1. 化学結合
原子同士の結合としては、共有結合、イオン結合、金属結合が代表的なものとなります。
これらは全てクーロン力から生じるものですが、原子の電子状態やエネルギー状態などから、結合の状況が変ってくることになります。
2. 共有結合
共有結合は、中性原子のように電荷的に中性のもの同士が結合する現象のことをいいます。
この理由は、電荷的に中性であったとしても、原子同士が十分に近づくならば、電子の負電荷と原子核の正電荷により、引き合うようになるためです。
共有結合は、双方の原子間に結合軌道が存在し、これに電子が充填して飽和することによります。
この飽和は、パウリの排他原理によります。
つまり、ある軌道には2個までしか電子が入ることができないということによって、電子の充填は制限されることになります。
この結合軌道は分子軌道(複数の原子核を中心とする軌道)となりますが、これは原子軌道よりも複雑になるため、普通には原子軌道の重なりによって考えることになります。
これは原子価結合法と呼ばれるものです。
原子価結合法として考えた場合、共有結合は普通2つの原子による結合として考えることができます。
このことは、原子間において電荷雲の密度が高くなり、結合が生じることによります。
つまり、原子核同士は次のように結合することになります。
特に、原子番号が大きい元素(ただし、ハロゲン元素と希ガス元素は除きます)や、閉殻が形成された直後のアルカリ金属元素などでは、電子を放出しやすくなります。
電子を放出した原子は陽イオンとなり、これは電子を受け取って陰イオンとなった原子とイオン結合を行なうようになります。
ただし、水のように有極性の溶媒の中では、陽イオンとしても存在するようになります。
また、電子が金属内に放出された場合は、遊離電子となって金属内を自由に飛び回ることになり、これは各原子をイオン結合のように結合させることになります。
この結合のことは、金属結合と呼ばれます。
共有結合も基本的にはクーロン力によるもので、原子の電子が結合間により多く局在して、双方の原子核がそれらの電子と引き合うことになります。
しかしながら、原子の電子は自由に分布できるわけではなくて、原子軌道または分子軌道と呼ばれるものに配置することになります。
ただし、このためには原子核の正電荷の影響が及ぶ範囲に電子が存在できることが条件となります。
これは、原子において閉殻ができていないことが条件となります。
もし閉殻ができている場合には、この殻によって原子核の正電荷が「遮蔽」されてしまいます。
共有結合を行うような原子は、主に3周期までの元素か臭素(Br)、ヨウ素(I)といったハロゲン元素になります。
ただし、閉殻が形成されているヘリウムなどの希ガス元素は除きます。
[原子核A] … [電荷雲の重なり] … [原子核B] |
電荷雲は、原子核間にのみ存在しているわけではなく、双方の原子核周辺にも存在しています。 ただ、この中間部分での電荷密度が高いことから、原子同士の結合に大いに寄与するものとなります。 つまり、原子核同士の斥力をこの中間部分に存在する電子雲が「中和」して、双方の原子核を引きつけることになります。 このことは、クーロン力が距離の二乗に反比例して弱くなることが関係しています。 つまり、相手側の原子核による斥力の大きさは中間にある電子の引力よりも1/4倍となることによります。 もし局在電子が一方の側にほとんど寄るならば、電子による遮蔽性や連結性は弱くなり、結合は共有結合的ではなくなります。
原子価
共有結合の場合、結合に飽和性があることから、ある元素の原子が他の元素の原子と幾つ化合できるかということには限界があり、この能力を表わす用語として原子価があります。
これは原子同士が互いの不対電子によって結合するという考えを元にしたもので、基底状態での不対電子数や生成可能な不対電子数が原子価となります。
例えば、水素は1価、酸素は2価、窒素は3価、炭素は4価になります。
これらの元素は2周期までの元素で、一般的条件においては電子はL殻に収まることから、生成可能な不対電子数には明確な限界があります。
つまり、窒素からフッ素までは基底状態での不対電子数が原子価となり、ベリリウムから炭素までは励起状態での不対電子数が原子価となります。
しかし、3周期以降になると、上位のエネルギー順位への遷移(3p軌道から3d軌道への遷移など)が比較的容易になることから、生成可能な不対電子数は明確には定まりません。
例えば、イオウは酸素と同じ族の元素なので、通常は2価となりますが、ある条件では3〜6価になることができます。
そのように原子価で化学結合を考える場合には、元素の周期表で元素が何周期目のものであるかを認識しておく必要があります。
しかしながら、化学結合は不対電子同士の共有だけでなく、一方の非共有電子対の共有である配位結合の場合もあります。 例えば、H3O+では、一つは非共有電子対によって水素と結合していて、この場合の酸素の原子価は3になります。
酸化数
原子価と似たような概念のものに酸化数がありますが、これは酸化還元反応を考える際に役立つものとなります。
酸化数は、電子の移動の容易さによって、化合物中の一つの元素から他方の元素に仮想的に完全に移動させたときの元素の電荷数によって表わされるものです。
例えば、H2Oでは、酸素の方が陰性元素であることから、電子は酸素側に移動することになり、酸素の酸化数は-2となります。
この場合、酸素の酸化数の絶対値は原子価と等しくなります。
しかし、同一の元素同士が結合している場合には、電子の移動はないことになります。
このような場合には、酸化数の絶対値は原子価とは同じになりません。
例えば、NH2-NH2の場合の窒素の酸化数は-2となります。
また、NH4のように、一つが配位結合している場合にはこの水素との電子の移動はないことから(この共有電子対は窒素のものであったため)、この酸化数は-3となりますが、この原子価は4であり、酸化数の絶対値は原子価と同じにはなりません。
酸化数が増大することは、正電荷が増えるということであり、これは電子が奪われることを意味しています。 これを酸化というのは、酸素は代表的な陰性元素であり(これより陰性の強いものにフッ素がありますが、これは酸素分子のように一般的ではありません)、これとの結合は電子が酸素側に移動しやすいことによります。 一方、還元の方は酸化数が減少することであり、これは奪われた電子が元に戻るということですから、還元されたということになります。 なお、酸化還元反応では、電子を与える側のものは還元剤と呼ばれ、電子を受け取る側(というよりは電子を奪う側)のものは酸化剤と呼ばれます。
2.1 結合の仕方
中性原子同士の結合の仕方としては、双方の原子の不対電子同士による結合と、一方の原子による非共有電子対による結合があります。
不対電子同士による結合
原子核間に局在する電子は、通常は2つの原子の不対電子(原子軌道に一個だけが入っているもの)がそれぞれ入ったものになります。
このことは、以下のように考えることができます。
中性の原子の状態としては、同一エネルギー順位の軌道が飽和して対電子のみによって形成されているものと、この軌道が未飽和で不対電子があるものに分かれます。
(このことは、エネルギー順位の等しい軌道が複数あるならば、電子同士の斥力により、空いている軌道から充填することによります。)
なお、不対電子を2つの原子で共有するという場合、電気陰性度の違いにより、電荷雲は電気陰性度の高い側に引かれることになります。
もし共有電子対が他方にそっくり移った場合には、共有電子対を受け取った側は陰イオンとなり、これを奪われた側は陽イオンとなります。
そして、これらは共有結合ではなく、イオン結合をすることになります。
イオンとなった場合には、等方的にクーロン力が生じて結合することになりますから、これらの両イオンは、交互に空間を充填することになります。
非共有電子対による結合
不対電子を持つものでも、他の原子と共有結合していて、自由な不対電子がないという場合があります。
この場合には、他方の対電子を空いている軌道にそっくり入れて結合することもできます。
これも共有結合の一種ですが、これは通常の共有結合とは異なることより、配位結合(ドナー・アセプター結合)と呼ばれます。
結合エネルギー
共有結合が生じたときには結合エネルギーが生じますが、これはこの結合を解離させるエネルギーにほぼ等しくなります。
ほぼ等しいというのは、二原子分子の場合には等しくなるのでが、多原子分子の場合には等しくならないことがあるからです。
2.2 ラジカル
ラジカルというのは、遊離基のことです。
つまり、分子のどこかで共有結合が切れて分裂し、不対電子(奇電子とも)を持つようになったものを言います。
これが1個のみの中性原子となった場合には、元の原子ということになります。
ラジカルのように不対電子をもつ場合、他のラジカルと容易に結合することになります。
また、分子とも容易に反応しやすくなります。
このことは、分子との反応で、ラジカルの方は結合を分離させる必要がないことによります。
このため、ラジカルは非常に化学反応性が高いものとなります。
2.3 配位結合
p電子や各sp混成軌道は方向性が強いことから、原子は電子殻が埋まるまで、これらの電子を捕獲することができます。
このことは電気陰性度の高い元素ではよく起こります。
配位結合によって非共有電子対を与えた側はドナー側となり、これを受け取った側はアクセプター側となります。
ドナー側は電子対を与えて原子同士で共有することから負電荷が減少し、正電荷を帯びることになります。
アクセプター側は、逆に負電荷を帯びることになります。
窒素
これは不対電子が3個あり、このそれぞれが共有結合をしているということより、非共有電子対など持たない筈と考えるかもしれませんが、アンモニアNH3のような場合には、水素との結合は混成軌道によって行なわれていて、1非共有電子対を一対(参照)を持っていますから、これを与えることによって配位結合を行うことができます。
結合軌道には電子が二つまで入ることができることより、双方に不対電子がある場合には、これらの電子によって充填されます。
一方に不対電子があり、他方には対電子のみしかないという場合には、後者の方は、対電子を分裂させて、二つの不対電子としてから、対電子同士によって結合することになります。
対電子を分裂させるためには、対電子の一つを空いている軌道に昇位させる必要があることから、エネルギーが必要になりますが、これは結合エネルギーによって補償されることになります。
この対電子の分裂によって不対電子が増え、原子価が増えることになります。
この代表的なものが炭素で、この分裂によってsp3混成軌道などの電子が生じることになります。
食物を食べてエネルギーを得るということは、より低いエネルギー(より強い結合状態のこと)の分子結合に変換させる、ということを意味しています。
つまり、食物自身にエネルギーが含まれているわけではなく、これからエネルギーを取得するためには、化合物の変換が必要になります。
特に不対電子をもつラジカルの場合には、共有結合を解離させる必要もなく、結合が可能になることから、より高いエネルギーのものとなります。
共有結合を行うような原子は、エネルギー的に不安定であるため、他の原子と共有結合を行い、安定化することになります。
したがって、通常、そのような原子は分子を形成しています。
ただし、中には例外的に分子の状態で不対電子を持つものもあり、これとしては酸素分子が代表的です。
これもやはり不対電子を持つことから、ラジカルということになります。
安定な炭化水素が燃焼するのは、大気中に豊富にある酸素分子との反応によります。
酸素分子は酸素同士が二重結合したものと考えがちですが、実際にはそのようにはなりません。
この状態は原子価結合法では説明できず、分子軌道法によって説明されます。
こうした分子は比較的稀で、普通ラジカルといえば、不対電子を持つ原子や、分子が分裂した原子団になります。
それと同様に、原子の持っているp電子などを捕獲することもできます。
ただし、炭素や窒素、酸素などの原子は一般に共有結合を作り安定していますから、捕獲対象となる電子は非共有電子対になります。
したがって、これを受け取るには、一つの軌道が空いている必要があります。
このようにして結合した場合も、不対電子同士による共有結合の場合と同じになり、区別はつきません。
例えば、窒素がドナー側になった場合、これは正電荷を持つことになります。
このことは窒素が不対電子によって共有結合している場合とは逆になり、この場合の窒素については配位結合を考えないと混乱することになります。
例えば、アンモニア(NH3)と水素イオン(H+)が結合したアンモニウムイオン(NH4+)があります。
これは次のような結合となります。
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酸素
これは一つの非共有電子対と2つの不対p電子を持っていますから、この不対p電子によってそれぞれ共有結合を作った後、非共有電子対によって配位結合を行うことができます。
また、混成軌道状態のものもあり、この場合には非共有電子対を2対(参照)を持っていますから、2つの配位結合を行うことができます。
例えば、水分子と水素イオンH+(プロトン)が結合したOH3+があります。
これは次のような結合となります。
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また、一酸化炭素も配位結合を形成したもので、これは二重結合と配位結合により、次のように三重結合したものになります。
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なお、二酸化炭素の場合には、次のように不対電子同士によって二重結合したものとなり、この分子の場合には極性がありません。
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共有結合は、一般に双方の原子軌道が重なる場合に起ります。
この理由は、この重なりにおいて電荷密度が高くなることによります。
このことは、以下の図で示すことができます。
まず、両電子の重なりがない場合の双方のs電子軌道を重ねたものは、次のようになります。
この場合には、両原子核において電子は均等に分布するということになり、どちらの原子核も移動しないことになります。
両電子雲が重なるくらいに近づいた場合には、次のようになります。
この場合には、原子核間の電荷密度が高くなり、どちらの原子核も他方の原子核の方に引き寄せられることになります。
