プランク定数
黒体輻射
物質というのは量子的存在であって、これは任意の大きさのエネルギーを持つことはできず、プランクの定数と呼ばれる単位の正の整数倍となる必要があります。
つまり、これはエネルギーには下限値及び増分値が定まっているということを意味します。
こうした考えが提示されることになったのは、黒体輻射の実験に由来します。
これは熱した黒体から発せられる光について、波長毎にエネルギーがどのように分布しているかということを調べる実験です。
熱した物体からの輻射のエネルギーを調べるのになぜ黒体を使用するかといえば、これがある温度で最も放射の量が多くなるためです。
しかしながら、そうした理想的な物体は存在しないため、物体を空洞にし、この壁に小さな穴を空けて、そこから放射される電磁波の強さを観測するということになります。
したがって、これは空洞内に充満している電磁波における各波長毎の強さを調べることになります。
その電磁波がどのようにして生じるかといえば、例えば金属を熱した場合、各原子が不規則に格子振動を行ったり、金属結合に与っている自由電子が不規則に動くということになり、これは荷電粒子が加速度運動をするということになって、電磁波が生じることになります。
それらは非常に不規則な運動となり、力学的に解くことはできませんが、統計的には取り扱うことができます。
これは、ある系が熱的平衡状態にある場合、各自由度(各粒子について運動の自由度のこと。3次元空間を自由に運動するという場合、粒子毎に3の自由度があります)には、系全体の運動エネルギーが、どれにも平均的に分配される(これはエネルギー等分配の法則と呼ばれる)、ということを仮定するものです。
エネルギー等分配の法則はボルツマンの原理から導かれるもので、これは例えば、温度Tのもとで、粒子が位置エネルギーを持たず、(1/2)mvx2, (1/2)mvy2, (1/2)mvz2なる運動エネルギーを持つ場合には、各自由度毎に、平均して
というエネルギーを持つことになります。
ここで、Tは絶対温度(摂氏-273度を絶対零度とするもの)、kはボルツマン定数と呼ばれるものであり、これは次の値となります。
k = R/N = 1.38×10-23[J/K]
| |
ここで、Rは気体定数です。また、Nは1モル中の分子数で、これは6.02×1023となります。
1原子気体の場合には、原子間力はないため位置エネルギーはなく、1原子のエネルギーは並進の運動エネルギーのみとなります。
つまり、自由度3の運動エネルギーのみということになり、これは原子毎に(3/2)kTのエネルギーが分配されることになります。
2原子気体の場合には、並進運動に加えて2原子における自由度2(もう一つの回転は固定されているため)の回転運動が加わることになり、これは原子毎に(5/2)kTのエネルギーが分配されることになります。
結晶の場合には、運動エネルギーは持ちませんが、各原子に原子間力が働くため、位置エネルギーを持つということになり、この場合には、1自由度につきkTというエネルギーが分配されることになります(このことについては例えば文献2の§2を参照して下さい。といっても、この本を理解するには多少の数学的知識や物理的知識が必要になりますが)。
したがって、結晶の場合には、1原子につき3kTのエネルギーを持つことになります。
電磁場の場合には、固有振動毎にkTのエネルギーが分配されることになります。
この仮定を元にして導かれたものがRayleigh-Jeans(レイリー・ジーンズ)の法則で、各々の固有振動にはkTずつのエネルギーが分配されるとすれば、波長毎のエネルギーUλは、波長λのところのdλの範囲では以下になるというものです。
上式で問題となるのは単位波長毎に含まれる振動子(固有振動)の数Nλですが、これは以下になります。
これを(1.1)式に代入して、結局、次の式がレイリー・ジーンズの法則と呼ばれるものです。
Uldl= (8pkT/l4) dl
| (1.3a) |
また、振動数で表す場合には、次の式となります。
Undl= (8pkT/c3)n2dn
| (1.3b) |
dλ中の振動子の数がλ4に反比例するというのは、かなり疑問に思われるところでしょうから、これを説明することにします。
これは、(1.3b)から(1.3a)を導いた方が分かり易いため、(1.3b)の式を求めてから、(1.3a)を導くことにします。
そこで、まず一次元の振動である弦の振動について考えます。
弦の固有振動は、両端を固定端としてn分割した節をもつ振動となります。
したがって、この振動数νは、弦の長さをL、節の数をs-1、節が0のときの振動数をν0とすると、
となります。
ν0は、波の伝わる速さをvとすれば、
となります。
つまり、一次元の場合では、固有振動数は基準振動数刻みに1個づつ増えていくということになります。
ところが、二次元以上の場合では、振動パターンが複雑になり、固有振動数の数は1つずつ増えていくということにはなりません。
