しあわせ日記 人生の目的/生きる目的

2月11日(金)人生の目的
 「人生の目的」(五木寛之/幻冬舎)をきょう読み始めました。
 人生に目的はあるのか。
 私はないと思う。何十年も考えつづけてきた末に、そう思うようになった。
 私は、「なんのために生きるのか」の答えについて書きました。

 五木さんが「ないと思う」と言っているのは、「万人に共通の人生の目的などというものはない、と私は思う」ということです。

 私も「人がなんのために生きるのか」は「わからない」と答えていいと思う。1つの答えとして、「幸せを感じるため」と提案しました。

 問題は、「自分はなんのために生きるのか」ということです。その答えは人それぞれにいろいろあっていいのです。
 そのヒントとなれるように、あらためて考え直してみようと思います。



2月12日(土)必要ない?
 「あなたはなんのために生きているのですか?」
 こう聞かれたら、「特にない」「わからない」という人も多いと思います。
 それでも問題はないと思います。
 また、「なんのために生きるのかわからない」と悩み苦しむのは考えすぎだと思います。

 だったら、そんなことを考える必要はないんじゃないか。
 こう考える人がいても当然だとは思います。
 いくら考えても、答えがでないでムダな時間を費やすことになるかもしれない。悪くすると悩み苦しんでしまう。と思うかもしれません。そういうことを知ってか知らずか、多くの人は「なんのために生きるのか」なんて考えません。

 でも私は、「なんのために生きるのだろう?」と考えることは、いいことだと思います。そこには、幸せになる大きなヒントがあると思うからです。そういうことを考える時間はけしてムダではありません。悩み苦しんでしまったとしたら、それはヘタな考え方をしているからです。そこから学べることがあるはずです。

 「なんのために生きるのだろう?」と考えることは必要ないかもしれません。でも一度くらいは真剣に考えてみたほうがいいと思います。考えるいいヒントが書ければ、と思っています。



2月13日(日)第一歩・第二歩
 人生に目的はない、と、私は書いた。正直に言えば、「人生の目的」がわからない、ということだったのかもしれない。しかし、このことだけはわかっている。人生の目的の第一歩は、生きること、である。
                     (「人生の目的」より)
 やっぱり、「人生の目的」はわからなくてもいいようです。
 第一歩が「生きること」なら、第二歩は?

 「ただ生きているだけでいいのか?」
 などと、私は考えてしまいます。
 「人は何のために生きるのだろうか」や「自分はどう生きていけばいいのだろうか」というようなことは、誰もが一生のうちに何度かは考えることです。そして、自分なりに答えを出す人も、答えが見つからない人もいます。その答えは人それぞれで違っていても、「どうせ生きるのなら幸せに暮らしたい」と願うことは共通のはずです。
                (「幸せになる方法」の書き出し)
 生きることが第一であることは、その通りだと思います。生きていなければ幸せを感じることはできないからです。
 そして、「どうせ生きるのなら」と第二歩めを考えたいと思います。



2月14日(月)夢と愛と目標と目的
 「自分はなんのために生きるのか?」の答え、「自分は○○のために生きている」と言える人の場合、その○○は「夢」か「愛」に関することが多いと思います。
 「夢」と「愛」は、幸せになるための二大テーマです。
 5つの「幸せになる方法」のうちの、3番目は「夢」で、4番目が「愛」です。
 思うに、すべての人は、その人なりの目標や夢をもっている。
 (中略)
 人生の目的というものは、それらの具体的な目標とはちょっとちがう問題のような気がするのは私だけだろうか。

 確実に見つかるのは目的ではなく「目標」である。
 だが目標は達成すれば終わる。そのあとには、自分は達成した、という満足感が残るだけだ。そして、その満足感も、時間とともに薄れてゆく。
                     (「人生の目的」より)
 「夢を持ち続けて生きたい」というのは、「人生の目的」でしょう。
 「人を幸せにしたい」というのも、幸せにしたい人がいる限り「人生の目的」と言えると思います。
 この2つは私の「人生の目的」の一部です。
 また、人に勧められるものだと思います。



2月15日(火)過程と結果
 「人生の目的」として、夢を叶える、目標を達成する、どこかへ行く、素敵な人と出会う、結婚する、何かを得る、のいずれかを挙げる人が多いと思います。
 これらは結果やゴールを求めているのだと思います。

