廃村・過疎集落探訪体験記 No.6
宮崎最南端の幻の分校跡を訪ねて
草むらから青い屋根が見える，新谷(Shintani)分校跡らしき建物です。
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宮崎最南端の幻の分校跡を訪ねて〜宮崎県串間市
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愛知県在住の水上みなみさんからの報告で，時期は2006年8月，場所は宮崎県串間市の新谷(Shintani)という林業集落跡です。
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宮崎県最南端に位置する串間市は、私の夫の故郷です。南国らしい明るい青い海のすぐ隣には深緑の山々、観光地といえば都井岬の馬に幸島の文化猿と、自然の豊かな美しい場所。
この串間市に学校跡を有する廃村があることを知ったのは、mixiの廃村コミュニティのHEYANEKOさんの書き込みからでした。早速夫に尋ねてみると「えっ…知らない。」
HEYANEKOさんに場所をお伺いしてみると「はっきりした所在地は不明なのですが，串間市の北のでっぱりのどこか（大矢取川の上流域）だと思われます。（mixiの書き込みより）」これは探し出してみなければ、そんな思いがふつふつと湧き上がってきました。
しかし地図を開いてみると新谷分校の所在地である「大矢取(Ooyadori)」という大字は莫大に広いのです。新谷分校の本校にあたる赤池小学校あたりから北へ、都城市との市境まで大字大矢取になっています。大矢取川の上流域を走る県道34号線を夫は過去にバイクで走ったことがあるというのですが「バイクで通るのがやっとでうっそうとした場所」。それらしき場所はないと言うのです。
私が確認した宮崎県の「学校跡を有する廃村」（学校の所在は昭和34年，以下 廃村と略す）は25ヶ所です（集落跡16ヶ所，高度過疎集落9ヶ所）で，そのうち，林業集落の廃村は，串間市新谷をはじめ8ヶ所あります。
林業集落とは，明治末期から戦後直後にかけて，森林の伐採と造林のため，山深くに作られた事業所を中心にできた集落です。林業集落が廃村になった理由には，林道の開通・改良や，輸入材による国内林業の低迷などがあります。それほど大きな規模のものはなく（多くは児童数100名未満），開かれていた時期も短いものが多く（多くは20年未満），廃村の中でも見つけにくい部類に入ります。
赤池小学校新谷分校は，児童数32名（S.34），へき地等級2級，昭和41年閉校。古い地形図を見ても何も記されておらず，最初に水上さんに連絡したときには「見つけるには難易度が高いのではないか」と思っていました。
＝ 2006年8月14日 ＝
夫の帰省についてきた私はまずは串間の図書館へ。しかし図書館は休館。いきなりの手詰まりに困った私は夫に頼まれた追加分の戸籍謄本を取りに行った市役所の窓口でついでに聞いてみました。
「串間市の地図はありませんか。赤池小学校に新谷分校っていう分校があったと思うのですが…。」
残念ながら大矢取の北側の地図はそこにはなく、窓口の若い男性もその存在を知らないようなので私はもう少し突っ込んでみます。「建築指導課のようなところに串間市の地図が有りませんか？」「串間市の全図ならあると思いますけれど。」
男性が都市計画課へ内線をかけて確かめます。すると思ってもみなかった回答が。
「都市計画課に新谷分校を知っている人が居ます。大束という者を訪ねて下さい。」
大束さんはこんな趣味人の問い合わせをにこにこと受け入れてくれました。「読みかたは”しんたに”、新谷分校です。」早速串間市の全体図（多分縮尺１/10000のもの）を取り出すと、鉛筆で丸をつけていきます。
「ここが赤池小学校で、大体このあたりが分校です。」
大束さんは昭和24年赤池小学校よりも更に北にある上大矢取(Kamiooyadori)のご出身とのこと。ご自身は新谷分校があった頃の赤池小学校に通われていたそうです。
「そのころ赤池小学校の全校生徒が120人、分校がだいたい5・6人から10人だったかな。」「このあたりには家が5〜10件くらいあって、山の仕事をして暮らしていました。」「小学校は分校があるけれど、中学は大束中になるから、だからここにはボンネットバスが朝と夕、もしかしたら昼にも、走ってたんだよ〜。」「電気はなくって、発電機というか発動機があって。」
