化学結合について


1. 化学結合  5. 分子間力
2. 共有結合  5.1 双極子モーメント
2.1 結合の仕方  5.2 双極子-双極子相互作用
2.2 ラジカル  5.3 水素結合
2.3 配位結合  5.4 ファンデルワールス力
2.4 各電子における共有結合 
2.5 共有結合の例  6. 近似法
3. イオン結合  6.1 原子価結合法
3.1 イオン半径  6.2 分子軌道法
4. 金属結合  7. 化学反応
4.1 金属の結晶構造  7.1 イオン化エネルギー
4.2 アルカリ金属  7.2 電子親和力
4.2.1 金属の分子軌道  7.3 電気陰性度
4.2.2 金属結合の強さ  7.4 電子密度に影響を及ぼす因子
4.3 アルカリ土類金属  7.5 酸と塩基
4.3.1 金属軌道  7.6 イオン化合物の溶解
4.4 遷移元素  7.7 自由エネルギー
4.4.1 遷移元素の性質  7.8 活性化エネルギー
4.5 原子間距離  7.9 ラジカル反応
4.6 電気伝導性  7.10 炭素-炭素二重結合の反応

1. 化学結合

 原子同士の結合としては、共有結合、イオン結合、金属結合が代表的なものとなります。 これらは全てクーロン力から生じるものですが、原子の電子状態やエネルギー状態などから、結合の状況が変ってくることになります。
 特に、原子番号が大きい元素(ただし、ハロゲン元素と希ガス元素は除きます)や、閉殻が形成された直後のアルカリ金属元素などでは、電子を放出しやすくなります。 電子を放出した原子は陽イオンとなり、これは電子を受け取って陰イオンとなった原子とイオン結合を行なうようになります。 ただし、水のように有極性の溶媒の中では、陽イオンとしても存在するようになります。 また、電子が金属内に放出された場合は、遊離電子となって金属内を自由に飛び回ることになり、これは各原子をイオン結合のように結合させることになります。 この結合のことは、金属結合と呼ばれます。
 共有結合も基本的にはクーロン力によるもので、原子の電子が結合間により多く局在して、双方の原子核がそれらの電子と引き合うことになります。 しかしながら、原子の電子は自由に分布できるわけではなくて、原子軌道または分子軌道と呼ばれるものに配置することになります。



2. 共有結合

 共有結合は、中性原子のように電荷的に中性のもの同士が結合する現象のことをいいます。 この理由は、電荷的に中性であったとしても、原子同士が十分に近づくならば、電子の負電荷と原子核の正電荷により、引き合うようになるためです。
 ただし、このためには原子核の正電荷の影響が及ぶ範囲に電子が存在できることが条件となります。 これは、原子において閉殻ができていないことが条件となります。 もし閉殻ができている場合には、この殻によって原子核の正電荷が「遮蔽」されてしまいます。
 共有結合を行うような原子は、主に3周期までの元素か臭素(Br)、ヨウ素(I)といったハロゲン元素になります。 ただし、閉殻が形成されているヘリウムなどの希ガス元素は除きます。

 共有結合は、双方の原子間に結合軌道が存在し、これに電子が充填して飽和することによります。 この飽和は、パウリの排他原理によります。 つまり、ある軌道には2個までしか電子が入ることができないということによって、電子の充填は制限されることになります。 この結合軌道は分子軌道(複数の原子核を中心とする軌道)となりますが、これは原子軌道よりも複雑になるため、普通には原子軌道の重なりによって考えることになります。 これは原子価結合法と呼ばれるものです。

 原子価結合法として考えた場合、共有結合は普通2つの原子による結合として考えることができます。 このことは、原子間において電荷雲の密度が高くなり、結合が生じることによります。 つまり、原子核同士は次のように結合することになります。

[原子核A] … [電荷雲の重なり] … [原子核B]

 電荷雲は、原子核間にのみ存在しているわけではなく、双方の原子核周辺にも存在しています。 ただ、この中間部分での電荷密度が高いことから、原子同士の結合に大いに寄与するものとなります。 つまり、原子核同士の斥力をこの中間部分に存在する電子雲が「中和」して、双方の原子核を引きつけることになります。 このことは、クーロン力が距離の二乗に反比例して弱くなることが関係しています。 つまり、相手側の原子核による斥力の大きさは中間にある電子の引力よりも1/4倍となることによります。 もし局在電子が一方の側にほとんど寄るならば、電子による遮蔽性や連結性は弱くなり、結合は共有結合的ではなくなります。

 原子価  共有結合の場合、結合に飽和性があることから、ある元素の原子が他の元素の原子と幾つ化合できるかということには限界があり、この能力を表わす用語として原子価があります。 これは原子同士が互いの不対電子によって結合するという考えを元にしたもので、基底状態での不対電子数や生成可能な不対電子数が原子価となります。
 例えば、水素は1価、酸素は2価、窒素は3価、炭素は4価になります。 これらの元素は2周期までの元素で、一般的条件においては電子はL殻に収まることから、生成可能な不対電子数には明確な限界があります。 つまり、窒素からフッ素までは基底状態での不対電子数が原子価となり、ベリリウムから炭素までは励起状態での不対電子数が原子価となります。
 しかし、3周期以降になると、上位のエネルギー順位への遷移(3p軌道から3d軌道への遷移など)が比較的容易になることから、生成可能な不対電子数は明確には定まりません。 例えば、イオウは酸素と同じ族の元素なので、通常は2価となりますが、ある条件では3〜6価になることができます。 そのように原子価で化学結合を考える場合には、元素の周期表で元素が何周期目のものであるかを認識しておく必要があります。

 しかしながら、化学結合は不対電子同士の共有だけでなく、一方の非共有電子対の共有である配位結合の場合もあります。 例えば、H3O+では、一つは非共有電子対によって水素と結合していて、この場合の酸素の原子価は3になります。

 酸化数  原子価と似たような概念のものに酸化数がありますが、これは酸化還元反応を考える際に役立つものとなります。 酸化数は、電子の移動の容易さによって、化合物中の一つの元素から他方の元素に仮想的に完全に移動させたときの元素の電荷数によって表わされるものです。 例えば、H2Oでは、酸素の方が陰性元素であることから、電子は酸素側に移動することになり、酸素の酸化数は-2となります。 この場合、酸素の酸化数の絶対値は原子価と等しくなります。
 しかし、同一の元素同士が結合している場合には、電子の移動はないことになります。 このような場合には、酸化数の絶対値は原子価とは同じになりません。 例えば、NH2-NH2の場合の窒素の酸化数は-2となります。
 また、NH4のように、一つが配位結合している場合にはこの水素との電子の移動はないことから(この共有電子対は窒素のものであったため)、この酸化数は-3となりますが、この原子価は4であり、酸化数の絶対値は原子価と同じにはなりません。

 酸化数が増大することは、正電荷が増えるということであり、これは電子が奪われることを意味しています。 これを酸化というのは、酸素は代表的な陰性元素であり(これより陰性の強いものにフッ素がありますが、これは酸素分子のように一般的ではありません)、これとの結合は電子が酸素側に移動しやすいことによります。 一方、還元の方は酸化数が減少することであり、これは奪われた電子が元に戻るということですから、還元されたということになります。 なお、酸化還元反応では、電子を与える側のものは還元剤と呼ばれ、電子を受け取る側(というよりは電子を奪う側)のものは酸化剤と呼ばれます。

2.1 結合の仕方

 中性原子同士の結合の仕方としては、双方の原子の不対電子同士による結合と、一方の原子による非共有電子対による結合があります。

 不対電子同士による結合  原子核間に局在する電子は、通常は2つの原子の不対電子(原子軌道に一個だけが入っているもの)がそれぞれ入ったものになります。 このことは、以下のように考えることができます。

 中性の原子の状態としては、同一エネルギー順位の軌道が飽和して対電子のみによって形成されているものと、この軌道が未飽和で不対電子があるものに分かれます。 (このことは、エネルギー順位の等しい軌道が複数あるならば、電子同士の斥力により、空いている軌道から充填することによります。)
 結合軌道には電子が二つまで入ることができることより、双方に不対電子がある場合には、これらの電子によって充填されます。 一方に不対電子があり、他方には対電子のみしかないという場合には、後者の方は、対電子を分裂させて、二つの不対電子としてから、対電子同士によって結合することになります。 対電子を分裂させるためには、対電子の一つを空いている軌道に昇位させる必要があることから、エネルギーが必要になりますが、これは結合エネルギーによって補償されることになります。
 この対電子の分裂によって不対電子が増え、原子価が増えることになります。 この代表的なものが炭素で、この分裂によってsp3混成軌道などの電子が生じることになります。

 なお、不対電子を2つの原子で共有するという場合、電気陰性度の違いにより、電荷雲は電気陰性度の高い側に引かれることになります。 もし共有電子対が他方にそっくり移った場合には、共有電子対を受け取った側は陰イオンとなり、これを奪われた側は陽イオンとなります。 そして、これらは共有結合ではなく、イオン結合をすることになります。 イオンとなった場合には、等方的にクーロン力が生じて結合することになりますから、これらの両イオンは、交互に空間を充填することになります。

 非共有電子対による結合  不対電子を持つものでも、他の原子と共有結合していて、自由な不対電子がないという場合があります。 この場合には、他方の対電子を空いている軌道にそっくり入れて結合することもできます。 これも共有結合の一種ですが、これは通常の共有結合とは異なることより、配位結合(ドナー・アセプター結合)と呼ばれます。

 結合エネルギー 共有結合が生じたときには結合エネルギーが生じますが、これはこの結合を解離させるエネルギーにほぼ等しくなります。 ほぼ等しいというのは、二原子分子の場合には等しくなるのでが、多原子分子の場合には等しくならないことがあるからです。
 食物を食べてエネルギーを得るということは、より低いエネルギー(より強い結合状態のこと)の分子結合に変換させる、ということを意味しています。 つまり、食物自身にエネルギーが含まれているわけではなく、これからエネルギーを取得するためには、化合物の変換が必要になります。
 特に不対電子をもつラジカルの場合には、共有結合を解離させる必要もなく、結合が可能になることから、より高いエネルギーのものとなります。

2.2 ラジカル

 ラジカルというのは、遊離基のことです。 つまり、分子のどこかで共有結合が切れて分裂し、不対電子(奇電子とも)を持つようになったものを言います。 これが1個のみの中性原子となった場合には、元の原子ということになります。
 共有結合を行うような原子は、エネルギー的に不安定であるため、他の原子と共有結合を行い、安定化することになります。 したがって、通常、そのような原子は分子を形成しています。
 ただし、中には例外的に分子の状態で不対電子を持つものもあり、これとしては酸素分子が代表的です。 これもやはり不対電子を持つことから、ラジカルということになります。 安定な炭化水素が燃焼するのは、大気中に豊富にある酸素分子との反応によります。

 酸素分子は酸素同士が二重結合したものと考えがちですが、実際にはそのようにはなりません。 この状態は原子価結合法では説明できず、分子軌道法によって説明されます。 こうした分子は比較的稀で、普通ラジカルといえば、不対電子を持つ原子や、分子が分裂した原子団になります。

 ラジカルのように不対電子をもつ場合、他のラジカルと容易に結合することになります。 また、分子とも容易に反応しやすくなります。 このことは、分子との反応で、ラジカルの方は結合を分離させる必要がないことによります。 このため、ラジカルは非常に化学反応性が高いものとなります。

2.3 配位結合

 p電子や各sp混成軌道は方向性が強いことから、原子は電子殻が埋まるまで、これらの電子を捕獲することができます。 このことは電気陰性度の高い元素ではよく起こります。
 それと同様に、原子の持っているp電子などを捕獲することもできます。 ただし、炭素や窒素、酸素などの原子は一般に共有結合を作り安定していますから、捕獲対象となる電子は非共有電子対になります。 したがって、これを受け取るには、一つの軌道が空いている必要があります。 このようにして結合した場合も、不対電子同士による共有結合の場合と同じになり、区別はつきません。

 配位結合によって非共有電子対を与えた側はドナー側となり、これを受け取った側はアクセプター側となります。 ドナー側は電子対を与えて原子同士で共有することから負電荷が減少し、正電荷を帯びることになります。 アクセプター側は、逆に負電荷を帯びることになります。
 例えば、窒素がドナー側になった場合、これは正電荷を持つことになります。 このことは窒素が不対電子によって共有結合している場合とは逆になり、この場合の窒素については配位結合を考えないと混乱することになります。

 窒素  これは不対電子が3個あり、このそれぞれが共有結合をしているということより、非共有電子対など持たない筈と考えるかもしれませんが、アンモニアNH3のような場合には、水素との結合は混成軌道によって行なわれていて、1非共有電子対を一対(参照)を持っていますから、これを与えることによって配位結合を行うことができます。
 例えば、アンモニア(NH3)と水素イオン(H+)が結合したアンモニウムイオン(NH4+)があります。 これは次のような結合となります。
H
H
H:NH+H:NH

H

H
これは全体として、1価の正電荷を持ちます。 このようにアンモニアは、水素イオンを受け取る能力があることから、塩基となります。 また、アミノ酸などを構成するアミノ基(-NH2)も塩基となります。

 酸素  これは一つの非共有電子対と2つの不対p電子を持っていますから、この不対p電子によってそれぞれ共有結合を作った後、非共有電子対によって配位結合を行うことができます。 また、混成軌道状態のものもあり、この場合には非共有電子対を2対(参照)を持っていますから、2つの配位結合を行うことができます。
 例えば、水分子と水素イオンH+(プロトン)が結合したOH3+があります。 これは次のような結合となります。
H
H
H:OH+H:O: H

この場合も全体として1価の正電荷を持ちます。

 また、一酸化炭素も配位結合を形成したもので、これは二重結合と配位結合により、次のように三重結合したものになります。
・・・・
COC・・O
このように結合することによって、炭素側も8電子配置による安定な閉殻(L殻)ができます。 炭素側では電子対の供与を受け、これを共有することから部分的な負電荷(-δ)を帯び、逆に酸素側は部分的な正電荷(+δ)を帯びます。
 このように、一酸化炭素の場合では、酸素の極性は水の場合とは逆になります。 (水の場合には、酸素側の電子を引きつける力が強いことから、酸素側が負電荷性を帯び、水素側は正電荷性を帯びています。)

 なお、二酸化炭素の場合には、次のように不対電子同士によって二重結合したものとなり、この分子の場合には極性がありません。
C2OO::C::O

2.4 各電子における共有結合

 共有結合を行う電子は、水素やリチウムの場合ではs電子、これら以外は主にp電子か混成軌道電子となります。 ただし、第3周期以降の元素の場合では、(励起した)d電子及びこれとの混成軌道も関係することになります。

 s電子同士による共有結合  共有結合は不対電子同士によって行なわれることから、例えば次のように示されます。 
 これは双方の電子が近づき、この重なりによって原子間の電荷密度が高くなることによります。 これは波動の重なりということになりますから、重なり部分において双方の電子の位相が同じになる必要があります。
この状態を、水素分子について図で示すと次のようになります。

 共有結合は、一般に双方の原子軌道が重なる場合に起ります。 この理由は、この重なりにおいて電荷密度が高くなることによります。 このことは、以下の図で示すことができます。
 まず、両電子の重なりがない場合の双方のs電子軌道を重ねたものは、次のようになります。

この場合には、両原子核において電子は均等に分布するということになり、どちらの原子核も移動しないことになります。

 両電子雲が重なるくらいに近づいた場合には、次のようになります。 

この場合には、原子核間の電荷密度が高くなり、どちらの原子核も他方の原子核の方に引き寄せられることになります。
 しかし、近づきすぎると、原子核同士の反発力の方が強くなります。 したがって、ある距離において結合が最も強くなり、結合が安定することになります。 これが分子間距離を決めることになります。
 このような分子軌道は、結合性分子軌道と呼ばれます。

 確かに電子が原子核間に集れば、双方の原子核を引き付けることが可能となりますが、それでは電子同士の反発力が強くなるのではないかと考えるでしょう。 しかしながら、電子というのは波動であり、明確な形というものがあるわけではありません。 これは量子数によって決められる波動であり、これが同一の場合には一つの電子とみなされることになります。 したがって、二つの原子軌道の重ね合わせによって新たな電子が作られると考えれば、この電子において反発力が生じるということはありません。 この反発力というのは、異なる電子同士によって生じるものですから、同一の分子軌道に入った、スピンの異なる電子同士による反発力ということになり、これは原子の対電子の場合と同じことになります。
 ただし、そのような電子が無制限にできるということではなく、(ある位置に捕捉されているということから)定常波性を持ち(原子軌道の一次結合はこれを満たします)、しかもエネルギー状態として存在可能なものとなります。
 なお、そのようなことは原子価結合法では電子の交換として説明されますが、このことは一つの電子が両方の原子軌道に存在するということを述べたものと考えられます。

 上記の結合は、両電子の位相が同じものを重ねた場合ですが、位相が異なる場合には、原子核間における電荷密度が減少し、これらの原子は離反するようになります。 これは、次の図のような状態となったものです。 

 このような分子軌道は、反結合性分子軌道と呼ばれます。

 p電子同士による共有結合  s電子による共有結合では、これは球対称であることから、方向性を持ちません。 ところが、p電子同士の場合には方向性を持つことから、この電子の重ね合わせ方には、2つの場合があります。 一つは結合軸に対して平行になって向かい合わせで重ね合わせるもので、もう一つは結合軸に対して垂直に並んで重ね合わせるものです。 前者の結合はσ結合と呼ばれ、後者の結合はπ結合と呼ばれます。 なお、σ結合の場合には結合軸に対して回転対称となることから、σは対称性を表すsymmetoryを略したもののようです。 πは並行性を表すparallelの略のようです。