 結果やゴールを求めすぎると、それが達せられなければ幸せになれない、それが達せられるまでは幸せではない、のような思いになってしまいがちです。
 結果だけを求めていると、いつ幸せになれるか、わかりません。

 私は、結果やゴールを目指したいと思いますが、それと同時に過程を大切にしたいと思っています。どちらかと言うと、過程のほうが大切です。
 だから、「幸せになる方法」の3番めは、「夢を叶える」ではなく、「夢を持って生きる」です。

 望みが達せられても、幸せを感じられるのは少しの時間だけで、すぐに幸せを感じられなくなってしまう人が多いと思います。
 結果ばかりを求めていると、幸せを感じられる時間は短いのではないでしょうか。過程の幸せを大切にすれば、幸せを感じられる時間は長くなります。

 大きな目標を達成した時に得られる幸せは大きいと思います。ただ、それをどのくらい(強く、長く)幸せに感じられるかは、人によって違うと思います。
 目標に向かっている過程で感じられる幸せは中くらいか小さいものだと思います。でも、それをどのくらい幸せに感じられるかも、その人しだいです。

 幸せの数と時間は、達成の幸せより過程の幸せほうが圧倒的に多い。幸せになりたいのなら過程の幸せを大切にすることをおすすめします。過程の幸せを大切にしたほうが、すぐにあきらめずによろこんで努力が続けられ、結果も得やすくなると思います。

 「人生の目的」としても、「過程」が大切なのだと思います。



2月16日(水)今の目的
 「過程」を大切にするためには「今」を大切にすること。
 「今」を大切にするためには「幸せを感じて生きる」こと。

 「人生の目的」を考える時、多くの人は将来の目標について考えます。
 私は、「幸せに暮らす」という現在の目標をもって、「少しでも幸せに暮らせたらいいな」と心がけています。そのためには、「今、幸せを感じることが大切だ」と考えます。

 人生をひとまとまりとして見るのではなく、「人生は、今の積み重ね」と考えることもできます。現実に私たちが経験できるのは「今」だけです。そして、幸せを実感できるのも「今」だけです。

 「将来の目的」もあっていいんです。「今の目的」もあったほうがいいと思います。例えば、「できるだけ気分よく過ごす」「少しでも幸せを感じる」「幸せに暮らす」のような。「夢」は達成した時だけでなく夢を持って生きている「今の幸せ」を感じられること、「愛」も人を幸せにすることで相手が喜んでくれた時だけでなく幸せにしたい人のことを考えている「今」を幸せだと思えることを「今の目的」にしたほうがいいと思います。
 「今の目的」の積み重ね、「今の目的」を持ち続けることも「人生の目的」になると思います。

 私は、「人はなんのために生きるのか?」の1つの答えとして、「幸せを感じるため」というのを提案しました。「幸せを感じる」という「今の目的」は「人生の目的」になり得るものだと思います。もちろん、自分がそれを「人生の目的」として持つか持たないかは自由ですが。



2月17日(木)信じて生きること

  「信仰と宗教を人生の目的とするのは、ひとつの選択肢である」
                    (「人生の目的」より)

 私は、信仰も宗教も人生の目的としていませんが、「明日の幸せを信じて生きる」ことを「幸せになる方法」の1つにしています。

 「信じること」は大切なことですが、なかなかその大切さには気づけません。
 心配し過ぎたり、不安になったり、人を疑ったりして、イヤな気もちになってしまうのは、信じられないからです。また、「将来のため」ばかりでは、生活を愉しめないし、やりたいこともできないことになってしまいます。これは将来の幸せが信じられないからです。

 必要以上に心配したり疑ったりするのは役に立ちません。信じたほうがいいと思います。
 では、どうしたら信じられるのか。
 絶対にうまく思い通りにいくなんてことはありません。思い通りにいかなくても、悪いことが起こっても、その時の自分を信じられればいいのだと思います。自分はその時々に一生懸命に努力することを信じられればいいのではないでしょうか。
 今の自分は信じられなくても、これから成長していく自分を信じてもいいのではないでしょうか。

