読書ノート 『幸福について』ショーペンハウエル

 『幸福について−人生論−』(ショーペンハウアー/新潮文庫)を少しずつ読んでみることにします。その中からヒントをいただいて私が考えたことを書くことにします。

  1 人間の3つの根本規定
  2 主観と客観
  3 人柄のもつ絶対的な価値
  4 富は心に積む
  5 心の朗らかさ
  6 陰気と陽気
  7 苦痛と退屈
  8 自分がいちばん大事
  9 足るを知る
 10 不幸でない幸せ
 11 汝自身を知れ
 12 現在・過去・未来を生き分ける
 13 反省を重ねる
 14 持っているものの価値を知る
 15 自分を活かす活動
 16 知恵と勇気
 17 幸福のありか




 ☆『幸福論のページ


    幸福について―人生論(amazon.co.jp)

   
ラッセルの「幸福論」

ヒルティの「幸福論」

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1 人間の3つの根本規定
 ショーペンハウエルは、人間は3つの根本規定に帰着させられると言っています。
1.人のあり方
 すなわち最も広い意味での人品、人柄、人物。したがってこのなかには健康、力、美、気質、道徳的性格、知性ならびにその完成が含まれている。
2.人の有するもの
 すなわちあらゆる意味での所有物。
3.人の印象の与え方
 印象の与え方というのは、ご承知のとおり、他人のいだく印象に映じた人のあり方、すなわち結局他人にどういう印象をいだかれるか、という意味である。したがってその帰するところは人に対する他人の思惑であり、名誉と位階と名声とに分けられる。
 「幸せ」は何によるか、ということです。
 人のあり方(自分自身)によるか、人の有するもの(持っているもの)によるか、人の印象の与え方(人の目、評価)によるかということです。

 「人のあり方」については、三木清さんも「幸福は人格である」と(『人生論ノート』新潮文庫の中で)言っています。
 私は、幸不幸はその人の幸せになる能力しだいだと考えています。

 ショーペンハウエルは、3つの根本規定について、次のように書いています。
 幸福がわれわれのあり方すなわち個性によってはなはだしく左右されることが明らかである。ところが大抵はわれわれの運命すなわちわれわれの有するものあるいはわれわれの印象の与え方ばかりを計算に入れている。


2 主観と客観
 およそ現実というものが、主観と客観という二つの反面から成っているということによるのである。だから客観的な反面が全く同じでも、主観的な反面が異なれば、現在の現実が全く別なものになってしまう。

 現在および現実の客観的な反面は運命の手に握られている。したがって可変的なものである。主観的な反面はほかならぬわれわれ自身である。したがって根本的には不変的なものである。だから人間各自の生き方は、いかに外部からの変化があっても、終始一貫同じ性格を帯び、同一主題をめぐる幾つかの変奏曲にも譬(たと)えられる。
 客観的な現実が同じでも、自分の受けとめ方・考え方が異なれば、自分にとっての現実(の幸不幸感)は違うものになる。受けとめ方・考え方によって、(幸不幸の)方向性は別れる。

 同じ現実でも、幸せになる能力がある人と足りない人では、生活実感は大きく異なります。幸せになる能力がある人は、イヤなことは軽く受け流し、いいことは素直に喜べます。幸せになる能力が足りない人は、イヤなことはいつまでも引きずって、いいことは当たり前と思ってしまうのか、気づけなかったり大して喜べなかったりします。

 確かに、客観的な現実には思い通りにならないことがたくさんあります。
 でも幸せになる能力がある人は、自分が幸せになれる可能性を探して、幸せになる試みを続けます。幸せになる能力が足りない人は、現実を嘆いたり落ち込んだりするばかりで、幸せになる試みをあまりしません。当然、結果として、現実も変わってくるばずです。一方は、少しずつ幸せを得ていき、自信もついてきます。他方は、不幸のまま、自信を失っていきます。幸せになる能力の差が開いていくのです。