 これらの結合を図で示すと、次のようになります。

 σ結合の場合には、結合軸に対して回転させても十分な重なりができることから、回転の自由度があります。 しかし、π結合の場合には二つの部分で重なることから、一方だけを回転させるということはできません。
 また、π結合の場合にはσ結合と比べて重なりが小さくなることから、結合は弱くなります。

 p電子とs電子が結合する場合には、σ結合となります。 この理由は、このπ結合の場合には、一方の位相は同じになっても、他方は位相が異なることになるからです。

 混成軌道による共有結合  混成軌道としてはs軌道とp軌道を混成したものが代表的で、これにはsp混成軌道、sp2混成軌道、sp3混成軌道がありますが、一つ一つの形はだいたい同じになります。 これらは、ただ配置の仕方が異なるものとなります。 この混成軌道は、p電子の一方の側のみを膨らませたような形となるため、結合はσ結合のみとなります。
 炭素の場合には、この混成軌道とp電子によって共有結合を考えることになります。 窒素や酸素の場合にも、s電子とp電子が混成することがありますが、概ねこれはp電子のσ結合の場合と同様になるため、特に混成軌道を考えなくても問題がないことが多いといえます。
 ただ、炭素の場合には、混成軌道を考えないと、不対電子の数がこの原子価である4にならないことから、炭素では混成軌道は必須のものとなります。

 多重結合 原子価が2以上あるものは二重結合を行うことができ、原子価が3以上のものは三重結合を行うことができます。 しかし、三重結合は比較的稀で、多重結合の多くは二重結合となります。
 多重結合を行う電子は普通にはp電子となります。 というのは、s電子の場合には、これは不対電子は一つしかないからです。 また、もしp電子があるならば、この直前の軌道であるs軌道は閉じていることことになりますから、不対のs電子は持っていない、ということになるからです。
 ただし、混成軌道のものもあることから、p電子だけとは限りません。 しかし、混成軌道のものはσ結合を行うことはできますが、π結合は行えません。

 さて、同一の結合軸について多重結合するという場合には、一つはσ結合となり、他はπ結合となります。 このことは、σ結合を行っているp電子または混成軌道電子に対して、他のp電子はこれらに対して垂直になるからです。


 この理由は、次のことによります。 p電子の配置の仕方は、x軸方向、y軸方向、z軸方向の3つになります。 原子同士がp電子同士によって結合するという場合、最初はσ結合が起こります。 この結合方向はこのp電子の方向となりますから、他のp電子は結合方向に対して垂直になります。 したがって、他はπ結合となります。
 上記のことは、混成軌道の場合でも同じになります。 例えば、sp混成軌道は一つのp電子とs電子とが混成したものですが、この方向はこのp電子の方向となります。 したがって、これはp電子の場合と同様ということになります。 また、sp2混成軌道は、s電子とp電子2個が混成したものですが、これは2つのp電子が配位する平面内にあります。 したがって、混成軌道を形成していないp電子はこれと垂直になります。 なお、sp3混成軌道は、s電子とp電子3個が混成したものですが、この場合には不対p電子は残っていないことより、多重結合は行なわれません。

 多重結合の性質としては、σ結合に比べて弱いπ結合ができることから、この部分は他の分子によって化学変化を受けやすくなります。 特に、酸やラジカルの攻撃を受けやすくなります。
 また、単結合の場合のσ結合では結合部を回転させることができますが、多重結合ではπ結合ができることから、この結合部は固定することになります。 このことは、長い炭化水素鎖をもつ脂肪酸では重要なこととなります。 というのは、二重結合をもつ場合には自由に折れ曲ることができなくなるため、分子を密に詰め込むことができなくなるからです。 また、脂肪酸同士が十分に接近できなくなるため、分子間引力も弱くなります。 しかし、こうした欠点は、逆に利点となる場合もあります。

2.5 共有結合の例

 水分子 この分子式はH2Oで、これは次のように結合しています。
O2HOH

 

H
これは、普通は酸素のp電子と水素のs電子とがσ結合したものと考えます。 このように結合したものとすると、p電子は互いに垂直となることから、2つの水素との結合角は90度となる筈ですが、実際にはこれよりも大きくなり、この角度は約105度になります。
 この理由は、酸素の原子核が水素との共有電子対を強く引きつけて、水素側はほとんど水素イオンのようになり、しかもこれは小さいことから、水素同士に強い斥力が生じることによります。 したがって、水の場合には酸素側はp電子と結合していると考えるよりは、この結合角に近いsp3混成軌道で結合していると考えるのが正しい見方となります。

 アンモニア この分子式はNH3Oで、これは次のように結合しています。
N3HHNH

 

H
 窒素も共有電子対を強く引きつけていることから、負電荷性を帯びています。
 この水素間の結合角は約107゜となり、これは水の場合よりも明らかに四面体構造の場合の結合角(109.5゜)に近いため、窒素側はsp3混成軌道で結合していると考えるのが、正しい見方になります。


3. イオン結合

 共有結合をしている電子対が一方の原子に極端に寄った場合には、正(陽)・負(陰)のイオンのようになります。 陽イオンのことはカチオンと呼ばれ、陰イオンはアニオンと呼ばれます。 この結果、これらにおいてイオン結合が生じます。
 この結合はクーロン力によるものなので、結合の方向性や飽和性を持たないため、イオンの周囲に可能な限り反対の極性のイオンを結合させることになります。 これはイオン半径によって定まることになります。 

 イオン結合の例としては塩化ナトリウムNaClがあり、これは次のようになります。
・・・・-
ClNaClNa+
・・・・
 似たような結合として、塩素と水素が結合した塩化水素HClがありますが、この場合にはイオン結合にはなりません。
 この理由は、ナトリウムの場合には3s電子との結合であり、水素の場合には1s電子との結合になることによります。 つまり、3s電子の場合には、1s電子の場合よりも原子核と弱く結合していることより、塩素側に十分引きつけられることによります。

 格子エネルギー  イオン結合の場合も結合が生じた場合には結合エネルギーが生じます。 このため、多数のイオン分子によってイオン結合が形成されると、熱を発生することになります。
 イオン結合の場合、陽イオンと陰イオンが交互に並び結晶格子を形成します。 0Kにおいて、それぞれのイオン1molを引き離すのに必要なエネルギーのことは格子エネルギーと呼ばれます。

 イオン元素  陰イオンを形成する元素は、1個の電子を受取り、安定な殻構造を形成するハロゲン元素が代表的で、これはフッ素F、塩素Cl、臭素Br、ヨウ素I、アスタチンAtとなります。 また、2個の電子を受取り安定な殻構造を形成して、2価の陰イオンとなる酸素やイオウもあります。
 陽イオンを形成する元素は、1個の電子を失って安定な殻構造を形成する水素とアルカリ金属元素(リチウムLi、ナトリウムNa、カリウムK、ルビジウムRb、セシウムCs、フランシウムFr)が代表的です。 また、2個の電子を失って安定な殻構造を形成するアルカリ土類金属元素(ベリリウムBe、マグネシウムMg、カルシウムCa、ストロンチウムSr、バリウムBa、ラジウムRd)もあります。 他には、アルカリ金属元素と似た元素の銅Cuや、アルカリ土類金属元素と似た元素の亜鉛Zn、カドミウムCd、水銀Hgもあります。

3.1 イオン半径

 陽イオンと陰イオンとでは、どちらが大きいかということになりますが、これは普通には陰イオンになります。 例えば、最も小さい陰イオンであるフッ素のイオン半径は1.36Å(オングストローム)ですが、ナトリウムイオンのイオン半径は0.95Åと、フッ素の70%ほどに縮小してしまいます。 ただし、陽イオンのセシウムイオンの場合には、イオン半径は1.69Åとなり、これはフッ素イオンよりも大きくなります。


 以下に、陰イオンの方が大きくなる理由を記述しておきます。

 イオン半径は、イオン結晶を形成している陽イオンと陰イオンの核間距離がこれらのイオン半径の和となるように定義されています。
 さて、陰イオンというのは、電子を一つまたは二つを受け取って、安定な電子殻が形成されたものです。 一方、陽イオンはこの逆で、電子を一つまたは二つを失って、安定な電子殻が形成されたものです。 (ただし、例外的に共有結合性を持っている場合もあります。)
 陰イオンでは電子が増えることによって、電子による遮蔽が強まり、有効核電荷が小さくなります。 このため、最外殻の電子の半径は大きくなります。 (原子半径については、
原子軌道の5.5b式を参照して下さい。)
 陽イオンの場合には、電子が減ることによって、有効核電荷が小さくなりますから、この半径は大きくなります。
 閉殻を形成している電子殻は、この半径の大きさに応じて変る筈ですから、陰イオンでは大きくなり、陽イオンでは小さくなる、と考えられます。 また、閉殻となった電子殻は、殻の内部まで入り込むように接近すると強い斥力が生じます。 (このことはファンデルワールス反発力によります。) したがって、イオン半径は外側の電子殻の半径(これはファンデルワールス半径になります)よりも小さくなることはありません。
 また、イオン結合はクーロン力で結合したものですから、陰・陽のイオンはできるだけ接近しようとすることになりますが、この接近距離はファンデルワールス反発力によりファンデルワールス半径よりもわずかに大きくなります。
 したがって、イオン半径は原子半径の大きさに相関するということになります。


 イオン結晶の構造 これは陽イオンと陰イオンのイオン半径の比によって、大体推定することができます。 そこで、以下ではこのことについて説明します。
 イオンの結晶構造を決めるのは大きい方のイオンの配置可能性となるため、これを基準にして考えることにします。 問題にするのは半径比(小さい方のイオン半径/大きい方のイオン半径)ですから、これを半径1の球とします。
 同一の大きさの球を充填させる場合、これが最も稠密になる配置は、正三角形配置であり、これは次のように配置することになります。

 この時、大円に接する小円の半径が、この構造での最小のイオン半径比ということになります。 この半径比ρを求めるために、Aの円についての次の図を考えます。

 これより、次のように ρが求められます。
a+b=ρcosθ+cosθ=1 ∴ ρ= 1
─────
cosθ
−1
(3.1)

 角θは、正三角形の場合には30゜となることから、ρは0.1547…になります。

 次に稠密な配置は正四面体となることより、次の図を考えます。

 ここで、A,Bは四面体配置させる場合の4つの球の内の2つの球の中心です。 また、Oは四面体の中心となります。 立方体の一辺の長さを1とすると、aの長さは1/2,bの長さは√2/2となることから、θはtan-1(1/√2)=36.264…゜となります。
 この場合も正三角形の場合と同じように、三角形OABを考えると、この半径比ρは0.2247…となります。

 次に稠密な配置は正八面体であり、この場合には小さい方のイオンを次のように配置することになります。

 この場合には、θ=45゜となりますから、ρは0.4142…となります。

 正八面体の次に稠密となる配置は、正六面体(立方体)となります。 これに接する小円の半径を求めるために、次の図を考えます。

 ここで、三角形OABを考えると、aの長さは√2/2,bの長さは1/2ですから、θはtan-1(√2)=54.73561…゜となります。 したがって、ρは約0.732となります。

 以上のことをまとめると、イオン結合の構造はイオン半径の比より、次のようになります。

半径の比率立体配置配位数備考
1立方八面体12この配置もある
1〜0.732立方体8 
0.732〜0.414正八面体6NaClなど
0.414正方形4この配置もある
0.414〜0.225正四面体4 
0.225〜0.155正三角形3 
  


4. 金属結合

 共有結合やイオン結合の場合には、電子は一つの原子または小数の原子に捕捉されたものでした。 これらに対して金属結合は、電子が小数の原子に束縛されないで、この金属内の原子間を自由に運動する電子によって結合したものです。
 結合の仕方はイオン結合と似ていますが、陰イオンに相当する自由電子は非常に高速に運動していることから、各原子の配置転移に対して速やかに応答することができる点が、イオン結合との大きな違いとなります。 このため、金属は大きな強度を持つと同時にしなやかさも持つことになります。
 また、自由電子は電場の影響を受けて運動を行いますから、電場や電流を伝えるものとなります。 また、これは熱エネルギーを伝えたり、吸収したりして、熱の伝導を行うものとなります。

 金属を形成する元素としては、アルカリ金属、アルカリ土類金属、遷移金属が代表的です。 これらは、次のような特徴があります。

金属の分類特徴
アルカリ金属最外殻に不対s電子のみを持つ。
アルカリ土類金属最外殻にs電子対のみを持つ。
遷移金属最外殻にnd電子を持ち、(n+1)p電子を持たない。
また、多くのものは(n+1)s電子を持つ。

 上記以外には、12族の亜鉛・カドミウム・水銀や、3p電子を持つアルミニウム、4p電子を持つガリウム・ゲルマニウム、5p電子を持つインジウム・スズ・アンチモン、6p電子を持つタリウム・鉛・ビスマス・ポロニウムもあります。
 以上の元素は比較的容易にイオン化できるということが、共通的な特徴となっています。

 金属の構造を簡単に述べるならば、これは同種元素同士の結合によって特定の原子から電子が引き離されているものということになります。 これは次の状況を考えれば明らかなことになります。

このように同種の原子核が等方的に分布している場合には、電子は各原子核の中間に位置するのが自然な配置になります。 このことは各原子が陽イオン化して電子を放出していると考えることもできますが、これよりは同一の原子核からなる格子の中に電子が浮遊していると考えた方が、自然な見方になります。
 もちろん、電子は運動していますから、ある時にはある原子の側にあり、原子と「結合している」と考えることもできます。 しかしこれは一時的なものであり、この結合は仮想的なものということができます。

 このような陽イオンは疑似的なもので、本来の陽イオンではありません。 というのは、これは単に電子の運動によって配置の偏りが生じたものにすぎないからです。 一方で、陽イオンができるならば、他方には陰イオンができ、これらは相殺されます。
 また、自由電子も本来のエネルギーを持っているわけではなく、金属内というエネルギーの低い領域内での運動ということにすぎません。 これを例えるならプールの底での電子の自由運動ということであり、電子がエネルギーを得て原子の束縛から離れて自由運動をしているものではありません。

 さて、金属結合の取り扱いについては、分子軌道法と原子価結合法での共鳴によって考える二つが代表的です。 また、この場合も粒子的見方と波動的見方があります。

 自由電子の波動性  金属内を自由に動き回る自由電子とは何かということになりますが、これは波動的には非局在電子のことになります。 電子の非局在性は二原子分子の結合性分子軌道でも現われましたが、このことは原子軌道の重なりによるものです。 つまり、双方の原子軌道が重なることによって原子間にも分布することができ、電子は二つの原子核の周りを運動することになります。 このような重なりが各原子において生じると、一つの大きな分子軌道を形成することになります。

4.1 金属の結晶構造

 金属はできるだけ稠密な配置をとるようになりますが、これとしては体心立方、面心立方、六方稠密の三種があります。 この中では、面心立方と六方稠密では、原子の占める割合が74%と最も稠密になりますが、体心立方の場合には68%になり、やや隙間ができます。


 体心立方の場合には、次のようになります。 まず一辺の長さが1の立方体を考えます。 この立方体の対角線の長さは√3になりますから、これに入る球(端の場合は球の中心とします)の半径rは、√3/4になります。 また、この立方体に入る球の数は、次のようになります。
4
──
8
+1+ 4
──
8
=2
したがって、この立方体に入る球の全体積Vは次のようになります。
V=2・ 4pr3
───
3
=2・ 4p・(√3)3
────────
3・43
0.6802

 面心立方の場合には、次のようになります。 この場合も立方体の一辺の長さは1とします。 このある面の対角線の長さは√2になりますから、これに入る球の半径rは、√2/4になります。 また、この立方体に入る球の数は4になりますから、この全体積Vは次のようになります。
V=4・ 4pr3
───
3
=4・ 4p・(√2)3
───────
3・43
0.7405


 これらの構造は、以下の配置になります。

体心立方型
面心立方型
六方稠密型

なお、六方稠密型で、真ん中の逆三角形の配置は三角形の配置にしても同じことになります。 したがって、六角形+逆三角形(三角形)+三角形(逆三角形)+六角形という配置も、同様に稠密になります。 実は、これは面心立方型を45゜の角度で切り取った(例えば、右上奥の緑の球から2つの水色の球を通って切り取ります)配置になります。 (実際に球を並べてみないと考えにくいですが。)

 体心立方型にはリチウム、ナトリウム、カリウムなどがあります。 面心立方型には、アルミニウム、カルシウム、銅、金などがあります。 六方稠密型には、ベリリウム、マグネシウム、亜鉛、カドミウムなどがあります。

4.2 アルカリ金属

 アルカリ金属元素のように外殻の電子が一つのs電子となる場合には、周りの同種元素のs電子と重なることになり、これらは全体としては一つの大きな重なりを形成します。 つまり、この場合には各s電子の合成による分子軌道は金属全体に広がることになります。 この結合状態を概念図で示すと、次のようになります。



図8.1

 上図は、不対電子同士による結合が一つの共有結合しか作らないということからすると、矛盾していると考えるかもしれませんが、この場合には似た配置が多数あることから、結合の共鳴によって共有結合が多数生じることによります。
 分子軌道で、複数の原子軌道が結合されるのは、これらの軌道が重なる場合となります。 このような電子としては球状のs電子が代表的なものとなります。 また、d電子やf電子も該当します。

