姉さんが殺された。
 相手はバイアス・グラップラー。あれは確か賞金首の…テッド・ブロイラー。
 憎い。今スグにでも殺してやりたい。
 でも、まだ。まだ無理だ。姉さんの言葉を思い出す。
 『勝てない相手からは逃げるんだよ。とにかく生き延びる事を考えるんだ』
  強くなろう。あの賞金稼ぎの人たちよりも、姉さんよりも。
 …今はまだ考えがまとまらない。火傷のせいだろうか、頭がぼうっとする。
 まずは傷を癒そう。まずは動けるようになってからだ。…額がひんやりとして気持ちがいい。
誰かが塗れタオルを変えてくれたようだ。
 …姉さん…。
 …きっと、仇は、討つから…。
 そうして、僕の意識はまた深く沈んでいった。

 まずは旅に最低限必要な装備を整える。幸い賞金稼ぎの一人が残したバギーが手に入る
事になった。
 ツいている。
 クルマがあるとなしとでは旅の苦難が雲泥の差だ。これがなければ次の町、エルニニョに行
くだけで苦労するハメになることだろう。当面はこいつで強化していくことになる。最初の目的
は…スナザメ。アイツを倒して、その賞金でバギーを強化する。とにかく資金は重要だ。姉さん
もよく言っていた。強くなるには金が必要だって。
 …姉さん…。
 いけない。まだ思い出す。姉さんの後ろで戦っていた頃を。もう姉さんはいないんだ。僕一人
で戦わなくちゃいけないんだ。想いを振り切るようにバギーを走らせ、東の砂漠でスナザメを
探す。
 いた。
 特徴的な背びれが砂漠を泳いでいる。
 走行には適さない地形だが、バギーの走破性に任せてアクセル。それに合わせたように、ス
ナザメも砂漠から大きく体を乗り出す。その体躯は、バギーさえも飲み込めるだろうことが推察
された。
 併走しつつ機銃を狙いもつけずばら撒く。ダメージよりもかく乱を目的とした動きだ。怒りに身
を任せればその分防御がおろそかになる。その分危険性も増すが、その程度を恐れていては
姉さんを越えることはできない。しかも相手はたかだか賞金額1000ゴールドの小物だ。こいつ
は倒しておきたい。
 と、数発の主砲を受けたスナザメが大きく跳ね上がったと思うと砂に潜った。
 倒した?
 一瞬浮かんだ甘い考えを振り払う。周囲から伝わる振動が、未だヤツが生きていることを伝え
ている。このまま突き上げを食らうのはうまくない。大きくハンドルを切り、なるべく振動の中心か
退避する。その刹那、数瞬前までバギーがいた場所が大きくうねり、跳ね上がる!
 回避できた…!
 「戦闘で大事なのは相手より先に攻撃することさ」
 姉さんの言葉を思い出す。相手が体勢を整える前にバギーを落下点に向け主砲を撃ちこむ。
 その次に跳ね上がったとき…、それはスナザメの断末魔のときだった。

 旅の仲間ができた。
 仲間…違う。利用するだけだ。しかもコイツが捕まっていた理由はバイアスグラップラーのクル
マに手を出したからだ。手癖の悪さで…というわけだ。油断できない。
 そのつもりだった。
 なぜだろう、一人のときとはまるで違う。
 話してみれば気のいい男だったのもあるだろうか。一人では戦略的に不利、というのも違う。
 姉さん以外と一緒に戦うのは始めてだった。その日の夜はまた姉さんを思い出した。けれど、
何故だろう、涙は出なかった。

 「お前さ、なんで旅なんかしてんの?」
 ふいにメカニックがそんなことを聞いてきた。いつもなら答えなかったろう。だが、闇のせいだろ
うか、僕は素直に答えていた」
 「…ふぅん、姉ちゃんを、か」
 「俺にも姉ちゃんいるからな。少しはお前の気持ちも分かるよ」
 「でもさ、なんていうか…もうちっと明るく生きてもいいんじゃねぇか?」
 「きっと、お前の姉ちゃんもその方が喜ぶと思うぜ」
 「…おだいじんでもしろっていうのか?」
 「ハハハッ!お前の冗談初めて聞いたぜ。結構面白いじゃんか」
 「明日はアダム・アントに挑むんだろ、とっとと寝ようぜ。寝不足でくたばりました、なんてそれこ
そ笑い話だからな」
 「…そうだね、ドクターミンチの実験台は御免だ」
 「そうそう、その調子だ。んじゃ、おやすみ!」