 私たちが見ているのは客観的な現実ですが、私たちが感じているのは主観的な現実です。人の幸不幸は主観の世界にあるのです。
 本当に幸せになりたいのなら、客観的な現実を幸せに変える努力と同じように(あるいは、それ以上に)、主観的な現実を変える努力をしたほうがいいと思うのです。



3 人柄のもつ絶対的な価値
 人生の幸福にとっては、われわれのあり方、すなわち人柄こそ、文句なしに第一の要件であり、最も本質的に重要なものである。早い話が、人柄というものはどんな状況にあっても絶えず活動する力をもっているという理由からだけでも、その重要性が肯かれるが、なおそのうえに、先に揚げた他の二つの見出しに属する財宝とは違って、人柄は運命に隷属したものでなく、したがってわれわれの手から奪い取られることがない。その意味で、他の二種の財宝が単に相対的な価値をもつに反して、人柄のもつ価値は絶対的な価値だということができる。
 幸せになる能力は一旦身につければ、以降の人生の中でずっと自分の役に立ちます。使い続ける限り、技術が熟練することはあっても、失うことはない。
 物や人からの評価などは失われる場合がある。災害、事故、失敗、挫折、別れ、人の変化、社会の変化などによって、幸せ(の対象)が失われてしまうことはあり得るのだ。

 私にはあの世があるかどうかはわからないのだが、もしあの世に持っていけるものがあるとしたら、自分の心(の能力)だけだと思う。

 幸せになる能力は、いつでもどこでも自分と共にあり、自分の役に立つのです。
 幸せになるためには「自分を育てる(幸せになる能力を向上させる)」というのは、間違いではないと思うのです。



4 富は心に積む
 富の獲得に努力するよりも、健康の維持と能力の陶冶とを目標に努力したほうが賢明だということも明らかである。

 有り余る富は、われわれの幸福にはほとんど何の寄与するところもない。金もちに不幸な思いをしている人が多いのはそのためである。

 むしろ大きな財産の維持のために不可避的に生ずる数々の心労のために、かえって幸福感が害われるくらいである。

 それにもかかわらず、人間は精神的な教養を積むよりも富を積むほうに千万倍の努力を献げている。
 「お金」(あるいは、収入を得るものとしての仕事)も人間の大きな幸せの一つだと、私は思います。
 生活に困る、食べるものも満足に買えないという状況で、幸せに暮らすことは今の私たちには困難だと思います。また、貯金があることで、将来や万が一の時に対する不安が減ることもあります。安定した収入というのも、大きな安心を生んでいると思います。

 でも、ショーペンハウエルの言うように、お金を持っていることで幸せを感じて生活できる人は少ないでしょう。
 経済的にある程度の生活ができるのなら、もっと幸せに暮らせてもいいはずなのに、それができないのは幸せになる能力が足りないからではないかと思います。

 人はお金を得るために、多くの時間と労力を使います。一所懸命に努力している人も多いと思います。
 でも、本気になって自分の幸せになる能力を向上させようとしている人は少ないと思います。仕事や勉強や遊びの10分の1でも、自分を育てるために努力したら、今よりもずっと幸せに暮らせるようになれると思うのですが。

 お金を得ることも、本当の目的は幸せになるためではないでしょうか。
 本当に幸せになりたいのなら、自分の心を豊かにすることも考えてみたほうがいいと思います。



5 心の朗らかさ
 種々の(主観的な)財宝のうちで最も直接的にわれわれを幸福にしてくれるのは、心の朗らかさである。なぜかといえば、このような長所は他の何ものを待つまでもなく、この長所そのものによって報いられるからだ。
 広辞苑によると、「朗(ほが)らか」は「心のはればれとしたさま。また、気持・性格が明るく楽しげなさま」。
 「朗らかさ」は、朗らかな気もちがいられる能力ではないかと思います。朗らかな気もちは、幸せな気もち・気分と言っていいでしょう。朗らかでいられることは幸せなことだと思います。