4.2.1 金属の分子軌道

 アルカリ金属としてはリチウムが最も簡単なことより、これについて説明することにします。 リチウムの電子状態は、1s22s1となっていますから、金属結合と関係するのは、不対の2s電子のみということになります。 物質が全てリチウムによって構成される場合には、各原子の2s電子は図8.1のように重なることになります。 したがって、これに対する分子軌道は複数の2s電子の一次結合をとったものとなります。 つまり、分子軌道は、次のように表されることになります。
ψ=c1ψ1+c2ψ2+c3ψ3+…
(4.1)
ここで、一次結合の係数ciは、どの原子の場合も同じように結合していることから、+1か-1、もしくは0となります。 また、ψiは、同種の原子軌道です。 (なお、実際の波動関数は規格化因子を掛けたものになります。) このように、分子軌道が完全に非局在化したものは、「ブロッホの軌道関数」と呼ばれます。

 n個の原子軌道に対してはn個の分子軌道が対応することになりますが、これには結合性のものと反結合性のものがあります。 結合性の分子軌道というのは、原子軌道よりもエネルギー順位が低くなるもので、反結合性の分子軌道は、原子軌道のエネルギー順位よりも高くなるものをいいます。 ただし、原子軌道の重なりがない場合には、これは個々の原子軌道ということになりますから、これは原子軌道のエネルギー順位と同じになります。
 例えば、2原子の場合には、分子軌道ψは次のようになります。
ψ-=s(1)−s(2)
ψ+=s(1)+s(2)
ψ-は反結合性の軌道であり、元の原子軌道のエネルギー順位よりも高くなります。 ψ+は結合性の軌道であり、元の原子軌道のエネルギー順位よりも低くなります。
 また、3原子(s(1),s(2),s(3)の順で並んでいるとします)の場合には、次の分子軌道をとることになります。
ψ1=s(1)−s(2)+s(3)
ψ2=s(1)−s(3)
ψ3=s(1)+s(2)+s(3)
ここで、ψ2では、s(1)とs(3)の重なりがないことから、これは原子軌道のエネルギーと同じになります。 これも必要なのは、原子軌道が3個あることから、分子軌道も3個必要なことによります。
 これらの状況を図で示すと、次のようになります。

 次に、4原子(s(1),s(2),s(3),s(4)の順で並んでいるとします)の場合には、次の分子軌道をとることになります。
ψ1=s(1)−s(2)+s(3)−s(4)
ψ2=s(1)−s(3)−s(3)+s(4)
ψ3=s(1)+s(2)−s(3)−s(4)
ψ4=s(1)+s(2)+s(3)+s(4)
これらの状況を図で示すと、次のようになります。

このように、ψ1では、全てが反結合的重なりとなります。 ψ2では、二つの反結合的重なりと一つの結合的重なりができます。 ψ3では、二つの結合的重なりと一つの反結合的重なりができます。 ψ4では、全てが結合的となります。 なお、ψ2では-ψ2の場合も考えられますが、これは単に-1を掛けたものなので、これは除外されます。 ψ3も同様です。

 同様に多数の原子について行った場合のエネルギー順位は次のようになります。



図4.2 金属結合の場合のエネルギー順位

 この図のように、およそ無限といえるくらい多数の原子の原子軌道を重ねた各分子軌道のエネルギー順位は連続的に並ぶことになります。 この連続的なエネルギー順位の領域のことはエネルギーバンドまたは単にバンドと呼ばれます。

4.2.2 金属結合の強さ

 金属結合を分子軌道法によって考えた場合の金属結合の強さについて述べておきます。 一般的に分子軌道の内、半数は結合性軌道となり、半数は反結合性軌道となります。 各分子軌道には排他原理により二つまでの電子しか入ることができません。 したがって、もし金属結合を行う、ある電子が全て対電子のみの場合には、結合性軌道と反結合性軌道が全て埋まることになり、この電子によっては原子同士は結合しないことになります。
 そのような元素の代表といえるものが水銀です。 これは、最外殻に5d106s2の電子配置を持つものです。 これは融点が約-39℃で、常温で唯一液体となっている金属です。 (なお、ラドンの融点は約-71℃であることから、この結合力は主にファンデルワールス力であると考えられます。) また、同族の亜鉛やカドミウムも融点が低く、水銀の場合と似ています。

4.3 アルカリ土類金属

 アルカリ土類金属は2族の元素で、これは最外殻に対の2s電子のみをもつ元素です。 対の電子では共有結合を行うことはできないため、一つは2p軌道に昇位することになります。 (対のs電子によっては分子軌道法でも金属結合を行うことはできません。) この結果、2s電子と2p電子ができることから、sp混成軌道を形成することになります。 これは2方向性のものですから、

…-Be-Be-Be-…

という結合を形成することになります。
 このような配置が多数あることから、多数の結合の仕方があり、これらは共鳴混成体を作ることになります。 このことは金属結合を原子価結合法によって説明するものですが、これだけでは電気伝導の説明は困難なため、イオンのものもあると考えます。 この負イオンの場合には、sp2混成軌道を形成するため、これによる結合は平面的な三方向性の結合となります。 これも様々な配置のものが考えられることから、状況が複雑になります。

 主にsp混成軌道による、二方向性の結合に対する結晶構造は六方稠密型になると考えられますが、ベリリウムは正にこの配置になっています。 また、同じ状況のマグネシウムの場合も六方稠密型となります。

 しかし、カルシウム以降になるとベリリウムやマグネシウムの場合とは状況が異なります。 というのは、4周期以降では、まず最初に3dより上の順位の4s軌道から詰まるからです。 したがって、この下位には3d軌道があります。 このため、対の4s電子の一つは3d軌道に「昇位」することになり、sd混成軌道によって共有結合が行なわれると考えられます。
 また、化学的性質も、カルシウム以降の典型的なアルカリ土類元素とリチウム・マグネシウムとでは異なります。 このため、これらは同じ族でも別の種類になります。

4.3.1 金属軌道

 ベリリウムの場合では金属結合を原子価結合法で考えたわけですが、これによって金属の自由電子をどう考えるかということについて述べておきます。
 簡単な金属の例としてリチウムを考え、この金属結合について説明します。 原子価結合法では、金属結合は共有結合の共鳴混成体として考えます。 このようなものは仮想的なものであり、現実と対応したものではありませんが、電子対による共有結合によって考えることができるため有用なものということができます。
 まず、イオンが生じていない場合には、次のような共鳴混成体が生じています。

LiLiLi Li
 
LiLiLi Li
 ところが、ある原子の電子はこれを離れて別の原子と結合し、イオンを作ることになります。 この場合には、次のような結合となります。
LiLi-
Li+Li
 4個のリチウムの結合の場合では、このような組合せは4つあり、これらがイオンがない場合の共鳴混成体に加わるということになります。
 このように、ある原子が他の原子の電子(自由電子)を受け入れるような軌道のことは金属軌道と呼ばれ、原子軌道のエネルギー順位に近い軌道になります。 リチウムの場合には、これは2価の結合のものということになりますから、2p軌道となります。 さらに、これはs軌道とp軌道の混成が生じて、sp混成軌道となります。
 金属結合の場合には、このような金属軌道が必要になります。 したがって、比較的近いエネルギー順位の軌道全ては使用できない状況となります。 また、1原子当り「何個」の金属軌道があるかによって、自由電子の数が決ります。
 金属結合の場合、一般的には最外殻の電子は、(原子価結合法では)共有結合電子(原子価電子)、非共有結合電子(対電子の場合と不対電子の場合があります)、自由電子に区別されます。

4.4 遷移元素

 遷移元素は最外殻にd軌道やf軌道を持ち、p電子を持たない元素です。 しかも、最外殻のd軌道とs軌道が飽和していない元素です。
 d電子(やf電子)を持つことの意味は、これらがs電子と同じように周りの原子と重なりが生じることと、軌道の数が多いということです。 軌道の数が多いということは不対電子をそれだけ多く持てるということを意味し、したがって結合性の金属結合を行う電子が多いということになります。 このことが、遷移元素における金属の性質を説明するものとなります。

4.4.1 遷移元素の性質

 遷移元素の金属の性質としては、以下のものがあります。

 1) 融点が高い。硬度が大きい。

 2) 有機化合物と結合して、錯体を作る。

 3) 酸に溶ける。

 4) 常磁性を示す。

4.5 原子間距離

 原子価結合法では、金属の場合も電子同士の共有結合によって説明されるわけですが、この場合には通常の共有結合のように1個の電子によって行なわれるわけではなく、結合数に応じて部分的に行なわれることになります。 このような部分的原子価のことは、部分結合数と呼ばれます。 例えば、1個の電子によって4個の原子と結合する場合には、部分結合数は1/4になります。
 そこで、このようなことを実際の金属結合の場合にどうなるかということを説明することにします。 1個の電子によって金属結合が行なわれているものとしてはリチウムが挙げられますから、これの部分結合数を求めることにします。

 まず、部分結合数がnになるとき、この原子間距離 RはÅ単位で、ポーリングによって次のように与えられました。
R(1)−R(n)=0.300log10(n)
(4.2)
ここで、0.300という値は、結合数が1以下となる場合、多くのものがこの係数に従うということから決められました。 なお、炭素の多重結合の場合(結合数は1以上となります)では、この係数は0.35になります。
 さて、リチウムの場合には体心立方構造をとりますから、一つの原子の周りには8個の隣接原子とこれより少し遠い距離にある6個の電子と結合することになります。 したがって、この部分結合数にはn8とn6があり、これらは次の関係を満たします。
8n8+ 6n6=1
(4.3)
 リチウムの場合、原子間距離は3.039(もしくは3.032)Åとなりますから、R(n8)はこの半分の1.516になります。
 次に、R(n6)の方ですが、これは次のようにして求めることができます。 体心立方体の一辺の長さを1とすると、この対角線の長さは√3になり、この半分の長さがR(n8)の距離比r8となります。 また、中心原子の中心から立方体の端までの距離は1/2になり、これを2倍したものがR(n6)の距離比r6となります。 したがって、R(n6)は、R(n8)に、r6/r8を掛けたものとなりますから、これは次のようになります。
R(n6)=R(n8)・ 1
─────
√3/2
=1.516×1.1547=1.751[×10-10m]
これらの距離をそれぞれ4.2式に代入すると、次の関係式が得られます。
R(n6)−R(n8)=1.751−1.516=0.235=0.300{log10(n8)−log10(n6)}=0.3log10(n8/n6)
∴ n8/n6=10(0.235/0.300)=6.07
これを4.3式に代入して、各結合数は次のようになります。
8n8+6n6=8n8+(6/6.07)n8=1
 ∴ n8=1/9.00
n6=1/(9.00×6.07)=1/54.6
 リチウムの場合と同じになるアルカリ金属では、原子同士の結合はこれらの部分結合数によって行なわれているということになります。
 また、ある部分結合数に対する原子間距離が分かれば、任意の部分結合数に対する原子間距離が分かるということになります。 これは、結合数1に対する原子間距離を4.2式より求め、この式の右辺の値を代入すればよいことになります。
 例えば、リチウムの場合には、R(1)は次のようになります。
R(1)
=R(n8)+0.3log10(n8)=R(n8)+0.3log10(1/9.00)
=1.516−0.286=1.230[×10-10m]
実際の結合数1のリチウムの原子間距離は1.225Åとなり、これと大体合っています。 4.2式は経験的な式であり、条件により多少変るものとされますが、大凡の目安をつけるにはよい式のようです。
 もし、これをより正確に一致させるとするなら、0.300ではなく、0.305とすればよいことになります。 この場合には、同様な計算で、n8とn6は次の値になります。
n8=1/9.02, n6=1/53.2
しかしながら、例えばカリウムの場合には、係数を0.305としても実測値との差が結構生じます。 やはり、正確に求めるには個別的な調整が必要なようです。

 さて、ある金属の原子間距離とこの結晶構造が分かれば結合数と大凡の原子価が求められます。 そこで、例として鉄の原子価を求めることにします。
 鉄は体心立方構造を持ち、これはリチウムの場合と同じになります。 また、この単結合の結合半径は1.165Åで、金属結合の場合の原子間距離は2.482Åですから、結合数nは次のようになります。
n=10{(1.1652.482/2)/0.300}=0.558
そして、これが9.00個との結合に当たるわけですから、鉄の原子価は次の値になります。
0.558×9.00=5.02
これは少し小さい値になりますが。
 また、銅の場合では、これは面心立方構造となりますから、これは等距離に12個の原子と結合しています。 この単結合の結合半径は1.173Åで、金属結合の場合の原子間距離は2.556Åですから、結合数nは次のようになります。
n=10{(1.1732.556/2)/0.300}=0.447
そして、これがおよそ12個との結合に当たるわけですから、銅の原子価は次の値になります。
0.447×12=5.36

4.6 電気伝導性

 金属の場合、固体内を自由に運動する電子があることによって、固体のある場所で生じた電場や熱エネルギーを伝えることができます。 そこで、この電気電導性について少し詳しく述べることにします。

 電気回路に電圧を加えると電流が流れ、これは電圧に比例します。 電流とは単位時間当りに輸送される電荷に比例したものです。 つまり、1秒間に1クーロンの電荷が輸送されるとき、この電流の大きさを1A(アンペア)と定義するものです。
 金属内では電子は非常に高速に運動していますが、それぞれが勝手な方向に運動していることから、全体としては電流の流れはないものとなっています。 ところが、外部から電場が加えられると、各電子は電場によって加速され、電場の逆方向への流れが生じることになります。 (電子の流れと電流の方向は逆になります。) この加速度運動によって電子の運動エネルギーは増加しますから、電子の波動状態としては、このエネルギー順位に移る必要があります。 このような変化は連続的なものですから、エネルギー順位も連続的になっている必要があります。 (なお、電場によって加速された運動は原子への衝突によって減速されます。) この条件は、図4.2のように連続的となることから満たされます。

 さて、金属の中でも銅や銀、金の電気電導性や熱伝導性が高いのですが、これは次のことによります。 自由電子が金属中を動く場合、電子が電場によって加速されても、原子に衝突して電子の運動は減速することになります。 したがって、電場に対する単位時間当りの電荷の輸送量、つまり電流は本来考えられる場合よりも小さくなります。 もし原子との衝突による電子の減速が小さくなれば、電気電導性が高まることになります。
 このことをいうために、電子の運動を波動の伝搬として考えるものとします。 電子が原子に衝突して、その運動方向を変えることは、波動の伝搬として見ると散乱に当ります。 すると、この散乱ができるだけ少ないものが抵抗が少ないものということになります。
 この極端な例が、絶対0度で結晶格子が振動していない場合となります。(絶対零度でも結晶格子は零点振動を行っていますが、この運動は電子の運動を妨げないとされます。) この場合には、電子の波動は一様な電場の中を進むことになるため、屈折は起っても散乱は起りません。 これは光の場合と同様です。

 しかし、格子が振動して、この一様分布からのずれが生じると、散乱はこのずれの2乗平均値に比例することになります。 銅の場合には3d軌道が閉じていて、原子としては球対称的になり、一様性が高くなります。 このため、熱振動を行っていても、ずれの2乗平均値は小さくなると考えられます。
 銅と似たような元素としてはアルカリ金属やアルカリ土類金属もあるわけですが、これらも比較的導電率が高くなっています。 ただし、この中ではアルカリ金属の導電率があまり高くないのですが、これは金属結合の弱さが関係しているように考えられます。 つまり、アルカリ金属の場合では熱振動が大きくなるということが関係していると考えられます。
 アルカリ土類金属では、ベリリウムが最も導電率が高く、これは銅と似ています。 実際、融点は銅が1083℃であるのに対して、ベリリウムは1278℃と、だいたい同じくらいになっています。 このことは、原子同士が強く結合しているということですから、この金属格子はそれだけ動きにくいことになります。


5. 分子間力

 中性の分子に働く力としては分子間力と呼ばれる、双極子-双極子相互作用とファンデルワールス力(van del Waals力)があります。 これらも、基本的には静電的な力です。

5.1 双極子モーメント

 電気陰性度の異なる原子同士が共有結合した場合、電荷雲は電気陰性度の強い方に偏り、これは負電荷を帯び、この反対側は正電荷を帯びることより、分子は双極子を形成します。 双極子の特徴などは双極子モーメントによって表わすことができ、これは次のように定義されます。 絶対値が同じで反対の符号を持つ有効電荷eが、距離rだけ離れていた場合、この双極子モーメントμは次のようになります。
μ=er
(5.1)
 例えば、1Cの電荷がボーア半径a0(約0.529Å)だけ離れていた場合の双極子モーメントは、次の値になります。
1.602×10-19[C]×5.29×10-11[m]=8.47×10-30[C・m]
 双極子モーメントの単位としてデバイ(D)というものがあり、これは10-18スタットクーロン・ センチメートル(statC・cm)の値となります。 スタットクーロンは、CGS静電単位系での素電荷の値で、これは約4.803×10-10[esu]の値になります。 SI単位系では、statCは約3.335×10-10[C](これは、SI単位系での素電荷(約1.602×10-19[C])をCSG単位系での素電荷で割ったもの)となりますから、
1D3.335×10-30[C・m]
になります。 なお、デバイというのは、双極子モーメントの理論を確立したオランダの物理学者P.Debyeに因みます。

 共有結合している二原子分子の場合、電気陰性度の差がほぼ双極子モーメント(D)に等しくなるとされます。 

5.2 双極子-双極子相互作用

 双極子となっている分子同士には双極子-双極子相互作用が生じ、次のように分子間力が働くことになります。
AB
-  +-  +

 AとBの双極子モーメントをそれぞれμ1,μ2とし、これらの間隔をrとすると、この相互作用エネルギーEは次のようになります。
E=− μ1μ2
─────
r3
(5.2)
エネルギーが負になっているのは、引力であることを示しています。
 力の強さで言うと、これは距離の4乗に反比例します。 (1/r3をrで微分すると、-1/3・1/r4となりますから。) このように、この力は非常に接近した場合に働く力となります。

