「廃村 千選」 〜 島根県



島根県匹見町の廃村 広見(Hiromi)の小学校跡です(平成18年4月)。

※ 画像は島根県のおきのくにさんより提供いただきました。




・編者が確認した島根県の「学校跡を有する廃村・高度過疎集落」(学校の所在は昭和34年以降)は11ヶ所です(廃村8ヶ所,高度過疎集落3ヶ所)。

・島根県は出雲,石見,隠岐の3旧国に分かれますが,「廃校廃村」は石見の西部(県西部)に偏在しています。
・島根県内には離島のへき地5級校がひとつありました(益田市高島)。高島は,昭和50年に分校の閉校とともに廃村となりました。
・島根県には3校の冬季分校がありました(出雲,石見,隠岐に各1ヶ所)。うち石見の匹見町には,日本最南端の冬季分校(元組小学校臼木谷冬季分校)がありました。

・戦後の開拓集落の廃校廃村として,広瀬町坊床があります(1ヶ所)。坊床は出雲地方唯一の廃校廃村です。
・島根県には代表的な鉱山として,大田市の石見銀山(大正12年閉山),美都町の都茂鉱山(主要鉱物は銅,昭和62年閉山)がありますが,鉱山関係の廃校廃村は見当たりません。
・島根県最大規模のダムは木次町の尾原ダム(貯水量 6080万立方m)ですが,ダム関係の廃校廃村は見当たりません。
・島根県で最も歴史が古い廃村の学校は,都茂町の都茂小学校大久保分校で,明治7年開校,昭和39年閉校,開校期間は90年です。



  集落名 学校名 自治体名 へき地
等級
児童数 閉校年 (特記)
産業・離村時期
1 (Boutoko)
坊床
東比田小学校坊床分校 (安来市)
能義郡広瀬町
  * 9名 昭和46年 開拓・S.46年
2 (Takashima)☆
高島
鎌手小学校高島分校 益田市 5級 19名 昭和50年 (高島)
離島・S.50年
*3 (Iwakura)
岩倉
豊川小学校岩倉分校 益田市 1級 38名 昭和61年 農山村・−
4 (Inokidani)☆
猪木谷
(西益田小学校猪木谷校)
猪木谷小学校
益田市 1級 33名 昭和44年 農山村・高成長頃
*5 (Sasatahara)
笹田原
真砂小学校笹田原分校 益田市 1級 15名 昭和44年 農山村・−
*6 (Nishinagasawa)
西長沢
真砂小学校西長沢分校 益田市 1級 11名 昭和45年 農山村・−
7 (Ootori)
大鳥
都茂小学校大久保分校 (益田市)
美濃郡美都町
1級 24名 昭和39年* 農山村・S.39年頃
8 (Akadani)
赤谷
赤谷小学校 (益田市)
美濃郡匹見町
2級 56名 昭和49年 農山村・S.50年
9 (Hiromi)
広見
広見小学校 (益田市)
美濃郡匹見町
2級 31名 昭和45年* 農山村・S.45年
10 (Nanamura)
七村
匹見小学校七村分校 (益田市)
美濃郡匹見町
2級 9名 昭和48年 農山村・S.末頃
11 (Takidani)
滝谷
須川小学校滝谷分校 (津和野町)
鹿足郡日原町
1級 30名 昭和48年 農山村・S.60年頃



広見の小学校跡は,雪山で遭難された方の避難所としても使われました。




(注1) 「廃村 千選」とは,編者が確認した全国の「学校跡を有する廃村・高度過疎集落」1000ヶ所のことをいいます。また,「廃校廃村」とは,「学校跡を有する廃村・高度過疎集落」を略した呼称です。

(注2) 「廃村 千選」における廃村(集落跡)は住民がいない集落(1戸程度が残るもの,冬季無人集落を含む),高度過疎集落は5戸以下程度(冬季分校所在地は3戸以下程度)の集落(番号欄*印付き)です。

(注3) 「廃村 千選」における学校は,昭和34年4月以降の小学校とその分校,冬季分校,夏季分校です(昭和34年3月以前に閉校した学校は含みません)。

(注4) ◎は編者が訪ねたことがある廃校廃村です。

(注5) ☆は中学校が集落内にあった廃校廃村です(併設校,分校,冬季分校を含む。昭和34年3月以前に閉校した学校は含みません)。

(注6) 学校名,へき地等級,児童数のデータは,昭和34年4月現在のものです。( )書きは閉校当時の名称です。

(注7) 閉校年は,原則「全国学校総覧」により1年ごとの所在を比較して調べたものです。また,*印付きの閉校年は年度途中(4〜12月)の閉校です。

(注8) 市町村名は,説明文が平成13年4月現在(平成の大合併直前),リストが昭和34年4月現在,リスト内( )書きが平成21年9月現在です。

(注9) お気付きの点があれば,お知らせいただけると幸いです。