そこで、まず二次元の場合について言うと、矩形膜の振動では、この平面の分割の仕方には、縦方向に分割する場合と横方向に分割する場合の2つがあります。
したがって、次のような分割パターンがあるということになります。
横\縦 | 0 | 1 | 2 | 3 | … |
0 | (0,0) | (0,1) | (0,2) | (0,3) | … |
1 | (1,0) | (1,1) | (1,2) | (1,3) | … |
2 | (2,0) | (2,1) | (2,2) | (2,3) | … |
3 | (3,0) | (3,1) | (3,2) | (3,3) | … |
… | … | … | … | … | … |
そこで、仮に総分割数が振動数の比例係数になるとすれば、同じ振動数を持つ振動パターンの数は対角線状に増えていくことになります。
つまり、振動数が増えれば、それだけ同じ振動数を持つ固有振動の数が増えていくことになります。
なお、円形膜の場合には、円形と放射線状に分割することになりますが、増え方は同様です。
三次元の場合では、分割の仕方が立体的となります。
また、このときの振動数νは各次元の分割数+1をsx, sy, szとすれば
n = |
Ö |
________________
sx2+sy2+sz2
|
・v/2L |
| |
となります。
つまり、これは各分割数を各次元の値とするベクトルの長さに比例するということになります。
したがって、同一の振動数を持つ振動子の数は、半径νとν+dνの球面によって囲まれた部分にある格子点の数となります。
これはこの体積に比例するとみなすことができますから、振動数の数は半径νの球面積にdνを乗じたものに比例するということになります。
ただし、格子点は正数となる必要があることから、これは球面積といっても、第1象限のものに限られます。
つまり、球面積を8で割る必要があります。
したがって、振動数νに対する振動子の数Nνは、次式のように比例することになります。
また、光の場合には偏りがあることから、2種の成分に分解でき、したがって同じ節模様の振動でも2つのものが存在するということになります。
このため、振動子の数は2倍に増えます。
さて、格子点が増える長さの単位は c/2Lとなりますから(これは弦の場合と同じです)、これを一辺の長さとする立方体の体積ΔVで割れば、格子点の数が得られることになり、(単位振動数当りの)振動子の数が得られます。
これは、次式のようになります。
Nn= (pn2/2)×2/DV = pn2× (2L)3/c3 = 8pn2L3/c3
| (1.5) |
ただし、上記は空洞全体の場合の振動子の数ですが、これを単位体積当りに換算するには、空洞の体積 L3で割れば良く、これは次式となります。(少し面倒なところなので、この辺りの議論について正確に知りたいという場合には、例えば文献2の§4を参照して下さい。)
次に、振動数に対する微小区間dνを波長の微小区間dλに変換する必要もあります。
λとνとは振動の伝わる速さをvとすれば、λν=vという関係があり、ここでは電磁波について考えていることより、cを光速度として、次の関係が成立します。
この両辺を微分すれば、次の関係が得られます。
したがって、dνの代りにdλと置く場合には、-c/λ2を乗じるということになります。
(また、波長の代りに振動数を用いて、dλの代りにdνと置く場合には、-c/ν2を乗じるということになります。)
なお、符号にマイナスが付くのは、振動数の増え方と波長の増え方が逆になるということを意味します。
結局、波長の場合で考えるならば、振動子の数Nλは、(1.2)式となり、1/λ4に比例することになります。
(少し長い推論から、λ-4に比例するということが出てきましたが、すぐには納得できないかと思われます。ですが、この経緯については理解されたことと思われます。)
(1.4)式より、熱エネルギーは振動数の二乗に比例して分配されることから、振動数の極めて高い電磁波のみになる、という結論が出てきますが、これは現実とは合っていません。
というのは、物体を熱していった場合、最初には赤くなり、それから徐々に白っぽくなっていくからです。
つまり、ある振動数までは振動数の二乗に比例して分配されるとしても、これにはピークがあり、これを境にして徐々に低下していくことになります。
これは古典論で考えた場合の重大な疑問となりました。
導出の仕方は古典力学を正しく用いて行ったことより、これは古典力学に何か問題があることを示していました。
さて、電磁波の強さにはあるピークがあり、これは黒体が熱せられた温度にしたがってずれていくということを示したものがWienのずれの法則と呼ばれるもので、これは次の関係式となります。
ここで、Tは絶対温度です。
また、波長毎のスペクトル分布を与える、Wienの公式と呼ばれるものは、以下となります。
(この導出については、例えば文献2を参照のこと。)
Uldl= c1l-5exp(-c2/lT) dl
| (1.9) |
ここで、c1, c2は、次の比例定数となります。(値はSI(MKSA)単位系のものです。)
