1章 小さいことでくよくよしないために

 
 『くよくよしない考え方』(本多時生)  目次 

 1章 小さいことでくよくよしないために
 2章 人のことでイライラしないために
 3章 決断で迷ってくよくよしないために
 4章 過ぎたことでくよくよしないために
 5章 まだ先のことでくよくよしないために
 6章 人間関係でくよくよしないために
 7章 自分のことでくよくよしないために
 8章 生きることでくよくよしないために
 9章 大きい悩み・問題に対するくよくよしない考え方
 10章 くよくよしない考え方ができない、とくよくよしないために


101 「まぁいいか」(1)〜一番簡単で役に立つ考え方〜




102 「まぁいいか」(2)〜“いい加減”のすすめ〜




103 「こういうこともある」〜当たり前の一言が分岐点〜




104 「一年たったら忘れてしまうこと?」〜ほとんどは小さいこと〜

 何かイヤなことがあって自分がくよくよ考えているのに気づいたら、このように自分に問いかけてみてください。
 「これは一年たったら忘れてしまうことじゃないだろうか?」
 多くの場合、「忘れているだろう」と考えられるでしょう。
 ここで「忘れる」とは、思い出そうと意識すれば思い出せるかもしれないが、ふだんの生活では頭に浮かばないことも含まれます。一年後までそのことを思い出してくよくよするようなことがなければ問題ないわけですから。
 一年たっても忘れられない、問題がまだ残っているだろうと思われる場合には、それは重大な問題なのでしょう。「大きい悩み・問題に対するくよくよしない考え方」については9章に書きました。
 一年後には忘れてしまうようなことは「小さいこと」なのです。

 ところであなたには次のような傾向がありませんか?
 「物事を忘れやすい、その時々の出来事にとらわれやすい、過去を振り返るより先の心配をしやすい」
 一つでも該当する人は、たいていのことは一年たったら忘れてしまうでしょう。日々の生活の中で起きる小さいことにくよくよしやすい人も、一年前のことなんて考え(ている余裕は)ないでしょう。そういう人にとっては、ほとんどのことは一年たったら忘れてしまうような「小さいこと」なのです。

「くよくよ考えているのに気づいたら」と冒頭に書きましたが、「(自分は)くよくよしている」と気づくことは難しいかもしれません。実際には、自分のイヤな気もちに気づくことです。イヤな気もちとは、悲しい/悔しい/情けない/イライラ/怒った/悩ましいなどの感じがすることです。イヤな気もちになった時に考えていたことが“くよくよ”“イライラ”の原因です。

「小さいこと」だと気づけることが、小さいことでくよくよしない第一歩です。多くの人は、気づかないうちに小さいことでくよくよしてしまって、長い時間を費やしてしまいます。
「小さいこと」だと気づくためには、「一年たったら忘れてしまうこと?」という考え方が役に立ちます。小さいことだと気づければ、「小さいことだ。まぁいいか」などと軽く済ますこともできるようになれるでしょう。



105 「こんなことのためにくよくよするのはもったいない




106 「あとで考えよう」〜今を大切にできる考え方〜




107 「私にはこういうことでくよくよするクセがある」(1)

 自分がくよくよ考えているのに気づいたら、「私にはこういう時にくよくよするクセがあるんじゃないか?」と考えてみてください。
 そうすると、「こういう時に」「こういう場で」「こういう事で」「人がこういうことをしたり・言ったりした時に」くよくよしてまうクセがある、と気づけることがあります。
「あぁ、私にはこういうことでくよくよするクセがあるんだ」と考えることができれば、それだけでもその場の“くよくよ”から一歩抜け出すことができます。

 自分のくよくよしてしまうクセに、その場で気づくことは最初は難しいかもしれません。一日の終わりにでも、週末にでも、連休の時にでもいいから、自分が生活の中でイヤな気もちになった時のことを想い返してみてください。自分の“くよくよ”に気づいて「あとで考えよう」と思ったことがあれば、そのことを想い出してみてください。そうすれば、その場で考えるよりは冷静に「私にはこういうことでくよくよするクセがある」と気づけます。
 またさらに、「(そういうことで)こんなふうに考えるクセがあって、こんなイヤな気もちになる」と自分の考え方のクセがわかると、“くよくよ”をストップする際に役に立ちます。自分の「考えるクセ」が実は“くよくよ”の正体なのです。
 くよくよするようなことが起こるのを防ぐことはできません。そのことに対する自分のくよくよする考え方を途中でストップすることはできます。