しかし、近づきすぎると、原子核同士の反発力の方が強くなります。
したがって、ある距離において結合が最も強くなり、結合が安定することになります。
これが分子間距離を決めることになります。
このような分子軌道は、結合性分子軌道と呼ばれます。
確かに電子が原子核間に集れば、双方の原子核を引き付けることが可能となりますが、それでは電子同士の反発力が強くなるのではないかと考えるでしょう。 しかしながら、電子というのは波動であり、明確な形というものがあるわけではありません。 これは量子数によって決められる波動であり、これが同一の場合には一つの電子とみなされることになります。 したがって、二つの原子軌道の重ね合わせによって新たな電子が作られると考えれば、この電子において反発力が生じるということはありません。 この反発力というのは、異なる電子同士によって生じるものですから、同一の分子軌道に入った、スピンの異なる電子同士による反発力ということになり、これは原子の対電子の場合と同じことになります。
ただし、そのような電子が無制限にできるということではなく、(ある位置に捕捉されているということから)定常波性を持ち(原子軌道の一次結合はこれを満たします)、しかもエネルギー状態として存在可能なものとなります。
なお、そのようなことは原子価結合法では電子の交換として説明されますが、このことは一つの電子が両方の原子軌道に存在するということを述べたものと考えられます。
上記の結合は、両電子の位相が同じものを重ねた場合ですが、位相が異なる場合には、原子核間における電荷密度が減少し、これらの原子は離反するようになります。 これは、次の図のような状態となったものです。
このような分子軌道は、反結合性分子軌道と呼ばれます。
p電子同士による共有結合 s電子による共有結合では、これは球対称であることから、方向性を持ちません。 ところが、p電子同士の場合には方向性を持つことから、この電子の重ね合わせ方には、2つの場合があります。 一つは結合軸に対して平行になって向かい合わせで重ね合わせるもので、もう一つは結合軸に対して垂直に並んで重ね合わせるものです。 前者の結合はσ結合と呼ばれ、後者の結合はπ結合と呼ばれます。 なお、σ結合の場合には結合軸に対して回転対称となることから、σは対称性を表すsymmetoryを略したもののようです。 πは並行性を表すparallelの略のようです。
これらの結合を図で示すと、次のようになります。
σ結合の場合には、結合軸に対して回転させても十分な重なりができることから、回転の自由度があります。
しかし、π結合の場合には二つの部分で重なることから、一方だけを回転させるということはできません。
また、π結合の場合にはσ結合と比べて重なりが小さくなることから、結合は弱くなります。
p電子とs電子が結合する場合には、σ結合となります。 この理由は、このπ結合の場合には、一方の位相は同じになっても、他方は位相が異なることになるからです。
混成軌道による共有結合
混成軌道としてはs軌道とp軌道を混成したものが代表的で、これにはsp混成軌道、sp2混成軌道、sp3混成軌道がありますが、一つ一つの形はだいたい同じになります。
これらは、ただ配置の仕方が異なるものとなります。
この混成軌道は、p電子の一方の側のみを膨らませたような形となるため、結合はσ結合のみとなります。
炭素の場合には、この混成軌道とp電子によって共有結合を考えることになります。
窒素や酸素の場合にも、s電子とp電子が混成することがありますが、概ねこれはp電子のσ結合の場合と同様になるため、特に混成軌道を考えなくても問題がないことが多いといえます。
ただ、炭素の場合には、混成軌道を考えないと、不対電子の数がこの原子価である4にならないことから、炭素では混成軌道は必須のものとなります。
多重結合 原子価が2以上あるものは二重結合を行うことができ、原子価が3以上のものは三重結合を行うことができます。
しかし、三重結合は比較的稀で、多重結合の多くは二重結合となります。
多重結合を行う電子は普通にはp電子となります。
というのは、s電子の場合には、これは不対電子は一つしかないからです。
また、もしp電子があるならば、この直前の軌道であるs軌道は閉じていることことになりますから、不対のs電子は持っていない、ということになるからです。
ただし、混成軌道のものもあることから、p電子だけとは限りません。
しかし、混成軌道のものはσ結合を行うことはできますが、π結合は行えません。
さて、同一の結合軸について多重結合するという場合には、一つはσ結合となり、他はπ結合となります。 このことは、σ結合を行っているp電子または混成軌道電子に対して、他のp電子はこれらに対して垂直になるからです。
この理由は、次のことによります。 p電子の配置の仕方は、x軸方向、y軸方向、z軸方向の3つになります。 原子同士がp電子同士によって結合するという場合、最初はσ結合が起こります。 この結合方向はこのp電子の方向となりますから、他のp電子は結合方向に対して垂直になります。 したがって、他はπ結合となります。
上記のことは、混成軌道の場合でも同じになります。 例えば、sp混成軌道は一つのp電子とs電子とが混成したものですが、この方向はこのp電子の方向となります。 したがって、これはp電子の場合と同様ということになります。 また、sp2混成軌道は、s電子とp電子2個が混成したものですが、これは2つのp電子が配位する平面内にあります。 したがって、混成軌道を形成していないp電子はこれと垂直になります。 なお、sp3混成軌道は、s電子とp電子3個が混成したものですが、この場合には不対p電子は残っていないことより、多重結合は行なわれません。
多重結合の性質としては、σ結合に比べて弱いπ結合ができることから、この部分は他の分子によって化学変化を受けやすくなります。
特に、酸やラジカルの攻撃を受けやすくなります。
また、単結合の場合のσ結合では結合部を回転させることができますが、多重結合ではπ結合ができることから、この結合部は固定することになります。
このことは、長い炭化水素鎖をもつ脂肪酸では重要なこととなります。
というのは、二重結合をもつ場合には自由に折れ曲ることができなくなるため、分子を密に詰め込むことができなくなるからです。
また、脂肪酸同士が十分に接近できなくなるため、分子間引力も弱くなります。
しかし、こうした欠点は、逆に利点となる場合もあります。
2.5 共有結合の例
水分子 この分子式はH2Oで、これは次のように結合しています。
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アンモニア この分子式はNH3Oで、これは次のように結合しています。
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格子エネルギー
イオン結合の場合も結合が生じた場合には結合エネルギーが生じます。
このため、多数のイオン分子によってイオン結合が形成されると、熱を発生することになります。
イオン結合の場合、陽イオンと陰イオンが交互に並び結晶格子を形成します。
0Kにおいて、それぞれのイオン1molを引き離すのに必要なエネルギーのことは格子エネルギーと呼ばれます。
イオン元素
陰イオンを形成する元素は、1個の電子を受取り、安定な殻構造を形成するハロゲン元素が代表的で、これはフッ素F、塩素Cl、臭素Br、ヨウ素I、アスタチンAtとなります。
また、2個の電子を受取り安定な殻構造を形成して、2価の陰イオンとなる酸素やイオウもあります。
陽イオンを形成する元素は、1個の電子を失って安定な殻構造を形成する水素とアルカリ金属元素(リチウムLi、ナトリウムNa、カリウムK、ルビジウムRb、セシウムCs、フランシウムFr)が代表的です。
また、2個の電子を失って安定な殻構造を形成するアルカリ土類金属元素(ベリリウムBe、マグネシウムMg、カルシウムCa、ストロンチウムSr、バリウムBa、ラジウムRd)もあります。
他には、アルカリ金属元素と似た元素の銅Cuや、アルカリ土類金属元素と似た元素の亜鉛Zn、カドミウムCd、水銀Hgもあります。
3.1 イオン半径
陽イオンと陰イオンとでは、どちらが大きいかということになりますが、これは普通には陰イオンになります。
例えば、最も小さい陰イオンであるフッ素のイオン半径は1.36Å(オングストローム)ですが、ナトリウムイオンのイオン半径は0.95Åと、フッ素の70%ほどに縮小してしまいます。
ただし、陽イオンのセシウムイオンの場合には、イオン半径は1.69Åとなり、これはフッ素イオンよりも大きくなります。
イオン半径は、イオン結晶を形成している陽イオンと陰イオンの核間距離がこれらのイオン半径の和となるように定義されています。
イオン結晶の構造 これは陽イオンと陰イオンのイオン半径の比によって、大体推定することができます。
そこで、以下ではこのことについて説明します。
この時、大円に接する小円の半径が、この構造での最小のイオン半径比ということになります。
この半径比ρを求めるために、Aの円についての次の図を考えます。
これより、次のように ρが求められます。
以下に、陰イオンの方が大きくなる理由を記述しておきます。
さて、陰イオンというのは、電子を一つまたは二つを受け取って、安定な電子殻が形成されたものです。
一方、陽イオンはこの逆で、電子を一つまたは二つを失って、安定な電子殻が形成されたものです。
(ただし、例外的に共有結合性を持っている場合もあります。)
陰イオンでは電子が増えることによって、電子による遮蔽が強まり、有効核電荷が小さくなります。
このため、最外殻の電子の半径は大きくなります。
(原子半径については、原子軌道の5.5b式を参照して下さい。)
陽イオンの場合には、電子が減ることによって、有効核電荷が小さくなりますから、この半径は大きくなります。
閉殻を形成している電子殻は、この半径の大きさに応じて変る筈ですから、陰イオンでは大きくなり、陽イオンでは小さくなる、と考えられます。
また、閉殻となった電子殻は、殻の内部まで入り込むように接近すると強い斥力が生じます。
(このことはファンデルワールス反発力によります。)
したがって、イオン半径は外側の電子殻の半径(これはファンデルワールス半径になります)よりも小さくなることはありません。
また、イオン結合はクーロン力で結合したものですから、陰・陽のイオンはできるだけ接近しようとすることになりますが、この接近距離はファンデルワールス反発力によりファンデルワールス半径よりもわずかに大きくなります。
したがって、イオン半径は原子半径の大きさに相関するということになります。
イオンの結晶構造を決めるのは大きい方のイオンの配置可能性となるため、これを基準にして考えることにします。
問題にするのは半径比(小さい方のイオン半径/大きい方のイオン半径)ですから、これを半径1の球とします。
同一の大きさの球を充填させる場合、これが最も稠密になる配置は、正三角形配置であり、これは次のように配置することになります。
| (3.1) |
角θは、正三角形の場合には30゜となることから、ρは0.1547…になります。
次に稠密な配置は正四面体となることより、次の図を考えます。
ここで、A,Bは四面体配置させる場合の4つの球の内の2つの球の中心です。
また、Oは四面体の中心となります。
立方体の一辺の長さを1とすると、aの長さは1/2,bの長さは√2/2となることから、θはtan-1(1/√2)=36.264…゜となります。
この場合も正三角形の場合と同じように、三角形OABを考えると、この半径比ρは0.2247…となります。
次に稠密な配置は正八面体であり、この場合には小さい方のイオンを次のように配置することになります。
この場合には、θ=45゜となりますから、ρは0.4142…となります。
正八面体の次に稠密となる配置は、正六面体(立方体)となります。 これに接する小円の半径を求めるために、次の図を考えます。
ここで、三角形OABを考えると、aの長さは√2/2,bの長さは1/2ですから、θはtan-1(√2)=54.73561…゜となります。 したがって、ρは約0.732となります。
以上のことをまとめると、イオン結合の構造はイオン半径の比より、次のようになります。
半径の比率 | 立体配置 | 配位数 | 備考 |
---|---|---|---|
1 | 立方八面体 | 12 | この配置もある |
1〜0.732 | 立方体 | 8 | |
0.732〜0.414 | 正八面体 | 6 | NaClなど |
0.414 | 正方形 | 4 | この配置もある |
0.414〜0.225 | 正四面体 | 4 | |
0.225〜0.155 | 正三角形 | 3 |
4. 金属結合
共有結合やイオン結合の場合には、電子は一つの原子または小数の原子に捕捉されたものでした。
これらに対して金属結合は、電子が小数の原子に束縛されないで、この金属内の原子間を自由に運動する電子によって結合したものです。
金属を形成する元素としては、アルカリ金属、アルカリ土類金属、遷移金属が代表的です。
これらは、次のような特徴があります。
上記以外には、12族の亜鉛・カドミウム・水銀や、3p電子を持つアルミニウム、4p電子を持つガリウム・ゲルマニウム、5p電子を持つインジウム・スズ・アンチモン、6p電子を持つタリウム・鉛・ビスマス・ポロニウムもあります。
金属の構造を簡単に述べるならば、これは同種元素同士の結合によって特定の原子から電子が引き離されているものということになります。
これは次の状況を考えれば明らかなことになります。
このように同種の原子核が等方的に分布している場合には、電子は各原子核の中間に位置するのが自然な配置になります。
このことは各原子が陽イオン化して電子を放出していると考えることもできますが、これよりは同一の原子核からなる格子の中に電子が浮遊していると考えた方が、自然な見方になります。
さて、金属結合の取り扱いについては、分子軌道法と原子価結合法での共鳴によって考える二つが代表的です。
また、この場合も粒子的見方と波動的見方があります。
自由電子の波動性
金属内を自由に動き回る自由電子とは何かということになりますが、これは波動的には非局在電子のことになります。
電子の非局在性は二原子分子の結合性分子軌道でも現われましたが、このことは原子軌道の重なりによるものです。
つまり、双方の原子軌道が重なることによって原子間にも分布することができ、電子は二つの原子核の周りを運動することになります。