5.3 水素結合

 水素が酸素や窒素などのように電子を引きつける力が強いものと共有結合をすると、共有結合電子対はこれらの原子に強く引きつけられ、水素側は陽子が露出したようになります。 しかも、水素は最も小さいことから、他の原子に十分に接近することができます。 つまり、これは双極子-双極子相互作用の一種になります。 このため、このような水素は電気陰性度の高い原子に接近すると、クーロン力により結合性が生じます。 この結合のことは水素結合と呼ばれ、次のように示されます。

A-HB
この結合は、A-Hの結合軸に対してほぼ直線となります。
 水素結合の強さは2〜9kcal/mol程度で、一般的な共有結合(単結合)の強さ40〜110kcal/molよりは大分弱くなります。 水の場合では、これは約5kcal/molになります。

 電気陰性度の高い原子としては、フッ素、酸素、窒素、塩素があります。 フッ素はハロゲン元素の中では最も小さく、電気陰性度が最も強くなっています。 このためフッ化水素(HF)は水素イオンを放出しやすく、この水溶液であるフッ化水素酸は、極めて反応性の高い酸となります。 なお、フッ素ガスは極めて反応性が高いことから劇薬になっています。
 塩素は原子半径が大きいことから、水素結合を作るには十分ではないとされます。

 したがって水素結合というのは、多くの場合、酸素と窒素になり、AとBはこれらの元素となります。 電気陰性度は窒素よりも酸素の方が高いため、水は水素結合の代表的なものとなります。

 なお、DNAの二重螺旋はこの塩基同士の水素結合によって形成されています。

5.4 ファンデルワールス力

 ファンデルワールス力は、中性の分子同士が十分に接近した場合に現われる引力です。 これも双極子-双極子相互作用と似たようなものとなります。 以下では、この力について説明することにします。

 分子内では、原子は各共有結合により各軌道が満たされてほぼ球状の電荷分布を持つことになります。 電荷雲はある一定の状態で落ち着いているわけではなく、電子が運動していることから常に変動しています。 したがって、ある瞬間に限れば、電荷雲には偏りが生じていて双極子となっています。
 この双極子が、他の原子に十分に接近すると、双極子の誘導作用が生じることになります。 つまり、接触した分子の表面上にある各原子の電子群に対して反対の双極子を一時的に生成させることになります。
 この力は、双極子-双極子相互作用よりも作用力の及ぶ範囲がさらに狭くなり、これは距離の7乗に反比例します。 (なお、この結合エネルギーは距離の6乗に反比例します。) したがって、この力は原子や分子がほぼ接触した場合に働くものとなります。

 ファンデルワールス力を、希ガス原子を例にした概念図で示すと、次のようになります。

 次には、電荷分布が右に偏りというように、相互に同調して電荷が偏ることになります。 この結果、原子核の正電荷性が持続的に現われて、他方の電荷雲と静電的引力が生じることになります。 したがって、分子を作らないヘリウムやネオンなどの希ガス元素も、ファンデルワールス力により結合します。

 ファンデルワールス力は原子や分子が大きくなるにしたがって強くなります。 この理由は、この力が電子数(おそらく原子核の陽子数も)と関係するようになるためです。 また、原子や分子の分極性とも関係します。
 各希ガス元素の性質は似ていることから、これらのファンデルワールス力は原子番号にだいたい比例するようになります。 希ガス以外では、無極性のものである、等核二原子分子に働く力もファンデルワールス力となります。

 希ガスや無極性分子の場合では、沸点はファンデルワールス力とだけ関係することになりますから、この中の幾つかを以下に示すことにします。(値は最新のものとは少し異なるようです。なお、温度の単位はケルビン温度で、これは0K=-273.15℃になります。)

元素電子数融点(K)分子電子数融点(K)
He24.2 H2420.4
Ne1027.2 N21477.3
Ar1887.3 O21690.2
Kr36119.9F21885.0
Xe54165.1Cl234239
Rn86211 Br270332

 この表のように、似たようなものでは、ファンデルワールス力はだいたい電子数と比例しています。 しかし、系統が異なる場合には、1電子当りのファンデルワールス力はかなり相異があります。 この理由は分極率が異なるためで、この表の分子は希ガスに比べて分極率が大きいことから、ファンデルワールス力が強くなります。 分極率が小さいものとしては、希ガスの他には陽イオンもあります。

 ところで、原子がファンデルワールス引力が最大となる距離よりもさらに接近しようとすると、電子殻が形成された電荷雲同士による急激的な反発力が現われ、この殻の内部に入り込むことはできなくなります。 この半径のことは、原子のファンデルワールス半径と呼ばれ、これが原子の実質的な大きさを定めるものとなります。 (この半径は、イオン半径とほぼ同じになります。)
 ファンデルワールス半径は、次の図のbの長さになります。 また、共有結合半径はaの長さになります。

 幾つかの原子について、共有結合半径(単結合の場合)とファンデルワールス半径の値を次の表に示します。 単位はÅです。

原子共有結合半径ファンデルワールス半径
H(水素)0.301.2
C(炭素)0.771.70(ベンゼンの厚さの半分)
N(窒素)0.701.5
O(酸素)0.661.40
F(フッ素)0.641.35
P(リン)1.101.9
S(硫黄)1.041.85
Cl(塩素)0.991.80

 この表で、水素の共有結合半径は他の原子に対する場合のもので、水素同士の場合には0.38Åになります。 また、炭素については、二重結合と三重結合の場合の共有結合半径は、それぞれ0.67Åと0.6Åになります。
 上記のファンデルワールス半径はL.Paulingの見積もりによるものですが、これは分子間距離から定めたもので、実際の非結合距離とは10%ほどの違いがあるようです。

 さて、常温でファンデルワールス力により結合したものとしては脂肪酸があります。 脂肪酸は普通長い炭化水素鎖をもつカルボン酸ですが、これは非極性部分である炭化水素鎖間にファンデルワールス力が働き、脂肪酸同士は弱く結合することになります。 これは、瞬間的な双極子によって次のように結合したものになります。

A:+−+−+−+−
B:−+−+−+−+

不飽和脂肪酸の場合には、分子が折れ曲がっていることから、脂肪酸同士の接触面積が小さくなり、したがって結合力が低下します。 このことが、不飽和脂肪酸を多く含む油が常温で液体となっている理由です。

 また、中性脂肪に似たリン脂質も常温でファンデルワールス力により結合しています。 これは細胞膜を形成しているもので、水の中で膜を次のように形成しています。

 
 
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上図で、"o"はリン酸基を、"―"は2つの脂肪酸を表したものです。 これらの脂肪酸同士にはファンデルワールス力が働き、膜を強固なものにしています。 といっても、脂肪酸の一つは不飽和脂肪酸となっていて、ある程度の可動性があります。

 リン脂質は、トリグリセリド(中性脂肪)を構成している3つの脂肪酸(エステルになったもの)の一つがリン酸基に置き換わったもので、これは極性があることから、中性脂肪とは異なり親水性を示します。 この結果、水の中では中性脂肪のようには固まらずに横に長く並び、膜を形成することになります。


6. 近似法

 原子同士の結合を取り扱うには、二つの方法があります。 一つは、分離した原子同士で考える原子価結合法で、もう一つは、複数の原子を一緒にしたもので考える分子軌道関数法です。 これらは近似法ですが、近似法を用いざるを得ないのは多数の核および電子を含む場合の電子の軌道をシュレーディンガーの波動方程式によって正確に解くことができないことによります。

 多電子系を解くためには多変数の偏微分方程式を解く必要がありますが、これを数学的に解くことは非常に困難になります。 例えば、これとして有名なものに天体運動における三体問題があります。
 どちらの方法も改良することによって同じ結果(核間距離や結合エネルギー)に導かれ、この意味では同等なものとされます。 しかし、原子価結合法は原子同士の結合を線で結んだ従来の考え方のもので、馴染みやすいという利点があります。 一方、分子軌道法の場合には、あまり直感的ではないのですが、より正しい見解に導かれるという利点があります。

6.1 原子価結合法

 原子価結合法はVB(Valance Bond)法とも呼ばれ、結合を原子軌道同士での結合で考えるものです。 したがって、電子は二つの原子の間に存在することになります。 これは従来のように原子同士を線で結ぶ考え方のもので、いわば標準的な見方のものです。
 通常は、共有結合電子は二つの原子間に局在するという考えで十分なのですが、分子の対称性が高い場合には、実際には結合電子が特定の二つの原子の間に局在しないことが多く、本来の結合を正しく表現していないということが起こります。 このような例としてはベンゼン環があり、これは二重結合の位置に任意性があります。 この場合には複数の結合構造図のものを考え、これらのものが混在しているものと考えます。 こうした結合状態のことは共鳴と呼ばれていますが、これは原子価結合法における便宜的なもので、正しい結合状態を示すものではありません。

 VB法では、以下のことを仮定しています。

 共鳴  分子が複数の原子価結合図によって表される時(ただし各原子核の位置は変えない)、これには共鳴があるといわれます。 共鳴は以下のようなことです。

 共鳴が成立するためには、次の条件が満たされている必要があります。  共鳴として表わされる代表的なものには、ベンゼン環があります。 これはケクレ構造図では次の図の(a)または(b)のように表わされ、原子価結合法ではこれらやDewerの構造図(これはあまり馴染みがなく、寄与が低いので省略します)の共鳴として表示されますが、実際の結合は、このπ結合を行なっている各p電子がベンゼン環の炭素原子全体に広がっていることから、(c)のようになります。

 他に重要な例としては、二酸化炭素CO2があります。 これは従来は、

O=C=O

という構造で考えられていたのですが、実際には次の共鳴として考えられています。

{O=C=O O舛−O- O-−C前}

このように考えられることになったのは、C-O間の距離がこの二重結合と三重結合の中間くらいの距離になることからでした。 また、この結合エネルギーも共鳴エネルギーを考えないとうまく説明できないことからです。
 共鳴で注意するべきことは、個々の原子価図の構造は仮想的なものであって、実際にはそれらの構造では存在していないことです。 実際の結合は、各構造の線形結合(各構造の波動を重みをつけて重ね合わせたもの)で表わされることになります。 このことは、混成軌道の場合と似ています。

6.2 分子軌道法

 原子価結合法が原子の各電子は原子軌道に存在し、双方の不対電子がσ結合やπ結合をすることによって結合していると考えるのに対して、分子軌道法は各電子が複数の原子核を中心にした分子軌道を動くものと考えます。 つまり、原子価結合法では結合電子は元の原子核の付近に局在するものと考えるのですが、分子軌道法の場合では、複数の原子核の周辺に広がって分布するものと考えます。 したがって、分子軌道法の場合では共有電子は二つの原子の間にだけ存在するものということにはなりません。 このことは、電子が特定の原子核に束縛されるものでないことを考えれば、当然のこととなります。 電子は単にこれが持つエネルギーにしたがって、ポテンシャル場内を運動するものにすぎません。 このことにも拘らず、分子結合が主に原子価結合法で考えられたり、これで表現されるのは、分子結合を、一重結合や二重結合などの線によって原子同士を結んで簡単に表せることによります。 しかしながら、これは便宜的なものであり、真の結合状態を表したものではないことに注意する必要があります。

 さて、原子価結合法では、分子結合をσ結合やπ結合による波動関数の重なりによって考えますが、分子軌道法の場合ではこのような結合は考えないで、単に結合軌道や反結合軌道ということによって考えます。 結合軌道とは原子核間距離が短くなる場合にエネルギーが低くなる軌道のもので、反結合軌道とは逆にこの距離が長くなる場合にエネルギーが低くなる軌道のことです。 このことは、電子の電荷雲がどのように分布するかによるもので、これが原子核間に高い密度で分布するならば結合性のものとなり、逆に原子核間での電荷密度が低くなるならば反結合性のものとなります。 もっとも、結合軌道でも原子核間距離が短くなりすぎると、原子核同士の反発力の方が強くなることから、ある距離以上には接近しません。

 分子軌道を表す方法には、各原子軌道の一次結合(線形結合)をとる方法(LCAO法:Linear Combination of Atomic Orbitals)が一般的です。 (なお、原子軌道を用いないで解析的に取り扱うものとして Hartree-Fock法がありますが、これは数値解析的に求めることから、関数として表現するのには向いていません。) これは原子価結合法での共鳴の数式表現と同じになることから、両者は同じ結果に帰着します。
 分子軌道関数は、原子の場合の一中心軌道関数から多中心軌道関数に変ったもので、これは原子軌道関数と同じように考えることができます。 この物理的意味は、この関数の2乗が電子の存在確率を与えるものとなります。 すなわちある微小領域(体積素片)dτに電子を見いだす確率はこの関数の2乗にdτを掛けたものになります。 (一般的には波動関数は複素数で表現されますが、分子軌道関数は実関数であると仮定されます。したがって、単にこの2乗を取ればよいことになります。) また、各分子軌道は決ったエネルギーを持つというのも、原子軌道の場合と同じです。
 この構成手続きは原子軌道の場合と同じく、分子軌道に電子を入れる際には、エネルギーの最も低いものから入れていきます。 同じエネルギー軌道のものが複数ある場合には、(この他の軌道の電子と)スピンを同じにして空いている軌道に入れていきます。 同一エネルギー軌道の全てが充填した場合には、スピンを対にして2個まで入れることができます。 同じ軌道に2個よりも多く入ることは、全ての量子状態が同一になるものが生じることになり、これはパウリの排他原理により禁じられます。

 Rayleigh-Ritz法  シュレーディンガーの波動方程式は、水素原子の場合を除いて多数の変数を含む偏微分方程式となることから、これを解析的に解くことは不可能になります。 そこで、ある妥当な関数によって近似するという方法がとられます。 この場合、可変パラメータを含むのが一般的で、この値を決定する必要があります。 求めようとする波動関数は分子結合を行なう波動関数であることから、これはエネルギーが最低となるものが選択されることになります。
 可変パラメータがn個となる場合、これらの変数によるエネルギー「曲面」が最低となる条件というのは、各変数についての偏微分が0となることです。 (このような方法によって解を求めることは、変分法と呼ばれます。) このことは、1つの変数の場合の曲線が極小になるのはこの微分値が0となる、ということに対応しています。 もちろん、極大になったり、変曲点になったりする場合もありますが、多くの場合、全ての偏微分値が0の点というのはエネルギーが最小になるということが期待できます。
 例えば、2変数の場合には、次のようなことです。

 さて、シュレーディンガーの波動方程式からエネルギーを求めるには、次のようにします。 まず、ある波動関数ψ(これは実関数とします)に対するシュレーディンガーの波動方程式は、次のようになります。
Hψ=Eψ
 Hはハミルトニアンと呼ばれる演算子で、これは粒子の場合でいえば、粒子の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーを求めるためのものです。 つまり、これは全エネルギーを求めるためのものです。 これは、電子に対してというように質量の同じものについては、ポテンシャルエネルギーの項以外は、(この方程式の表現の仕方が異なる場合を除いて)常に同じになります。
この式から直接エネルギーを求めることはできないため、この両辺にψを掛けて積分すると、次のようになります。
ò ψHψdτ ò ψEψdτ =E ò ψ2dτ
したがって、エネルギーEは次のようになります。
E=
ò ψHψdτ
────────
ò ψ2dτ
(6.1)
これから、各∂E/∂ci=0を求めて、各パラメータが定まることになります。 しかしながら、パラメータは指数関数の中に組み込まれていたりして、これを解くのは容易ではありません。
 そこで、Ritzはパラメータが基底関数の係数として線形の形で現れるならば、非常に簡単に求められることを示しました。 つまり、試行関数ψが次のように表わされるならば、比較的容易に求められることを示しました。
ψ=c1φ1+c2φ2+…+cnφn
(6.2)
この形式を使用した変分法による解法のことは、Rayleigh-Ritz法(レイリーリッツ法)と呼ばれます(
補足)。

 LCAO法  LCAO法は分子軌道関数(MO)を原子軌道関数(AO)の一次結合によって表わす方法で、この解法はRayleigh-Ritz法によります。
 問題となるのは原子軌道の一次結合の選び方となりますが、これは次の条件が満たされるようにします。

 1は、分子結合が形成されるためには、分子軌道のエネルギーがこの原子軌道のエネルギーよりも低くなる必要がありますが、このためには両軌道がある程度重なる必要があるためです(これは、この式の共鳴積分H12がある程度大きくなる必要があることによります)。 2は、両軌道のエネルギー差が大きいと、分子軌道のエネルギーは、エネルギーの低い方の原子軌道のエネルギーとほぼ同じになることによります(これは、この式でのエネルギー値Eが両原子軌道のエネルギー値E1,E2に近くなることによります)。
 3は、対称性が異なると原子軌道が重なった部分での重なり積分や共鳴積分に値が同じで符号が反対のものができるため、互いに打ち消し合ってしまうことによります。 これは、次のような状態のことです。

 さて、LCAO法では、分子軌道ψは各原子軌道φiを用いて、次のように表わされます。
ψ=c1φ1+c2φ2+…cnφn
(6.3)
これは各原子軌道にそれぞれ重みをつけて重ね合わせたもの(線形結合)となります。 これは原子価結合法(VB法)の共鳴の場合と同じになりますが、共鳴ではこの各係数は各構造の配分比率を意味するもので、概念的には異なるものです。 また、混成軌道の場合とも形式的に同じになりますが、混成軌道の場合には軌道の中心は同じなのですが、分子軌道の場合には軌道の中心が異なる、という違いがあります。 (このように形式は同じでも、意味が異なるというややこしさがあります。)