大束さんは過去の記憶を呼び覚ましながら、ひとつひとつ丁寧に教えて下さいます。そのことばをひとつひとつメモをしながら、ここまできたらどうしても行って、その場所を探し当てたい思いが更に強くなります。「現況は杉林でこのくらいに杉が育っている。その右側に少しだけ平坦なところがあるから、そこが分校だから。」私は大束さんにお礼を言うと、戴いた地図のコピーを手に車へと戻りました。
市役所から国道220号線を北上し日向大束駅の先の信号を左へ、県道34号線をひた走ります。駅から9kmで赤池小学校（平成6年閉校）、13kmで上大矢取の集落が見えます。
ここから道はすれ違いの出来ない細い道、木立と川を掻い潜りながら道は北へと続きます。この道は昨年の台風で道が丸ごと落ちてしまった場所があり、現在でも通行止となっているのですが、その通行止の場所のすぐ南が分校跡であることは先に大束さんから聞いていた私は迷わず車を進めます。
「300m先工事中」その看板の先カーブが終わった右手に少しだけ広くなっている場所があります。車が転回出来る場所で、いくつかの轍が残っています。駅からは17km。私は車を停めて降りてみました。
林の中に少しだけ広がる平坦な土地、辺りはまだ若い木と、2mくらいはありそうな草で覆われています。
「ここかな〜？」…その藪の向こうに何か青いもの、何か家屋らしきものがあるように見えます。
暑さと探し当てたい気持ちの強さで、最初は幻を見たのかと思いました。しかしその次の瞬間、それが目の前にはっきりと見えました。
「建物がある！」
丁度敷地の左手、若い木が2本生えているその奥に青いトタン屋根と木の板で出来た外壁の平屋の建物があります。じーっと目を凝らしてみると木の枠の窓枠らしきものも見えます。どうにかしてその建物に近づこうと草がなぎ倒されていたところを一歩一歩近づいていきますが、その建物は一段高いところにあり、近づくと私の身長では見えなくなってしまいます。
諦めて私はその場で写真を数枚撮りました。雨が降り始め、古いコンパクトカメラで焦点を合わせるのが難しくなってきます。腕を高く上げ、シャッターを数回押すと私は車へと避難、その場を後にしました。
市役所で所在を確認するというのは，良い手段ですね(^_^;) 大束さんとの出合いが鍵になるわけですが，この類の縁は「見つけたい！」という強い思いがあると，不思議にできるものでして，私にも何度かこれに似た出合いの経験があります。
上大矢取までの道とその先の道とでは，ずいぶん雰囲気が変わったのではないかと思います。バイクで走る分にすれ違いの出来ない細い道も楽しいものですが，クルマだとなかなかたいへんですよね…(^^;)
山深い廃村は，建物などがそのまま残されていることもありますが，新谷分校関係の建物があるとは驚きました。木々に埋もれるというのも，保存のことを考えると良い条件のような感じがします。
＝ 8月15日 ＝
図書館で見つけた『串間市郷土史』及び『串間市年表』によると新谷分校及び赤池小学校にはこんな歴史があるようです。
「明治25年大束小学校が大矢取に分教場を設置」「昭和21年8月31日大矢取分教場が独立、大矢取国民学校となる」「昭和24年8月31日大束村立大矢取小学校に新谷分校設置」「昭和41年3月28日赤池小学校新谷分校閉校」
しかしそれ以上の記述の書いてあるものが見つかりません。例えば創立記念誌などがあればいいのですが残念ながら赤池小学校のものはありません。私は若い司書さんに尋ねてみました。
「赤池小学校の新谷分校の校舎の写真を探しているのですが…。」
すると地元出身だろうと思われる司書さんも知らない「新谷分校」に興味を持って下さったらしく、私を教育委員会へと連れて行ってくれたり、串間市全体の小学校の児童数を記した帳簿を出してきて下さったりと色々と時間をかけて新谷分校に関する資料を探してくれました。
児童数を記した帳簿には「新谷分校」と書かれた欄が2・3年だけありました。しかし本校の児童数に合算されるのか、その2・3年の記述は「新谷分校」の文字と共に2本線で消されていました。児童数を見ると男子も女子も１ケタの数字です。それを考えるとますますあの小さな建物が校舎として使われていたように思えてなりません。しかし往時の新谷分校の写真は図書館にも教育委員会にも残されてはいませんでした。教育委員会の方がいうには「赤池小学校自体も古い写真が残っていない」のだそうです。そういえば串間市が市になったのは昭和29年のこと。それまで大束村であった赤池小学校の資料が残されていないのも無理もないことなのかもしれません。