このような重なりが各原子において生じると、一つの大きな分子軌道を形成することになります。
4.1 金属の結晶構造
金属はできるだけ稠密な配置をとるようになりますが、これとしては体心立方、面心立方、六方稠密の三種があります。
この中では、面心立方と六方稠密では、原子の占める割合が74%と最も稠密になりますが、体心立方の場合には68%になり、やや隙間ができます。
面心立方の場合には、次のようになります。
この場合も立方体の一辺の長さは1とします。
このある面の対角線の長さは√2になりますから、これに入る球の半径rは、√2/4になります。
また、この立方体に入る球の数は4になりますから、この全体積Vは次のようになります。
なお、六方稠密型で、真ん中の逆三角形の配置は三角形の配置にしても同じことになります。
したがって、六角形+逆三角形(三角形)+三角形(逆三角形)+六角形という配置も、同様に稠密になります。
実は、これは面心立方型を45゜の角度で切り取った(例えば、右上奥の緑の球から2つの水色の球を通って切り取ります)配置になります。
(実際に球を並べてみないと考えにくいですが。)
体心立方型にはリチウム、ナトリウム、カリウムなどがあります。
面心立方型には、アルミニウム、カルシウム、銅、金などがあります。
六方稠密型には、ベリリウム、マグネシウム、亜鉛、カドミウムなどがあります。
結合の仕方はイオン結合と似ていますが、陰イオンに相当する自由電子は非常に高速に運動していることから、各原子の配置転移に対して速やかに応答することができる点が、イオン結合との大きな違いとなります。
このため、金属は大きな強度を持つと同時にしなやかさも持つことになります。
また、自由電子は電場の影響を受けて運動を行いますから、電場や電流を伝えるものとなります。
また、これは熱エネルギーを伝えたり、吸収したりして、熱の伝導を行うものとなります。
金属の分類 特徴 アルカリ金属 最外殻に不対s電子のみを持つ。 アルカリ土類金属 最外殻にs電子対のみを持つ。 遷移金属 最外殻にnd電子を持ち、(n+1)p電子を持たない。
また、多くのものは(n+1)s電子を持つ。
以上の元素は比較的容易にイオン化できるということが、共通的な特徴となっています。
もちろん、電子は運動していますから、ある時にはある原子の側にあり、原子と「結合している」と考えることもできます。
しかしこれは一時的なものであり、この結合は仮想的なものということができます。
このような陽イオンは疑似的なもので、本来の陽イオンではありません。
というのは、これは単に電子の運動によって配置の偏りが生じたものにすぎないからです。
一方で、陽イオンができるならば、他方には陰イオンができ、これらは相殺されます。
また、自由電子も本来のエネルギーを持っているわけではなく、金属内というエネルギーの低い領域内での運動ということにすぎません。
これを例えるならプールの底での電子の自由運動ということであり、電子がエネルギーを得て原子の束縛から離れて自由運動をしているものではありません。
これらの構造は、以下の配置になります。
体心立方の場合には、次のようになります。
まず一辺の長さが1の立方体を考えます。
この立方体の対角線の長さは√3になりますから、これに入る球(端の場合は球の中心とします)の半径rは、√3/4になります。
また、この立方体に入る球の数は、次のようになります。
したがって、この立方体に入る球の全体積Vは次のようになります。
4
──
8+1+
4
──
8=2
V=2・
4pr3
───
3=2・
4p・(√3)3
────────
3・430.6802
V=4・
4pr3
───
3=4・
4p・(√2)3
───────
3・430.7405
体心立方型 面心立方型 六方稠密型
ψ=c1ψ1+c2ψ2+c3ψ3+… | (4.1) |
n個の原子軌道に対してはn個の分子軌道が対応することになりますが、これには結合性のものと反結合性のものがあります。
結合性の分子軌道というのは、原子軌道よりもエネルギー順位が低くなるもので、反結合性の分子軌道は、原子軌道のエネルギー順位よりも高くなるものをいいます。
ただし、原子軌道の重なりがない場合には、これは個々の原子軌道ということになりますから、これは原子軌道のエネルギー順位と同じになります。
例えば、2原子の場合には、分子軌道ψは次のようになります。
ψ-=s(1)−s(2) ψ+=s(1)+s(2) |
|
次に、4原子(s(1),s(2),s(3),s(4)の順で並んでいるとします)の場合には、次の分子軌道をとることになります。
|
このように、ψ1では、全てが反結合的重なりとなります。
ψ2では、二つの反結合的重なりと一つの結合的重なりができます。
ψ3では、二つの結合的重なりと一つの反結合的重なりができます。
ψ4では、全てが結合的となります。
なお、ψ2では-ψ2の場合も考えられますが、これは単に-1を掛けたものなので、これは除外されます。
ψ3も同様です。
同様に多数の原子について行った場合のエネルギー順位は次のようになります。
この図のように、およそ無限といえるくらい多数の原子の原子軌道を重ねた各分子軌道のエネルギー順位は連続的に並ぶことになります。 この連続的なエネルギー順位の領域のことはエネルギーバンドまたは単にバンドと呼ばれます。
4.2.2 金属結合の強さ
金属結合を分子軌道法によって考えた場合の金属結合の強さについて述べておきます。
一般的に分子軌道の内、半数は結合性軌道となり、半数は反結合性軌道となります。
各分子軌道には排他原理により二つまでの電子しか入ることができません。
したがって、もし金属結合を行う、ある電子が全て対電子のみの場合には、結合性軌道と反結合性軌道が全て埋まることになり、この電子によっては原子同士は結合しないことになります。
4.3 アルカリ土類金属
アルカリ土類金属は2族の元素で、これは最外殻に対の2s電子のみをもつ元素です。
対の電子では共有結合を行うことはできないため、一つは2p軌道に昇位することになります。
(対のs電子によっては分子軌道法でも金属結合を行うことはできません。)
この結果、2s電子と2p電子ができることから、sp混成軌道を形成することになります。
これは2方向性のものですから、
という結合を形成することになります。
主にsp混成軌道による、二方向性の結合に対する結晶構造は六方稠密型になると考えられますが、ベリリウムは正にこの配置になっています。
また、同じ状況のマグネシウムの場合も六方稠密型となります。
しかし、カルシウム以降になるとベリリウムやマグネシウムの場合とは状況が異なります。
というのは、4周期以降では、まず最初に3dより上の順位の4s軌道から詰まるからです。
したがって、この下位には3d軌道があります。
このため、対の4s電子の一つは3d軌道に「昇位」することになり、sd混成軌道によって共有結合が行なわれると考えられます。
4.3.1 金属軌道
ベリリウムの場合では金属結合を原子価結合法で考えたわけですが、これによって金属の自由電子をどう考えるかということについて述べておきます。
4.4 遷移元素
遷移元素は最外殻にd軌道やf軌道を持ち、p電子を持たない元素です。
しかも、最外殻のd軌道とs軌道が飽和していない元素です。
4.4.1 遷移元素の性質
遷移元素の金属の性質としては、以下のものがあります。
1) 融点が高い。硬度が大きい。
そこで、例えば4周期の金属元素およびアルゴン(ファンデルワールス力の例)の融点と沸点を調べると、これは次のようになります。
この表で、電子数の( )内の数字は不対電子数です。
ところで、遷移元素としては銅が特徴のある元素ですが、これの結合の仕方がどうなるかということを述べておきます。
銅の場合には、3d104s1ですから、単純にはこれはd電子殻が形成されて、金属結合は4s電子によって行なわれると考えることができます。
しかし、これでは原子間距離や沸点の高さを説明することが難しくなります。
これら5個の電子によって混成軌道が形成され、他の原子と結合を行うことになると考えれば、原子間距離の短さを説明できます。
また、融点や沸点が比較的高いのも説明することができます。
アルカリ金属の場合にはs電子のみが金属結合と関係することになりますが、この場合には原子番号が大きくなるほど融点が下がります。
このことは内殻の電子数が大きくなり、原子核の有効核電荷が小さくなることが関係していると考えられます。
このことは、以下によります。
そこで、同族においてd電子の場合も1族のアルカリ金属の場合と同じようになるかといえば、必ずしもそのようにはなりません。
4族以降になると、後の周期ほど融点が高くなります。
このことは、d電子が増加しても原子核の陽電荷の遮蔽性の増大よりは、陽子数の増大の方が効いてくるためと考えられます。
なぜなら、電子同士の反発により、他の電子は遠い距離に追いやられ、この電荷の中心位置は原子核よりも遠くなるからです。
つまり、1個の電子の負電荷の斥力よりは1個の陽子の引力の方が強くなります。
このことは、第2周期や第3周期で原子番号が増えるほど、つまりp電子が増えるほど電気陰性度が高くなるのと同じことです。
核電荷の増大と電子による遮蔽の関係については、次の図を見れば分かり易いかと思われます。
s電子やp電子の場合には、内部に電子殻ができると、イオン化エネルギーが減少することになります。
つまり、核からの引力が減少することになります。
この理由は、内部の電子によって核電荷の「遮蔽」が生じるためです。
2) 有機化合物と結合して、錯体を作る。
3) 酸に溶ける。
4) 常磁性を示す。
さて、磁気双極子は電子の回転運動によって生じる場合と、スピンによって生じる場合の二つがあります。
気体原子の場合には、原子の回転が自由であることから、軌道角運動量による磁気双極子が磁場の方向を向くことができますが、金属の場合には、原子同士は結合していることから、自由に回転することはできない状況となります。
したがって、この常磁性はスピンによって生じることになります。
そこで、強磁性をもつ鉄の場合について述べることにします。
この原子の最外殻の電子は次の配置になります。
この各対電子が結合によって、次のように励起することになります。
このように不対電子が8個できますが、鉄の実際の原子価は、原子間距離より約5.8個であるとされ(正確にいえばこれは共有電子対による原子価のことで、これ以外の一電子結合というのも含めると約6になります)、したがって、平均して2.2個が不対電子として残ることになり、これが磁性を示すことになります。
なお、(4〜5周期の)遷移金属の金属結合の場合、最外殻に電子が収容される軌道数は、d軌道5個+s軌道1個+p軌道3個=9個ではなく、参考文献8によると大体8.3になるとされます。
したがって、これから原子価電子数6を引いた、2.3個が原子内不対電子として残る電子数の最大値となります。
そのような元素の代表といえるものが水銀です。
これは、最外殻に5d106s2の電子配置を持つものです。
これは融点が約-39℃で、常温で唯一液体となっている金属です。
(なお、ラドンの融点は約-71℃であることから、この結合力は主にファンデルワールス力であると考えられます。)
また、同族の亜鉛やカドミウムも融点が低く、水銀の場合と似ています。
このような配置が多数あることから、多数の結合の仕方があり、これらは共鳴混成体を作ることになります。
このことは金属結合を原子価結合法によって説明するものですが、これだけでは電気伝導の説明は困難なため、イオンのものもあると考えます。
この負イオンの場合には、sp2混成軌道を形成するため、これによる結合は平面的な三方向性の結合となります。
これも様々な配置のものが考えられることから、状況が複雑になります。
また、化学的性質も、カルシウム以降の典型的なアルカリ土類元素とリチウム・マグネシウムとでは異なります。
このため、これらは同じ族でも別の種類になります。
簡単な金属の例としてリチウムを考え、この金属結合について説明します。
原子価結合法では、金属結合は共有結合の共鳴混成体として考えます。
このようなものは仮想的なものであり、現実と対応したものではありませんが、電子対による共有結合によって考えることができるため有用なものということができます。
まず、イオンが生じていない場合には、次のような共鳴混成体が生じています。
Li ─ Li Li Li , │ │ Li ─ Li Li Li
Li ─ Li- │ Li+ Li
このように、ある原子が他の原子の電子(自由電子)を受け入れるような軌道のことは金属軌道と呼ばれ、原子軌道のエネルギー順位に近い軌道になります。
リチウムの場合には、これは2価の結合のものということになりますから、2p軌道となります。
さらに、これはs軌道とp軌道の混成が生じて、sp混成軌道となります。
金属結合の場合には、このような金属軌道が必要になります。
したがって、比較的近いエネルギー順位の軌道全ては使用できない状況となります。
また、1原子当り「何個」の金属軌道があるかによって、自由電子の数が決ります。
金属結合の場合、一般的には最外殻の電子は、(原子価結合法では)共有結合電子(原子価電子)、非共有結合電子(対電子の場合と不対電子の場合があります)、自由電子に区別されます。
d電子(やf電子)を持つことの意味は、これらがs電子と同じように周りの原子と重なりが生じることと、軌道の数が多いということです。
軌道の数が多いということは不対電子をそれだけ多く持てるということを意味し、したがって結合性の金属結合を行う電子が多いということになります。
このことが、遷移元素における金属の性質を説明するものとなります。
これらのことは、不対電子が多い場合となります。
分子軌道法で考えた場合、不対電子があるという場合には、分子軌道が満たされないということですから、反結合性軌道に入る数よりも結合性軌道に入る数の方が多いことになるからです。
また、原子価結合法で考えた場合には、共有結合できる電子の数が増えることによります。
特に、d軌道の場合には軌道数が多いことから、不対電子数が多くなります。
また、上位の軌道とのエネルギー差が小さくなることから、この軌道への昇位が容易であるということも関係しています。
したがって、基底状態では不対電子数が少ない場合でも、高いエネルギー順位の軌道への昇位によって不対電子数が増えます。
このことは、d軌道を持つ遷移金属では、エネルギー順位が比較的近い上位のs軌道やp軌道に入ることができるためです。