 結合性および反結合性軌道  原子軌道2個の一次結合からは2つの分子軌道が得られ(一般には、k個の原子軌道からはk個のエネルギー値が得られることより、k個の分子軌道が得られます)、これは一般に両原子軌道よりも低いエネルギーのものである結合性軌道のものと、両原子軌道よりも高いエネルギーのものである、反結合性分子軌道が得られます。 これは、分子軌道のエネルギー値Eを与えるこの式の曲線が、大抵次のようになることからです。

 結合性軌道ψ+および反結合軌道ψ-は、規格化因子を除外して、次のように表わされます。
ψ+φAφB
(6.4)
ψ-φAφB
(6.5)
 これらの軌道の意味を簡単に述べると、結合性軌道とは、原子同士が分子を形成しないで遠くに離れていた場合の原子軌道よりもエネルギーが低くなる軌道のことです。 このことは、原子核間の電荷密度が高くなることによります。 (これは、1s軌道同士の場合では、2つの山を持つ楕円のような形となります。)
 一方、反結合性軌道とは、原子同士が接近すると原子軌道よりもエネルギーが高くなる軌道のことです。 つまり電子と他方の原子核との引力よりも原子核同士の斥力の方が強くなることによって、原子同士が離反するような軌道のことです。 このことは、原子核間の電荷密度が小さくなることによります。 (これは、1s軌道同士の場合では、2p軌道のようになります。) しかしながら、そうであるからといって、この分子軌道に電子が入らないということではありません。 というのは、これはある原子軌道について分子軌道のことであって、この原子軌道よりも高いエネルギーの原子軌道による結合性分子軌道に比べれば低くなることが多いからです。

 さて、結合が原子軌道同士のσ結合となる場合には(これは結合軸に対して回転対称になる場合のこと)、結合性軌道はσ軌道と表わされ、反結合性軌道の方はσ*軌道と表わされます。 また、2つのローブ(lobe:広がり)で結合してπ結合となる場合には、結合性軌道はπ軌道と表わされ、反結合性軌道の方はπ*軌道と表わされます。 さらに、4つのローブで結合してδ結合となる場合には、結合性軌道はδ軌道と表わされ、反結合性軌道の方はδ*軌道と表わされます。

 σやπなどのことは、結合軸の断面から見た回転性における角運動量の量子数を示すものです。 一般に、それぞれの結合における各分子軌道ψpは次のようになります。
ψp=Fp(r,θ)eimφ=Fp(r,θ)(cosmφ+isinmφ)
上式で、m=0の場合がσ軌道、m=±1の場合がπ軌道、m=±2の場合がδ軌道となります。
 結合軸の断面から見たσ軌道、π軌道、δ軌道は、それぞれ一例を示すと次のような形になります。

上図は波動関数の符号のみを示した図であって、実際にはcosmφのように電荷雲の広がりが変化していきます。
 また、結合性軌道と反結合性軌道を対称性の違いによって表現する場合もあります。 この対称性とは中心対称性のことで、ある点から中心に対して線を引き、ちょうど反対側にある点の波動関数が、絶対値が同じで符号も同じになる場合を反転操作に対して対称であるといい、また絶対値が同じで符号が反対になる場合を反転操作に対して反対称であるといいます。 この対称、反対称のことは、ドイツ語のgerade(偶数の)、ungerade(奇数の)を用いて表わされます。
 ただし、結合性軌道でも、σ結合の場合とπ結合の場合とでは、対称性が反対になります。 σ結合の場合には、反転に対して対称となりますから、これはσgとなります。 しかし、π結合の場合には反対称となることから、これはπuとなります。
 一方、反結合性軌道の場合には、結合性軌道の場合の逆となることから、σ結合の場合には、σu*となり、π結合の場合には、πg*となります。

 水素分子の結合  分子結合として最も簡単なものである水素分子の分子結合について説明します。 水素分子の原子軌道は1s軌道であり、この結合はσ結合となることから、この原子軌道による分子軌道は、結合性軌道1sσ(あるいは1σ等)および反結合性軌道1sσ*(あるいは1σ*等)となります。 これらのエネルギー順位の関係を示すと、次のようになります。

 上記のエネルギー順位の関係から、最初は1sσ軌道に入ることになります。 一つの軌道には2個まで入ることができることから、双方の原子の電子が1sσ軌道に入って電子の充填が完了し、安定な分子結合が形成されます。

 なお、分子軌道を正確に表わすには、(6.4)式や(6.5)式の右辺に規格化因子Nを掛けることになります。 これは、絶対値が同じ係数による結合の場合には次のようになります(参照)。
N+=1/ Ö __________
2(1+S)

, N-=1/ Ö __________
2(1−S)

(6.6)
ここでSは重なり積分ですが、水素分子では(H2+の場合)、これは0.59となり、N+=0.59,N-=1.10となります。 これをSを無視して、N±=1/20.7とすることもありますが、これはN+とはだいたい同じになるものの、N-とはだいぶ違います。

 実在しないヘリウム分子  ヘリウムには1s電子が2個あり、ヘリウム原子同士が分子結合するとなると、反結合性軌道の1sσ*に2個入ることになり、このことは結合性軌道のエネルギー低下を相殺するばかりでなく、原子同士の反発を引起こすようになり、ヘリウム分子は形成されません。 この理由は、1sσ軌道と1s軌道とのエネルギー差よりも、1sσ*軌道と1s軌道とのエネルギー差の方が大きくなることによります。 つまり、分子全体としてのエネルギーの方が、それぞれ原子単独で存在する場合の系の全エネルギーよりも大きくなるために、通常この結合は起こりません。 それでは、2s軌道による2sσではどうなるかといいますと、これは1sσ*軌道よりもエネルギーが大きくなるため、この分子軌道には入りません。
 しかし、1sσ*に電子が1個しか入らないHe+イオンの場合には、この方が原子同士の場合よりもエネルギーが低くなることから、これは通常の条件下でも存在できます。
 そこで、分子の結合性の尺度を表わすための、結合次数(BO:Bond Order)というものが次のように定義されています。

BO=1/2{結合性軌道の電子数 − 反結合性軌道の電子数}

 等核二原子分子の結合  水素分子の場合よりも複雑な等核二原子分子の結合について説明にします。 ベリリウム以降の原子の場合には、1s軌道の他に2s軌道や2p軌道などがあります。 2s軌道の場合は1s軌道の場合と同様となり、違いはエネルギー順位が高くなることです。
p軌道による結合の場合には、σ結合の他にπ結合もできます。 したがって、2p軌道の場合には、σ結合とπ結合に対する結合性軌道と反結合性軌道が生じます。
 そこで、結合軸をx軸とする、窒素分子までの場合の分子軌道およびエネルギー順位の関係を以下に示します。

2pπ軌道と2pσ軌道の相対エネルギー順位は等核二原子分子によって異なり、リチウムから窒素までは2pπ軌道の方が低いのですが、酸素以上では2pσ軌道の方が低くなります。 これは、原子番号が増えるにしたがって、2pσのエネルギーの方が2pπよりも相対的に大きく低下していくためです。

 さて、等核二原子分子の場合には、分子軌道を同一エネルギー順位の原子軌道同士の一次結合のみとするのは何故かということになりますが、これは1s軌道、2s軌道、2p軌道のエネルギーが大きく異なるためです。 しかし、このことは異核二原子分子の場合には当てはまりません。 というのは、原子が異なると同じ原子軌道でもこのエネルギーが異なるためです。

 分子軌道の表記  分子軌道法の分かりにくい点としては、分子軌道の表記にさまざまなものがあることです。 そこで、L殻までの等核二原子分子の場合の分子軌道についてまとめたものが、次の表です。

完全記号1sσ1sσ*2sσ2sσ*2pσ2pπy=2pπz2pπy*=2pπz*2pσ*
別の方式y 1πzy 2πz
簡略記号(k)zσ(k)yσ

 簡略記号はマリケン(Mulliken)の提案による記法で、これは原子軌道が異なる場合にも用いられます。 この記法で注意すべきことは、z,y,x等はエネルギー順位を示すもので、x,y,z軸とは何ら関係がないことです。 また、これは基本的に2sや2p軌道のL殻の電子を対象にしたもので、K殻やM殻については、"(k)"や"(m)"を前につけます。

 酸素分子の場合  酸素には2つの不対p電子があることから、単純にはこの分子は次のような結合になると考えられていました。
OOO::O
 ところが、酸素分子のこのような結合は正しくないことが知られています。 というのは、上記では全てが対電子となっていますが、この場合にはスピンはどれも互いに逆向きとなるのですから全スピンは0となり、磁性は生じない筈ですが、実際には酸素分子は常磁性を帯びていることからです。 したがって不対電子がある筈で、上記の結合は正しくないということになります。
 正しい酸素分子の構造は原子価結合法での共鳴を使っても説明できますが、これよりは分子軌道法の方が明快に説明することができます。
 まず、酸素は1s22s22p4の電子配置ですから、電子は全部で8個あります。 他方の酸素にも同じように8個あります。 これらの電子16個をエネルギーの低い分子軌道から詰めていくと、14個目までは2p軌道よりも低い2pπまでが詰ります(酸素の場合には、2pσと2pπのエネルギー順位が逆になります)。 最後の2個は反結合性軌道の2pπ*に入ることになりますが、この軌道には同じエネルギー順位のものが2つあります。 したがって、残りの2個は、電子同士の反発によりこの軌道に1個ずつ入ることになります。 この場合には、原子の場合と同じく、スピンを同じ向きに揃えて入ることになります。 結果として、酸素分子はスピン1を持つことになり、常磁性を示すことになります。 なお、2個が反結合性軌道に入っても、他の6個は結合性軌道である2pπや2pσに入っていることから、分子としては安定することになります。
 酸素分子同じように常磁性を示すものに硫黄分子がありますが、これは酸素と同族のものであり、同じように説明できます。
 酸素分子には上記のように不対電子があることからラジカルとなり、反応性が高いものとなります。 また、酸素分子では反結合性の電子があることから、電子が引き離されやすく、これは1価または2価の陽イオンになりやすい傾向があります。 このことは、原子としては電気陰性度が高いため、電子を補足して陰性を示したりする性質とは逆になります。 これらのことが、酸素(分子)の特異性の原因といえます。

 なお、酸素分子は活性が高いのですが、これはよく言われる活性酸素のことではありません。 活性酸素とは酸素分子以上に不安定で反応性の高い物質のことで、これとしてはスーパーオキシドアニオンラジカル(・O2-)、ヒドロキシラジカル(HO・)、過酸化水素(H2O2)、一重項酸素(1O2)などがあり、酸素分子の一部は活性酸素に変わります。

 窒素分子の場合  窒素は、1s22s22p3の電子配置となることから、窒素分子の分子軌道の電子配置は次のようになります。

(1sσ)2(1sσ*)2(2sσ)2(2sσ*)2(2pyπ=2pzπ)4(2pσ)2
または、もっと簡単に次のようにも書かれます。
KK(2sσ)2(2sσ*)2(2pπ)4(2pσ)2
ここで、KKは分子内の化学結合に影響を与えないK殻の4つの1s電子を表わしています。
 上記で、2s電子は結合性軌道と反結合軌道のものとがほぼ相殺することから、結合は2p電子によるものとなり、これらは3つの結合性軌道を満たし、3重結合を形成します。 また、酸素分子のように不対電子を持たないことから、窒素分子は非常に安定した分子となっています。

 しかし実際には、この分子スペクトルの解析結果によれば、上記の分子軌道は正しくないことが知られています。 分子スペクトルからは、窒素分子はsp混成軌道による分子軌道が形成されていると考えられています。 多くの場合、より正しくは混成軌道を含めた原子軌道同士の結合による分子軌道で結合しています。

 混成軌道による分子軌道  混成軌道としては、s電子とp電子による混成が代表的です。 原子の基底状態としては、対の2s電子はこの軌道に落ち着くことになりますが、原子同士が結合するという場合などには、対の一つが2p軌道に励起し、不対電子となった2s電子と2p電子が混じり合って混成軌道(hybrid orbital)を形成することになります。
 sp混成軌道の一つは次のようになります。
φ1=N(λs+p)
(6.7)
ここでλは重率と呼ばれるもので、これは0以上1以下の値となります。 したがって、λが1未満であるとして、これはp性の方が強いものとなります。 これは、p軌道を符号が同じになる方の電荷雲を膨らみを大きくし、他方を小さくしたものとなります。 p性が強いことから、s性が強いものに比べて重なり部分が大きくなることから、分子結合に適したものとなります。

 また、φ1に対して次の混成軌道も生じます。
φ2=N(s−λp)
(6.8)
これは、λが1未満であるとして、s性が強いものとなります。
 Nは規格化因子ですが、これは、sやpが規格化されているとして、痴2dτ=1,恥2dτ=1,痴pdτ=0となることから,次の値になります。
N=

1
──────
Ö ────
1+λ2
 φ1φ2との直交性は次のように示され、これらが原子軌道のセットとして妥当なものとなります。
ò φ1φ2dτ =N2 ò (λ2s2λ2p2)dτ =0
 φ1φ2による分子軌道の場合にも、結合性軌道のものと反結合性軌道のものができます。(これらの分子軌道の形やエネルギー順位については少し複雑になるため、例えば参考文献6の3.8節を参照のこと。)

 異核二原子分子の場合  異核二原子分子の単純な例としては、水素とフッ素の化合物であるフッ化水素があり、この結合について説明します。
 原子核が異なると同じ形の原子軌道でもエネルギーが異なることから、有効な一次結合となる原子軌道としては、第一にエネルギーが同じ程度になるものを選択することになります。 そこで、これらの原子のエネルギー順位(及び分子軌道)を示すと、以下のようになります。

上図のように、エネルギーが同じくらいになるのは、水素の1s軌道に対してフッ素の2p軌道となります。 しかし、対称性の観点から、s軌道とp軌道が結合するにはσ結合となる必要があります。 そこで、この結合軸をx軸にとると、結合するp軌道は2pxとなります。 フッ素の結合しない原子軌道は、これらの原子軌道が殆どそのまま残ります。
 したがって、フッ化水素の基底状態は、次のようになります。

(1σ)2(2σ)2(3σ)2(1πy)2(1πz)2
また、次のようにも書かれます。
(1s)2(2s)2(xσ)2(2py)2(2pz)2

 一酸化炭素の場合  異核二原子分子の代表的なものとして一酸化炭素COがあり、これについて説明します。 炭素と酸素の原子番号は2だけ違うことから、これらの原子軌道のエネルギーはそれほど大きな違いはないため、(第一近似としては)同じ原子軌道同士が結合することになると考えることができます。
 原子軌道のエネルギーは(有効)核電荷が大きいほどポテンシャルエネルギーが低くなり、したがって運動エネルギーを含めた全エネルギーも低くなることから(これはビリアル定理によります)、酸素側の原子軌道のエネルギーは炭素側のものに比べて全体的に下がります。 このような調整を行なった上で、等核二原子分子の場合の分子軌道の図を考えればよいことになります。
 そこで、双方の原子の各電子を分子軌道に充填させていけば、これは窒素分子の場合の分子軌道の配置と同じになり、COは三重結合を行なうことになると考えられます。

 それでは、一酸化炭素は窒素分子と全く同じようなものになるかということになりますが、そのようにはなりません。 このことは双方の電気陰性度が異なることによるもので、核電荷が大きいほど電子を引きつける力が強いため、(同じ殻に属する原子について)酸素の電気陰性度は炭素より大きくなります。 このため、共有電子は酸素側に引きつけられることになります。

 また、窒素分子の場合には電子1個を取り去ると結合が弱くなるのですが、一酸化炭素の場合には結合が強まります。 このことは、実際には三重結合になっていないことを示唆しています。

 実際には双方の原子軌道同士が結合するというよりは、混成軌道(sp混成軌道)同士の結合となりますが、これは窒素同士のように三重結合することにはならないようです。 このことは、以下のように説明されます。

 まず、炭素および酸素について、それぞれ2s電子1個と2p電子1個によるsp混成軌道が形成され、これは一方が大きく膨らんだp電子のようなものとなります。 ただし、s軌道とp軌道の混成比率の違いにより、異なるエネルギー順位のsp混成軌道ができます。
 原子軌道及び混成軌道による一酸化炭素のエネルギー順位は以下のようになります。

 結合はsp混成軌道および2p電子によるものとなります。 sp混成軌道では、エネルギー的に酸素のsp混成軌道の高い側のもの(sp2)と、炭素側のsp混成軌道の低い側のもの(sp1)とが結合します。 しかし、酸素のsp混成軌道の低い側のもの(sp1)と、炭素側のsp混成軌道の高い側のもの(sp2)は、非結合性軌道(σnb)になります。 一方、結合軸に対して垂直な電荷雲となっている2p電子同士はエネルギー的に近いため、これらはπ結合することになります。
 電子の充填は、全電子数が14個であることから、炭素のsp2によるσnbまでとなります。 COで最もエネルギーが高いσnbは原子間に電荷雲が少なくこの反対側に多いため、これは炭素原子を引き離す方向に作用することから、これが一個取り去られることは、原子間距離を短縮させて分子結合を強めることになります。

 なお、異核二原子分子の場合、反転の対称中心を持たないことから、分子軌道をg-uで分類することはできません。

 一酸化窒素の場合  一酸化窒素NOは、一酸化炭素の場合よりも電子数が1個だけ多いことから、これは反結合性軌道π*に1個入ることになります。 このため、一酸化窒素の結合性は一酸化炭素の場合よりも弱くなりますが、このことは反結合性軌道の電子が1個増えたにすぎないだろうという予想以上に弱くなります。 というのは、NOの原子への解離エネルギーは115kcal/molであるのに対して、COの方は256kcal/molであり、COの半分以下となるからです。
 また、これは一個のラジカルを持つことから、常磁性を示します。 ラジカルといっても、一般的に非常に短命なラジカルとは異なり、NOの場合は安定なものとなっています。 この理由は、この不対電子が分子全体にわたる分子軌道にあるためと考えられています。 このことは、酸素分子と同様です。