c1 = 8phc = 0.4994×10-24
c2 = hc/k = 0.0144
| |
また、これらよりc1/c2をとると8πkとなり、したがってこれらの定数を用いて、レイリー・ジーンズの式は次のようになります。
Wienの公式は、古典熱力学の断熱不変量とStefanの法則(これは実験式ですが、実験結果とよく合っていたため正しいと見なされていました)を用いて導くことのできるものであり、これは等分配の法則は仮定されていません。
このため、レイリー・ジーンズの式とは異なる結果となっています。
この式では、波長の短い領域では実験結果とよく合っていたのですが、長波長側では速やかに減衰していき、あまり一致していませんでした。
このため、Wienの公式によっても黒体輻射を満足に説明することはできない状況となっていました。
(なお、歴史的にはWienの公式が先に提出され、この長波長側の不一致を解消するために考えられたのが、レイリー・ジーンズの式でした。)
そこで、Wienの式とレイリー・ジーンズの式を結びつける式を提出したのがプランクであり、これは次の式となります。
Undn = |
8phn3 ───── c3 |
( |
1 ──────────── exp(hn/kT) - 1 |
) |
dn |
| (1.11a) |
また、波長で表した式になおすと、次のようになります。
Uldl = |
8phc ───── l5 |
( |
1 ──────────── exp(hc/klT) - 1 |
) |
dl = |
c1l-5 ─────────── exp(c2/lT) - 1 |
dl |
| (1.11b) |
(1.11b)式で、λTが小さい時には、Wienの式となり、これが大きい時にはレイリー・ジーンズの式になります。
例えば、振動数が4×1014Hzの場合、波長は7.4948×10-7mとなり、4000Kでのexp(c2/λT)の値は、121.4となります。
また、振動数が1×1014Hzの場合では、波長は2.9979×10-6mとなり、4000Kでのexp(…)の値は3.32となります。
λTが非常に大きい場合に、レイリー・ジーンズの式に近づくことは、exの次の展開式より導かれます。
ex = 1 + x + x2/2! + x3/3! + …
| |
ここで、λTが非常に大きいということは、xが非常に小さいということですから、x2以降の項を省略して、容易に導かれます。
しかし、それだけではλが小さい場合と大きい場合について成立するだけのことにすぎず、この中間部分における正当性は与えられません。
これを決定づけるものが、c1とc2に含まれている、新たに導入した係数hであり、これは実験データによって定められました。
その結果、プランクの式は実験結果とよく合うことになったのですが、これは辻褄合わせから求めたもので、この式が成立することの物理的意味が不明でした。
彼はそのことを深く考え、終にエネルギー量子という考えに到達したのでした。
つまり、レイリー・ジーンズの式から、如何にすればWienの式に移行し得るかということを考え、その結論が、ある大きさを持つエネルギー量子という考えでした。
レイリー・ジーンズの式の問題点は、全ての振動数のものに対してエネルギーが等分配されるということにあるわけですが、エネルギー素量がある大きさを持つならば、分配可能な振動数には上限がある、ということになります。
(つまり、エネルギーは連続的に変化でき、無限小の値を持つことができるなら全てに等分配が可能ですが、この下限値があるならば、ある高い振動数のもの以上には分配されない、ということになります。)
それより、エネルギーというのは任意に小さな値をとることはできなく、この下限値(プランク定数)の整数倍の値しかとることができない、ということになりました。
したがって、振動数νのものは、hνの整数倍でエネルギーをやり取りすることになります。
そこで、プランクの式の場合のエネルギー分配の仕方がどうなるかと言えば、これは(1.11a)式を(1.6)式で割ればよく、次のようになります。
hn ─────────── exp(hn/kT) - 1 |
= kT |
( |
hn/kT ─────────── exp(hn/kT) - 1 |
) |
= kT・P(hn/kT) … P(x) = x/{exp(x)-1} |
| |
つまり、hνがkTよりも十分に小さい場合には、P(x)は 1となり、これはエネルギー等分配の場合と同じになります。
しかし、hνがkTに近づくか、kTよりも大きい場合には、この「確率関数」P(x)は1未満の小さな値となっていきます。
参考文献
番号 | 書名 | 著者 | 訳者 | 出版社 |
1 | 原子価と分子構造(初版) | E.Cartmell and G.W.A.Fowles | 久保昌二・木下達彦共訳 | 丸善 |
2 | 量子力学T | 朝永振一郎 | | みすず書房 |
3 | 量子化学 1 | P.W.アトキンス | 土方克法 | みすず書房 |