 心の能力には、性格的な部分と習慣的な部分と技術的な部分があると思います。
 性格的な部分は、変えることは難しいでしょう。
 習慣的な部分は、意志と心がけで築くことができます。
 技術的な部分は、習練によって磨くことができます。

 「朗らかさ」で連想したのが、アランの『幸福論』にある「上機嫌」です。どちらも心の傾向が幸せ向きなのだと思います。
 「朗らかさ」や「上機嫌」は、本来は幸せな心が表(表情や態度)に出たものでしょう。だから、性格的なものが大きいと思います。
 でも、意識的・意図的に「朗らかにしよう」「上機嫌でいよう」と心がけることで、そうできることもあると思います。そういう心がけを続ければ、それが習慣になって、自然にできるようになるのではないでしょうか。
 また、「朗らか」「上機嫌」でいるための工夫もできると思います。まずは、そういう気分でいられるような考え方や行動を選択するように心がけることだと思います。また、「微笑みを心がける」というようなことも一つの工夫でしょう。そういう工夫と努力を重ねることで、上達・熟達できるのだと思います。

 と、頭ではわかっても、実際に「朗らか」「上機嫌」でいられるようになることは相当に難しそうです。
 私がおすすめするとしたら、いつもの「ハオハオ」でしょうか。「いいことは好!好! 悪いことはハオハオ」という感じで過ごせたら、少しは気分よく暮らせるのではないかと思います。
 (はじめは)意識して気分よく生活することを心がけるのも、幸せに(暮らせるように)なるためには大事なことだと思います。



6 陰気と陽気
 ある事件の幸福な結末と不幸な結末とが五分五分の可能性をもつ場合、陰気な人間は不幸な結果を見て腹を立てたり悲しんだりするが、幸福な結末を見て喜ぶことはしない。これに反して陽気な人間は不幸な結末に対して腹を立てたり悲しんだりはせず、幸福な結末を喜ぶであろう。
 陰気な人間は十の計画のうち九までが成功しても、この九を喜ばずに、一の失敗に腹を立てる。陽気な人間は、これと逆の場合にも、一の成功でみずからを慰め、自分を明朗な気分にするコツを心得ている。
 これを読んで「自分は陰気な人間だ」と思ってしまった人も多いのではないでしょうか。
 以前の私は、まさにこの通りの陰気な人間でした。完璧主義的なところも多分にありました。そして、今はここでの陽気な人間のように心がけています。

 陰気・陽気と言うと性格的な感じがしてしまいますが、不幸になる考え方をしてしまうか、幸せになる考え方ができるかという能力の問題だと思います。幸せになる考え方の心がけを続ければ、陽気な対応もできるようになれると思います。

 すでに前項で書いてしまいましたが、「いいことは好!好! 悪いことはハオハオ」が実践できれば、陽気な人間に近づけると思います。



7 苦痛と退屈
 人間の幸福に対する二大敵手は苦痛と退屈である。
 幸せになれていない人には、「不幸な人」と「幸せでない人」がいます。
 生きているのが「苦しい」「つらい」「悩ましい」などと感じている人は不幸な人です。
 生きているのが「空しい」「楽しくない」「夢も希望もない」「生きている実感がない」「生きる目的・価値がわからない」などと思ってしまう人、もしくは幸せなんてふだん感じることがないという人は幸せでない人です。
 不幸な人も多いと思いますが、今の日本では幸せでない人(不幸でも幸せでもない人)のほうが多いような気もします。

 実際には、不幸になってしまう時もあれば、不幸ではないけど幸せでもない時が多いという人が多いのではないでしょうか。
 トキオ的には、不幸になってしまった時には不幸になる考え方をしないように心がけ、幸せでない時には幸せになる考え方を心がければいいと思うのですが。