図書館を出たものの何となく納得が行かない私。昨日の大束さんに写真を見せてお伺いをしてみたいものですがいかんせん写真を現像する時間もなく、大束さんは本日は夏休みだと聞いています。この日帰ることを決めていた私は最後にもう一度、新谷分校を訪れようともう一度34号線を北上しました。
昨日とは違い誰も居ない日和橋を抜け、もう一度あの場所に車を停めます。今日は晴れ渡り、足元も悪くはないので思い切って隣の崖に登ってみました。昨日よりは少しあの建物に近づくことが出来、青いひさしのようなトタン屋根をはっきりとカメラに収めることが出来ました。そうして私はひとり串間から一般道を北上する旅へと出掛けました。
新谷分校には，16年半の歴史があったのですね。私の手もとの資料では，31名（S.33），32名（S.34），22名（S.35），7名（S.36），5名（S.37），6名（S.38），5名（S.39），3名（S.40）と，昭和36年に急激に減少しています。分校に通われた方との出会いがあると，さらに面白くなりそうです(^_^;)
「繰り返し現地を訪ねる」ことは，廃村探索をより味わい深くするいちばんの手段ですね。天気に恵まれ，前回撮れなかった写真をばっちり撮ることができた時などは，至福のひとときですよね(^_^;)
＝ 8月16日 ＝
一旦出た串間にもう一度戻ってくることになりました。台風が近づいていて後から飛行機で帰ってくるはずだった夫が乗る飛行機が飛ばない可能性が出てきました。小倉まで北上していた私はもう一度九州道に乗り、南へとUターン。時々昼寝をしながら串間に辿り着いたのは夕方のことでした。
そのまま夫の友人達の呑んかた（飲み会）に一緒に参加。新谷分校のことを話題にすると、赤池出身の親戚が居る後輩がわざわざ電話をかけてくれました。「運動会とかは一緒にやってたっておばさんが言ってた。」
この数日、色々な方を巻き込みながらではありますが新谷分校の存在がどんどん明らかになって行きます。そのたびに私は嬉しさともに串間の人の暖かさや面倒見のよさを感じます。この夜もほんとうにありがたいひとときを過ごすことが出来ました。
確かこの頃の九州は，台風10号の影響でたいへんだったと思うのですが，そんな中，水上さんは九州を南から北，さらに南へと廻られたとのこと。何ともパワーを感じるお話です(^_^;)。
廃村の話題が，地域の方を巻き込んでいろいろ新しい発見ができるというのは，素晴らしいことですね(*^_^;*) 情報の発信元の私もとても嬉しく思います。
＝ 8月17日 ＝
翌日串間を発つ前に夫が私に言います。「せっかくだから寄って帰ろう。」
串間出身の夫でも知らなかった新谷分校の存在。まずは大束さんから戴いた地図を見せると今度は夫がハンドルを握り、34号線を北上します。「その橋の先の…カーブがえ〜っと…その先。うん、そこ。」
車を降りると私が早速建物を指さし、「ほら、あの木の奥にあるでしょう。」
夫はあたりをしばらくウロウロと歩き、それからひとこと「ここが学校に間違いないね、ほら、桜の木がある。」
私は全く気付いていませんでしたがよく見ると敷地の向かって右手には串間市の花木でもあるヤマザクラがあるではありませんか。「この道沿いで桜の木はここにしかないでしょう。」
目の良い夫はそのまま新しい発見をしていきます。「石垣だ。」
学校から小川を挟んだ隣にも人が暮らしていただろう平坦な土地。「きっとここは家の跡だね。」
あ〜確かに。私は全然気付いてなかった…。夫の観察眼は偉大です。
最後に夫と一緒に行ってみたことであの場所が新谷分校であるという確信を持てた私は、そのまま清々しい気持ちで山道を後にしました。昭和34年当時で「へき地2級」であることを先にHEYANEKOさんからお伺いはしておりましたが実際に行ってみると地元の人も中々行かない山奥で、「へき地等級って確か駅とか市役所とかそういうものからの距離で決まるんじゃなかったかな？」と夫と話をしました。確かに新谷分校は最寄り駅である日向大束駅から17kmの距離にあります。そして図書館で見た『串間市年表』の中には、同じ市内にある大納小学校（現在休校中）がへき地5級に指定されたことが史述として登場します。「駅からの距離で考えたら、大納小や都井小のほうが間違いなく遠いね。だけど実際には海沿いの都井よりもここの方がずっとへき地に感じるね。」
