今週(8月第2週)の人生相談 「死について悩む」

 「死」についての悩みは、おもに「恐怖」と「生きる価値」の2つだと思います。死に関する様々な想像により、不安や恐怖を感じる人がいます。また、死を前提とする生の価値を問い、悩む人もいます。
 今週の人生相談では、「死について悩む」ということを取り挙げ、「死」について考えてみたいと思います。


その1 死の恐怖
 「死」について考えていると、強い恐怖感に襲われることがあります。
 死ぬときの苦しみ、自分の存在の消滅、死後のことなどを考えることによって、恐ろしい感じがしてきます。
 しかし、恐れをまねく考えは、すべて想像です。本当の死を経験した人の話が残っているわけではありません。

 死の恐怖をうったえる人の人生相談を読んでみると、その想像力の豊かさに驚かされます。様々な状況を細かく具体的に想像しています。(ここでは紹介するのはよします) 死に関する想像の仕方のうまさで、恐怖感はいっそう強くなるようです。
 一方、死について幸せな想像をする人もいます。「幸せな人生だった」「ありがとう」などと言いながら死ねる。死ぬ直前には、苦しみもなく、気持ちよくなる。死後は天国や極楽のような幸せな世界。これらのような想像をする人もいるのです。

 私は「幸せになる方法」の中で、死後について次のように書きました。
 死後の世界があるかどうかはわかりませんが、死後の世界を恐れる人がいます。現在を幸せに生きられる人は、きっと死後の世界でも幸せでしょう。死後の世界も、その時になれば現在だからです。
 幸せになる能力を身につければいいわけです。死後の世界に持って行けるのは、自分の精神性だけでしょう。幸せになる能力は、精神性の一部だと思います。

 もし、死が恐ろしくてたまらない、と感じたら、思い出してください。
   「この恐怖を作り出しているのは、自分の想像
 それに気づくだけでも、少しはラクになるのではないでしょうか。
 あとは、自分の考えをコントロールする工夫をしてください。「ハオハオ」でも、簡単なひと言でも、楽しいことを考える、好きな人のことを想う、元気になれる歌をうたう、でもいいと思います。
 自分の考えはコントロールできない、とあきらめなければ、きっとできます。


その2 死を前提としての生の価値
 「死」について考えた時、「どうせ死ぬんだったら、何をしても同じではないか」と考える人がいます。生きる価値がないのではないかという悩みです。

 このことについて、よく言われるのは、人生を旅に例えた話です。
「旅の目的は、目的地にただ行くことではなく、旅を楽しむこと」

「どうせ死ぬんだったら、やりたいことをやってから死にたい」
「どうせ死ぬんだったら、この世に何か残してから死にたい」
のように考える人もいます。

「目標や生きがいを持つことで、生きる価値を見つける」
「生きる価値は自分で作り出すもの」
というような考え方もあります。

 すべての哲学的な疑問についてもそうですが、わからないこと、結論が出ないことがあってもいいと思います。「死を前提とした生の価値」がわからなくても、生きられる。「どうせ生きるのなら、幸せに暮らしたい」と誰でも考えるでしょう。それなら、死について考えるより、幸せに暮らすことを考えたほうがいい
 いいかげんな考えのようですが、人生の目的を「幸せ」と考えれば、当り前の考えとも言えます。


その3 死についての幸せになる考え方
 時には、「死」や「生きる価値」について考えるのは、いいことだと思います。ただし、不幸になるような考え方はしないほうがいいと思います。

 「死」について幸せになる考え方をするために、まず必要なことは「死」という現実を受け入れることです。死をイヤがったり恐れたりしている間は、冷静な考えも幸せ志向の考えも難しいのです。
「人は誰でも死ぬ」ということは変えようのないことです。現実を受け入れることは、幸せに生きる基本です。現実を嘆いたり、人のせいにしているだけでは、自ら幸せになることはできません。現実を受け入れた上で、「では自分はどう幸せに・・・」と考えることから始まるのです。
 現実を受け入れることを身につけましょう。その簡単な方法が「ハオハオ」です。

 不安や恐れは注意信号。気づいたら将来のために今を考えるヒントとしよう。

 死を意識することで、生の充実をはかることができます。限りがあるから1日1日を大事にしよう、という考え方です。「一期一会」のように、人生の中の1つ1つの出会いを大事にすることを心がけます。

 「一日一生」と考える人がいます。朝目覚めたら、「きょうも生きていられてよかった。きょう1日を○○しよう」。夜寝るときには、「きょう1日無事に送れてよかった」。
 どんなに苦しいことも今日1日のことだ、と考える人もいます。「明日のことを思い患うな」という言葉もあります。
 朝、新聞の死亡欄を見るという人がいます。(今回読んだ本の中に4人も書いていた)死の意識を忘れずに、生の大事さを確認するためです。

 死を考えることで、自分の命の大切さ、人生の大切さを感じる人もいます。自分を大切にすることが第一だと思います。

 死を考えることで、人の大切さを知ることができます。人との出会い、人がいてくれることの幸せを確認できます。人は必ず別れる時がきます。だから、人との出会いを大切にし、大切な人に今やさしくできます。

 死を考えることで、積極的になれます。勇気を出すことができます。限られた生の中でやりたいことをやろうと考えられます。死を恐れなければ、死んだ気になってやれます。ましてや、死ぬわけではないことならなおさらです。

 死を考えることで、人間として成長することができます。まずは現実を受け入れること。自分の思い通りにならないことがあることを知ります。将来の不安におびえない方法を学べます。自分と人の大切さを知ります。

 死を考えることで、生きること・幸せについて考え直すきっかけになります。

 毎日死を意識する必要はないと思います。でも、たまには死を意識し、生の充実を考えてみてはどうでしょうか。お彼岸、お盆、法事、身近な人の死などは、そのチャンスかもしれません。
 「死」を恐れたり、目をそらせるだけでなく、自分の幸せにつながるいい材料にしよう。

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