ただし、d軌道が不対電子によって満たされたマンガンでは、不対電子が多いにも関わらず例外的に下がります。
元素 電子数 原子間隔
×10-10m融点
K(℃)沸点
K(℃)結晶構造 備考 3d 4s 4p 18 Ar(アルゴン) 84(-189) 87(-186) 面心立方 希ガス元素 19 K(カリウム) 0 1 0 4.544 337(64) 1047(774) 体心立方 アルカリ金属元素 20 Ca(カルシウム) 0 2 0 3.947 1112(838) 1757(1480) 面心立方 アルカリ土類金属元素 21 Sc(スカンジウム) 1 2 0 3.256 1814(1541) 3104(2831) 面心立方 遷移元素 22 Ti(チタン) 2 2 0 2.896 1998(1725) 3560(3287) 六方稠密 23 V(バナジウム) 3 2 0 2.622 2160(1887) 3650(3377) 体心立方 24 Cr(クロム) 5 1 0 2.498 2130(1857) 2945(2672) 体心立方 25 Mn(マンガン) 5 2 0 2.731 1517(1244) 2235(1962) 様々 26 Fe(鉄) 6(4) 2 0 2.482 1808(1535) 3023(2750) 体心立方 27 Co(コバルト) 7(3) 2 0 2.506 1768(1495) 3134(2861) 六方稠密 28 Ni(ニッケル) 8(2) 2 0 2.492 1726(1453) 3005(2732) 面心立方 29 Cu(銅) 10(0) 1 0 2.556 1357(1083) 2840(2567) 面心立方 30 Zn(亜鉛) 10 2 0 2.665 693(420) 1180(907) 六方稠密 31 Ga(ガリウム) 10 2 1 2.442 303(30) 2676(2403) 32 Ge(ゲルマニウム) 10 2 2 2.450 1211(937) 3103(2830) 四角錐 原子結晶性元素 33 As(ヒ素) 10 2 3 2.495 1090(817) 889(616) 34 Se(セレン) 10 2 4(2) 2.321 490(217) 958(685)
この表のように、金属の結合力は原子間隔(原子間距離)と不対電子数と関係していることが分かります。
この周期の遷移元素では、バナジウムにおいて融点および沸点が極大を示しますが、このことは4s電子の3d順位への昇位(元素によって4s電子と3d電子のエネルギー順位は変ります)が関係していると考えられます。
つまり、この場合の不対電子数は、4s電子1個と3d電子4個、またはd電子5個(この可能性が高いように考えられます)の合計5個ということになります。
マンガンの場合も不対電子数は5個となりますが、これは原子間隔が少し大きくなることから、結合力は弱くなるようです。
原子間隔が少し大きくなるのは、4s電子の電子殻ができるためと考えられます。
(マンガンの場合では、3d電子よりも4s電子の方がエネルギーが高くなります。)
しかし、最大の不対電子数となるのはクロムとなる筈で、これが最も結合力が強くなると考えられるのですが、この周期ではそのようにはなりません。
この族の元素において同周期で融点・沸点が最大となるのは、6周期のタングステンとなります。
また、これは全元素の中で最大の融点と沸点を持ちます。
この辺りの事情は複雑なようです。
なお、ガリウムの場合では、沸点は高いものの、融点はかなり低くなっているのが特徴です。
これは、金属結合と関係する電子がsp2混成軌道になるためと考えられます。
つまり、これは平面型のものであることから等方的に結合するのが難しいために、固体結晶を維持する力が弱いのだと考えられます。
また、ゲルマニウムの場合には、sp3混成軌道になるようで、これは炭素の場合と同じくダイヤモンド型になります。
そこで、このことを説明するために、3d電子は4p軌道に昇位すると考えます。
この個数は、銅の原子価が約5.5となるようであることから2となります。
したがって、金属結合における銅の電子配置は、次のように変ります。
3d 4s ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ・ →
3d 4s 4p ‥ ‥ ‥ ・ ・ ・ ・ ・
しかしながら、これでは銅の導電性の高さが説明できません。
というのは、導電性の高さは自由電子が原子と衝突した際、散乱度の小ささによって説明されるのですが、このことはd電子殻ができていることによるもので、これと矛盾することになります。
導電性の高さは、やはりd電子殻が形成され、結合がs電子によって行なわれるためと考え、沸点の高さについては、温度が高くなると、銅の電子配置が上記のように変るため、ということで説明することができますが、原子間距離の方は説明できません。
次に、周期が変わった場合の同族での変化がどうなるかということが疑問として生じます。
この場合には、同じd電子でも主量子数が大きくなることからエネルギーが高くなり、結合力が弱まります。
ただし、このことは同じ元素の場合のことです。
元素が変ると原子核の陽電荷が変りますから、主量子数が増えることによるエネルギーの増大性と、陽電荷が増えることによるエネルギーの減少性とが相殺的になります。
また、このことには閉殻ができることによる原子核の陽電荷の遮蔽性も関係することになります。
このことが顕著なのがアルカリ金属ですから、まずアルカリ金属の場合にはどうなるかということを述べることにします。
まず、電子のエネルギーEは次のようになります。
ここで、kは比例係数です。
この式より、エネルギーはZeff/nの二乗に比例するということになります。
E=−k
Zeff 2
─────
n2
そこで、この有効核電荷がどのようになるかということになりますが、これとしては例えば、4s1を持つカリウム(Z=19)と次の周期の5s1を持つルビジウム(Z=37)とを比較することにします。
カリウムの第一イオン化エネルギーは4.34eVですが、ルビジウムではこれは4.17eVになります。
したがって、第一イオン化エネルギーの比(Rb/K)は0.961になります。
一方、これらの(Z/n)2の比は、
となります。
(37/5)2
──────
(19/4)22.43
これが有効核電荷を用いることによって、0.961になったということですから、"有効核電荷係数"(これは有効核電荷=係数×Zとするもの)の比をαとすると、次の関係が成立します。
1 : a2=2.43 : 0.961
このように、比較的大きく有効核電荷係数が減少します。
∴ a0.63
例えば、最外殻にそれぞれ4s電子と5s電子を持つ、銅(Z=29)と銀(Z=47)を比較すると、次のようになります。
これらのイオン化エネルギーは、銅が7.72eVで、銀が7.58eVになります。
したがって、これらの比(Ag/Cu)は、0.982になります。
一方、(Z/n)2の比は、
となります。
そこで、これらの有効核電荷係数の比をβとすると、次の関係が成立します。
(47/5)2
──────
(29/4)21.68
1 : b2=1.68 : 0.982
このように、d電子による核電荷の遮蔽性は弱まっています。
∴ b0.76
これがどの程度になるかということをいうために、同周期のカリウムと銅について比較することします。
これらのイオン化エネルギーの比は、7.72/4.34=1.78になります。
また、(Z/n)2の比は、(29/4)2/(19/4)22.33になります。
したがって、これらの有効核電荷係数の比をγとすると、次の関係が成立します。
1 : g2=2.33 : 1.78
このようにd電子殻による核電荷の遮蔽は他と比べて弱いものとなります。
∴ g0.87
d電子の場合にはどうしてそのような状況になるかといえば、この軌道が多いことによると考えられます。
つまり、この軌道が閉じるには多数の電子が必要なことから、原子核の陽電荷数がそれだけ多く増えることになるからです。
第4周期の元素のイオン化エネルギー
しかし、d電子の場合にはあまり変化がありません。
この理由は、d電子の場合にはより細長い軌道をとるためです。
つまり、より深く原子の内部に入り込んだ軌道をとることになります。
このため、内部の電子による遮蔽の影響をあまり受けないということになります。
d電子が電子殻による遮蔽性の影響が小さいことからか、この族においては後の周期ほど融点や沸点が増加しています。
遷移金属の場合、最外殻にある電子はd電子となり、これが他の原子と共有結合や配位結合を行ったり、この電子が奪われ、陽イオンとなってイオン結合を行うことになり、錯体を形成します。
錯体とは、原子の原子価として考えられるよりも多くの結合を作っているものに対して言われます。
金属は電子を放出して陽イオンになりやすい物質です。
一方、酸は電子を捕捉する能力が高い物質ですから、酸と金属原子が反応して、金属原子は陽イオン化することになります。
陽イオン化した金属原子は水に溶けることになります。
これは塩の場合と同様です。
なお、塩酸に過酸化水素をまぜた溶液を使用すると、ほとんどの金属が溶けるとされます。
物質の磁気的性質には、大きく分けて反磁性と常磁性があります。
反磁性というのは、物質に磁場をかけたとき、この磁場と反対向きに磁気モーメントが生じることです。
常磁性というのは、逆に磁場の方向と同方向に磁気モーメントが生じることです。
反磁性は常磁性に比べてかなり弱いことから、常磁性がある場合には反磁性は覆い隠されてしまいます。
この磁気モーメントμは、磁化率χにより、次のように定義されます。
この磁化率χは、原子の全磁気モーメントμJの二乗に比例し、絶対温度に反比例します。
つまり、次のようになります。
μ=χH
常磁性は電子のスピンによるもので、これは不対電子がある場合に生じます。
酸素分子が常磁性を示すのは、反結合性分子軌道に電子が1個ずつ入っていることによります。
χ=Const・
μJ2
────
T
金属の場合も、不対電子があると磁性を示すことになります。
しかし、分子軌道には低い順位のものから詰まっていくため、各エネルギー順位には対で入っていくことになります。
各エネルギー順位に対(↓↑)で入った場合にはスピンは0となりますから、分子軌道に入った電子によっては磁性を示すには全く不十分です。
なぜなら、この不対電子数の最大値は1となるからです。
したがって、常磁性は自由電子や共有結合と関係しない、原子性の不対電子によるものとなります。
(なお、自由電子の場合も、これは結合を行っていないものではなくて、多数の原子と結合が行なわれているものです。)
つまり、純粋に原子内の電子として残っている不対電子がある場合に磁性が現われることになります。
このことは金属結合の場合には可能になります。
というのは、d電子の場合には多数の不対電子が生じることから、全ての結合が行なわれるとは限らないからです。
3d 4s ‥ ・ ・ ・ ・ ‥
3d 4s 4p ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
また、クロムからニッケルまでの原子価は大体6になります。
したがって、対の3d電子や4s電子が励起して不対電子数が最大となるのはコバルトの場合となりますが、電子が増えた負イオンのものもあるため、この最大は鉄とコバルトの中間になります。
そのように強磁性体となるのは、この周期では鉄、コバルト、ニッケルになります。
同様のことは、5周期の元素についてもいえ、この場合にはルテニウム、ロジウム、パラジウムとなりますが、これらの元素は鉄、コバルト、ニッケルの元素に比べて遥かに希少な存在となっていることから、通常は除外されます。
しかも、これらを使用しても重いものができるだけとなります。
これらの磁性体では、各磁子の磁気モーメントは勝手な方向を向いていて、このままでは磁性を示しません。
しかし、磁場の中に置かれると、各磁子が磁場の方向を向き、強い磁性を示すことになります。
磁気を帯びた後は強磁性体は常磁性を示します。
これは各原子同士のスピンの向きが揃っている方が磁気モーメントのエネルギーが低いことより、エネルギー的に安定となるためです。
(このため、磁気モーメントの向きが揃うと、余分なエネルギーが熱として放出されます。)
しかし、加熱によって再び各磁気モーメントは勝手な方向を向くようになります。
R(1)−R(n)=0.300log10(n) | (4.2) |
8n8+ 6n6=1 | (4.3) |
|
R(n6)−R(n8)=1.751−1.516=0.235=0.300{log10(n8)−log10(n6)}=0.3log10(n8/n6) |
∴ n8/n6=10(0.235/0.300)=6.07 |
8n8+6n6=8n8+(6/6.07)n8=1 |
∴ n8=1/9.00 |
n6=1/(9.00×6.07)=1/54.6 |
|
n8=1/9.02, n6=1/53.2 |
さて、ある金属の原子間距離とこの結晶構造が分かれば結合数と大凡の原子価が求められます。
そこで、例として鉄の原子価を求めることにします。
鉄は体心立方構造を持ち、これはリチウムの場合と同じになります。
また、この単結合の結合半径は1.165Åで、金属結合の場合の原子間距離は2.482Åですから、結合数nは次のようになります。
n=10{(1.165−2.482/2)/0.300}=0.558 |
0.558×9.00=5.02 |
n=10{(1.173−2.556/2)/0.300}=0.447 |
0.447×12=5.36 |
4.6 電気伝導性
金属の場合、固体内を自由に運動する電子があることによって、固体のある場所で生じた電場や熱エネルギーを伝えることができます。
そこで、この電気電導性について少し詳しく述べることにします。
電気回路に電圧を加えると電流が流れ、これは電圧に比例します。
電流とは単位時間当りに輸送される電荷に比例したものです。
つまり、1秒間に1クーロンの電荷が輸送されるとき、この電流の大きさを1A(アンペア)と定義するものです。
さて、金属の中でも銅や銀、金の電気電導性や熱伝導性が高いのですが、これは次のことによります。
自由電子が金属中を動く場合、電子が電場によって加速されても、原子に衝突して電子の運動は減速することになります。
したがって、電場に対する単位時間当りの電荷の輸送量、つまり電流は本来考えられる場合よりも小さくなります。
もし原子との衝突による電子の減速が小さくなれば、電気電導性が高まることになります。