 「不幸な人」と「幸せでない人」はどちらが幸せになりやすいでしょうか?
 「不幸な人」が「不幸でない幸せでない人」になって、「幸せでない人」が「幸せな人」になるのが流れのようですが、私は「不幸な人」のほうが「幸せでない人」よりも「幸せな人」になりやすいのではないかと思うのです。
 不幸になった時をきっかけに幸せに向かえば、反動をつけて幸せになれるのです。また、不幸を経験した分、不幸でない幸せや基本的な幸せやささやかな幸せなどの価値がよくわかるということもあります。
 不幸にならない人は「幸せになりたい」と強く思う機会がないのではないかと思います。逆に、「幸せになりたい」という思いが強い人は不幸にもなりやすいけど、幸せになれる可能性も高いと思うのです。
 このことは、私の経験からもそう思うのです。「幸せになりたい」という思いが強く、不幸になり悩み苦しんだから、現在の「幸せオタク」の私があるわけです。
 だから、不幸になりやすい人は幸せになれる可能性が高い人だと思うのです。



8 自分がいちばん大事
 誰でも自分自身にとっていちばんよいもの、いちばん大事なものは自分自身であり、いちばんよいこと、いちばん大事なことをしてくれるのも自分自身である。このいちばんよくて大事なものが多ければ多いほど、したがって享楽の源泉が自分自身の内に得られれば得られるほど、それだけ幸福になる。
 「世界中で自分がいちばん大切」 そう考えていいと思います。
 いちばん大切な自分を幸せにすることを考えてあげたほうがいいと思います。

 何かいいことがあったり、人が何かをしてくれた時に幸せになれることはあります。でも、それをただ待っているだけでは、いつ幸せになれるかわかりません。
 幸せになる方法は、自分がすることで(その結果、愉しめたり、いいことがあったり、人が喜んでくれたりお返しをしてくれたりして)自分が幸せになれることです。
 たとえば、人から愛されることを待っているよりも自分から人を愛する、いいことがあるのを待っているよりも自分からいいことをするというようなことです。

 自分の幸せになる方法を持っていればいるほど、それだけ幸せになれるのではないでしょうか。
 やはり、幸せの源泉は自分自身の内にあったほうがいいのでしょう。



9 足るを知る
 アリストテレースが「幸福はみずから足れりとする人のものである」と言っているは、全くそのとおりである。
 「足るを知る」というのは昔からいろんな人が言っていた、真理なのでしょう。
 「少欲知足」はお釈迦様の教えです。
 「老子」には「足ることを知る者は富めり。強(つと)めて行う者は志有り」とあります。「(もっているだけのもので)満足することを知るのが富んでいることであり、自分をはげまして行動するものがその志すところを得るのである」(『老子』小川環樹訳注/中公文庫)

 「足るを知る」ということは、自分の幸せを知り、それを味わうことではないかと思います。
 自分のもっている幸せ、自分が得られる幸せを知ることが第一です。人はともすると自分のもっていない幸せだけを幸せと考え、そけが得られないと幸せになれないと思い込んでいるような人も多そうです。でも、実はすべての人はたくさんの幸せをすでにもっているし、自分の力で手に入れることができる幸せもたくさんあるのです。
 そして、自分の幸せを「幸福感」として実感できることが大事です。自分がもっている幸せ、得た幸せ、出会った幸せを味わえないのはもったいないと思います。

 幸せは自己満足でいいんですよね(アリストテレスさん)。
 「知足」というと「無欲」のすすめのような感じがしていたのですが、「少欲」はいいんですよね(お釈迦様)。
 そして、志をもって頑張ることはいいことなのですね(老子さん)。

 私は、「今は幸せ。でももう少し幸せなれたらいいな」という感じが好きです。
 スローライフというのがありますが、私はマイペースライフでいきたいと思います。また、もう少しシンプルライフにしてみようかな、とも思っています。



10 不幸でない幸せ
 私はアリストテレースが『ニコマコスの倫理学』で何かの折に表明した「賢者は快楽を求めず、苦痛なきを求める」という命題が、およそ処世哲学の最高原則だと考える。