 信じることは幸せになる第一歩です。



2月18日(金)人生目標
 何度も書いていますが、私の人生目標は「自分を育てる(幸せになる能力を向上させる)」ことです。

 「自分を育てる」ことを忘れなければ、すべてのことは自分を育てる材料です。
・自分のイヤに気もちも、幸せになるヒントきっかけになります。
・何か問題があっても、少し違った考え方ができます。
・つらいことも、自分を強くするために役立ちます。
・夢や目標にチャレンジすることは、自分を育てるのに一番いい方法です。
・イヤな人/嫌いな人からも、学べることはきっとあります。
  (反面教師かもしれませんが)
・人を幸せにすることを実践し続けることは、人間としての成長そのものです。
・時間をかければ、不幸さえも幸せに変えることができます。

 幸せになる能力が向上すれば、それだけ幸せに暮らせるようになれます。将来に困難や不幸があっても、必ず自分を助けることができるようになります。
 今は未熟でも、自分を育てる目標をもって前進し続ければ、必ず将来は今よりも幸せになれます。

 自分を育てることは、あくまでも自分の生活の中で心がけるべきだと思います。
 不幸になりやすい人、大きい問題を抱えている人、環境に恵まれないと思っている人、自分は未熟だと思う人には、自分を育てるためのいい材料があると考えることだってできるのです。
 また、「自分を育てるためにも」と考えれば、夢や人を幸せにすることにも、もっと積極的に取り組むことができると思います。途中の困難はすべて、自分を育てるいい材料です。そして、少しでも前進することで自信をつけ足していき、自分を育てることができます。

 「自分を育てる」という“人生目標”をもつことをおすすめします。



2月19日(土)自分の人生の目的
 人生に決められた目的はない、と私は思う。しかし、目的のない人生はさびしい。さびしいだけでなく、むなしい。むなしい人生は、なにか大きな困難にぶつかったときに、つづかない。
                     (「人生の目的」より)
 ただなんとなく生きても、それで幸せなら問題はないと思います。また、「幸せ」なんて考えずに生活しても、それはその人の勝手です。
 でも多くの人は、目的のない自分の人生に、何か(さびしさ? むなしさ? 漠然としたもの?・・・)を感じ、「なんのために生きるのだろう?」と考えることがあると思います。
 人生の目的は、「自分の人生の目的」をさがすことである。自分ひとりの目的、世界中の誰ともちがう自分だけの「生きる意味」を見出すことである。変な言いかただが、「自分の人生の目的を見つけるのが、人生の目的である」と言ってもいい。私はそう思う。
                     (「人生の目的」より)
 と、五木寛之さんは「自分の人生の目的」について言う。私は、
 そのために生きたいと自分が心から思えれば、それは何でもいいと思います。1つでなくてたくさんあってもいいし、時とともに変わってもいいと思います。新たな自分の生きる目的を見つけながら生きればいいのです。
                (自分はなんのために生きるのか
 「自分の人生の目的」が、今はわからなくても嘆くことはありません。でもやっぱりあったほうがいいから、探したほうがいいと思います。
 あきらめずに探し続ければ、自分なりの生きる目的がきっと見つかると思います。



2月20日(日)人生の方針
 「幸せを感じて生きる」「明日の幸せを信じて生きる」「夢を持って生きる」「人を幸せにすることを考える」「自分を育てる」。これらは、「人生の目的」になり得ると思います。

 「目標は達成すれば終わる」と書いた五木さんは、「しかし、目的は色あせることがない。失われることもない。そこがちがう」と、目標と目的の違いを書いています。

 私が挙げた「人生の目的」の候補はいずれも、一生持ち続けられるものです。
 しかし、これらは方針のようなもので、具体的にどうしたらいいかが、その先の問題になります。
 それを追求しているのが、「幸せになる方法」であり、「幸せのホームページ」であり、私のライフワークでもあります。

 人生の目的、はっきりした方針がないと、どう生きたらいいか、迷ってしまうと思います。人生の方針を持って、それにそって自分の生き方/具体的な方法を考え・実践することが、いい人生・幸せな人生につながると思います。

 私は幸いにも、5つの幸せになる方法という人生の方針を見つけることができ、それらを基本に具体的な幸せになる方法を考えながら、幸せに暮らすことを心がけています。そして、それが少しでも誰かの役に立てたら(これは「人を幸せにする」こと)と、このホームページを続けています。
 あなたの幸せに少しでも役立てたら、と願っています。


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