しかし、格子が振動して、この一様分布からのずれが生じると、散乱はこのずれの2乗平均値に比例することになります。
銅の場合には3d軌道が閉じていて、原子としては球対称的になり、一様性が高くなります。
このため、熱振動を行っていても、ずれの2乗平均値は小さくなると考えられます。
5. 分子間力
中性の分子に働く力としては分子間力と呼ばれる、双極子-双極子相互作用とファンデルワールス力(van del Waals力)があります。
これらも、基本的には静電的な力です。
金属内では電子は非常に高速に運動していますが、それぞれが勝手な方向に運動していることから、全体としては電流の流れはないものとなっています。
ところが、外部から電場が加えられると、各電子は電場によって加速され、電場の逆方向への流れが生じることになります。
(電子の流れと電流の方向は逆になります。)
この加速度運動によって電子の運動エネルギーは増加しますから、電子の波動状態としては、このエネルギー順位に移る必要があります。
このような変化は連続的なものですから、エネルギー順位も連続的になっている必要があります。
(なお、電場によって加速された運動は原子への衝突によって減速されます。)
この条件は、図4.2のように連続的となることから満たされます。
このことをいうために、電子の運動を波動の伝搬として考えるものとします。
電子が原子に衝突して、その運動方向を変えることは、波動の伝搬として見ると散乱に当ります。
すると、この散乱ができるだけ少ないものが抵抗が少ないものということになります。
この極端な例が、絶対0度で結晶格子が振動していない場合となります。(絶対零度でも結晶格子は零点振動を行っていますが、この運動は電子の運動を妨げないとされます。)
この場合には、電子の波動は一様な電場の中を進むことになるため、屈折は起っても散乱は起りません。
これは光の場合と同様です。
銅と似たような元素としてはアルカリ金属やアルカリ土類金属もあるわけですが、これらも比較的導電率が高くなっています。
ただし、この中ではアルカリ金属の導電率があまり高くないのですが、これは金属結合の弱さが関係しているように考えられます。
つまり、アルカリ金属の場合では熱振動が大きくなるということが関係していると考えられます。
アルカリ土類金属では、ベリリウムが最も導電率が高く、これは銅と似ています。
実際、融点は銅が1083℃であるのに対して、ベリリウムは1278℃と、だいたい同じくらいになっています。
このことは、原子同士が強く結合しているということですから、この金属格子はそれだけ動きにくいことになります。
μ=er | (5.1) |
1.602×10-19[C]×5.29×10-11[m]=8.47×10-30[C・m] |
1D3.335×10-30[C・m] |
共有結合している二原子分子の場合、電気陰性度の差がほぼ双極子モーメント(D)に等しくなるとされます。
5.2 双極子-双極子相互作用
双極子となっている分子同士には双極子-双極子相互作用が生じ、次のように分子間力が働くことになります。
|
AとBの双極子モーメントをそれぞれμ1,μ2とし、これらの間隔をrとすると、この相互作用エネルギーEは次のようになります。
| (5.2) |
5.3 水素結合
水素が酸素や窒素などのように電子を引きつける力が強いものと共有結合をすると、共有結合電子対はこれらの原子に強く引きつけられ、水素側は陽子が露出したようになります。
しかも、水素は最も小さいことから、他の原子に十分に接近することができます。
つまり、これは双極子-双極子相互作用の一種になります。
このため、このような水素は電気陰性度の高い原子に接近すると、クーロン力により結合性が生じます。
この結合のことは水素結合と呼ばれ、次のように示されます。
電気陰性度の高い原子としては、フッ素、酸素、窒素、塩素があります。
フッ素はハロゲン元素の中では最も小さく、電気陰性度が最も強くなっています。
このためフッ化水素(HF)は水素イオンを放出しやすく、この水溶液であるフッ化水素酸は、極めて反応性の高い酸となります。
なお、フッ素ガスは極めて反応性が高いことから劇薬になっています。
したがって水素結合というのは、多くの場合、酸素と窒素になり、AとBはこれらの元素となります。
電気陰性度は窒素よりも酸素の方が高いため、水は水素結合の代表的なものとなります。
5.4 ファンデルワールス力
ファンデルワールス力は、中性の分子同士が十分に接近した場合に現われる引力です。
これも双極子-双極子相互作用と似たようなものとなります。
以下では、この力について説明することにします。
分子内では、原子は各共有結合により各軌道が満たされてほぼ球状の電荷分布を持つことになります。
電荷雲はある一定の状態で落ち着いているわけではなく、電子が運動していることから常に変動しています。
したがって、ある瞬間に限れば、電荷雲には偏りが生じていて双極子となっています。
ファンデルワールス力を、希ガス原子を例にした概念図で示すと、次のようになります。
次には、電荷分布が右に偏りというように、相互に同調して電荷が偏ることになります。
この結果、原子核の正電荷性が持続的に現われて、他方の電荷雲と静電的引力が生じることになります。
したがって、分子を作らないヘリウムやネオンなどの希ガス元素も、ファンデルワールス力により結合します。
ファンデルワールス力は原子や分子が大きくなるにしたがって強くなります。
この理由は、この力が電子数(おそらく原子核の陽子数も)と関係するようになるためです。
また、原子や分子の分極性とも関係します。
希ガスや無極性分子の場合では、沸点はファンデルワールス力とだけ関係することになりますから、この中の幾つかを以下に示すことにします。(値は最新のものとは少し異なるようです。なお、温度の単位はケルビン温度で、これは0K=-273.15℃になります。)
この表のように、似たようなものでは、ファンデルワールス力はだいたい電子数と比例しています。
しかし、系統が異なる場合には、1電子当りのファンデルワールス力はかなり相異があります。
この理由は分極率が異なるためで、この表の分子は希ガスに比べて分極率が大きいことから、ファンデルワールス力が強くなります。
分極率が小さいものとしては、希ガスの他には陽イオンもあります。
ところで、原子がファンデルワールス引力が最大となる距離よりもさらに接近しようとすると、電子殻が形成された電荷雲同士による急激的な反発力が現われ、この殻の内部に入り込むことはできなくなります。
この半径のことは、原子のファンデルワールス半径と呼ばれ、これが原子の実質的な大きさを定めるものとなります。
(この半径は、イオン半径とほぼ同じになります。)
幾つかの原子について、共有結合半径(単結合の場合)とファンデルワールス半径の値を次の表に示します。
単位はÅです。
この表で、水素の共有結合半径は他の原子に対する場合のもので、水素同士の場合には0.38Åになります。
また、炭素については、二重結合と三重結合の場合の共有結合半径は、それぞれ0.67Åと0.6Åになります。
さて、常温でファンデルワールス力により結合したものとしては脂肪酸があります。
脂肪酸は普通長い炭化水素鎖をもつカルボン酸ですが、これは非極性部分である炭化水素鎖間にファンデルワールス力が働き、脂肪酸同士は弱く結合することになります。
これは、瞬間的な双極子によって次のように結合したものになります。
不飽和脂肪酸の場合には、分子が折れ曲がっていることから、脂肪酸同士の接触面積が小さくなり、したがって結合力が低下します。
このことが、不飽和脂肪酸を多く含む油が常温で液体となっている理由です。
また、中性脂肪に似たリン脂質も常温でファンデルワールス力により結合しています。
これは細胞膜を形成しているもので、水の中で膜を次のように形成しています。
上図で、"o"はリン酸基を、"―"は2つの脂肪酸を表したものです。
これらの脂肪酸同士にはファンデルワールス力が働き、膜を強固なものにしています。
といっても、脂肪酸の一つは不飽和脂肪酸となっていて、ある程度の可動性があります。
6. 近似法
原子同士の結合を取り扱うには、二つの方法があります。
一つは、分離した原子同士で考える原子価結合法で、もう一つは、複数の原子を一緒にしたもので考える分子軌道関数法です。
これらは近似法ですが、近似法を用いざるを得ないのは多数の核および電子を含む場合の電子の軌道をシュレーディンガーの波動方程式によって正確に解くことができないことによります。
6.1 原子価結合法
原子価結合法はVB(Valance Bond)法とも呼ばれ、結合を原子軌道同士での結合で考えるものです。
したがって、電子は二つの原子の間に存在することになります。
これは従来のように原子同士を線で結ぶ考え方のもので、いわば標準的な見方のものです。
VB法では、以下のことを仮定しています。
共鳴
分子が複数の原子価結合図によって表される時(ただし各原子核の位置は変えない)、これには共鳴があるといわれます。
共鳴は以下のようなことです。
他に重要な例としては、二酸化炭素CO2があります。
これは従来は、
という構造で考えられていたのですが、実際には次の共鳴として考えられています。
このように考えられることになったのは、C-O間の距離がこの二重結合と三重結合の中間くらいの距離になることからでした。
また、この結合エネルギーも共鳴エネルギーを考えないとうまく説明できないことからです。
6.2 分子軌道法
原子価結合法が原子の各電子は原子軌道に存在し、双方の不対電子がσ結合やπ結合をすることによって結合していると考えるのに対して、分子軌道法は各電子が複数の原子核を中心にした分子軌道を動くものと考えます。
つまり、原子価結合法では結合電子は元の原子核の付近に局在するものと考えるのですが、分子軌道法の場合では、複数の原子核の周辺に広がって分布するものと考えます。
したがって、分子軌道法の場合では共有電子は二つの原子の間にだけ存在するものということにはなりません。
このことは、電子が特定の原子核に束縛されるものでないことを考えれば、当然のこととなります。
電子は単にこれが持つエネルギーにしたがって、ポテンシャル場内を運動するものにすぎません。
このことにも拘らず、分子結合が主に原子価結合法で考えられたり、これで表現されるのは、分子結合を、一重結合や二重結合などの線によって原子同士を結んで簡単に表せることによります。
しかしながら、これは便宜的なものであり、真の結合状態を表したものではないことに注意する必要があります。
さて、原子価結合法では、分子結合をσ結合やπ結合による波動関数の重なりによって考えますが、分子軌道法の場合ではこのような結合は考えないで、単に結合軌道や反結合軌道ということによって考えます。
結合軌道とは原子核間距離が短くなる場合にエネルギーが低くなる軌道のもので、反結合軌道とは逆にこの距離が長くなる場合にエネルギーが低くなる軌道のことです。
このことは、電子の電荷雲がどのように分布するかによるもので、これが原子核間に高い密度で分布するならば結合性のものとなり、逆に原子核間での電荷密度が低くなるならば反結合性のものとなります。
もっとも、結合軌道でも原子核間距離が短くなりすぎると、原子核同士の反発力の方が強くなることから、ある距離以上には接近しません。
分子軌道を表す方法には、各原子軌道の一次結合(線形結合)をとる方法(LCAO法:Linear Combination of Atomic Orbitals)が一般的です。
(なお、原子軌道を用いないで解析的に取り扱うものとして Hartree-Fock法がありますが、これは数値解析的に求めることから、関数として表現するのには向いていません。)
これは原子価結合法での共鳴の数式表現と同じになることから、両者は同じ結果に帰着します。
Rayleigh-Ritz法
シュレーディンガーの波動方程式は、水素原子の場合を除いて多数の変数を含む偏微分方程式となることから、これを解析的に解くことは不可能になります。
そこで、ある妥当な関数によって近似するという方法がとられます。
この場合、可変パラメータを含むのが一般的で、この値を決定する必要があります。
求めようとする波動関数は分子結合を行なう波動関数であることから、これはエネルギーが最低となるものが選択されることになります。
A - H … B
水素結合の強さは2〜9kcal/mol程度で、一般的な共有結合(単結合)の強さ40〜110kcal/molよりは大分弱くなります。
水の場合では、これは約5kcal/molになります。
塩素は原子半径が大きいことから、水素結合を作るには十分ではないとされます。
なお、DNAの二重螺旋はこの塩基同士の水素結合によって形成されています。
この双極子が、他の原子に十分に接近すると、双極子の誘導作用が生じることになります。
つまり、接触した分子の表面上にある各原子の電子群に対して反対の双極子を一時的に生成させることになります。
この力は、双極子-双極子相互作用よりも作用力の及ぶ範囲がさらに狭くなり、これは距離の7乗に反比例します。
(なお、この結合エネルギーは距離の6乗に反比例します。)
したがって、この力は原子や分子がほぼ接触した場合に働くものとなります。
各希ガス元素の性質は似ていることから、これらのファンデルワールス力は原子番号にだいたい比例するようになります。
希ガス以外では、無極性のものである、等核二原子分子に働く力もファンデルワールス力となります。
元素 電子数 融点(K) 分子 電子数 融点(K) He 2 4.2 H2 4 20.4 Ne 10 27.2 N2 14 77.3 Ar 18 87.3 O2 16 90.2 Kr 36 119.9 F2 18 85.0 Xe 54 165.1 Cl2 34 239 Rn 86 211 Br2 70 332
ファンデルワールス半径は、次の図のbの長さになります。
また、共有結合半径はaの長さになります。
原子 共有結合半径 ファンデルワールス半径 H(水素) 0.30 1.2 C(炭素) 0.77 1.70(ベンゼンの厚さの半分) N(窒素) 0.70 1.5 O(酸素) 0.66 1.40 F(フッ素) 0.64 1.35 P(リン) 1.10 1.9 S(硫黄) 1.04 1.85 Cl(塩素) 0.99 1.80
上記のファンデルワールス半径はL.Paulingの見積もりによるものですが、これは分子間距離から定めたもので、実際の非結合距離とは10%ほどの違いがあるようです。