 「幸福に生きる」ということは「あまり不幸でなく」すなわち我慢のなる程度に生きるという意味に解すべきものであるということから、幸福論の教えが始まるのでなければならない。
 「不幸でない幸せ」というのもあります。苦しいよりラクなほうがまだ幸せです。つらい時期に比べたら今はまだ幸せと思えることもあります。
 このHPの中も、7・8割は不幸にならない考え方を書いてあるようなものです。

 「不幸ならない」ようにするというのも幸せになる方法の一つだとは思いますが、「不幸にならない」だけの生き方ではあまり幸せとは思えません。やはり幸せになる生き方をしたいものです。
 不幸を避けてばかりいないで、幸せを目指して生きたほうがいいと思います。

 「平穏無事」というのも幸せなことです。
 でも、平穏無事な時には、もっと幸せを感じて生活できる時でもあると思います。
 不幸に注意して生活するだけでなく、幸せに注目して暮らしたほうがいいと思います。

 悪い出来事があった直後にある程度不幸になってしまうのはしかたがありません。そういう時には、少しでもラクになれるようにするしかないのかもしれません。
 でも、不幸な感情はいずれおさまります。多少は残っていても、何か幸せになることをできるようになるはずです。不幸な気もちを解消するためには、幸せな気もちになれるようなことをするのがいちばんだと思います。

 「攻撃は最大の防御」ということもあります。幸せになる方法は、不幸にならない方法・不幸から抜け出す方法でもあるのです。
 人は幸せと不幸を同時に感じることはできません。幸せを数えて暮らせば、不幸を数えることは減るのではないでしょうか。



11 汝自身を知れ
「汝自身を知れ」(訳注 ソークラテースの言)という行き方をいささかでも心得ている必要がある。すなわち自分が真に主として何よりもまず欲するものは何か、すなわち自己の幸福にとって最も本質的なものは何か、さらにこれに次いで第二位第三位を占めるものは何かということを知る必要がある。
 「汝自身を知れ」という言葉についてはだいぶ前に書いたことがあります。幸せになりたい人はまず、「汝自身の幸せを知れ」ということです。

 幸せの他にも知ったほうがいい自分のことがいろいろありそうです。
 自分のやりたいこと、自分の大切なもの好きなもの
 気分よく生活するためには、自分の気分に気づけるようになることが必要です。
 自分の不幸になる考え方のクセを知ることも、それをストップするために役立ちます。
 自分の良さを知り、自分を好きになることも大事なのではないでしょうか。
 自分の可能性の存在を知ること、それを信じ、期待することも大切だと思います。
 自分の貴重さ・大切さを認識し、自分を大切にして生きることも重要だと思います。

 自分を知るためには、自分(の心)に目を向け、自分(の心)を見つめ、自分(の心)と対話することが必要だと思います。
 それを効果的にやるために役立つと思うのは、日記のようなものを書くことです。出来事だけでなく、その時に自分がどんなふうに考え、どういう感じがしたかということが大事です。その内容が望ましいものではなくても(ハオハオと)受け入れ、そういう考え方のクセやパターンに気づくだけでもいいと思います。そういう中に、自分が欲しているものが何を知るヒントが見つかるかもしれません。もちろん、いい事があった時には(好!好!と)喜び、自分がやったことはちゃんと評価することも大事だと思います。
 書く代わりに、人に話すことが自分を知ることに役立つこともあると思います。相手が聞き上手な人だといいのですが。

 自分の幸せになる方法をいちばん知ることができるのは自分なのです。



12 現在・過去・未来を生き分ける
 われわれの注意は一部は現在に、一部は未来に注がれるが、いずれか一方が他方を害うことのないように、両者の適正な振合いを得るということも、処世哲学の重要な点の一つである。あまりにも現在ばかり生きている人が多い。軽率な人たちがそれである。あまりにも未来にばかり生きる人もある。小心な苦労性の人たちがそれである。
 私は元来、小心な苦労性の人です。先の心配をすることが多く、現在を愉しむことが苦手でした。
 今の私は将来(の夢や目標)のために時間を使うことが多いのですが、そういう今を愉しむことも大切にしています。

