10/5 火星に着く、今日からここが俺の「職場」というわけだ、なにしろ地球じゃあもうおままごと
みたいなアリーナか立ちんぼうの警備の仕事ぐらいしか見当たらない程平和になっちまったからな。
ここなら、そうそう退屈はしないはずだ、ここは、戦場なのだから……。

まずは俺がレイブンとしてここでやっていけるかどうか、最低限のテストが行われる。「テロリスト共
を」「俺一人で」片付けられれば合格、失敗すればあの世に左遷、とまぁなんとも剣呑なテストだ、
尤もこの位できない様ではレイブンなどと名乗ることは許されない、この星ではなおさらのことだ。
試験官が一人、後は倒すべき敵。なに、そこらの学校と大して変わりはしない、違うところといえば
カンニングがバレたら試験官がバズーカをぶっ放してくる程度か。
「見せてもらおう、お前の力を」
……ああ、存分にな。

10/8 レイブンとして認められた俺は本格的な依頼を受ける様になった、とはいえまだほんの駆け
出しの俺に回ってくる仕事など大した内容の筈もない、「暴走MT排除」「内通者消去」どちらもチンケ
な仕事だ、尤も俺が選り好みできる立場ではないことは百も承知だ、それに機体の方もまだ心許な
いからな。
俺が受けたのは「内通者消去」、選んだワケ?簡単だ、木偶とドンパチやっても面白くないからさ。
まずはレイブンとしてのカンを取り戻すのが先決だ、人形は「俺を」「殺そう」とは思っていない、
だが人間が乗っているモノは違う、明確に俺を殺しに来る、そうでなければなんの意味も無い、その
ギリギリの世界こそ俺が求めているものなのだから。

「レイブン?見つかったのか!」
「各機ACを迎え撃て!彼の安全を確保するんだ!」
無線から傍受した声が響き、ミサイルが飛来する、俺を殺すために、ただそれだけのために。
ぞくり。
背中をなにかが走り抜ける、冷たい、それでいて熱いモノが。
迫り来る「死」を前に俺は「生」を実感する。
知らず浮かぶ笑みを消すことも無く疾走。
飛来するミサイルのあるものは避け、あるものはコアの迎撃システムに任せ、前へ。
戦い、殺すために。

「システム、通常モードに移行します」
静けさが戻る、戦場に、ほんの一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。

10/11「レクテナ施設夜襲」いくつかの依頼の中で今回俺の目を引いたのがこいつだ。レクテナ施
設ってのは要は変電所みたいなもんで、こいつを破壊することで管理者であるジオマトリクスの信用
を失墜させようって作戦だ。卑怯だって?そんなことは無いさ、ここでは日常茶飯事だ、だからこそ
ジオマトリクスも結構な警備を敷いているんだ、第一この作戦が成功したとき信用しなくなるのは一
般市民じゃあない、他の企業や投資家だ。「夜襲程度も防げない企業」なんぞに払う金はない、そう
いうことさ、ここはそういう場所だ、だからこそ俺はここにいる。

「成功以外の報告は聞きたくない、分かってくれるな?レイブンなら」

今回は俺以外にも2体のMTがついてくることになった、MTなど足手まといにしかならないが、まあい
い、せいぜい囮になってもらうさ。
流石に重要な施設だけに警備は厚い、比較的戦力の少ない夜間とは言え、航空機や各地に配置さ
れた 機銃や砲台が睨みをきかせている、こんなところに真正面から行くのはよっぽどの重装機体か
いかれ た英雄志願者だけだろうな。もちろん俺はそのどちらでもでもない、正面はMT2体に任せて
警備の薄い東から攻める、こんなくだらない仕事に命をかける気など毛頭ない、だが今の俺にはあ
まりにも選択肢が少ない、もっとデカイ仕事を、こんなチンケな破壊活動ではない、自分のすべてを
賭けられるような戦いを。そのためなら、俺はどんなクソ仕事でもこなしてみせる。

10/19 「ぐああっっ!」爆音の中から悲鳴が聞こえる、やれやれだ、いい加減こんなチンケな仕事
から開放されたいもんだ。
ジオマトリクスの輸送車襲撃、及びその物資の奪取又は破壊。
なんとも安い仕事だ、護衛は付いてはいたもののACの攻撃に耐えられる筈もなく、あっさりと沈む。
あとは物資を奪って帰還するだけ……なんだ?コンテナが、開く?
「ちぃっ!」
一瞬前まで機体があった場所を2条の光線が疾る、炎上したコンテナからそれを放った相手が姿を
顕す、 機械と昆虫の、その中間の様な姿を。
「これは……ディソーダー!?」
インカムから声が響く、流石の名マネージャーもこいつの登板は読めなかったらしい、いつも澄まし
た声しか聞いたことがなかったが、こいつは役得と考えていいかも知れんな。
「意外だな、こういうのがタイプだったのか?」
「……ふざけないで。奪取は不可能と判断します、破壊して下さい」
言われるまでもない、流石にこいつはラッピングするにはデカすぎる。

結局1,2発被弾したがキャノンを数発叩きこんだあたりで倒すことができた、しかし物騒なもんだ、
まさか積荷がディソーダーだったとは、な。あまりの企業努力に涙がでそうだぜ。

10/26 「……連戦、ですか?」アリーナ専属の若い整備士が怪訝そうに尋ねる、それもそうだろう
見世物であるとはいえAC同士の真剣勝負だ、時には死者さえ出るような勝負を連続で行うなんざ
正気のさたではない、普段の俺なら絶対にやらないだろう、だが今日は違う、体が燃えるようだ。
そうだ、やっと見つけたのだ。
「戦場」を。

