じ用事?」

「いえ、同じと言うわけでは……遊洛院さんはすっかりライブの件ばかりで他がおろそか

になりがちなので、他の役員は事後処理に追われていまして」

「忙しそうだね」

「ええ。完売したライブチケットが生徒間でプレミアムをつけて売買されているなどとい

う噂もあり、生徒会も困っているんですよ。会場の座席数には限界がある。本来ならステ

ージを見たいというすべての生徒が問題なく入場できればよいのですが、ライブのクオリ

ティを下げないためにはやむを得ない事情もありますから」

「そう……」

「でもあまりにも要望が大きいので、わずかではありますが、教師や関係者用の来賓席を

削って追加販売することになったんですけどね」

「えーっ! ホント?! いつ? 並んだりすれば買えるの?」

「……先生……もしかしてライブをご覧になりたかったのですか?」

「うん。そりゃね。……あ、ほら、あたしも祥慶学園で初めての学園祭だし、ぜひ観てみ

たいなって思うよ」

「そうですか。でも先生が生徒対象の追加チケットを購入されるのはいささか問題があり

ますね」

「うっ……そ、そうか……そうだよね」

「どうしてもとおっしゃるなら」

「うん、どうしても!」

「一生徒と同じ立場で申し込んでください。完全抽選ですから」

「生徒として……」

「ええ。再発売チケット購入希望者はラ・プリンスの方に対する想いをこめたメッセージ

を添えて申し込んでいただくことになったんです」

「ラ・プリンスにメッセージ……」

 あの困った同居人たちにメッセージ──むぎは思わず赤面する。

「先生? どうかされましたか」

「え? あ、いや何もないよ。あはははは……」

「そうですか? 急に赤くなられましたよ。熱でもなければいいのですが」

「平気、平気。大丈夫! それより、そのメッセージって、実際に彼らが読むの?」

「当選落選にかかわらず、最終的には、それぞれにお渡しすると思いますが、それが何か?」

「そ、そう……うーん……」


 まさか、むぎの名前で熱いメッセージなんて届いた日には、彼らがどう出るか、知れた

ものじゃない。

 からかわれるか。笑われるか。怒られることはないだろうが、嫌がられるかもしれない。

それは少し切ないが、普段、あれほど御堂邸で好き放題に暮らしているのを、仕事とは言え、

一所懸命世話しているのだ。こんな晴れの舞台をむぎが見たっていいはずだ。確かに彼らは

文句なく見栄えのする四人で、学園のアイドルだし、むぎも一度くらいミーハー女生徒気分

で、家政婦気分を忘れて心ゆくまでながめたりしてみたい。



「祥慶の象徴であるラ・プリンスは生徒教師を問わず学園中の人気の的です。頑張ってくだ

さい」

 樋山はそう言って、持っていたファイルから申込用紙を一枚出してむぎに渡した。

 ライバルは多そうだ。覚悟が必要である。

「……ありがと」

 にっこり笑って受け取るむぎ。


 好奇心、猫をも殺す。




 むぎがその夜さんざん悩みぬいて書いたラ・プリンスへのメッセージを、果たして彼らが

読むことになるのかどうかは、また別の話である。









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すみません、すみません、すみません! 懺悔します!
昼の部観たさに抽選販売に申し込んだ時、思いのたけを込めて書いてしまいましたっ! 御利益あって最前列でした……