「君に天妃の護役を頼みたいんだ」
そう言って天老は俺に切り出した。
天老といってもそれは役職名であって実年齢とは関係ない、事実目の前にいるのは年端もいかない
子供だ、……ただその目に宿す光はそれとは大きく異なっていたが。
「それならば銀がいるでしょう」
天妃に盲目的に従う者たちの集団、銀。戦闘力も申し分ないはずだ。だいたい俺のような下っ端に
任せるような仕事ではないはずだ、天妃といえば名ばかりとはいえ我々天の一族の長だ、その護衛を
俺が?
「まぁ君が疑問に思うのも当然だ、何故自分が?そう思っているんだろう?」
俺の疑問を見透かしたかの様に奴は言う。
「銀には任せられない理由があってね、まぁ見てもらった方が早いか……おいで」
部屋の奥から出てきたのはよく知った相手だった、俺と同じく天の一族の最下層に生まれた女。

権力にしか興味のない父と名を買われ結婚した母、そんな二人が力を持たずに生まれた俺を愛せるはずもなく。
俺はただ力を求めていた、そうすれば誰も俺を蔑むことなどできないはずだといきまいていた。
……何年かが経ち、力を手に入れた俺を待っていたのはありきたりな現実だった、血統書もない野良犬が
上の位に上がれる筈がなかったんだ。
彼女に出会ったのはそんな頃だ。
はっきりとは覚えていない、ただ戦いの場には似合わない女だと思ったことを覚えている。
聞けば兄弟のために戦って金を稼いでいると言う。
彼女と行動を共にするにつれ惹かれて行く自分を俺は感じていた。 決して上がれることのない上を見上げひねくれた俺とは対照的に、優しく、真っ直ぐな女だった。

「彼女は天妃に顔立ちが良く似ていてね、協力してもらったんだ」
無邪気にそういう少年、だがその瞳に映る光は狂気。
虫の羽を笑顔で引き千切るときの様な、あるいは冷徹な支配者の様な。
「また逃げられるなんてイヤだからね、薬と術で絶対に裏切らないようにしたんだ」
そう。
彼女の瞳には何も映されていなかった。
ガラス玉のような。
最後に見た母の瞳のような。
「もちろん」
俺が口を開く前に少年が言う。
「断るのも君の自由だよ、ただね」
「彼女がこんな状態だろう?他の男だと、どうだろうね」
「やっぱり我慢できなくなっちゃうのかな?命令には従ってくれるわけだしねぇ」
断れるはずが無かった、断れば彼女は。

そして俺は今も天妃の傍にいる。
明日も、その次の日も……俺が死ぬまでここにいるのだろう。
ふと考える。
彼女は、どうなのだろうか?
いっそ死んだ方が幸せなのではないだろうか?
人形として生き続けるくらいならば、いっそ。
答えは返らない。
俺は。
俺は。