赤池小学校の前にある赤池キャンプ場に立ち寄ると「立ち入り禁止」の看板。こちらも昨年の台風の被害があり、赤池渓谷にかかる小さな橋の柵が折れ曲がり、そこにはたくさんの大きな流木がひっかかったままになっています。自然の恐ろしさをまざまざと見せつけられて私がその場に立ち尽くしていると、夫はなにやらその場でニヤニヤ。
「ここ、怖いなぁ〜。」。いや、アナタ嬉しそうなんですけど…。
海に山に自然に溢れる串間の男の子は、大概「高飛び込み」を経験しています。かつて夫も幼少の頃、わざわざ自転車で飛び込める場所まで行って友人達と高飛び込みをしたそうです。「それでランク付けされちゃうからなぁ。」
今でも夫は福井の塩坂越(Syakusi）の海にそびえ立つ5mくらいはありそうな岩で毎年美しい飛込みを披露します。もちろん頭から飛び込みます。…そうして夫が嬉しそうに「飛び込みポイント」を物色していると、そこに元気な子供たちがやってきて、川を平泳ぎで泳いだかと思うとやはり5mくらいの岩の上に行き、たくさんのギャラリーを前に元気良く飛び込みを始めました。「おぉ！」
串間市は現在崎田小学校と赤池小学校が閉校、大納小学校が休校と、子供が少ない場所になりつつあります。市木小学校も全校生徒が30人足らずと何となく元気の良い話を聞かなかったのですが、こうしてかつて夫が子供だった頃と変わらず元気な串間の子供たちが居ることに、夫はもとより私も大変嬉しく思いました。実際夫が串間から愛知に就職で出てきたように、串間の子供が串間に暮らしていくには今現在は中々難しいこともあるみたいですが、夫の故郷が、いつまでも暖かく夫を迎えてくれる故郷であり続けることを願わずにはいられません。そしていつまでも串間が元気な串間でありますように…。
最後になりましたが串間に新谷分校があることを教えてくださいましたHEYANEKOさん、串間市役所の大束さん、串間市図書館、串間市教育委員会、そして夫の友人及びそのご家族ご親戚の方々に厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。
廃村探索は，ひとりで行ったときにはその場に集中できる良さがあるわけですが，関心をもつ方数名で出かけると，自分が気づかない何かが見つかるという良さがありますよね(^_^;)
サクラが咲く頃に行かれると，草もそれほど茂っていないでしょうし，より深く雰囲気を味わうことができるのではないかと思います。
へき地学校の等級（1級〜5級）の判断は，「へき地教育振興法施行規則」により定められており，判断要素は「駅又は停留所，病院，診療所，高等学校，郵便局，教育委員会，市の中心地，県庁所在地又はこれに準ずる都市の中心地，船着場までの距離」などです。手もとのある資料（S.34）では，串間市内の学校の最高のへき地等級は2級で，新谷分校と築島の分校が該当します（大納小学校は1級です）。宮崎県でへき地5級というと，西米良村の尾股小学校など3校しかないので，大納小学校は5級は誤まりだと思うのですが…(^^;)
へき地等級は，教員へのへき地手当の支給を目的として定められたものですが，廃村探索でも欠かすことができない基準値です。およその不便さは，この値でイメージすることができます（行ってみると，イメージ通りではないことも多々ありますが，イメージできることが重要なのです）。
水上さんは，北海道の鹿島（大夕張），東京・伊豆諸島の八丈小島，岐阜県の徳山村と，インパクトの強い廃村を3つ行かれていて，おそらく新谷は4番目ですよね。無事到達，おめでとうございます(^_^)
八丈小島と徳山村のレポートは，「愛知在住非県民」Blogに掲載されていますが，どちらもよく雰囲気が出ていてオススメです。ちなみに，八丈小島のふたつの廃村（宇津木，鳥打）は，言うまでもなくへき地5級，徳山村では，本郷，山手が1級，櫨原が2級，戸入，塚が3級，最奥の門入が5級です。
水上さんの投稿のおかげで，5年以上無風状態だった「廃村・過疎集落探訪体験記」，息を吹き返すことができました(^_^;) 私もお礼を申し上げます。ありがとうございます。
(C) 08/27/2006
追 記
2014年5月4日，私（HEYANEKO）と鹿児島県在住の友人 むっちーさんは，新谷に足を運び，現地探索をしました。その結果，分校跡は青い屋根の建物よりもやや下流にあったことが判明しました。
現地にはこれというものは残っていませんでしたが，謎解きの面白さを感じた新谷のフィールドワークでした。
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