7. 化学反応

 有機化合物は共有結合を行なっていて、これは中性分子となっていますが、実際には分極していることも多く、このため静電的相互作用が生じることになります。 また、非共有電子対やπ結合電子は、負電荷が露出していることから、電気陰性度の高い元素やラジカルと反応することになります。 そうした極性による反応としては、水素結合や酸と塩基による反応が代表的です。
 また、原子や分子同士の衝突による化学反応もありますが、これは熱エネルギーとして考えることになります。
 熱エネルギーや静電的相互作用によらない反応としては、電磁波や電子の軌道遷移における光子の放出または吸収によるものがあります。 これは光量子のエネルギー(hν)か結合エネルギーによって考えることになります。

7.1 イオン化エネルギー

 ある原子または分子の中の電子(この中でも最もエネルギーの高いもの)を引き離すのに必要なエネルギーのことはイオン化エネルギーもしくはイオン化ポテンシャルと呼ばれます。 イオン化エネルギーの方は通常電子ボルト(eV)で表わされ、イオン化ポテンシャルの方は通常ボルト(V)で表わされます。

 水素(H)からアルゴン(Ar)までのイオン化エネルギーは、次のようになります。

この図で横軸は原子番号になります。 一般的な傾向としては、同一の殻の場合、原子番号が増えるにしたがってイオン化エネルギーが増加していきますが、s軌道やp軌道が完全に充填されてこれらの「殻」が形成されるとこの殻の外にある電子のイオン化エネルギーは減少します。 また、酸素やイオウのように同一軌道にp電子が対になって入る場合にもイオン化エネルギーが減少するといえます。  

7.2 電子親和力

 自由な中性原子に電子1個を加えて放出されるエネルギーのことは、電子親和力と呼ばれます。 特にハロゲンは電子親和力が高いものとなっています。 これは、閉殻が作られる一つ前の元素であるため、原子核の強い結合力でこの殻に電子を捕捉できることによります。 そして、閉殻ができることによって原子は安定化することになります。 同じ理由によって、ハロゲンの一つ前の元素である酸素やイオウなども電子親和力が高くなっています。
 原子核による電子の捕捉力は、殻の半径が小さいほど強くなりますが、同時に電子同士の反発力も強くなるためか、同族のものを比較した場合、L殻のものよりM殻の方が少し高くなっています。
 水素(H)からアルゴン(Ar)までの電子親和力は、次のようになります。

ただし、電子親和力を実験で決定するのは容易ではないため、理論的に算出されたものなども含まれます。

7.3 電気陰性度

 電気陰性度とは分子内で原子が電子を引き寄せる強さの度合を示すものです。 これを定量的に定義するために様々な試みが行われましたが、この重要なものとしてはポーリング(L.Pauling)によるものとマリケン(Mulliken)によるものがあります。
 マリケンの定義では、電気陰性度χMulliken(または単にMとも)は次のようになります。
χMulliken 1
──
2
(EA+IA)
(7.1)
ここで、EAは原子Aの電子親和力で、IAはこのイオン化エネルギーです。 つまり、この電気陰性度とは電子親和力とイオン化エネルギーの算術平均(相加平均)をとったものになります。
 電気陰性度をこのように定義することの妥当性は、次のように示されます。 A-Bという純共有結合があるとき、A-B+に変化する場合のエネルギーと、A+B-に変化する場合のエネルギーを考えると、前者はIA-EBとなり、後者はIB-EAとなります。 もし、Aの方がBよりも電気陰性度が高いとすると、次のことが成立することになります。
IA− EB > IB− EA
∴ IA+ EA > IB+ EB
したがって、マリケンの定義による電気陰性度は上記不等式を表わすことから、妥当なものということになります。
 マリケンの定義による電気陰性度を先のイオン化エネルギーと電子親和力の値を用いて図示すると、次のようになります。

ただし、イオン化エネルギーや電子親和力は分子を形成している場合で考える必要があり、原子での場合とは異なることに注意する必要があります。

 一方、ポーリングは次のように示しました。 分子の結合エネルギーは、純共有結合エネルギー(これは電子対の電荷雲が両原子に等しく分布しているとした場合の共有結合エネルギーのこと)とイオン結合エネルギーΔの和によって表わすことができますが、このイオン結合エネルギーは電気陰性度の相異が大きいほど増加することになります。
 そこでポーリングは、純共有結合エネルギーがそれぞれの原子同士の共有結合エネルギーD(A-A)とD(B-B)の算術平均で表わされるとして、A-B分子の結合エネルギーDは次のようになると仮定しました。
D(A−B)=1/2{D(A−A)+D(B−B)}+(A−B) [kcal/mol]
(7.2)

 ただし、水素とアルカリ金属との結合の場合のように、D(A-A)とD(B-B)との差が大きい場合には、この共有結合エネルギーは算術平均ではなく、幾何平均になるとされます。 しかし、その差があまり大きくない場合には、算術平均と幾何平均とはほぼ同じになることから、通常は算術平均を用いても問題がありません。
ここで、(A-B)はイオン結合エネルギーです。 これは、電気陰性度の差によって経験的に次のように関係づけました。
(A−B)=23(χAχB)2 [kcal/mol]
(7.3)
ここで、23というのは電気陰性度の差分の二乗からイオン結合エネルギーに変換するための比例係数です。
 この式は電気陰性度の差分と関係づけたものですから、電気陰性度のベースになる値には任意性があります。 つまり、χ+Cとしても全く同じことが成立します。 始めポーリングは水素の電気陰性度を0としましたが、これではあまり規則的にならないことから、水素の電気陰性度を2.1に変更しました。 このようにすると、LiからFまで1.0から0.5ずつ増加していき、分かり易いものになります。 また、NaからClまでも似たように増加していきます。

 ポーリングによる、水素(H)から塩素(Cl)までの電気陰性度は、次のようになります。

上図から、有機化合物で主要な元素の電気陰性度は次の順序になります。

F > O > N, Cl > C, S > H, P

 なお、マリケンによる電気陰性度の定義とは次のように関係づけられます。
χ χMulliken
───────
3.15
(7.4)
つまり、マリケンの電気陰性度の値を3.15で割った場合に、両者のずれが最小になります。

7.4 電子密度に影響を及ぼす因子

 電子密度に影響を及ぼすものとしては、電子的効果と立体的効果があります。 電子的効果には誘起効果と共役効果があります。

 誘起効果  有機化合物は炭素を骨格にし、化学反応は水素の置換により起こることが多くなっています。 これは単結合の主要な元素が水素であること、および電気陰性度があまり強くないことが関係しているといえます。 ブレンステッドの定義のように、酸と塩基の反応がプロトンの交換によって示され得るのは、そのためといえます。 もちろん、水素と似たリチウムなどのアルカリ元素もありますが、これは電子を放出しやすいため、安定した共有結合を作ることができません。
 さて、一般に置換基は炭素よりも電気陰性度が高いことが多いため、置換基の誘起効果というのは電子吸引性となります。 もちろん、置換基には飽和炭化水素によるアルキル基の場合もあり、これは炭素より電気陰性度の低い水素との結合により炭素での陰電荷が増大して、電子を押し出すようになりますが、この効果は一般的にそれほど強いものではありません。
 電子の吸引性はσ電子を通じて伝達していきますが、この効果は速やかに減衰していくのが普通で、誘起効果は近傍の原子のみに強く現れるだけとなります。

 共役効果(共鳴効果)  分子における電荷分布の偏りは元素や基質の電気陰性度の違いによる電子吸引性の違いによって生じるだけではなく、π電子の共役系における電荷の移動によっても生じます。 この共役というのは、多重結合と単結合とが交互に並んでいる場合のことをいいます。 例えば、次の左側のような結合となっている場合です。

CH3-CH=CH-CH=O ⇔ CH3-CH+-CH=CH-O-

この場合には、電荷がπ電子共役系を通じて移動することになります。 このように余分な電荷(右側の酸素のもの)を非局在化させることによって分子は安定化することになります。
 また、この効果で大事なことは、誘起効果とは異なり電子の伝達性が減衰されにくいこと、及び分極が交互に変わることです。

 立体効果  酸性や塩基性の強さは、電子的効果の他に立体的構造による影響を受ける場合があります。 これとしては立体障害が普通で、これは溶媒が水の場合では水素との反応が邪魔され、水分子の水素との水素結合が十分に形成されないために、塩基が陽イオンとなったときこれが安定化しないといった場合に起こります。 このことは分子が大きくなったり、混み合うようになると起こるようになります。

7.5 酸と塩基

 分子は多くの場合、共有電子対により結合しているものと考えることができますが、これは電気陰性度の違いにより、電子対の共有は一方に偏っていることが多いものです。 特にハロゲン原子(フッ素や塩素)や酸素は電気陰性度が高いことより、電気陰性度の低い水素との化合物では、共有電子対はそれらの元素側に強く引き付けられ、イオン化しやすくなっています。 このため、電気陰性度の高い元素は水素イオン(プロトン)を放出しやすくなります。
 逆に、プロトンを引きつけるものは、陰イオンや負極性を持つ分子であったり、非共有電子対を持っているものとなります。 例えば、アンモニア(:NH3)のように非共有電子対を持つものは、プロトンと配位結合して、これを受容するものとなります。 また、水分子の場合には、酸素の電気陰性度が高いことから、プロトンを放出しやすいため、酸性を示すと共に、酸素が非共有電子対を持っていることから、プロトンと結合しやすく塩基性も示します。

 プロトンを奪い取った側は陽イオン化し、これを奪い取られた側は負イオン化すると共に非共有電子対を持つことになります。 そのように、分子における化学反応というのは、プロトンの授受と関連して起こることが多くなっています。 そのような反応性を表わす用語として酸と塩基があります。

 この定義としては、水溶液に対する反応性から定義されたアレニウス(Arrhenius)によるものがあります。 この定義では、酸とは水素イオンを生成するもので、塩基とは水酸化物イオン(OH-)を生成するもの、ということです。 水酸化物イオンとは水分子から水素イオンが取れたものですから、水素イオンを生成するものとは反対の性質のものということになります。 しかしながら、この定義では水溶液に対してのみ適用されるもので、一般性に欠けます。
 そこで、もっと一般的な定義が求められることになり、これとしては二つのものがありますが、分かりやすいものから示すことにします。

これは、ブレンステット・ロウリーによる定義です。
 この定義をもう少し具体的に説明すると、次のようになります。 酸とは水素との共有結合でこの電子対を強く引きつけるために負イオン化する傾向の強いものとなります。 また、プロトンを受け取って陽イオンになっているものも、プロトンを放出しやすく酸になります。 一方、塩基とはプロトンと非共有電子対によって共有結合するものとなります。 また、プロトンを失って陰イオンになっているものは、非共有電子対があることから、これも塩基になります。
 なお、酸素という名は酸素が酸を生じる素であると考えられたことによりますが、酸の素は水素イオンであり、この名は誤解によるものです。
 しかし、プロトンを与えるか、それともこれを受け取るかは、どのような分子と反応するかによって異なり、酸と塩基というのは相対的なものです。

 例えば、塩化水素HCl(この水溶液が塩酸)と水分子との反応では、次のようになります。

なお、HClとCl-やH2OとH3O+の関係のことは、共役の酸−塩基対と呼ばれます。
 また、硫酸と水の場合には、次のようになります。
SO2(OH)2+H2O → H3O++HSO4-
この場合も水は塩基として硫酸の水酸基のプロトンを受容することになります。 硫酸は代表的な強酸で、水と激しく反応して発熱し、有機物を炭化させます。

 さて、プロトンとの結合は非共有電子対によるものであるため、これによってもっと一般的に酸と塩基を定義することができます。 これがルイス(Lewis)による定義で、次のようになります。

つまり、塩基とは電子対供与体のことであり、酸とは電子対受容体(電子不足分子)のことになります。 この意味での酸のことはLewis酸と呼ばれ、この塩基のことはLewis塩基と呼ばれます。 また、この定義によれば酸化剤とは電子対を受け取る物質のことになり、還元剤とは電子対を与える物質のことになります。
 酸と塩基の定義をプロトンの受容と供与に限定したTの定義は、一般的な化学反応においては必然性のないものであることから、ルイスの定義の方がより妥当なものとなりますが、これは物質の構造を知って初めて理解できるもので、一般的にはあまり馴染みのないものです。

 ルイスの定義を元にした酸・塩基反応の例としては、フッ化ホウ素とアンモニアの反応があり、これは次のようになります。

結局のところ、ルイスによる酸・塩基の反応というのは、配位結合の別の表現ということになります。

 pH  酸やアルカリの強さの度合を示すものとして、pHがあります。 これは、物質を水に溶かした場合の水素イオンの濃度を示すものです。 もし物質が水に対して酸性を示すならば水素イオンが多くなり、また塩基性を示すならば水素イオンが減ることになります。
 ただし、水自身で一部水素イオンと水酸化物イオンに分離していて、この水素イオン濃度(=水酸化物イオン濃度)は、25℃で10-7mol/lになります。 (なお、ほとんどの物質のpH値は25℃の温度で得られていますが、温度が変わると値が変化するだけでなく、酸性度の相対的な強さが変わることがあります。) これが中性の状態で、これよりも水素イオンが多くなれば酸性ということになり、これより少なくなればアルカリ性ということになります。

 pHは水素イオンの濃度([H+])を-log10[H+]で表わしたものです。 つまり、濃度を10nと表わすならば、この常用対数はnとなることから、10の指数値nに-1を掛けたものが、pHということになります。 したがって、水素イオンの濃度が低い場合には、この指数値の絶対値が大きくなることから、pHが大きくなります。 (濃度は最大で1ですから、これは0以上、1以下の値になり、したがってこの指数値は0以下になります。) 逆に、水素イオンの濃度が高い場合には、この指数値の絶対値が小さくなることから、pHは小さくなります。 紛らわしい値ですが、これは常用対数値に-1を掛けているためで、これは負値を避けたものです。
 なお、水素イオン濃度と水酸化物イオン濃度の積は一定(10-14)となることから、水酸化物イオン濃度から水素イオン濃度を知ることができます。

 酸性またはアルカリ性の値は水溶液中でのデータが殆どですが、これは溶媒によって変わるものであることに注意する必要があります。

 元素の酸性・塩基性  塩基性が強いというのはプロトンの受容性が高いということですが、このためには分子が非共有結合電子対を持っている必要があります。 非共有電子対を持つような元素としては、窒素、酸素、フッ素などがあります。 一方、CH4のような炭化水素の場合には非共有電子対を持たないことから、塩基性は示しません。 つまり、この場合のような炭素ではプロトンと配位結合することができないことから、プロトンを受容することができません。
 したがって、第2周期の元素では窒素、酸素、フッ素の場合について塩基的性質がどうなるかということを言えばよいことになりますが、これは電気陰性度によって説明することができます。 つまり、電気陰性度が高いほど共有電子対を引きつけることから、これは酸性を示すことになります。 逆に、電気陰性度が相対的に低ければ、酸性物質との反応で電子対を奪われたプロトンを受容するため、塩基性を示すことになります。

 ただし、電気陰性度が高くても電子対を受容して陰イオンとなっている場合には、これより電気陰性度の低いものよりも塩基性が強くなる場合があります。 例えば、水酸化物イオンOH-は塩基性が強く、これはアンモニアNH3よりも塩基性が強くなっています。

 また、炭素でもπ結合して多重結合している場合には、共有電子対の電荷雲が露出することから、プロトンとの反応性が生じたり、電子対の供与性が生じることになり、塩基性を示します。

 基質の酸性・塩基性  酸性や塩基性は、元素で考えた場合には、電気陰性度やイオン化(負イオンになると原子の電気陰性度が低くなります)が関係することになりますが、基質の場合には、基質の構造も関係することになります。 これは基質における電子的効果や立体効果のことです。
 電子的効果というのは、電子の吸引性や放出性のことです。 電子吸引性は負電荷の増加(酸性基の場合)を解消するのを助け、電子放出性は正電荷の増加(塩基の場合)を解消するのを助けます。 これらは2種の因子である、誘起効果と共役効果によって生じると考えられています。

 共役効果は、酸性の分子(A-H)で考えた場合には、酸のイオン化を安定化させ、酸性度を高めることになります。
 そのような強い酸の例としてはカルボン酸(R-COOH)があり、これはカルボニル基(-C=O)の酸素側の電子吸引性が高いため、この炭素の正電荷性が強くなり、C-O-Hの結合ではC-Oの電荷雲がC側に寄り、Oの電気陰性度がさらに高まることになってHの電荷密度がより希薄になります。 これにより、O-Hの共有結合性が弱くなり、プロトンが放出されやすくなります。
 この結果、カルボン酸が水素イオンを放出してイオン化した場合、次の共鳴状態を持つことになり、この共鳴によって安定化することになります。

 しかし、カルボン酸と同じく水酸基を持つアルコールの場合では、酸性度は低くなります。 このことは、カルボン酸の場合とは違ってA-を安定化させる要因(カルボニル基)がないためです。
 ただし、水酸基がベンゼン環に結合したフェノール基の場合には、O-が安定化することになります。 このことは、この陰イオン(O-)のπ電子がベンゼン環のπ電子系と相互作用して、非局在化するためです。 このことを共鳴図で示すと、次のようになります。