A: +−+−+−+− B: −+−+−+−+
水 o
|o
|o
|o
|o
|o
|o
|o
|o
|o
|o
|o
|o
|o
| |
o|
o|
o|
o|
o|
o|
o|
o|
o|
o|
o|
o|
o|
o 水
リン脂質は、トリグリセリド(中性脂肪)を構成している3つの脂肪酸(エステルになったもの)の一つがリン酸基に置き換わったもので、これは極性があることから、中性脂肪とは異なり親水性を示します。
この結果、水の中では中性脂肪のようには固まらずに横に長く並び、膜を形成することになります。
多電子系を解くためには多変数の偏微分方程式を解く必要がありますが、これを数学的に解くことは非常に困難になります。
例えば、これとして有名なものに天体運動における三体問題があります。
どちらの方法も改良することによって同じ結果(核間距離や結合エネルギー)に導かれ、この意味では同等なものとされます。
しかし、原子価結合法は原子同士の結合を線で結んだ従来の考え方のもので、馴染みやすいという利点があります。
一方、分子軌道法の場合には、あまり直感的ではないのですが、より正しい見解に導かれるという利点があります。
通常は、共有結合電子は二つの原子間に局在するという考えで十分なのですが、分子の対称性が高い場合には、実際には結合電子が特定の二つの原子の間に局在しないことが多く、本来の結合を正しく表現していないということが起こります。
このような例としてはベンゼン環があり、これは二重結合の位置に任意性があります。
この場合には複数の結合構造図のものを考え、これらのものが混在しているものと考えます。
こうした結合状態のことは共鳴と呼ばれていますが、これは原子価結合法における便宜的なもので、正しい結合状態を示すものではありません。
共鳴が成立するためには、次の条件が満たされている必要があります。
例えば、アリル遊離基は次の混成体となる。
{・CH2=CH―CH2 CH2=CH―CH・}
これらは、まとめて次のように表すことができる。
CH2 CH2 CH2 \ _____ / ・
共鳴として表わされる代表的なものには、ベンゼン環があります。
これはケクレ構造図では次の図の(a)または(b)のように表わされ、原子価結合法ではこれらやDewerの構造図(これはあまり馴染みがなく、寄与が低いので省略します)の共鳴として表示されますが、実際の結合は、このπ結合を行なっている各p電子がベンゼン環の炭素原子全体に広がっていることから、(c)のようになります。
共鳴で注意するべきことは、個々の原子価図の構造は仮想的なものであって、実際にはそれらの構造では存在していないことです。
実際の結合は、各構造の線形結合(各構造の波動を重みをつけて重ね合わせたもの)で表わされることになります。
このことは、混成軌道の場合と似ています。
分子軌道関数は、原子の場合の一中心軌道関数から多中心軌道関数に変ったもので、これは原子軌道関数と同じように考えることができます。
この物理的意味は、この関数の2乗が電子の存在確率を与えるものとなります。
すなわちある微小領域(体積素片)dτに電子を見いだす確率はこの関数の2乗にdτを掛けたものになります。
(一般的には波動関数は複素数で表現されますが、分子軌道関数は実関数であると仮定されます。したがって、単にこの2乗を取ればよいことになります。)
また、各分子軌道は決ったエネルギーを持つというのも、原子軌道の場合と同じです。
この構成手続きは原子軌道の場合と同じく、分子軌道に電子を入れる際には、エネルギーの最も低いものから入れていきます。
同じエネルギー軌道のものが複数ある場合には、(この他の軌道の電子と)スピンを同じにして空いている軌道に入れていきます。
同一エネルギー軌道の全てが充填した場合には、スピンを対にして2個まで入れることができます。
同じ軌道に2個よりも多く入ることは、全ての量子状態が同一になるものが生じることになり、これはパウリの排他原理により禁じられます。
可変パラメータがn個となる場合、これらの変数によるエネルギー「曲面」が最低となる条件というのは、各変数についての偏微分が0となることです。
(このような方法によって解を求めることは、変分法と呼ばれます。)
このことは、1つの変数の場合の曲線が極小になるのはこの微分値が0となる、ということに対応しています。
もちろん、極大になったり、変曲点になったりする場合もありますが、多くの場合、全ての偏微分値が0の点というのはエネルギーが最小になるということが期待できます。
例えば、2変数の場合には、次のようなことです。
Hψ=Eψ |
Hはハミルトニアンと呼ばれる演算子で、これは粒子の場合でいえば、粒子の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーを求めるためのものです。 つまり、これは全エネルギーを求めるためのものです。 これは、電子に対してというように質量の同じものについては、ポテンシャルエネルギーの項以外は、(この方程式の表現の仕方が異なる場合を除いて)常に同じになります。この式から直接エネルギーを求めることはできないため、この両辺にψを掛けて積分すると、次のようになります。
|
| (6.1) |
ψ=c1φ1+c2φ2+…+cnφn | (6.2) |
LCAO法
LCAO法は分子軌道関数(MO)を原子軌道関数(AO)の一次結合によって表わす方法で、この解法はRayleigh-Ritz法によります。
問題となるのは原子軌道の一次結合の選び方となりますが、これは次の条件が満たされるようにします。
さて、LCAO法では、分子軌道ψは各原子軌道φiを用いて、次のように表わされます。
ψ=c1φ1+c2φ2+…cnφn | (6.3) |
結合性および反結合性軌道 原子軌道2個の一次結合からは2つの分子軌道が得られ(一般には、k個の原子軌道からはk個のエネルギー値が得られることより、k個の分子軌道が得られます)、これは一般に両原子軌道よりも低いエネルギーのものである結合性軌道のものと、両原子軌道よりも高いエネルギーのものである、反結合性分子軌道が得られます。 これは、分子軌道のエネルギー値Eを与えるこの式の曲線が、大抵次のようになることからです。
結合性軌道ψ+および反結合軌道ψ-は、規格化因子を除外して、次のように表わされます。
ψ+=φA+φB | (6.4) |
ψ-=φA−φB | (6.5) |
さて、結合が原子軌道同士のσ結合となる場合には(これは結合軸に対して回転対称になる場合のこと)、結合性軌道はσ軌道と表わされ、反結合性軌道の方はσ*軌道と表わされます。 また、2つのローブ(lobe:広がり)で結合してπ結合となる場合には、結合性軌道はπ軌道と表わされ、反結合性軌道の方はπ*軌道と表わされます。 さらに、4つのローブで結合してδ結合となる場合には、結合性軌道はδ軌道と表わされ、反結合性軌道の方はδ*軌道と表わされます。
σやπなどのことは、結合軸の断面から見た回転性における角運動量の量子数を示すものです。 一般に、それぞれの結合における各分子軌道ψpは次のようになります。また、結合性軌道と反結合性軌道を対称性の違いによって表現する場合もあります。 この対称性とは中心対称性のことで、ある点から中心に対して線を引き、ちょうど反対側にある点の波動関数が、絶対値が同じで符号も同じになる場合を反転操作に対して対称であるといい、また絶対値が同じで符号が反対になる場合を反転操作に対して反対称であるといいます。 この対称、反対称のことは、ドイツ語のgerade(偶数の)、ungerade(奇数の)を用いて表わされます。
ψp=Fp(r,θ)eimφ=Fp(r,θ)(cosmφ+isinmφ)
上式で、m=0の場合がσ軌道、m=±1の場合がπ軌道、m=±2の場合がδ軌道となります。
結合軸の断面から見たσ軌道、π軌道、δ軌道は、それぞれ一例を示すと次のような形になります。
上図は波動関数の符号のみを示した図であって、実際にはcosmφのように電荷雲の広がりが変化していきます。
水素分子の結合 分子結合として最も簡単なものである水素分子の分子結合について説明します。 水素分子の原子軌道は1s軌道であり、この結合はσ結合となることから、この原子軌道による分子軌道は、結合性軌道1sσ(あるいは1σ等)および反結合性軌道1sσ*(あるいは1σ*等)となります。 これらのエネルギー順位の関係を示すと、次のようになります。
上記のエネルギー順位の関係から、最初は1sσ軌道に入ることになります。
一つの軌道には2個まで入ることができることから、双方の原子の電子が1sσ軌道に入って電子の充填が完了し、安定な分子結合が形成されます。
なお、分子軌道を正確に表わすには、(6.4)式や(6.5)式の右辺に規格化因子Nを掛けることになります。 これは、絶対値が同じ係数による結合の場合には次のようになります(参照)。
| (6.6) |
実在しないヘリウム分子
ヘリウムには1s電子が2個あり、ヘリウム原子同士が分子結合するとなると、反結合性軌道の1sσ*に2個入ることになり、このことは結合性軌道のエネルギー低下を相殺するばかりでなく、原子同士の反発を引起こすようになり、ヘリウム分子は形成されません。
この理由は、1sσ軌道と1s軌道とのエネルギー差よりも、1sσ*軌道と1s軌道とのエネルギー差の方が大きくなることによります。
つまり、分子全体としてのエネルギーの方が、それぞれ原子単独で存在する場合の系の全エネルギーよりも大きくなるために、通常この結合は起こりません。
それでは、2s軌道による2sσではどうなるかといいますと、これは1sσ*軌道よりもエネルギーが大きくなるため、この分子軌道には入りません。
しかし、1sσ*に電子が1個しか入らないHe+イオンの場合には、この方が原子同士の場合よりもエネルギーが低くなることから、これは通常の条件下でも存在できます。
そこで、分子の結合性の尺度を表わすための、結合次数(BO:Bond Order)というものが次のように定義されています。
等核二原子分子の結合
水素分子の場合よりも複雑な等核二原子分子の結合について説明にします。
ベリリウム以降の原子の場合には、1s軌道の他に2s軌道や2p軌道などがあります。
2s軌道の場合は1s軌道の場合と同様となり、違いはエネルギー順位が高くなることです。
p軌道による結合の場合には、σ結合の他にπ結合もできます。
したがって、2p軌道の場合には、σ結合とπ結合に対する結合性軌道と反結合性軌道が生じます。
そこで、結合軸をx軸とする、窒素分子までの場合の分子軌道およびエネルギー順位の関係を以下に示します。
2pπ軌道と2pσ軌道の相対エネルギー順位は等核二原子分子によって異なり、リチウムから窒素までは2pπ軌道の方が低いのですが、酸素以上では2pσ軌道の方が低くなります。
これは、原子番号が増えるにしたがって、2pσのエネルギーの方が2pπよりも相対的に大きく低下していくためです。
さて、等核二原子分子の場合には、分子軌道を同一エネルギー順位の原子軌道同士の一次結合のみとするのは何故かということになりますが、これは1s軌道、2s軌道、2p軌道のエネルギーが大きく異なるためです。 しかし、このことは異核二原子分子の場合には当てはまりません。 というのは、原子が異なると同じ原子軌道でもこのエネルギーが異なるためです。
分子軌道の表記 分子軌道法の分かりにくい点としては、分子軌道の表記にさまざまなものがあることです。 そこで、L殻までの等核二原子分子の場合の分子軌道についてまとめたものが、次の表です。
完全記号 | 1sσ | 1sσ* | 2sσ | 2sσ* | 2pσ | 2pπy=2pπz | 2pπy*=2pπz* | 2pσ* |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
別の方式 | 1σ | 2σ | 3σ | 4σ | 5σ | 1πy 1πz | 2πy 2πz | 6σ |
簡略記号 | (k)zσ | (k)yσ | zσ | yσ | xσ | wπ | vπ | uσ |
簡略記号はマリケン(Mulliken)の提案による記法で、これは原子軌道が異なる場合にも用いられます。 この記法で注意すべきことは、z,y,x等はエネルギー順位を示すもので、x,y,z軸とは何ら関係がないことです。 また、これは基本的に2sや2p軌道のL殻の電子を対象にしたもので、K殻やM殻については、"(k)"や"(m)"を前につけます。
酸素分子の場合
酸素には2つの不対p電子があることから、単純にはこの分子は次のような結合になると考えられていました。
|
なお、酸素分子は活性が高いのですが、これはよく言われる活性酸素のことではありません。 活性酸素とは酸素分子以上に不安定で反応性の高い物質のことで、これとしてはスーパーオキシドアニオンラジカル(・O2-)、ヒドロキシラジカル(HO・)、過酸化水素(H2O2)、一重項酸素(1O2)などがあり、酸素分子の一部は活性酸素に変わります。
窒素分子の場合
窒素は、1s22s22p3の電子配置となることから、窒素分子の分子軌道の電子配置は次のようになります。
しかし実際には、この分子スペクトルの解析結果によれば、上記の分子軌道は正しくないことが知られています。 分子スペクトルからは、窒素分子はsp混成軌道による分子軌道が形成されていると考えられています。 多くの場合、より正しくは混成軌道を含めた原子軌道同士の結合による分子軌道で結合しています。
混成軌道による分子軌道
混成軌道としては、s電子とp電子による混成が代表的です。
原子の基底状態としては、対の2s電子はこの軌道に落ち着くことになりますが、原子同士が結合するという場合などには、対の一つが2p軌道に励起し、不対電子となった2s電子と2p電子が混じり合って混成軌道(hybrid orbital)を形成することになります。
sp混成軌道の一つは次のようになります。
φ1=N(λs+p) | (6.7) |
また、φ1に対して次の混成軌道も生じます。
φ2=N(s−λp) | (6.8) |
|
|
異核二原子分子の場合
異核二原子分子の単純な例としては、水素とフッ素の化合物であるフッ化水素があり、この結合について説明します。
原子核が異なると同じ形の原子軌道でもエネルギーが異なることから、有効な一次結合となる原子軌道としては、第一にエネルギーが同じ程度になるものを選択することになります。
そこで、これらの原子のエネルギー順位(及び分子軌道)を示すと、以下のようになります。
上図のように、エネルギーが同じくらいになるのは、水素の1s軌道に対してフッ素の2p軌道となります。