 幸せになるためには、苦労性の人よりちょっと軽率な人のほうがよさそうな気がします。幸せを感じられるのは現在を生きる人ですから。
 ただ、現在ばかり生きるのは問題なのでしょう。将来の幸せのために現在を生きることも大切だと思います。

 過去に生きているような人もいます。過去の不幸をいつまでも引きずって生きている人です。過去の幸せを想い、幸せの余韻を愉しめるのならいいですが、過去を想いだしてつらい思いをしてしまうのは、今の自分のためによくありません。過去を「いい経験」にできるのならいいのですが。

 実際に生きられるのは現在だけですが、現在・過去・未来、それぞれに大切にしたほうがいい部分があり、どういう振り分けをしたらいいのかは難しいところです。少なくとも過去や未来のために現在を損なうのはやめたほうがいいと思います。
 現在・過去・未来のいずれを考えるにしても大事なのは、「自分が幸せになるためには?」と考えることではないかと思います。そして、それを考えることで不幸な気もちにならずに、幸せな気もちになれるように心がけられたら、と思います。



13 反省を重ねる
 申し分のない思慮深い生活をし、自己の経験の中からそこに含まれるすべての教訓を引き出そうとするには、幾たびとなく反省を重ね、自己の体験・行動・経験、ならびにそれに付随して感じたことを総括的に再検討し、また自己の以前の判断を現在の判断と比較し、自己の計画と努力とをその結果によって与えられた満足と比較してみることが必要である。
(中略)
 この目的には日記というものが大変有益である。
 自分の幸せになる能力を向上させ、自分の生活を幸せなものにしていくためには、自己の経験から学び一つ一つ改善していくのが何よりだと思います。
 その時に大事なのは、自分が感じたことを再検討し、どうしたらより幸せな感じでいられるか(不幸になる考え方をしているのではないか? 幸せになる考え方は?)を考えることだと思います。

 日記を書くことについては前項に書いてしまいましたが、注意したほうがいいことがあります。
 それは、イヤなことを思い出すだけ、イヤな人に怒りや憎しみや恨みなどを抱くだけ、自分を責めたり自己嫌悪に陥ってばかりになってはいけないということです。
 そうならないようにするために役立つのが「ハオハオを使って考え直す」方法です。

 本気で幸せに(暮らせるように)なりたい、そのために自分を育てようと思うのなら、毎日でなくても、時々でもいいから、自分の生活を振り返って再検討してみてはどうでしょうか。



14 持っているものの価値を知る
 何でも自分の持っていないものを見ると、それが自分のものだったらどんなだろうととかく考えがちで、そのために不足感が起ってくる。それよりはむしろ、自分の持っているものを、これが自分のものでなかったらどんなだろうと、たびたび問うてみるがよい。つまり、財産であろうと健康であろうと、友人や恋人や妻子であろうと、馬や犬であろうと、何であろうと、自分の持っているものを、かりに失っていたとしたら、それが自分の目にはかくかくしかじかに映ずるであろうといった角度から、時折眺めてみるように努力するがよい。大抵の場合、失ったあとではじめてものの値打ちがわかるからである。
 自分の持っていないものを思い、不足感/無力感/うらやましいなどの(不幸な)感じかしてしまうことは誰にでもあると思います。そういう感じがしても(ハオハオと)落ち込んだりしなければいいのです。

 実はそれほど欲しくはない、自分には手に入れることはできない、もっと他に欲しいものがあるというような場合には、そのまま(ハオハオと)受け流せばいいのです。
 それが本当に欲しいものだったら、それが自分のものになったらいいなと思い(ホープホープ)、どうしたら手に入れられるかを考え(ハウハウ)、今できることをすればいいのです。(3Hの考え方

 そんな持っていないものより、自分が今持っているものを数えたほうがいいのです。それを知るために、このショーペーンハウエルの言う方法はいいと思います。自分の大切なものに気づくこともできます。
 自分の持っているものを思い、あって幸せだと思ったほうがいいのです。
 自分の大切なものを知り、どうしたらそれをもっと大切にできるかを考えたほうがいいのです。