これはアルコールよりは強い酸ですが、カルボン酸よりははるかに弱い酸となります。 ただし、さらにニトロ基(-NO2)などの電子吸引基の置換を受けたものは、酸性度が強まります。 特に、フェノールがニトロ基3個の置換を受けたものは、非常に酸性度が強まっています。
 また、OH基と同様にベンゼン環にカルボキシル基が結合した芳香族カルボン酸は、鎖式飽和カルボン酸よりも酸性度が強くなっています。

 一方、ベンゼン環が塩基であるNH2の置換を受けたアニリンの場合には、これに電子対が付加することはベンゼン環との安定化がなくなることから、塩基性が弱まります。 つまり、ベンゼン環は酸性基を強めますが、塩基は弱めます。
 逆に、陽イオンがπ電子の共役系によって安定化するという場合もあり、この場合には塩基性を強めます。 これとしては、グアニジン(NH=C(NH2)2)があります。 これはNHにプロトンが付加することによって炭素と単結合するようになりますが、これによって生じた余分な電子(プロトンとの結合は窒素の非共有電子対によるものであるため、結合性の電子が1個増えます)によるπ結合が他のNH2基と共有されて非局在化し、安定化することによります。 つまり、正電荷が均等に分散されることによって陽イオンは安定化することになります。
 

7.6 イオン化合物の溶解

 イオン化合物は、極性分子である水に溶けます。 この理由は、水分子が各イオンを取り巻くことによります。 例えば塩化ナトリウムNaClでは、水分子が各イオンを次のように取り巻くことになります(実際にはもう少し複雑な配置になりますが)。

つまり、水分子の陰極側となっている酸素が陽イオンを取り囲み、また水分子の陽極側となっている水素が陰イオンを取り囲んで、これらのイオンを引き離すことになります。

 一般にイオン結晶K+A-が水に溶解した場合、次のようになります。
KA + mH2O ® K(H2O)p++ A(H2O)q-
ここで、p+q=mです。
 1個のイオンを取り巻く水分子の数のことは水和数と呼ばれ、イオンと極性分子である水分子との結合によって生じるエネルギーのことは水和エネルギーと呼ばれます。

 もし塩化物の格子エネルギーの方が水和エネルギーよりも低いならば、溶解によってこの差分エネルギーによる溶解熱が生じ、水溶液の温度は上昇します。 しかし、格子エネルギーの方が水和エネルギーよりも高いならば、この差分エネルギーを熱エネルギーとして受け取る必要があり、この溶解によって熱の吸収が起こり、水溶液の温度は低下します。

 例えば、塩化ナトリウムの格子エネルギーは180kcal/molであるのに対して、この水和エネルギーは179kcal/molとなることから、溶解は僅かに吸熱しながら進みます。

 このような反応が自発的に進むかどうかは、自由エネルギーによって判断されます。 つまり、反応の結果、自由エネルギーが減少するならば反応が進むことになります。

7.7 自由エネルギー

 自由エネルギーGはギッブス自由エネルギーまたは自由エンタルピーとも呼ばれ、これは次のように表わされます。
G=H−TS
ここで、Hは
エンタルピーで、Tは絶対温度、Sはエントロピーです。
 定圧条件で外部に対して仕事を行なわないとすれば(定圧・定積反応の場合)、これは内部エネルギーUからTSを引いたものを考えることになり、これはヘルムホルツの自由エネルギーと呼ばれます。 定圧・定積反応の場合、自由エネルギーは内部エネルギー及び外部との熱量のやりとりを表わすものとなります。
 もし内部エネルギーが増加するという場合、自由エネルギーが低下するには、増加分以上の熱量を外部から吸収できる必要があります。 また、エントロピーが低下する場合には、エントロピー低下による熱の放出以上に内部エネルギーが低下する必要があります。

 通常、エントロピーは温度が低下したり、流体が凝縮するというような場合などを除いて、自然に減少することはなく増大することになり、-TSは0以下となります。 したがって、系の内部エネルギーが減少する場合には、反応は自発的に進むことになりますが、このためには一般に活性化エネルギーが必要となります。
 逆に、系の内部エネルギーが増加するような反応では、この増加分を補うような吸熱が行われる必要があります。 熱を十分に吸収できるかどうかは、系のエントロピーおよび温度と関係することになります。

7.8 活性化エネルギー

 ある分子が化学反応して別の分子になるという場合、結合の開裂と結合の形成が生じます。 結合の開裂にはこの結合エネルギーが必要ということになりますが、実際には結合の開裂と結合の形成はこの中間段階である遷移状態を経て行われます。 したがって、この遷移状態への活性化自由エネルギー(ΔG)を与えることによって化学反応が起こることになります。
 この反応を図で示すと、次のようになります。

 活性化自由エネルギー(ΔG)は、エンタルピー(ΔH)の項とエントロピー(TΔS)の項からなりますが、このエンタルピーのことは活性化エネルギーEactと呼ばれます。

 気体分子の反応  気体分子同士または気体分子と原子が反応して別の化合物になるには、結合の開裂と結合の形成が起こりますが、これらは同時に起こるわけではないため、例え結合の形成によってエネルギーが低下するとしても、この反応が自動的に起こるわけではありません。 この反応が起こるためには、活性化エネルギーが必要になります。
 これが何になるかといえば、分子同士の衝突エネルギーになります。 しかし、反応が起こるには常温での分子の運動エネルギーでは不十分で、このためには比較的高温となる必要があります。 また、衝突が正しい向きで行われる必要もあります。 つまり、反応が起こるためには、活性化エネルギー以上の運動エネルギーをもって衝突することと、正しく配向していることが必要になります。
 活性化エネルギーの大きさは反応速度と密接に関係し、これが大きくなると反応速度は指数関数的に減少します。 このことはアレニウスの式から言えることです。

 アレニウスの式  化学反応の速度は、アレニウスの式によって次のように表わされます。
k=Ae-E/RT
または、この対数をとって、次の式になります。
logk=logA−E/RT
ここで、kは化学反応の速度定数、Eは活性化(自由)エネルギー(J/mol)、Rは気体定数、Aは反応に関する定数(反応分子同士の衝突回数の割合に関係したもの)です。 (なお、この式は単原子気体における運動エネルギーのMaxwell分布と似ていますが。)
 そのように、反応速度は活性化エネルギーが高くなるにしたがって指数関数的に減少することになります。 また、温度が高くなるほど指数関数的に増大することになります。

 例えば天ぷらを揚げるという場合、揚げ油の温度が少し上昇(10℃くらい)しただけでも、酸化物の量が大きく変化することになります。 このため、高温で揚げるよりも低温で揚げる方が健康には良いとされます。 あるいは、酸化しにくい油(オリーブ油が代表的)を使用した方が健康には良いようです。 

7.9 ラジカル反応

 化学反応しやすい物質としては酸や塩基が代表的ですが、これらの他にはラジカルもあります。 これは分子結合を行なう前の物質であり(もっとも酸素分子のように分子となっている場合でも不対電子を持つことがあります)、不対電子を持っていることから、他原子の不対電子と結合しようとします。
 ラジカルは不対電子を求めていることから、特にラジカルと反応しやすくなります。 また、フェノール、キノン(2価フェノールの水酸基から水素がとれたもので、2つのカルボニル基をもつ)、ヨウ素などもラジカルと反応しやすい物質となり、これらはラジカルの阻害剤となります。

 ラジカルが分子と反応する場合、分子の中のある共有結合を開裂させて結合することになります。 これは次のような反応となります。

Rad・ + 分子 → Rad:原子団 + Rad'・

このように再びラジカルが生成します。 したがって、ラジカルの生成が連鎖的に進むようになります。 もちろん、必ずしもこのように反応が起るとは限らず、分子と反応することもなく、他のラジカルと会合することがない場合にはラジカルとして残っています。
 なお、化学反応では一時的にラジカルが生成しますが、これはすぐに他の原子と反応して、分子を形成するのが一般的です。

 ラジカルの生成  分子の中の共有結合の開裂は、共有結合などによる結合エネルギーによって生じるだけではなく、その結合エネルギーを与えるようなものによっても行なわれます。 これとしては光や熱が代表的です。

 光はhνのエネルギーを持ち、これは主に分子や原子の電子状態の変化によって生じたものですから、逆にいえば、これは原子や分子の状態を変化させるもの、ということになります。
 光によって分解が起こるためには、分子に可視光や紫外線に吸収帯を持つものがあることが条件となります。 このようなものとしては、カルボニル化合物(カルボニル基(C=O)を持つ化合物)があります。 これはアルデヒド、ケトン、ケテンの3種に分けられ、ケトン(R-CO-R')としてはアセトンがあります。
 他に重要な例としては、ハロゲン分子(塩素分子や臭素分子など)における光分解もあります。 

 次に熱による分解ですが、熱というのは原子や分子の運動によるもので、この運動エネルギーが分子の共有結合を開裂させることになります。
 一般に、結合解離エネルギーが40kcal/mol以下の比較的弱い結合のものが、気相中や不活性溶媒の溶液中で熱分解を受けるとされます。 (なお、水素結合はこれ以下の結合エネルギーであるため熱によって分解されますが、これは共有結合ではないためラジカルは発生しません。) このようなものとしては、過酸化物(O-O部(33kcal/mol)で切断される)やアゾ化合物(これはアゾ基-N=N-の両端に各炭化水素基が結合したもので、C-N部で切断されるようです)があります。

 ラジカルの生成として重要なものに、光や熱の他には酸化還元反応もあります。 この場合の酸化還元反応は、一電子が移動することによるもので、この反応は無機イオン(特に鉄や銅などの重金属イオン)、金属または電解(陰極や陽極)によって起こることになります。

 ラジカルによる連鎖反応  ラジカルによる代表的な連鎖反応として、塩素分子Cl2とメタンCH4の反応があります。 これは次のように起こります。
 (1) Cl2 ® 2Cl・
 (2) Cl・ + CH4 ® HCl + CH3
 (3) CH3・ + Cl2 ® CH3Cl + Cl・
 (1)の反応は、光や熱によって行なわれます。 Cl2の結合エネルギーは58kcal/molで、共有結合としては弱い部類に入ります。
 (2)の反応では、CH3-Hの結合エネルギーは104kcal/molになっていて、塩化水素HClの結合エネルギーは103kcal/molと前者の結合エネルギーとほとんど同じになることから、この結合を開裂させて、塩化水素ができることになります。

 このことは、結合エネルギーが高ければ、それだけ結合性が強いということになるからです。 また、こうしたことは物質同士の衝突における置換反応ということになります。 このことは、同じ質量をもつ物質に衝突した場合、衝突したものは前のものに代わって残り、衝突された方は、この運動エネルギーを得て飛び出すことになるのと、似たものといえます。 ただし、原子同士の衝突では実際には粒子(原子核)の衝突は起りませんから、これは電子のエネルギー状態を変えるものとなります。

 この反応によって、・CH3というラジカルができて、これが塩素分子と反応して、 塩素のラジカルができることになります。 したがって、また(2)の反応が起ることになり、(2)〜(3)の反応はメタンと塩素分子が十分多くある間、継続することになります。 ただし、ラジカル同士が会合すると安定な分子となり、ラジカルは消滅して、この連鎖反応は止むことになります。

 自動酸化  ラジカルの分子としては酸素分子があり、これが有機化合物と低温で化合(酸化)することは自動酸化と呼ばれます。 自動酸化は、光、ラジカル、金属イオンなどで開始されます。 特に直射日光下での酸化は感光自動酸化と呼ばれます。 なお、自動酸化は油脂の重合である、ペイントの硬化に役立つ一方、油脂の腐敗やゴムの老化の原因になっています。

 自動酸化における反応は次のようになります。

(1) Ra・ + H−R ® Ra−H + R・
(2) R・ + ・ O2® RO−O・
(3) RO−O・ + H−R ® ROOH + R・

(3)でラジカルR・が生成することから、(2)に戻り、酸化が継続されることになります。
 ただし、不飽和炭化水素(アルケンなど)の場合には、水素が置換されるのではなく、二重結合の場所へ付加するようにもなります。
 有機化合物の自動酸化は、精製によって過酸化物などを除去することで低下させることができます。 また、フェノールなどの抗酸化剤を加えることによっても低下させることができます。 

7.10 炭素-炭素二重結合の反応

  炭素-炭素二重結合の場合、これは一つのσ結合と一つのπ結合からなり、π電子による電荷雲は次のようになっています。

このように電荷雲がC-C結合軸に対して上部と下部に露になっていること、そしてπ電子の炭素核との結合も弱いことから、陽イオンやラジカルなどの求電子性の物質の攻撃を受けやすくなっています。 このため、炭素-炭素二重結合は他の物質と反応しやすい性質を持つことから、官能基となります。
 炭素と酸素の二重結合の場合では、酸素は陰性元素であることから、π電子は酸素側に引き付けられるため、この炭素に対しては求核性の物質が反応することになります。 また、この場合にはラジカルによる付加反応はあまり起らないとされます。

 炭素-炭素二重結合への反応の典型的なものとしては付加があり、これは次の反応となります。

 XYとしては、水素分子(H-H)や水分子(H-OH)、アルカン(R-H)、ハロゲン化水素(H-X)などがあります。 アルカンとは直鎖状の飽和炭化水素のことで、このR部分はアルキル基と呼ばれます。 水が付加する場合には、アルコール(水酸基を持つもの)ができます。

 ハロゲン化水素(HCl,HBr,HI)が付加する場合には、Markovnikov則に従うことになります。 これは、酸がアルケンの炭素-炭素二重結合にイオン付加する場合には、酸の水素の方は、水素が多く結合している方の炭素に付く、というものです。 したがって、ハロゲンの方は水素が少ない炭素側に結合することになります。 例えば、次のように反応することになります。
CH3−CH=CH2+ HI ® CH3−CHI−CH3
ただし、ハロゲン化水素の中でも臭化水素については、過酸化物が存在する場合(しかもこの抑制剤を加えない場合)には、Markovnikov則とは逆の配向性を示します。 このことは、過酸化物がある場合には、この反応はイオン機構ではなく、ラジカル機構によって起こるためとされます。
 なお、水(H-OH)が付加する場合にもMarkovnikov則に従います。

 ラジカル付加 炭素-炭素二重結合への付加反応の重要なものとしてラジカル付加もあります。 これは次のような反応です。

この結果、再びラジカルが生成します。 次いで、次の反応が起こります。

これで最初のラジカルが生じ、また同じように繰り返されることになります。 なお、ラジカルは過酸化物などの分解によって生じます。

 もし炭素-炭素二重結合を持つ分子が十分にあるならば、これらが連鎖的に重合することになります。 これは次のような反応となります。

次いで、次の反応が起こります。

このように重合が連鎖的に進むことになります。 この反応の停止は、ラジカルとの結合など、ラジカルの生成が起こらなくなった場合となります。

 例えば、油は不飽和脂肪酸を含む脂肪酸から構成されるものですが、不飽和脂肪酸が十分に多い場合には、ラジカルによって重合反応が次のように連鎖的に進むことになると考えられます。 (この反応は複雑であるため、正確には解明されていないようです。)

ここで、Yはカルボキシル基(-COOH)です。 さらに、次のように結合が連鎖的に進むことになると考えられます。

 この重合が止まり、他のラジカルと結合しない場合には、ラジカルとして残ることになります。 古い油は酸化によってラジカルが残っていることが多いため、これに新しい油を注ぎ足すのはよくありません。

 イオンの付加 ラジカルの付加による重合反応と似たものとしては、イオンによる場合もあります。 この場合には、ラジカルのときの不対電子による結合ではなく、非共有電子対による結合(配位結合)となります。 したがって、この反応は酸または塩基によって引起こされることになります。
 酸が炭素-炭素の二重結合に付加した場合、このπ結合の電子対が酸によって奪われることから、この炭素の一つは正電荷を持つことになります。 そのように、正電荷を持つ炭素がある原子団のことはカルボニウムイオンと呼ばれます。 これはラジカルと同様に、極めて反応性に富むものとなります。 カルボニウムイオンは電子が不足している分子であることから酸となり、他の炭素-炭素の二重結合を攻撃して付加することになり、同様に重合が進んでいくことになります。
 一方、塩基が炭素-炭素の二重結合を攻撃した場合、塩基の非共有電子対と炭素が配位結合することになります。 この結果、炭素-炭素の二重結合のπ電子は他方の炭素の方に移り、この炭素は陰電荷を持つことになります。 そのように、陰電荷を持つ炭素がある原子団のことはカルボアニオンと呼ばれます。 これは塩基となるのですから、同様に炭素-炭素の二重結合を攻撃して、重合が進むことになります。

 例えば、水素イオン(プロトン)がエチレンの二重結合を攻撃した場合、次のように反応が進みます。
(1) H+ + CH2=CH2 ® H:CH2−CH2+
(2) H:CH2−CH2+ + CH2=CH2 ® H:CH2−CH2−CH2−CH2+



補足説明

1.エンタルピー

 エンタルピーというのは、熱力学第一法則から出てきたものです。 この法則は、系のエネルギーは、熱量を吸収すればそれだけ増加し、系が外部に対して仕事を行なえばそれだけ減少するということをいうもので、これは次のように表わされます。
dU=dQ−dW
(1)
ここで、dUは系の内部エネルギーの増加分、dQは吸収した熱量、dWは外部に対して行なった仕事です。 (外部が系に対して為した仕事を正とすると、この右辺はdQ+dWとなります。)
 流体においては外部に対して行なった仕事はpdVになります。 したがって、(1)式は次のようになります。
dU=dQ−pdV
(2)
あるいは
dU+pdV=dQ
(3)
 そこで、エンタルピーHを次のように定義します。
H=U+pV
(4)
この微分をとって、
dH=dU+pdV+Vdp=dQ+Vdp
(5)
となります。
 定圧下では dp=0となりますから、この変化量は吸収または放出した熱量に等しくなります。 定圧下でこれが低下するということは、熱量の放出となりますから、発熱することを意味します。 そのようなわけで、エンタルピーのことは熱含量とも呼ばれます。