 無事、アダム・アントを倒せたのは、きっと…『仲間』がいたからだろう。姉さんも、こんな気持ち
を経験したんだろうか。僕は悪いと思いながら、新しい仲間、ポチを枕にして、眠りについた。

 三人目の仲間、女ソルジャーが仲間になった。彼女もまた、テッド・ブロイラーに兄を殺されたのだ
という。…そして、ある男との出会い。
 キャプテン・ビイハブ。
 家族の仇、U−シャークを追い続ける男。
 僕もあんな目をしているのだろうか。
 どこかを遠くを見ているようで、ギラギラして、それでいて、悲しそうな目。
 僕もいつかああなるのだろうか。家で待つ、最早精神を病んでしまった彼の母のように。
 今でも夢に見る、姉さんが火に包まれたあの日。多分これからも忘れることはないだろう。僕は…。
僕が過去に思いを馳せていたそのときだ。
 「いたぞ!」
 ビイハブの声が僕を現実に呼び戻す。
 U−シャーク。鮫の凶暴性に、兵器を積んだバケモノ。
 ビイハブの家族を奪ったバケモノ。
 戦いが始まった。
 とはいえ、足場が制限される船の上での戦い。回避はビイハブの愛船『ネメシス−復讐の女神−』
に任される。攻撃のチャンスもいつもより少ない。そのわずかな間隙を縫って、今回から導入した撤甲
弾を打ち込んでいく。この弾は相手の装甲を打ち抜き、内部へダメージを与える兵器だ。これで確実
にヤツを弱らせ、仕留める。
 案の定、ヤツの攻撃はゆるくなっていく。主砲を破壊し、特殊兵装を破壊し、装甲にも穴を開けてい
く。もはや攻撃の手段をその牙のみとしたU−シャーク。それはこちらの攻撃のタイミングを増やすこと
にしかならない。タイミングを合わせた一斉射撃をその口内に受けたU−シャークは、断末魔の悲鳴を
あげることすらなく、ただ静かに海に沈んでいった。
 そして。
 復讐を終えた彼は、静かにお墓に語りかけていた。
 その目には最早狂気の光はなく、ただ疲れきったような、なにか憑き物が落ちたような、言葉にでき
ない表情をしていた。そして彼は僕に言った。
 「ネメシス号をお前にやろう」と。
 「共に戦ったもの同士分かることあるということだ…」と。
 彼の目には僕はどう映っていたのだろうか。僕が彼に抱いたような気持ちになったのだろうか。
 …僕の旅は、まだ続く。

 新しいクルマが手に入るかもしれないという情報を聞いて、僕たちはノボトケの町に足を伸ばした。

 「グラップラーの奴らが野バスを自分のクルマにしようとやってきたことがある!だが 野バスは、 ほこりたかき
野生のバスだ! 戦ったら、 ころすか ころされるしか みちはねえ!
グラップラーの やつらは 野バスを ころすばかりで、 じぶんのクルマに することは できなかったのさ!」

 暴走したコンピューターにも、感情というものがあるんだろうか。ここの人の話を聞いているとあるような気がして
くる。きっと、あるんだろう。だからこそ百年以上も走り続けていられんるんだと思う。
 それはともかく、捕まえるにはコツがいるということで教わることにした。
 「でいくら出す?」
 ……。
 協議の結果下から序々に上げていくという反則技に頼ることにした。おじさんは嫌な顔をしていたが仕方な
い。こっちの台所事情だって楽ではないんだ。
 そんな小技を効かせて聞き出したところ、なんでも野バスの中には本能を忘れきっていない個体がいて、そう
いう個体の前に『バス停』、というものを置くとつい止まってしまう。そこを捕まえるのだという。いいんだろうか、こん
なんで。
 …『バス停』、というものを探している間、何台かの野バスと戦うことになった。なるほど、言われている通り凶
暴だ。一度戦いに入ったら逃げることも逃がすことも許さない、野生の動物のようなそんな雰囲気があった。
 このクルマ達が、何百年か前は人を乗せて走っていたなんてちょっと想像できないな。そう思いながら、新しい
『仲間』を連れて、僕達は次の町へ向かっていった。