 自分にはこういうことでくよくよしてしまうクセがあると気づいたからと言って、反省したり、すぐに直さなければならないなどと考える必要はありません。直そうと思っても簡単に直るものでもありません。無意識に出てしまうのがクセなのですから。

 くよくよしてしまう(考え方の)クセに気づくことは、「自分を知る」ことの一つです。自分を知ることが、くよくよしない自分になるためのステップになります。



108 「私にはこういうことでくよくよするクセがある」(2)

「私にはこういうことでくよくよするクセがある」と自覚していれば、「あ、またこのクセだ」「またやってる」「いつものクセだ」などと、その場で気づけることが多くなります。
 くよくよするような考え方をついしてしまうのはしかたがありません。クセなのですから。その際に、「またこのクセだ。クセなんだからしょうがない。まぁいいか」のように考えれば、そこでその考え(クセ)を中断することができます。

 クセは気づいた時にやめればいいのです。
 たとえば、傷口をかくクセは、傷口に手がいった瞬間に気づいてやめればいいのです。体の傷だったら、ふと傷口をかいてしまっても痛みがあればやめます。心の傷でも同じようにくよくよ考えてイヤな気もちに気づいたらその(考える)クセをやめればいいのです。でも心の傷の場合には、痛いのはその傷をつくった原因のせいだとばかり考えて、傷口をかくクセのせいだと気づけない人が多いのです。

 クセは意識してもなかなかやめられません。「このクセをやっちゃいけない」と考えても、思わず、ふと、つい出てしまうものです。その上、クセが出てしまった時に「あんなにやっちゃいけないと思っていたのに」などと、自分を責めることにもなってしまいます。
 クセが出てもいいのです。それに早く気づいて「まぁいいか」とそこでやめればいいのですから。また、クセというのは何度も出てしまうものです。出るたびに気づいてそこでやめればいいのです。何度でも。
 自分のクセにすぐに気づいてやめられるようになると、そのクセが出る頻度が少しずつ減ってくるものだったりもします。

 くよくよしやすい人は、くよくよする考え方のパターンがクセになっている場合が多いようです。同じような考えを繰り返して、何度も同じようにイヤな思いをしてしまいます。
 自分のくよくよしてしまう考え方のパターンやクセを一つ知るだけでも大きな成果です。そのクセに気づかずに一生過ごしてしまうことに比べたら。



109 「くよくよしているのに気づいたら、何かいいことを始めよう

 自分がくよくよ考えているの気づいて、「一年たったら忘れてしまうようなことだ。こんなことでくよくよするのはもったいない」「またこのクセだ。まぁいいか」などと軽く済ますことができたら、続けて「何かいいことを始めよう」と考えてみてはどうでしょうか。

「いいこと」は、自分が愉しめたり、夢中になれたり、いい気分になれるようなことならなんでもかまいません。好きなもの(事/物/人)のことを考えてもいいし、やりたいことをやってもいいし、先の愉しみについて考えてもいいのです。
 今やるべきことがある人は、それに集中すればいいでしょう。
 夢や目標がある人は、実現に向けて考えたり行動したりすれば、少しはゴールに近づけます。
 好きな人がいる人は、その人のことを想ったり、その人を喜ばせることを考えたりすれば、少しは幸せな気分になれるでしょう。

「こんなことを考えるより、他に考えたほうがいいこと(したほうがいいこと)があるのではないか?」と考えてみれば、何か思いつくでしょう。「小さいこと」より自分にとって大切なことがあるはずです。少なくともイヤな気もちになるよりいい気もちになれることをしたほうがいいはずです。
 自分にとって大切なことや自分の愉しみを知り、くよくよしたくない時にできる「いいこと」のレパートリーを増やしていけばいいでしょう。

 自分の“くよくよ”に気づけたことが、「いい(ことを始める)きっかけ」にもなるということです。
 また、いいことを始めることでいい気分や夢中になれることが、イヤな気分を改善し、くよくよしていたことを早く忘れるためにも役に立つのです。


 1章 小さいことでくよくよしないために
 2章 人のことでイライラしないために
 3章 決断で迷ってくよくよしないために
 4章 過ぎたことでくよくよしないために
 5章 まだ先のことでくよくよしないために
 6章 人間関係でくよくよしないために
 7章 自分のことでくよくよしないために
 8章 生きることでくよくよしないために
 9章 大きい悩み・問題に対するくよくよしない考え方
 10章 くよくよしない考え方ができない、とくよくよしないために

ホームページ  e本化プロジェクト  

よろしかったら、ご意見・ご感想・ご声援をお願いします。  本多時生