 そのとおり。でもそれがなかなかできないんだよなー。
 でもできるように心がけたほうがいいのです。あきらめなければだんだんできるようになるのです。
 「私にはできない」と考えるより、「今はまだできないけど、努力すればきっとできるようになる」と考えたほうが自分のためにいいと思います。将来のためにも、今のためにも。



15 自分を活かす活動
「生命は運動である」とアリストテレースは言っているが、明らかにそのとおりである。
 (中略)
 だから活動ということ、すなわち何かをすること、できることなら何かを仕上げること、せめて何か覚えるということは、人間の幸福には欠くことができない。人間の能力は使用されることを求めてやまず、人間は使用の成果を何らかの形で見たがるものである。
 生きることは活動することです。実際に何かをして生きているわけで。
 何かをするのなら、できるだけ幸せを味わえるように心がけたほうがいいでしょう。
 どうせするのなら、自分が幸せになれることをしたほうがいいでしょう。

 自分の能力を活かして生活できたら、と思います。
 同時に、能力を育てることも大切です。
 その前に、自分の能力を見いだすことや自分の能力の可能性を信じることが大事なのだと思います。

 能力には、自分が人より多くもっている能力(才能のようなもの)もありますが、誰もがもっている能力・身につけることができる能力もあります。たとえば、幸せになる能力は誰もがある程度はもっており、心がけしだいで育てることができるものだと思います。

 自分にも幸せになる能力があることを信じ、さらに幸せになる能力を向上させる可能性があることを信じて努力することが大切です。
 そして何よりも、今ある自分の幸せになる能力を活かして、それなりに幸せに暮らすことが大事です。幸せを感じて生活できることが、自分の能力を活かせた成果になるのです。



16 知恵と勇気
 さて知恵に次いでは勇気が、われわれの幸福にとってきわめて重要な特性である。もちろん、いずれの特性も自分で手にいれることはできない。知恵は母から、勇気は父から譲り受ける。けれども意志と訓練によって、幾分かでも具わった知恵や勇気を助長することはできる。
 幸せになるためには、そのための「知恵」が重要です。
 どうしたら自分が幸せになれるかがわからなければ、何もしようがありません。
 自分が幸せになる方法を知っていれば、それを実践すればいいわけです。

 「知恵」はどうしたら得られるのでしょうか?
 一つには、人から教えてもらう、本などから学ぶ。
 もう一つは、自分でいろいろ工夫してみる。

 幸せになる方法を実践するためには、「勇気」が必要な場合もあります。
 「虎穴に入らずんば虎児を得ず」のことわざのごとく、得るためには困難やリスクを伴う幸せもあります。

 「勇気」はどうしたら得られるのでしょうか?
 一つは、その幸せを得たいという気もちを強くすること。
 もう一つは、困難やリスクを覚悟すること。
 そしてもう一つは、自分は大丈夫という自信をもつこと。

 「知恵」も「勇気」も、高めようという意志と、心がけや努力や訓練によって助長することはできると思います。



17 幸福のありか
幸福は容易に得られるものではない。
幸福をわれわれのうちに見いだすのは至難であり、
他の場所に見いだすのは不可能である。
                   シャンフォール
 ショーペンハウエルが『幸福について』の冒頭に掲げた格言です。

 幸せには容易には得られないものもあるが、容易に得られるものもある。
 自分がすでに持っているものを幸せだと思える人には容易であるが、それを幸せと思えない人も多く、そういうことは至難のことだとさえ思ってしまう人もいる。

 幸せを外に求めるか、幸せを内に求めるか。2つのアプローチのしかたがある。幸せになるために、現実を変えるか、自分・心・考え方を変えるかである。
 どちらも大事だが、幸せを感じられるかどうかは心しだい。

 幸せは心の状態であり、心の中にしかない。



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