 無線ポストに挑戦状が届いていた。送り主の名はガルシア。今では僕の愛車になっているバギーの元の持ち
主。『暴走バギーのガルシア』だ。あのとき。テッドブロイラーの手で殺されたと思っていたが、グラップラーの手で
全身を改造されたという。その彼が僕に決闘を申し込んだというのなら、それは受けなければいけない気がする。
僕はあのとき、生き延びたのだから。
 決闘の舞台はスワン。不思議な形をした町だ。なんでもこの町では強さが全てらしい。それと、ガルシアさんが
いろいろと吹き込んだらしく、僕は大変な悪役にされている。曰く、「彼の家族を皆殺しにし、その復讐に彼は
全身を改造したのだ」と。
 …彼がそう言うのなら、このセカイではそれはきっと真実になるのだろう。誰も擁護などしてはくれない。付けら
れた汚名は自分で雪ぐだけ。そういうセカイ。
 町長もそう言っていた。己の手で証明してみせろと。だから僕は戦う。僕が僕であり続けるために。
 「よう、よく来たな」
 目の前の男にかつての面影はもうない、あのとき姉さんに殴られたときの面影は。
 思い出して思わず笑みが浮かぶ。
 「なんのツモリだガキ」
 「…いや、思い出しただけだよ。『姉さんに殴られて泣いていたアンタのコトを』さ」
 「テメェ」
 「アンタと一緒だよ。このセカイでは勝ったヤツが正義だ。嫌なら勝てよ、…泣き虫ガルシア」
 「…ッ!」
 最早言葉もなく、ガルシアが戦闘態勢に入る。同時に僕も得物を抜く。
 決闘は声もなく始まり、そして終わった。僕も無傷とはいえないが勝利することができた。これで彼は永遠に
『泣き虫ガルシア』だ。彼がどう生き、何故ハンターになったのか。そして何を思って死んだのか。それは誰も知ら
ない。永遠に。誰も。
 「やったな 正義の味方!おかげでもうけさせてもらったよ! ああ、酒がうめえや!」
 そう言った男を殴り倒して、僕はスワンを後にした。

 「誰だよ、一度入ってみようなんて言ったヤツはよ…」
 「うるさいね…いいじゃないか昔のことは…」
 「オラそこォ!無駄口叩いてんじゃねぇ!罰として2往復追加だァ!」
 …今僕達がいるのはデスクルス、元は刑務所だったという街だ。皆が口を揃えていう『素晴らしい街』だったが
中に入ってみればこの通り。看守達が住人をいびり倒して暮らしているというのが実情だ。恐らくバイアスグラップ
ラーが拠点の一つにしているのだろう。僕達は好奇心が災いし、こうしていびられているというわけだ。
 「どうやって脱出するか…」
 問題はその一点だ。頭につけられたわっかはこの際置いておく。ここを出さえすればどうにでもなる…筈だ。元
が刑務所だけに周囲は高い壁に囲まれている。唯一出入り口は空いているがあそこは特に看守の目が厳しい、
この前挑んだときのように電流を流されてお終いだ。何か…、何かないか…。
 「よォし!お前達は今日から厨房係だ!ただァし!おかしなコト考えるんじゃねェぞ!!」
 厨房…そこにならなにか使える道具があるかもしれない。何か……コレは?
 「てめェ!そのくだものナイフでナニをするつもりだァ!!」
 ……。
 またしても電撃をくらった僕達がまた厨房係に復帰するには2日かかった。今度はもっと注意深く探さないと…。
くだものナイフは、というより目立つものは全部だめだ。目立たなくて役に立つもの…。…これなら!
 こうして手に入れたのはさきわれスプーン。これならもし持っているのを見つかっても大事にはならないはずだ。こ
れを部屋に持ち帰って…。
 「オイ、まだかい?そろそろ見回りが来るころだよ?」
 「待ってくれ、もう少しで…よし!地下につながった!!」
 思った通りだ。このテの施設なら下水が地下に広がっていると踏んで正解だった。もっとも、前の住人がかなり掘
り進んでいてくれたおかげでもあったけれど。
 「これからどうする?トンズラするか?」
 「いや、ここは解放しなくちゃいけない。夜になるのを待って仕掛けよう」
 「そうこなくっちゃね!ブチのめしてやらなきゃ気がすまないよ!」
 「とにかく今はこの下水施設を把握しよう。どこから上に行けるのか、それが分からないことには仕掛けるもなにも
あったものじゃない」
 ……くまなく下水を調べた結果、大体の構造は把握できた。もちろんどこから進入できるかも含めてだ。それと
いくつか道具が見つかった。突入のとき役に立ってくれるだろう。あとは夜を待つだけだ。デスクルスの外に繋がる穴
から外を見張ってそのときを待つ。外に繋がる穴があってよかった。真っ暗では昼も夜もないし、なにしろ臭い。下
水で夜を明かすのは正直ゴメンだ。
 「…良し、行こう。まずはこの頭の装置の無力化だ」
 「OK、暴れるのはそれからにしてくれよ?」
 「ふん、それくらいの分別はするさ。…その後は知らないけどね」
 狙い通り看守達もほとんど寝入っている、それに突入路の位置がほぼ中枢だったのも幸いした。あっさりと装置
の無力化にも成功。あとは簡単だった、何人かの看守を倒して一直線にボスの元へ。結局ボス怒りに燃える僕
達の敵ではなく、デスクルスは解放されたのだった。

