しあわせ日記

11月21日(日)幸せの求め過ぎ
 幸せを求め過ぎるために、不幸になることがあると思います。
 「○○できないから」「○○が得られないから」「○○が(い)ないから」「○○が実現しないから」・・・などと不幸になってしまう。
 このようなことは、イヤなことがあった時や落ち込んでいる時に特に考えやすいと思いますが、

   「○○はいいこと、○○すぎるのはよくないこと

 すぐに得られない幸せも、めったに得られない幸せもあります。それが今得られないからといって不幸になるのは、求める気もちが強すぎるからではないでしょうか。

 このような「○○〜過ぎ」がいろいろとあるように思います。



11月22日(月)結果の求め過ぎ
 幸せの求め過ぎの中には、結果の求め過ぎがあります。
 結果を求め過ぎるから、「求める結果が得られない限り幸せになれない。だから、今は幸せではない」のような不幸になる考えになってしまうのではないでしょうか。

 「求め過ぎ」への対策としては、もう少し力を抜くこと。そのために役立つのは、「○○たらいいな」です。

 私は、結果だけでなく過程を大切にしたい、と思っています。
 最近では、もし結果と過程のどちらを選ぶかと言われたら、過程を選ぶことが多いと思います。「だから、おまえは甘いんだ。大成功しないんだ」と言われたら、(ハオハオと)微笑むことができると思います。それでいい、と思っていますから。

 求める結果が得られれば、もちろん幸せだと思います。
 何かを追い求める過程にも幸せはたくさんあると思います。何かを成し遂げた人が「(追い求めていた)あの頃がいちばん幸せだった(楽しかった、充実していた)」などというのを聞いたり・読んだりしたことが幾度もあります。私がそう感じたこともあります。

 私は、夢を持ち続けて生きたい、と思っています。それは、夢を持って生きること自体が幸せに過ごす方法だと考えているからです。

 幸せを求めることはとてもいいことです。でも、その結果だけを求め過ぎて、イヤな気もちや不幸に陥らないようにしたほうがいいと思います。



11月23日(火)人に求め過ぎ
 幸せを求め過ぎの中には、人に求め過ぎがあります。
 「(誰かが)○○してくれない」「人がちゃんとやらない」「人がやさしくない」などと、イヤな気もちになってしまうのは、人に求め過ぎているからではないでしょうか。

 ところで、あなたはどのくらい人が望むようにしようとしているでしょうか?
 それを考えれば、自分が望むように人がしてくれないのは当たり前だと思えるのではないしょうか。人はそれぞれの理由・事情・習慣・考えなどで行動しています。
 また、世の中にはいろいろな人がいます。無礼な人も、無神経な人も、不まじめな人も、やさしくない人もいます。「そういう人のためにイヤな気分になるのは損だ」と思います。

 人が自分に何かをしてくれないのは当たり前、自分の思うようにやらないのは当たり前、と思うことができれば、逆に人が自分に何かをしてくれた時に、よりうれしかったりありがたかったり、幸せを感じられるのではないでしょうか。



11月24日(水)自分に求め過ぎ
 自分に求め過ぎて不幸になってしまうこともあります。
 「(自分が)うまくできない」からと、不満をもったり、自分を責めたり、自分はダメだなどと思ったりしてしまうのは、ある程度はしかたがありませんが、不幸な気分になるほどの場合には、自分に求め過ぎているのではないでしょうか。

 そういう私も元来、完璧主義的なところがあって、以前はそのためにずいぶんと自分を苦しめていました。

 「ちゃんとできるのは当たり前、少しでもうまくできないのは許せない」というのでは、つらい思いをすることが多くなるだけです。
 うまくできないことがあるからといって、自分を責めたり、つらい思いのままに放っておいたり、「どうせ自分は・・・」などのように自分を見放してしまうのは、自分を大切にしていないと思います。

 自分に求めることはいいことです。求め過ぎるのがよくないのです。
 達成欲や向上心は大切です。そのために少しくらいつらいことにも耐えなければならないこともあります。でも、そのために不幸に陥るのはよくありません。

 うまくできないことがあっても、とりあえず今は「ハオハオ」。「これからは/あとで/明日から/今度のときは、できるように努力しよう」のように考えられたら、と思います。



11月25日(木)頑張り過ぎ?
 「頑張り過ぎ」で、つらい思いをしたり心身の調子を崩してしまったり、不幸になってしまうこともあります。
 「まじめ過ぎ」も同じようなことがあるように思います。
 頑張ることも、まじめなことも、本来いいことです。頑張らない人や不まじめな人よりよっぽどいいのに、どうしてそういう人が苦しまなければならないのでしょうか。

 私も元来そういうたちで、苦しい思いをしたり、余裕のない生活をしていました。最近は、「ハオハオ」とか「まぁいいか」とか「なるようになる」などと考えられるし、幸せに暮らしたいと心がけているので、だいぶラクに過ごせるようになりました。が、なかなか性分は変わらないようで、今でも・・・。

 「このことは、今、どのくらい頑張ればいいのか」というのを判断することはなかなか難しいと思います。「このことはそれほど頑張らなくてはいけないことなのか?」「今、そこまで頑張る必要があるのか?」「どの程度頑張ればいいのか?」などと冷静に考えられればいいのですが、現実には難しいものです。

 頑張り過ぎないというのは、少し休むとか少し力を抜いてやるとかであって、完全にやめてしまう、あきらめてしまうとは違います。「頑張る」のはいいこと、よくないのは「過ぎる」ことです。