2.エントロピー

 エントロピーは無秩序さの程度を表わすものとして理解されていますが、このような認識に到達したのは、これが統計力学によって定式化されたことによります。 しかし、歴史的にはこれは熱力学的な状態量を表わすものとして導入されました。 つまり、これは系が可逆的に変化するとして次のように定義されました。
dS=dQ/T
(1)
したがって、エントロピーの変化量に絶対温度を掛けたもの、すなわちTdSは外部から吸収した熱量(dSが正の場合)もしくは放出した熱量(dSが負の場合)を表わすことになります。
 不可逆変化の場合では、次の不等式となります。
dS<dQ/T ∴ dQ<TdS
(2)
右辺の方が大きくなるのは、化学変化が起こったり、摩擦やジュール熱(電流による発熱量のこと)が発生したりするような不可逆変化では、外部から受け取った熱量を散逸してしまうためです。

 可逆変化では、dQ=TdSとなることから、これをエンタルピーの(2)式に代入すると、次の関係が得られます。
dU=TdS−pdV
(3)

 (1)式より、ある温度において外部から熱量をどれだけ得ることができるかということは、エントロピーがどれだけ変化できるかということと関係します。 もし、温度の異なる物質が十分に混合してエントロピーが最大となった場合には、エントロピーは変化しないことになり、熱量のやりとりは生じないことになります。 そのように、外部から熱を受け取って化学反応が進むかどうかは、系のエントロピーや温度と関係することになります。
 なお、外部との熱のやり取りがない孤立系の場合にはエントロピーは増大することになります。

 さて、熱力学も結局のところ粒子の運動によって引起こされる現象について述べたものですから、これは粒子の運動における状態法則に還元することができます。 そこで、この観点においてはエントロピーは何と関係するかということになりますが、これはボルツマンによって確率と関係付けられました。
 この考え方によって熱力学を取り扱う方法は統計力学となりますが、統計力学ではエントロピーSは次のように定義されます。
S=klogW
(4)
ここで、kはボルツマン定数(度からエルグへの換算係数)、Wは微視的状態の数です。 微視的状態数は位置座標qと運動量pによる位相空間(phase space。これは、簡単に言えば運動量も空間座標の一つと考えたもの。なお、数学でよく言われる位相空間とは"topological space"のことで、これとは定義が異なります)でのことになります。
 気体分子の場合には、自由度fは並進運動のみとなりますから、空間次元である3になります。 したがって、この場合の位相空間は6次元ということになります。
 この空間を微小な体積要素(dp1…dpfdq1…dqf)に区分して(この大きさには下限があり、これは不確定性原理によりdpidqi≧hとなることから、hfとなります)、各粒子を各要素に分配するときの配置の数となります。 この数は、粒子数をN,体積要素数をM,各要素に分配される各粒子数をniとすると、次のようになります。
W= N!
──────────
n1!n2!…nM!
(5)
ここで、各体積要素に分配される確率は全て等確率となることが仮定されています。

 等確率性は統計力学の仮定とリューヴィユ(Liouville)の定理から導かれるものです。 この定理は、分布密度は位相空間の軌道に沿って不変である、ということをいうものです。 この証明については、例えば文献16や文献17を参照のこと。
したがって、微視的状態の数は単に各要素に配置させる組合わせの数を求めるということになります。
 (3)式より、粒子数が増えるとエントロピーが増大すること、各細胞に均等に分配されるとき分母が最小となり、したがってこの条件でエントロピーが最大になること(この証明については、例えば文献14を参照のこと。このことは分布に偏りがある場合、偏りが大きいほどエントロピーがより小さくなるということを意味しています)、また自由度が増えると位相空間が拡大して要素数が増えることからエントロピーが増大することになります。

 化学反応の場合では、反応の結果、生成物数が増える場合や(運動速度の大きい)気体分子が生じる場合にはエントロピーが増大することから、自由エネルギーが減少し、内部エネルギーの増加分を帳消しにするようにもなります。 逆に、反応の結果、生成物数が減る場合や気体分子数が減る場合には、エントロピーが減少することから、自由エネルギーが増大し、この増大分以上の発熱が生じない場合には、反応が起こりにくくなります。 エントロピーが減少する場合、絶対温度に比例して、これによる自由エネルギーが高くなることから高温では反応しにくくなります。
 また、鎖状の化合物が環状になる場合には、回転の自由度がなくなることから、エントロピーが減少することになります。 ただし、これは並進運動のエントロピーと比較するとそれほど大きなものではないとされます。

 状態量・温度  熱力学は公理的な学問で、温度はこの状態量の一つとして定義されました。 これが状態量であるということは、系の履歴とは無関係であるということになります。 したがって、任意の閉径路に沿った積分は0となります。 つまり、次のことが成立します。
dT =0
(6)
なお、これはストークスの定理(これを簡単にいえば、線積分を面積分に関係づける定理のこと)を用いて、dTが完全微分となることの条件と同等になります。

 一方、熱量Qや仕事Wは状態量ではありません。 これらは、系の履歴により値が異なります。 したがって、閉径路に沿った積分が0になるとは限りません。

 さて、温度というのは熱力学的に導入された状態量で、この定義には任意性がありました。 この任意性というのは、温度の起点と目盛の幅です。 温度の定義としてよく使用されるものに摂氏があります。 これは、氷の融点と水の沸点を基準としたもので、氷の融点を0度とし、水の沸点を100度とするものです。 しかし、このような温度の定義は負の温度が生じたり、熱力学的関係を単純に示すことにはならないため、不適当なものとなります。
 そこで、熱力学などでは絶対零度を0度とする、ケルビンが使用されます。 これは摂氏とは温度の起点が異なるだけで、1度の目盛の大きさは同じです。

 このような対応は任意的な温度目盛θに対して可能であり、異なるのはθ=0°に対する絶対温度T0の値です。 つまり、Q2/Q1=T2/T1を満たすように、T=f(θ)を定義すればよいわけであり、これは任意定数T0を用いて、T=θ+T0とすることができます。
 上記のように、温度はマクロ的な状態量として定義されましたが、統計力学では温度を定義するのにそのように曖昧な仕方をすることはできません。 統計力学では、温度よりもエントロピーの方が基本的な状態量となり、温度はエントロピーとエネルギーから、次のように定義されます。 (なお、マクロ的にはエントロピーの方が曖昧な状態量となります。)
dS/dE=1/T
(7)
 また、温度の目盛を温度の元々の定義に合わせるために導入されているものが、エントロピーの定義におけるボルツマン定数ということになります。
 そのように、熱力学によって導入されたエントロピーと温度の定義は循環的となります。 

 完全微分・不完全微分  完全微分とは全微分のことで、つまりある量の全変化を表わすものです。 例えば、zが2変数x,yによって次のように表わされるとします。
z=f(x,y)
この全微分は、それぞれの偏微分を加えたものになり、次のようになります。
dz= f
──
x
dx+ f
──
y
dy

 上の式は次のように説明することができます。 任意な関数の曲面において十分に微小な領域を考えれば、平面(もしくは超平面)と見なすことができますから、その全変位のベクトルは、個々の座標軸での変位ベクトルの和で表せることになります。
そこで、全微分dzを次のように書くものとします。
dz=Xdx+Ydy
(8)
 逆に、dzがこのように表わされる時、これが完全微分であるかどうかは、次の関係が成立するかどうかによって判定されます。
X
──
y
Y
──
x
(9)
これは、zがf(x,y)と表わされるならば、偏微分はこの順序によらないことから、
2z
────
yx
2z
────
xy
 ∴ X
──
y
Y
──
x
となることによります。 なお、(9)式は(8)式の右辺が完全微分であるための必要十分条件となります。
 もし、(9)式が成立しないならば、dzは不完全微分ということになり、f(x,y)で表わせないことから、zが状態量ではないことを意味しています。

 可逆・不可逆過程  熱力学では、状態変化として可逆過程と不可逆過程とを区別します。 孤立系のエントロピーが増加する場合には、この減少が起らないことから不可逆過程となります。
 一方、孤立系の全エントロピーが一定の場合には可逆過程となります。 (ただし、系の個々のエントロピーについては増減することができます。) 外部の熱が遮断され、外部的条件が「ゆっくり」と変化するという、断熱過程は可逆過程の一つです。

3.永年方程式

 二原子分子の場合のRayleigh-Ritz法を用いた分子軌道関数の求め方を以下に示します。

 この分子軌道関数ψは、規格化された原子軌道φ1とφ2を用いて、次のように表されます。
ψ=c1φ1+c2φ2
(1)
波動関数ψに対するエネルギーEは次のようになります。
E= ò ψHψdτ / ò ψ2dτ
(2)
この分母は、(1)より次のようになります。
ò ψHψdτ
ò (c1φ1+c2φ2)H(c1φ1+c2φ2)dτ
=c12 ò φ1Hφ1dτ + c22 ò φ2Hφ2dτ +2c1c2 ò φ1Hφ2dτ
(3)
ここで、茶モ12dτの積分において、φ1とφ2が交換可能であることを利用しましたが、これは次のようにして証明できます。
 ハミルトニアンHで、交換可能でない因子は微分演算子の∇2となりますから、これについて証明すればよいことになります。 また、これは例えば∂2/∂x2について証明すれば、他も同様となります。 したがって、次のことを証明すればよいことになります。
ò
φ1 2φ2
───
x2
dx
ò
φ2 2φ1
───
x2
dx
(4)
ここで、積分は全空間について行なうことから、xの積分範囲は-∞から+∞までとなります。
 (4)を証明するためには、部分積分法を使うことから、まずこれを示します。 部分積分は被積分関数の次数を下げる場合や似たようなものが現れる場合によく用いられるテクニックですが、これは次のことです。
ò f(x)g'(x)dx =f(x)g(x)− ò f'(x)g(x)dx
そこで、(4)の左辺に対して部分積分を実行すると、次のようになります。(2回実行しています。)
ò
φ1 2φ2
───
x2
dx
[ φ1 φ2
───
x
] ò
φ1
───
x
φ2
───
x
dx
[ φ1 φ2
───
x
] [ φ2 φ1
───
x
] ò
φ2 2φ1
───
x2
dx
ここで、定積分の値となる[ ]の項ですが(これは積分区間の終了値を代入したものから、開始値を代入したものを引きます)、波動関数は無限大では0となることから、いずれも0となります。 したがって、この結果は(4)式の右辺と一致します。

 次に、(2)の分母ですが、これは次のようになります。
ò ψ2dτ
=c12 ò φ12dτ +c22 ò φ22dτ +2c1c2 ò φ1φ2dτ
=c12+c22+2c1c2 ò φ1φ2dτ
(5)
 さて、積分の表記として
Hrs ò φrHφsdτ , Srs ò φrφsdτ
(6)
を用いると、(2)式は次のようになります。
E= c12 H11+c22 H22+2c1c2H12
──────────────────
c12+c22+2c1c2S12
(7)
ここで、H11,H22,H12,Sb12について説明すると、H11とH22はクーロン積分と呼ばれ、(基底関数が規格化されているとして)それぞれのエネルギー(負の値)を表わします。 これはαiとも書かれます。
 H12は共鳴積分と呼ばれ、β12とも書かれます。 波動関数同士の重なりがある場合には、これは(エネルギーの低下に寄与して結合性となる)負の値になります。 つまり、これは原子軌道同士の相互作用の大きさを表わすものです。
 S12は重なり積分と呼ばれます。 符号の等しい波動の重なりがある場合にはこれは正の値となります。(なお、これは-1以上、1以下の値になります。)

 (7)の各パラメータを決定するために、Eをそれぞれc1,c2で偏微分したものを0とおけば、次の永年方程式と呼ばれる式が得られます。
{ c1(H11−E)+c2(H12−ES12)=0

c1(H12−ES12)+c2(H22−E)=0
(8)
例えば、この最初の式の導出は、以下のようになります。
 まず、(7)の分母をD、分子をMとおくことにします。 すると、1/Dの偏微分は次のようになります。
D
───
c1
=2(c1+c2S12)
これより
(1/D)
─────
c1
=−2(c1+c2S12)/D2
 したがって、∂E/∂c1は次のようになります。
E
───
c1
2(c1H11+c2H12)
─────────────
D
2(c1+c2S12)M
───────────
D2
=0
∴ (c1H11+c2H12)−(c1+c2S12)E=0
これを各パラメータで整理すると、(8)の最初の式が得られます。

 さて、φ1,φ2は規格化されているとしたことから、H11,H22はそれぞれのエネルギーE1,E2に等しくなります。 したがって、(8)式は次のように書くことができます。
{ c1(E1−E)+c2(H12−ES12)=0

c1(H12−ES12)+c2(E2−E)=0
(9)
このような連立方程式のことは永年方程式と呼ばれます。 (これは古典力学での永年問題、すなわち周期運動に関する問題として同様な式が現れることから名づけられましたが、意味は変分法によってエネルギーや未定係数を決定する方程式のことです。)
 この式からエネルギーEを求めるには、c1, c2を消去すればよく、これは次のようになります。
(E−E1)(E−E2)−(H12−ES12)2=0
(10)

 特に、等核二原子分子の場合のように、E1=E2となる場合には、次のようになります。
(E−E1)(E−E1)−(H12−ES12)2=0
これを展開して、Eについて整理すると、次のようになります。
E2−2E1E+E12−(E2S122−2H12S12E+H122)=0
∴ (1−S122)E2−2(E1−H12S12)E+(E12−H122)=0
これは、次のように因数分解することができます。
{(1+S12)E−(E1+H12)}{(1−S12)E−(E1−H12)}=0
(11)
したがって、エネルギーEは次の二つの値になります。
E+ E1+H12
──────
1+S12
, E- E1−H12
──────
1−S12
(12)
なお、これらは次のように表現することもできます。
E+=E1 H12−E1S12
───────
1+S12
, E-=E1 H12−E1S12
───────
1−S12
(12')
また、重なり積分S12を0とし、H12βに置き換えると、より簡単に次のようになります。
E±=E1±β

 これらのエネルギーは、同一の原子軌道同士の結合における結合性軌道と反結合性軌道のエネルギーを与えるものになりますが、重なり積分を無視した近似では、反結合性軌道の方は、結合性軌道のエネルギーと原子軌道のエネルギー差(β)だけ原子軌道エネルギーよりも高くなるということがいえます。
 このことは、分子軌道の結合エネルギーが電荷雲の分布のみによって考えることができない場合に重要となります。 例えば、反結合性軌道の電荷雲が原子間に多く分布するような場合です。 このことは、電荷雲が相殺されるような重なりが生じる場合には、電子同士の反発力が強くなるためと考えることができるでしょう。

 次に、各係数を求めるにはエネルギーの値を(9)式に代入すればよいのですが、実はこれらの式は同一の方程式となります。 これは以下のことによります。
 (9)式を次のような行列A,xを用いて表現した場合、
A
( E1−E H12−ES12 )
H12−ES12 E2−E
x
( c1 )
c2
Ax0
(13)
と書くことができます。 もし、Aの行列式が0でない値を持ち、この逆行列A-1が存在すると、これを両辺に掛けて
A-1AxA-10x0
(14)
となり、xは恒等的に0になります。
 したがって、x0でない値を持つためには、Aの行列式が0となる必要があります。 これはどういう場合かというと、行列Aの行または列で、他の定数倍に等しいものがある場合などということになります。 つまり、今の場合には、この連立方程式のうち等しいものが存在する場合ということになります。 したがって、(9)式は一つの式ということになり、これからはc1とc2の比が求められるだけとなります。
 
そこで、これらの係数を確定させるためにはもう一つの式が必要となり、これとしては次の規格化の条件が付け加えられることになります。
ò ψ2dτ =c12+ c22+2c1c2S12= 1
(15)

 これで各係数が求められる条件が整ったので、これらの係数を求めることにすると、例えばE+については、この値を代入してc1=c2となることから、
c12+ c22+2c1c2S12=2c12(1+S12) =1 ∴ c1

1
────────
Ö ──────
2(1+S12)
(16)
となります。
 同様に、E-からはc1=-c2となり、これらの係数は
c12+ c22+2c1c2S12=2c12(1−S12) =1 ∴ c1=−c2

1
────────
Ö ──────
2(1−S12)
(17)
となります。

 ただし、重なり積分Sを無視して±1/2とすることも多く、これはエネルギー順位を相対的に示す場合にはよく用いられるようです。 Sが比較的大きな値になることからすると(例えば、水素分子の1s軌道同士の重なり積分は0.59となり、結構大きな値となります)、これは大きな問題のように思われますが、実際には相対的なエネルギー順位は、Sを無視しない場合と同じになることが多いとされます。
 このような粗い近似を用いるものとして、ヒュッケル法があります。 これは特に永年方程式が簡単となることからよく用いられるようですが、概算値を求めたり、定性的な説明をするのには向いていても、正確なエネルギーなどを求めるのには向いていません。

 以上が、基底関数が2個の場合のRayleigh-Ritz法による永年方程式のあらましですが、このことは基底関数がn個の場合にも同様になります。 この場合には、この永年方程式の行列Aは、基底関数φiが規格化されていない場合も含めて,次のようになります。
A
æ
ç
ç
è
H11−ES11 H12−ES12 … H1n−ES1n ö
÷
÷
ø
H21−ES21 H22−ES22 … H2n−ES2n
……… ………… … ………
Hn1−ESn1 Hn2−ESn2 … Hnn−ESnn
(18)



参考文献