 「テッドブロイラァァァァー!!」
「あのバカ!」
 咄嗟に発動させた熱バリアによって熱からは逃れるも、その勢いに負けて吹き飛ばされる。追撃をかけようとす
るテッドブロイラーは、しかしTNTパラノイアの弾幕によってその足を止める。
 「ふしゅるるるー!どこのどいつだか知らんが、この施設に殴りこんでくるとはいい度胸だ!黒コゲにしてくれるわ
ー!」
 「姉さんの!姉さんの仇だ!」
 「姉さん?知らんなぁ。女も男も何人焼き殺してやったかなぞ覚えておらんわ!ふしゅるるー!」
 「なるほどね、兄さんのコトも覚えてないってわけだ!」
 「当然だな!ががががー!!」
 話は終わりだとばかりにテッドブロイラーが火炎放射を始める。その勢いを避け、その熱はバリアで防
ぎつつ、戦闘態勢に入る。
 「はんた、アタマを冷やしな。アタシ達が今なすべきことはなんだい?」
 「…アイツを殺して、仇をとること」
 「『確実に』が抜けてんぞ」
 「そういうこと。…それと、感謝しとくわ」
 「…何を」
 「アンタが飛び出さなかったら、アタシが飛び出してた」
 苦笑して、僕は銃を構える。
 「さぁ!仕切るのはアンタの仕事だろう?はんた!!」
 「分かってるよ!」
 戦いが始まる。その火を封じられたテッドブロイラーは肉弾戦にその動きをシフトし始める。こうなると
厄介だ。物理攻撃はバリアでは防げない、あっというまにプロテクターが破壊される。
 だが。
 攻撃を受けるたびに、姉さんの声が聞こえる。
『いいかい?まずは相手をよく見ること。どんな相手にも隙は必ずある』
『そしてそれ以上に自分をよく見ること。どんなときにも冷静でいるんだ』
『たった二つさ。あとは状況に合わせること。簡単だろ?』
 アタマが冷える。自分だけでなく、仲間の動きも、敵の動きも把握できる。
「まんたーんドリンク!!」
テッドブロイラーが回復用のドリンクを一気飲みする。だがそれは追い詰められている証拠に他ならない。
攻撃の手を一切緩めず僕達は戦い続ける。
 そして…。
 遂に、テッドブロイラーは倒れた。
 呆気ない、と言っていいほどあっさりと。
 僕はただ、そこに立ち尽くしていた。どうしたらいいのか分からずに。
 と、肩に手が置かれた。
 「ナニしてんだ。泣きたいときはね、泣いていいんだよ」
 つと、銃を持つ手が緩む。姉さんが殺されたときも流さなかった涙が、溢れて止まらなかった。

 「で、お前はいつ泣くんだよ」
 「アタシかい?アタシは…アンタの胸ででも泣くさ」
 「らしくもない」
 「フン、今だけさ。…今、だけ、さ」

 仇討ちは終わった。今はただ、静かな時が流れていた。

 そして僕達は、さらに奥へ向かった。向かう先はバイアス・ブラド。バイアス・グラップラーの総元締めだ。
ヤツを倒さない限り、人狩りは行われる。それは絶対に阻止しなければならない。僕達はクルマを進めて
行った。そして…。
 その先にいたのは、バケモノだった。
 テッドブロイラーのように肉体を改造したものではない。巨大なカプセルに脳髄が浮かび、その周りには
いくつものチューブが伸びている。
 これがバイアス・ブラドであったモノ。
 死から逃れ、ただただ生き続けるために逃げ込んだ殻。
 だが。
 最早彼を不死たらしめていたサイクロトロンは停止し、それはただ頑丈なだけのカプセルにすぎない。
 それでも彼は頑迷に抵抗を続ける。何人も、何百人も、何千人も殺してなお自分だけが生き続けるため
に。ただそれだけのために。
 もしかしたら彼は生命というものを越えたのかもしれない。
 だがそれも数瞬のことだった。
 吼えたける号砲を前に幾多の命を吸い続けてきたバケモノは沈む。
 死ぬ前に、ありったけの声で叫んで。
 『死にたくない』
 『死にたくない』と。
 
 こうして一つの物語が終わった。
 復讐に身をやつした男と、仲間達の物語。

 そして物語は始まる。
 かつて世界を救った男達の物語が。