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紅葉のヒミツ

ある早朝、お日さまが顔を出す前、 ポポロンさんは、みんなと離れて 散歩をしていました。 「あぁ、秋はいいねぇ。森の木々は、 みんなして赤く染まって、生き物たちは冬 への準備をはじめてるんだねぇ」 と、ひとり、立松和平のように 物思いにふけっていました。 そして、木の根っこに足を引っかけて転んだり、 枝に頭をぶつけたり、河原の石にすべって 川に落っこちたりしていると、 視界の中にチョロチョロと動くモノを感じました。 しかし、そちらに眼を向けると、 もういません。気にしない振りをして歩いていると、 視線がしつこくつきまとってきました。 我慢しきれずにそちらに眼を向けると、 またなにもいない。 そんな、追いかけっこを何度となく 繰り返していると、目の前にちっちゃなお 嬢さんがチョコンと座っていました。 ベレー帽をかぶり、右手に絵筆、 左手にパレットを持っています。 「絵描きさん? おひとり? こんな山奥で何を描いてるの? しかも、こんな時間に?」 「いきなり、ずいぶんたくさんのことを聞くのね」 「ごめんなさい」 「フフフ」 森の絵描きさんは、いたずらっぽく笑いました。 そして、いいわ、なんでも聞いて、 でも、知ってることしか答えられないわよ、 と言うと、また、フフフと笑いました。   「どんな絵を描いてるの?」 「フフフ、絵は描かないわ。 葉っぱを1枚1枚赤く塗るのが私のお仕事よ。 もう秋がこんなに深くなってしまったんですもの」 「ええ! 1枚1枚塗るの? タイヘンな仕事ですねぇ」 「そうね。ホントはね、 夜の間に終わらせなきゃいけないのよ。 でも、いつも、明け方までかかっちゃうの」 森の絵描きさんは、そう言うと、 ちっちゃな左手を右肩にのせて 右腕をグルングルン振り回しました。 「ひとりで塗ってるの?」 「あらあら、クマさん、 あなた私に聞いてばっかりね。フフフ」 「ごめんなさい。だって、 僕のお話はつまらないんです。あなたの お仕事のお話のほうが面白そうなんですよ」 「フフフ、話してみないとわからないわよ。 まあいいわ。絵描きは私ひとりじゃないわ。 たくさんいるのよ。 でも不景気だから仲間がドンドン辞めていってるわ。 だから、人数は減ってるわね」 不景気はこんな山の森の中までも迫っているようです。 「それでも、春の新緑の頃は、景気が良かったのよ。 まぁ、春のお仕事は楽なんですもの。 エアブラシでサーっとなでれば終わっちゃうの。 アルバイトでも出来るわ。 秋は、これで結構むずかしいのよ。 紅葉マニアが多いんですもの、フフフ」 「最近、紅葉にムラがあるのは、絵描きさんのせい?」 「あら、痛い所をつくのね、フフフ。 そう、人手不足で紅葉が遅れてるわ」 「お天気予報のおじさんは、 紅葉は昼間と夜の温度の差で出来るって言ってたよ」 「あ、あれはウソよ。 そういうことにしましょう、って、 気候のせいにしましょうって、森の絵描き同盟と 気象庁との間で密約が交わされたのよ」 どうやら、森の絵描き同盟は、 かなり強い政治力を持っているようです。 「だって、紅葉の季節がこなければ、 生き物は冬の支度をする気が起きないでしょ? フフフ」 赤く染まった、いえ、紅く塗り立ての葉っぱを見て、 ポポロンさんは、郷の秋を思い出しました。 今ごろ、 みんなで冬の支度を始めているんだろうなぁ、と。 「あらあら、あなたのお話を聞く前に、 お日さまが顔を出しちゃったわね。 そろそろ帰って寝なきゃ」 「あ、ごめんなさい。今晩もお仕事ですよね?」 「そうね、ちょっと遅れてるからね。 そうそう、このことはナイショよ、クマさん」 「うん。でも口止めに、僕の絵を描いてくださいよ」 「ちゃっかりしてるわねぇ、フフフ」 最近は、葉っぱばかり塗ってるからヘタクソよ、 と絵描きさんは言うと、サラサラっと ポポロンさんを描きました。そして、あくびを しながら1回思いっきり背伸びをすると、 ごきげんよう、おやすみなさい、とポポロンさんに 告げて、森の奥へと消えていきました。 ポポロンさんは、このことをみんなに 話そうか話すまいか、根っこにひっかかり、 枝にぶつかりながら、考えました。 そして、絵描きさんの描いてくれたちょっぴり ヘタクソなポポロンさんの絵を見て、 やっぱりナイショにしておこうと決めたのでした。

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