しかし、対称性の観点から、s軌道とp軌道が結合するにはσ結合となる必要があります。
そこで、この結合軸をx軸にとると、結合するp軌道は2pxとなります。
フッ素の結合しない原子軌道は、これらの原子軌道が殆どそのまま残ります。
したがって、フッ化水素の基底状態は、次のようになります。
一酸化炭素の場合
異核二原子分子の代表的なものとして一酸化炭素COがあり、これについて説明します。
炭素と酸素の原子番号は2だけ違うことから、これらの原子軌道のエネルギーはそれほど大きな違いはないため、(第一近似としては)同じ原子軌道同士が結合することになると考えることができます。
原子軌道のエネルギーは(有効)核電荷が大きいほどポテンシャルエネルギーが低くなり、したがって運動エネルギーを含めた全エネルギーも低くなることから(これはビリアル定理によります)、酸素側の原子軌道のエネルギーは炭素側のものに比べて全体的に下がります。
このような調整を行なった上で、等核二原子分子の場合の分子軌道の図を考えればよいことになります。
そこで、双方の原子の各電子を分子軌道に充填させていけば、これは窒素分子の場合の分子軌道の配置と同じになり、COは三重結合を行なうことになると考えられます。
それでは、一酸化炭素は窒素分子と全く同じようなものになるかということになりますが、そのようにはなりません。
このことは双方の電気陰性度が異なることによるもので、核電荷が大きいほど電子を引きつける力が強いため、(同じ殻に属する原子について)酸素の電気陰性度は炭素より大きくなります。
このため、共有電子は酸素側に引きつけられることになります。
また、窒素分子の場合には電子1個を取り去ると結合が弱くなるのですが、一酸化炭素の場合には結合が強まります。 このことは、実際には三重結合になっていないことを示唆しています。
実際には双方の原子軌道同士が結合するというよりは、混成軌道(sp混成軌道)同士の結合となりますが、これは窒素同士のように三重結合することにはならないようです。 このことは、以下のように説明されます。
まず、炭素および酸素について、それぞれ2s電子1個と2p電子1個によるsp混成軌道が形成され、これは一方が大きく膨らんだp電子のようなものとなります。 ただし、s軌道とp軌道の混成比率の違いにより、異なるエネルギー順位のsp混成軌道ができます。
原子軌道及び混成軌道による一酸化炭素のエネルギー順位は以下のようになります。結合はsp混成軌道および2p電子によるものとなります。 sp混成軌道では、エネルギー的に酸素のsp混成軌道の高い側のもの(sp2)と、炭素側のsp混成軌道の低い側のもの(sp1)とが結合します。 しかし、酸素のsp混成軌道の低い側のもの(sp1)と、炭素側のsp混成軌道の高い側のもの(sp2)は、非結合性軌道(σnb)になります。 一方、結合軸に対して垂直な電荷雲となっている2p電子同士はエネルギー的に近いため、これらはπ結合することになります。
電子の充填は、全電子数が14個であることから、炭素のsp2によるσnbまでとなります。 COで最もエネルギーが高いσnbは原子間に電荷雲が少なくこの反対側に多いため、これは炭素原子を引き離す方向に作用することから、これが一個取り去られることは、原子間距離を短縮させて分子結合を強めることになります。
なお、異核二原子分子の場合、反転の対称中心を持たないことから、分子軌道をg-uで分類することはできません。
一酸化窒素の場合
一酸化窒素NOは、一酸化炭素の場合よりも電子数が1個だけ多いことから、これは反結合性軌道π*に1個入ることになります。
このため、一酸化窒素の結合性は一酸化炭素の場合よりも弱くなりますが、このことは反結合性軌道の電子が1個増えたにすぎないだろうという予想以上に弱くなります。
というのは、NOの原子への解離エネルギーは115kcal/molであるのに対して、COの方は256kcal/molであり、COの半分以下となるからです。
また、これは一個のラジカルを持つことから、常磁性を示します。
ラジカルといっても、一般的に非常に短命なラジカルとは異なり、NOの場合は安定なものとなっています。
この理由は、この不対電子が分子全体にわたる分子軌道にあるためと考えられています。
このことは、酸素分子と同様です。
7. 化学反応
有機化合物は共有結合を行なっていて、これは中性分子となっていますが、実際には分極していることも多く、このため静電的相互作用が生じることになります。
また、非共有電子対やπ結合電子は、負電荷が露出していることから、電気陰性度の高い元素やラジカルと反応することになります。
そうした極性による反応としては、水素結合や酸と塩基による反応が代表的です。
7.1 イオン化エネルギー
ある原子または分子の中の電子(この中でも最もエネルギーの高いもの)を引き離すのに必要なエネルギーのことはイオン化エネルギーもしくはイオン化ポテンシャルと呼ばれます。
イオン化エネルギーの方は通常電子ボルト(eV)で表わされ、イオン化ポテンシャルの方は通常ボルト(V)で表わされます。
水素(H)からアルゴン(Ar)までのイオン化エネルギーは、次のようになります。
この図で横軸は原子番号になります。
一般的な傾向としては、同一の殻の場合、原子番号が増えるにしたがってイオン化エネルギーが増加していきますが、s軌道やp軌道が完全に充填されてこれらの「殻」が形成されるとこの殻の外にある電子のイオン化エネルギーは減少します。
また、酸素やイオウのように同一軌道にp電子が対になって入る場合にもイオン化エネルギーが減少するといえます。
また、原子や分子同士の衝突による化学反応もありますが、これは熱エネルギーとして考えることになります。
熱エネルギーや静電的相互作用によらない反応としては、電磁波や電子の軌道遷移における光子の放出または吸収によるものがあります。
これは光量子のエネルギー(hν)か結合エネルギーによって考えることになります。
| (7.1) |
IA− EB > IB− EA |
∴ IA+ EA > IB+ EB |
ただし、イオン化エネルギーや電子親和力は分子を形成している場合で考える必要があり、原子での場合とは異なることに注意する必要があります。
一方、ポーリングは次のように示しました。
分子の結合エネルギーは、純共有結合エネルギー(これは電子対の電荷雲が両原子に等しく分布しているとした場合の共有結合エネルギーのこと)とイオン結合エネルギーΔの和によって表わすことができますが、このイオン結合エネルギーは電気陰性度の相異が大きいほど増加することになります。
そこでポーリングは、純共有結合エネルギーがそれぞれの原子同士の共有結合エネルギーD(A-A)とD(B-B)の算術平均で表わされるとして、A-B分子の結合エネルギーDは次のようになると仮定しました。
D(A−B)=1/2{D(A−A)+D(B−B)}+(A−B) [kcal/mol] | (7.2) |
ただし、水素とアルカリ金属との結合の場合のように、D(A-A)とD(B-B)との差が大きい場合には、この共有結合エネルギーは算術平均ではなく、幾何平均になるとされます。 しかし、その差があまり大きくない場合には、算術平均と幾何平均とはほぼ同じになることから、通常は算術平均を用いても問題がありません。ここで、(A-B)はイオン結合エネルギーです。 これは、電気陰性度の差によって経験的に次のように関係づけました。
(A−B)=23(χA−χB)2 [kcal/mol] | (7.3) |
ポーリングによる、水素(H)から塩素(Cl)までの電気陰性度は、次のようになります。
上図から、有機化合物で主要な元素の電気陰性度は次の順序になります。
なお、マリケンによる電気陰性度の定義とは次のように関係づけられます。
| (7.4) |
7.4 電子密度に影響を及ぼす因子
電子密度に影響を及ぼすものとしては、電子的効果と立体的効果があります。
電子的効果には誘起効果と共役効果があります。
誘起効果
有機化合物は炭素を骨格にし、化学反応は水素の置換により起こることが多くなっています。
これは単結合の主要な元素が水素であること、および電気陰性度があまり強くないことが関係しているといえます。
ブレンステッドの定義のように、酸と塩基の反応がプロトンの交換によって示され得るのは、そのためといえます。
もちろん、水素と似たリチウムなどのアルカリ元素もありますが、これは電子を放出しやすいため、安定した共有結合を作ることができません。
共役効果(共鳴効果)
分子における電荷分布の偏りは元素や基質の電気陰性度の違いによる電子吸引性の違いによって生じるだけではなく、π電子の共役系における電荷の移動によっても生じます。
この共役というのは、多重結合と単結合とが交互に並んでいる場合のことをいいます。
例えば、次の左側のような結合となっている場合です。
この場合には、電荷がπ電子共役系を通じて移動することになります。
このように余分な電荷(右側の酸素のもの)を非局在化させることによって分子は安定化することになります。
立体効果
酸性や塩基性の強さは、電子的効果の他に立体的構造による影響を受ける場合があります。
これとしては立体障害が普通で、これは溶媒が水の場合では水素との反応が邪魔され、水分子の水素との水素結合が十分に形成されないために、塩基が陽イオンとなったときこれが安定化しないといった場合に起こります。
このことは分子が大きくなったり、混み合うようになると起こるようになります。
さて、一般に置換基は炭素よりも電気陰性度が高いことが多いため、置換基の誘起効果というのは電子吸引性となります。
もちろん、置換基には飽和炭化水素によるアルキル基の場合もあり、これは炭素より電気陰性度の低い水素との結合により炭素での陰電荷が増大して、電子を押し出すようになりますが、この効果は一般的にそれほど強いものではありません。
電子の吸引性はσ電子を通じて伝達していきますが、この効果は速やかに減衰していくのが普通で、誘起効果は近傍の原子のみに強く現れるだけとなります。
また、この効果で大事なことは、誘起効果とは異なり電子の伝達性が減衰されにくいこと、及び分極が交互に変わることです。
KA + mH2O ® K(H2O)p++ A(H2O)q- |
もし塩化物の格子エネルギーの方が水和エネルギーよりも低いならば、溶解によってこの差分エネルギーによる溶解熱が生じ、水溶液の温度は上昇します。
しかし、格子エネルギーの方が水和エネルギーよりも高いならば、この差分エネルギーを熱エネルギーとして受け取る必要があり、この溶解によって熱の吸収が起こり、水溶液の温度は低下します。
例えば、塩化ナトリウムの格子エネルギーは180kcal/molであるのに対して、この水和エネルギーは179kcal/molとなることから、溶解は僅かに吸熱しながら進みます。
このような反応が自発的に進むかどうかは、自由エネルギーによって判断されます。
つまり、反応の結果、自由エネルギーが減少するならば反応が進むことになります。
7.7 自由エネルギー
自由エネルギーGはギッブス自由エネルギーまたは自由エンタルピーとも呼ばれ、これは次のように表わされます。
G=H−TS |
通常、エントロピーは温度が低下したり、流体が凝縮するというような場合などを除いて、自然に減少することはなく増大することになり、-TSは0以下となります。
したがって、系の内部エネルギーが減少する場合には、反応は自発的に進むことになりますが、このためには一般に活性化エネルギーが必要となります。
逆に、系の内部エネルギーが増加するような反応では、この増加分を補うような吸熱が行われる必要があります。
熱を十分に吸収できるかどうかは、系のエントロピーおよび温度と関係することになります。
k=Ae-E/RT |
logk=logA−E/RT |
例えば天ぷらを揚げるという場合、揚げ油の温度が少し上昇(10℃くらい)しただけでも、酸化物の量が大きく変化することになります。 このため、高温で揚げるよりも低温で揚げる方が健康には良いとされます。 あるいは、酸化しにくい油(オリーブ油が代表的)を使用した方が健康には良いようです。
(1) |
Cl2 ® 2Cl・ |
(2) |
Cl・ + CH4 ® HCl + CH3・ |
(3) |
CH3・ + Cl2 ® CH3Cl + Cl・ |
このことは、結合エネルギーが高ければ、それだけ結合性が強いということになるからです。 また、こうしたことは物質同士の衝突における置換反応ということになります。 このことは、同じ質量をもつ物質に衝突した場合、衝突したものは前のものに代わって残り、衝突された方は、この運動エネルギーを得て飛び出すことになるのと、似たものといえます。 ただし、原子同士の衝突では実際には粒子(原子核)の衝突は起りませんから、これは電子のエネルギー状態を変えるものとなります。
この反応によって、・CH3というラジカルができて、これが塩素分子と反応して、
塩素のラジカルができることになります。
したがって、また(2)の反応が起ることになり、(2)〜(3)の反応はメタンと塩素分子が十分多くある間、継続することになります。
ただし、ラジカル同士が会合すると安定な分子となり、ラジカルは消滅して、この連鎖反応は止むことになります。
自動酸化 ラジカルの分子としては酸素分子があり、これが有機化合物と低温で化合(酸化)することは自動酸化と呼ばれます。 自動酸化は、光、ラジカル、金属イオンなどで開始されます。 特に直射日光下での酸化は感光自動酸化と呼ばれます。 なお、自動酸化は油脂の重合である、ペイントの硬化に役立つ一方、油脂の腐敗やゴムの老化の原因になっています。
自動酸化における反応は次のようになります。
(1) |
Ra・ + H−R ® Ra−H + R・ |
(2) |
R・ + ・ O2・ ® RO−O・ |
(3) |
RO−O・ + H−R ® ROOH + R・ |
(3)でラジカルR・が生成することから、(2)に戻り、酸化が継続されることになります。
ただし、不飽和炭化水素(アルケンなど)の場合には、水素が置換されるのではなく、二重結合の場所へ付加するようにもなります。
有機化合物の自動酸化は、精製によって過酸化物などを除去することで低下させることができます。
また、フェノールなどの抗酸化剤を加えることによっても低下させることができます。
CH3−CH=CH2+ HI ® CH3−CHI−CH3 |
ラジカル付加 炭素-炭素二重結合への付加反応の重要なものとしてラジカル付加もあります。
これは次のような反応です。