 少し力を抜いて、リラックスして、できればそのことを愉しめるように、頑張れたらいいな、と思います。



11月26日(金)甘やかし過ぎ
 自分にきびし過ぎるのも、また自分を甘やかし過ぎるのにも問題があると思います。
 人には、きびしさだけでなく、やさしさも必要です。それは自分に対しても同じです。
 きびしさとやさしさ、どちらを選ぶかは、その時々です。難しい判断ですが、自分が考えて決めたほうでいいと思います。
 将来の幸せまで考えたきびしさは本当のやさしさ、だと思いますが。

 甘やかし過ぎの判断もまた、難しいものです。甘やかし過ぎの結果は、将来の幸不幸に現われるからです。今の幸せを大切に考えると、自分を甘やかすことも悪いことではありません。ただ、そればかりになってしまうと、将来、不幸になったり、幸せになれない可能性が高くなります。今しなければならないことを怠っていたら、将来に問題が発生します。将来の幸せのために何かを求めなければ、そのものはまず得られません。

 確実に幸せになりたいと思うのなら、「自分を育てる(自分の幸せになる能力を向上させる)」のがいちばんだと私は考えています。そしてそれは、自分の実生活の中で育てていくものだと考えています。
 自分を育てるためにも努力が必要です。「自分の幸せになる能力を向上させよう」という目標を明確にもって努力するのとしないのでは、将来に大きな違いが出ると思います。

 将来の幸せのためにも、自分に対するきびしさが必要です。きびしいことはいいこと、きびし過ぎなければ、幸せに暮らすことはできると思います。少なくとも、“甘やかし過ぎ”だけはしないほうがいいと思います。自分の幸せのために。



11月27日(土)考え過ぎ

   「考えるのはいいこと、考えすぎは不幸の素

 不幸になる原因として「考え過ぎ」がいちばん多いように思います。極端な話、イヤな感じ・つらい気もち・不幸な思いがした時、その時に考えていることをやめられたら、不幸な感情は鎮まっていきます。

 でも、問題を「考えることはいいこと」です。考えることで問題を解決・改善できるのなら、それに越したことはありません。考えないことで将来に大きな問題が発生してしまうこともありえます。

 「考え過ぎ」にも、いろいろあります。
・長く考え過ぎ  疲れます。疲れるといい考えができなくなります。
・強く考え過ぎ  イヤな感情も強くなり、心が痛みます。
・1つを考え過ぎ 同じ考えを繰り返すだけで、混乱しがちです。
・「それしかない」と考え過ぎ 現実に合わないこと求めたら・・・。
悪く考え過ぎ  物事を悪く悪く考え、イヤな気もちになります。
・重く考え過ぎ  絶対に解決しなければならない、と思うとつらくなります。

 「考えることはいいこと」です。
 考え方を考え直して、いい考え方を心がけることが、幸せに暮らすためには必要であり、いい結果にもつながると思います。
 「考え過ぎ」には注意して、幸せになる考え方を心がけたいものです。



11月28日(日)外に求め過ぎ
 なかなか幸せになれない人は、“外のもの”を求め過ぎているような気がします。何かができないと、何かを得られないと、誰かが○○してくれないと、・・・。
 もう少し“内に求める”ことを考えてみたらどうでしょうか。

 ひとつには、自分が持っていないものではなく、自分が持っているものから幸せを感じられるようになることです。そこで大切なのは、なによりも自分の心の中の幸福感です。無いものを数えて暮らすより、有るものを数えて暮らしたほうが、心の中は幸せです。

 また、遠くではなく近くのもの、すぐに手に入る幸せを求めることも、確実に幸せになれる方法だと思います。

 もちろん、夢や目標など、外に幸せを求めることはいいことです。そればかりを求め過ぎなければいい、そのためには少しは内に求めたほうがいい、ということです。

 もうひとつには、結果や物や人の言動など現実のものだけではなく、心の中のものを求めることです。幸せを感じるためには、現実のものだけでなく心の働きが必要です。幸せを感じられるもの(物/事/人など)があっても、それを幸せと感じられない人もいれば、いっぱい幸せを感じられる人もいます。

 自分の心の内に財産・力を蓄えること、私がよく言っている「自分を育てる(幸せになる能力を向上させる)」ことが重要だと思います。これも“内に求める”ことです。

 “内に求める”第一歩は、自分を知ることだと思います。そのためには、自分を見つめることが必要だと思います。このことについては、年末に(もうすぐになってしまいましたね)もう一度よく考え直してみたいと思っています。



11月29日(月)何かを求め過ぎ?
 自分が、イヤな気もちになったりつらくなったりした時には、「何かを求め過ぎ?」と自問してみると、何かに気づけることがあると思います。結果の求め過ぎ、人に求め過ぎ、自分に求め過ぎ、頑張り過ぎ、考え過ぎ、悪く考え過ぎ、何かにこだわり過ぎ、・・・など。

 また、もしかしたら、今まで気づいていなかった自分が求めている何かが見つかるかもしれません。
 私の場合には、「ちゃんとやらなくてはならない(完璧主義)」「効率よくやりたい」「自分は正しくありたい(人に悪く思われたくない)」というような気もちが特に強いことに気づきました。
 もちろん、これらは悪いことではありません。本来はいいことです。ただ、その気もちが強すぎると、自分を苦しめたり、心の余裕をなくしてしまったり、してしまいます。

 「自分はこういう気もちが強すぎるんだ」ということがわかれば、「あぁ、またやってる」などと力を抜くことができるようになれます。そうすれば、「求め過ぎ」から抜け出すことができます。
 「何かを求め過ぎ?」という自分に対する問いかけが、自分を知り、自分を助ける、1つのヒントになると思います。


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