この結果、再びラジカルが生成します。
次いで、次の反応が起こります。
これで最初のラジカルが生じ、また同じように繰り返されることになります。
なお、ラジカルは過酸化物などの分解によって生じます。
もし炭素-炭素二重結合を持つ分子が十分にあるならば、これらが連鎖的に重合することになります。
これは次のような反応となります。
次いで、次の反応が起こります。
このように重合が連鎖的に進むことになります。
この反応の停止は、ラジカルとの結合など、ラジカルの生成が起こらなくなった場合となります。
例えば、油は不飽和脂肪酸を含む脂肪酸から構成されるものですが、不飽和脂肪酸が十分に多い場合には、ラジカルによって重合反応が次のように連鎖的に進むことになると考えられます。 (この反応は複雑であるため、正確には解明されていないようです。)
ここで、Yはカルボキシル基(-COOH)です。
さらに、次のように結合が連鎖的に進むことになると考えられます。
この重合が止まり、他のラジカルと結合しない場合には、ラジカルとして残ることになります。
古い油は酸化によってラジカルが残っていることが多いため、これに新しい油を注ぎ足すのはよくありません。
イオンの付加 ラジカルの付加による重合反応と似たものとしては、イオンによる場合もあります。
この場合には、ラジカルのときの不対電子による結合ではなく、非共有電子対による結合(配位結合)となります。
したがって、この反応は酸または塩基によって引起こされることになります。
酸が炭素-炭素の二重結合に付加した場合、このπ結合の電子対が酸によって奪われることから、この炭素の一つは正電荷を持つことになります。
そのように、正電荷を持つ炭素がある原子団のことはカルボニウムイオンと呼ばれます。
これはラジカルと同様に、極めて反応性に富むものとなります。
カルボニウムイオンは電子が不足している分子であることから酸となり、他の炭素-炭素の二重結合を攻撃して付加することになり、同様に重合が進んでいくことになります。
一方、塩基が炭素-炭素の二重結合を攻撃した場合、塩基の非共有電子対と炭素が配位結合することになります。
この結果、炭素-炭素の二重結合のπ電子は他方の炭素の方に移り、この炭素は陰電荷を持つことになります。
そのように、陰電荷を持つ炭素がある原子団のことはカルボアニオンと呼ばれます。
これは塩基となるのですから、同様に炭素-炭素の二重結合を攻撃して、重合が進むことになります。
例えば、水素イオン(プロトン)がエチレンの二重結合を攻撃した場合、次のように反応が進みます。
(1) |
H+ + CH2=CH2 ® H:CH2−CH2+ |
(2) |
H:CH2−CH2+ + CH2=CH2 ® H:CH2−CH2−CH2−CH2+ |
dU=dQ−dW | (1) |
dU=dQ−pdV | (2) |
dU+pdV=dQ | (3) |
H=U+pV | (4) |
dH=dU+pdV+Vdp=dQ+Vdp | (5) |
dS=dQ/T | (1) |
dS<dQ/T ∴ dQ<TdS | (2) |
可逆変化では、dQ=TdSとなることから、これをエンタルピーの(2)式に代入すると、次の関係が得られます。
dU=TdS−pdV | (3) |
(1)式より、ある温度において外部から熱量をどれだけ得ることができるかということは、エントロピーがどれだけ変化できるかということと関係します。
もし、温度の異なる物質が十分に混合してエントロピーが最大となった場合には、エントロピーは変化しないことになり、熱量のやりとりは生じないことになります。
そのように、外部から熱を受け取って化学反応が進むかどうかは、系のエントロピーや温度と関係することになります。
なお、外部との熱のやり取りがない孤立系の場合にはエントロピーは増大することになります。
さて、熱力学も結局のところ粒子の運動によって引起こされる現象について述べたものですから、これは粒子の運動における状態法則に還元することができます。
そこで、この観点においてはエントロピーは何と関係するかということになりますが、これはボルツマンによって確率と関係付けられました。
この考え方によって熱力学を取り扱う方法は統計力学となりますが、統計力学ではエントロピーSは次のように定義されます。
S=klogW | (4) |
| (5) |
等確率性は統計力学の仮定とリューヴィユ(Liouville)の定理から導かれるものです。 この定理は、分布密度は位相空間の軌道に沿って不変である、ということをいうものです。 この証明については、例えば文献16や文献17を参照のこと。したがって、微視的状態の数は単に各要素に配置させる組合わせの数を求めるということになります。
化学反応の場合では、反応の結果、生成物数が増える場合や(運動速度の大きい)気体分子が生じる場合にはエントロピーが増大することから、自由エネルギーが減少し、内部エネルギーの増加分を帳消しにするようにもなります。
逆に、反応の結果、生成物数が減る場合や気体分子数が減る場合には、エントロピーが減少することから、自由エネルギーが増大し、この増大分以上の発熱が生じない場合には、反応が起こりにくくなります。
エントロピーが減少する場合、絶対温度に比例して、これによる自由エネルギーが高くなることから高温では反応しにくくなります。
また、鎖状の化合物が環状になる場合には、回転の自由度がなくなることから、エントロピーが減少することになります。
ただし、これは並進運動のエントロピーと比較するとそれほど大きなものではないとされます。
状態量・温度 熱力学は公理的な学問で、温度はこの状態量の一つとして定義されました。 これが状態量であるということは、系の履歴とは無関係であるということになります。 したがって、任意の閉径路に沿った積分は0となります。 つまり、次のことが成立します。
| (6) |
一方、熱量Qや仕事Wは状態量ではありません。
これらは、系の履歴により値が異なります。
したがって、閉径路に沿った積分が0になるとは限りません。
さて、温度というのは熱力学的に導入された状態量で、この定義には任意性がありました。
この任意性というのは、温度の起点と目盛の幅です。
温度の定義としてよく使用されるものに摂氏があります。
これは、氷の融点と水の沸点を基準としたもので、氷の融点を0度とし、水の沸点を100度とするものです。
しかし、このような温度の定義は負の温度が生じたり、熱力学的関係を単純に示すことにはならないため、不適当なものとなります。
そこで、熱力学などでは絶対零度を0度とする、ケルビンが使用されます。
これは摂氏とは温度の起点が異なるだけで、1度の目盛の大きさは同じです。
このような対応は任意的な温度目盛θに対して可能であり、異なるのはθ=0°に対する絶対温度T0の値です。 つまり、Q2/Q1=T2/T1を満たすように、T=f(θ)を定義すればよいわけであり、これは任意定数T0を用いて、T=θ+T0とすることができます。上記のように、温度はマクロ的な状態量として定義されましたが、統計力学では温度を定義するのにそのように曖昧な仕方をすることはできません。 統計力学では、温度よりもエントロピーの方が基本的な状態量となり、温度はエントロピーとエネルギーから、次のように定義されます。 (なお、マクロ的にはエントロピーの方が曖昧な状態量となります。)
dS/dE=1/T | (7) |
完全微分・不完全微分 完全微分とは全微分のことで、つまりある量の全変化を表わすものです。 例えば、zが2変数x,yによって次のように表わされるとします。
z=f(x,y) |
|
上の式は次のように説明することができます。 任意な関数の曲面において十分に微小な領域を考えれば、平面(もしくは超平面)と見なすことができますから、その全変位のベクトルは、個々の座標軸での変位ベクトルの和で表せることになります。そこで、全微分dzを次のように書くものとします。
dz=Xdx+Ydy | (8) |
| (9) |
|
可逆・不可逆過程
熱力学では、状態変化として可逆過程と不可逆過程とを区別します。
孤立系のエントロピーが増加する場合には、この減少が起らないことから不可逆過程となります。
一方、孤立系の全エントロピーが一定の場合には可逆過程となります。
(ただし、系の個々のエントロピーについては増減することができます。)
外部の熱が遮断され、外部的条件が「ゆっくり」と変化するという、断熱過程は可逆過程の一つです。
3.永年方程式
二原子分子の場合のRayleigh-Ritz法を用いた分子軌道関数の求め方を以下に示します。
この分子軌道関数ψは、規格化された原子軌道φ1とφ2を用いて、次のように表されます。
ψ=c1φ1+c2φ2 | (1) |
| (2) |
| (3) |
| (4) |
|
|
次に、(2)の分母ですが、これは次のようになります。
| (5) |
| (6) |
| (7) |
(7)の各パラメータを決定するために、Eをそれぞれc1,c2で偏微分したものを0とおけば、次の永年方程式と呼ばれる式が得られます。
| (8) |
|
|
|
∴ (c1H11+c2H12)−(c1+c2S12)E=0 |
さて、φ1,φ2は規格化されているとしたことから、H11,H22はそれぞれのエネルギーE1,E2に等しくなります。
したがって、(8)式は次のように書くことができます。
| (9) |
(E−E1)(E−E2)−(H12−ES12)2=0 | (10) |
特に、等核二原子分子の場合のように、E1=E2となる場合には、次のようになります。
(E−E1)(E−E1)−(H12−ES12)2=0 |
E2−2E1E+E12−(E2S122−2H12S12E+H122)=0 |
∴ (1−S122)E2−2(E1−H12S12)E+(E12−H122)=0 |
{(1+S12)E−(E1+H12)}{(1−S12)E−(E1−H12)}=0 | (11) |
| (12) |
| (12') |
E±=E1±β |
これらのエネルギーは、同一の原子軌道同士の結合における結合性軌道と反結合性軌道のエネルギーを与えるものになりますが、重なり積分を無視した近似では、反結合性軌道の方は、結合性軌道のエネルギーと原子軌道のエネルギー差(β)だけ原子軌道エネルギーよりも高くなるということがいえます。
このことは、分子軌道の結合エネルギーが電荷雲の分布のみによって考えることができない場合に重要となります。 例えば、反結合性軌道の電荷雲が原子間に多く分布するような場合です。 このことは、電荷雲が相殺されるような重なりが生じる場合には、電子同士の反発力が強くなるためと考えることができるでしょう。
次に、各係数を求めるにはエネルギーの値を(9)式に代入すればよいのですが、実はこれらの式は同一の方程式となります。
これは以下のことによります。
(9)式を次のような行列A,xを用いて表現した場合、
|
Ax=0 | (13) |
A-1Ax=A-10 ∴ x=0 | (14) |
| (15) |
これで各係数が求められる条件が整ったので、これらの係数を求めると、例えばE+については、この値を代入してc1=c2となることから、
| (16) |
| (17) |
ただし、重なり積分Sを無視して±1/2とすることも多く、これはエネルギー順位を相対的に示す場合にはよく用いられるようです。 Sが比較的大きな値になることからすると(例えば、水素分子の1s軌道同士の重なり積分は0.59となり、結構大きな値となります)、これは大きな問題のように思われますが、実際には相対的なエネルギー順位は、Sを無視しない場合と同じになることが多いとされます。
このような粗い近似を用いるものとして、ヒュッケル法があります。 これは特に永年方程式が簡単となることからよく用いられるようですが、概算値を求めたり、定性的な説明をするのには向いていても、正確なエネルギーなどを求めるのには向いていません。
以上が、基底関数が2個の場合のRayleigh-Ritz法による永年方程式のあらましですが、このことは基底関数がn個の場合にも同様になります。
この場合には、この永年方程式の行列Aは、基底関数φiが規格化されていない場合も含めて,次のようになります。
| (18) |
番号 | 書名 | 著者 | 訳者 | 出版社 |
---|---|---|---|---|
1 | 化学結合とは何か | ゲ・イ・シェリンスキー | 大竹三郎 | 東京図書 |
2 | 分子の形と構造 | C.A.Couslon and R.McWeeny | 千原秀明・阿竹徹 | 東京化学同人 |
3 | クールソン 化学結合論 第2版 | C.A.Couslon | 関集三・千原秀明・鈴木啓介 | 岩波書店 |
4 | 原子価と分子構造 原著4版 | E.Cartmell and G.W.A.Fowles | 久保昌二 | 丸善 |
5 | 化学結合の基礎 第2版 | 松林玄悦 | 三共出版 | |
6 | 化学結合論 分子軌道と対称性 | Milton Orchin, Hans H. Jaffe | 中原勝?(よし)/広田穣 | 倍風館 |
7 | 有機化学のための分子軌道法 | M.J.S.Dewar | 千原秀昭 | 東京化学同人 |
8 | 構造有機化学(上) | Lloyd N.Ferguson | 大木道則・広田穣 岩村秀・務台潔 | 東京化学同人 |
9 | 一般化学 上 | L.Pauling | 関集三・千原秀明・桐山良一 | 岩波書店 |
10 | 化学結合論 | L.Pauling | 小泉正夫 | 共立出版 |
11 | モリソン・ボイド 有機化学(上、下) 第3版 | R.T.Morrison and R.N.Boyd | 中西香?・黒野昌庸・中平靖弘 | 東京化学同人 |
12 | 有機反応機構 | Peter Sykes | 久保田尚志 | 東京化学同人 |
13 | スレーター フランク 理論物理学入門 下 | John C. Slater Nathaniel H. Frank | 井上健 | 岩波書店 |
14 | 量子化学1・2 | P.W.Atkins | 土方克法 | みすず書房 |
15 | エントロピー | J.D.Fast | 市村浩 | 好学社 |
16 | 熱力学および統計力学 | A.ゾンマーフェルト | 大野鑑子 | 講談社 |
17 | ランダウ-リフシッツ 統計力学・上 第2版 | エリ・ランダウ イェー・リフシッツ | 小林秋男 他 | 岩波書店 |
18 | 分子と人間 | P.W.Atkins | 千原秀明・稲葉章 | 東京化学同人 |