「レイブンを確認……これを排除する」
そう言って俺に銃口を向けたあのAC、フライトナーズとかいう組織の一人らしいが……。
「今後我々に反抗する場合断固とした処置を下す、それはレイブンも例外ではない」
ご立派なことだ、どうあっても火星を統治したいらしいがそんなことはどうでもいい、大切なのは
これからここは戦場になるということ。
そして奴らは俺の敵であるということ。
そこに存在するのは勝利という名の生と敗北という名の死だけ。
黒衣の代わりに鋼鉄の鎧を纏い、鎌を銃に持ち替えた死神達の戦場。
……始まるのだ、戦争が。

11/25 「……やれやれだぜ。」
5機目のMTを墜としたところで俺はため息をついた、河をさかのぼりつつ敵機を破壊、給料は歩合 
制とのことだが……大体向かってくるヤツは全て破壊しているしその方が楽だ、今頃スポンサーが
必死にカウントしているかと思うと笑っちまうな。

「緊急連絡です!本隊が全滅しました、撤退して下さい!」
「おいおい、人が頑張ってデートのお膳立てをしてやったのに……と!」
ヤケになった敵さんの生き残りが襲ってきてやがる、流石にこいつは潮時だな。俺はあっさりとAC
を翻す、何機かは追い掛けてくるが数発プレゼントして黙らせる、大体MT風情がACをなんとかしよ
うって時点で間違いなんだがな、あとは迎えを待つだけだ。
「はやく機体を固定して下さい!脱出します!」
「了解。……ところでこれからスポンサーの代わりにデートってのはどうだい?」
返事はない、どうやら拗ねちまったようだ、やれやれ、頭の固いお嬢さんだ。

結局フライトナーズが乱入した結果らしい、どうせならこっちに来てくれればよっぽど楽しいデートに
なっただろうに。

12/1 「さてと、あらかた片付いたと思うが……」
 ぐるりとACを旋回させ周りに敵がいないことを確認する、しかしレーダーが利かないってのは予想
以上にうっとおしいもんだ。ストラング―今回の依頼者であり、俺の試験官だった男―が仕事を回
してきた理由がわかるってもんだ。
レーダーが利かない以上頼りになるのはFCSと(こいつは電波ではなく熱源で敵を判断する)俺の
目だけ、この時代になんともアナログなこった、おかげで随分と肩がこっちまった。
「強くなったな、……大したものだ」
ストラングからの通信、どうやら敵さんは全滅らしいが……、いや、「ジオ社側の」敵はと言う
べきか。
おかしなもんだ、レーダーも利かないし肉眼でも周りはただの砂嵐だ、FCSですらなにも捕らえて
いない。
だが。
「それ」は確実に感じることができる、鋼鉄の鎧を通してさえも。

殺気。

いつの時代も変わらないのだろう、俺のような人間がいる限り。ヤツのような人間がいる限り。
「派手な卒業試験だなぁ、……ストラング!!」
「消えてもらう!!」
そこにいるのは2匹の獣。オイルの血を流し鋼の骨をきしませ、戦う。
ただ生きるために。
生きた証を刻むために。

12/25 「おーおー、敵さんデカきゃいいと思っていやがるな?」
目の前に迫ってくる「それ」に何発かおみまいしながら俺はぼやく。いつの時代も追い詰められた奴
が考えることは同じらしい、確か大破壊以前のどっかの国が100t戦車とやらを作ろうとしたらしい
が……。
馬鹿な話だ、確かに正面からぶつかりゃあ相当なモンだろうがそれは正面から行けばの話だ、あい
にく俺はそんな趣味は持ち合わせていない。何も考えずに相手にぶつかったら口説ける相手も口説
けやしないさ。
「…と、こいつでラストだな」
最後まで生き残った砲塔も俺のプレゼントであっけなく沈黙、あとに残るのはただのデカブツだ、い
くらなんでもこいつを落せないほどスポンサーも馬鹿じゃないだろう。
「さて、報酬も随分残ったし…こいつで豪遊ってのはどうだい?」
「……お一人でどうぞ」
やれやれ、こっちの方がよっぽど強敵だな。

3/20 「レオス・クラインの調査ねぇ」
そのためにこんなゴーストタウンまで出張ってはみたが……これで地下にでもアジトがありゃあ笑え
るんだがレーダーを見る限りそんな気配もない、どうやらハズレのようだが……。
「レーダーに反応?……ミサイルです!早く脱出して下さい!」
「……くっくっく」
「?何を笑ってるんですかこんなときに!」
そりゃあ笑うさ、ミサイルだぜ?この俺一人を殺すのにミサイルまで使ってるんだぜ?
「レオス・クラインに伝えな、そんなモンじゃ俺は殺せないってな」
ACが2機、恐らく俺の足止めにでも来たんだろうが……。
「ミサイルの着弾は?」
「え?あ…3分程度です!」
やれやれ、スリルが足らねぇな。まぁいいさ、それだけ向こうが俺をマークしだしたってことだ。
楽しみは後にとっとくもんだからな。

―軌道衛星フォボス―
そこがレオス・クラインが指定した決闘場だった。
「レイブンの国・・・私はそれほど愚かではない・・・」
俺がそこへ向かったのは、それが依頼だったからだろうか。
最早フライトナーズも無く、まして人類のためなどでも無い。
「我々は理想郷を目指さなければならない」
理想郷・・・それがヤツの求めたもの。
どんなレイブンも見たこともない重装機を駆って。
何人もの人間を、自分の部下すらも殺して。
そして、殺された。
「装置を破壊しろ・・・そうすればフォボスは止まる」
最期にそう言ったのは何故だろうか。最早それを知る術は無い。
ただレオス・クラインは死に、フォボスは―
ヤツの理想郷を乗せた兵器は―破壊された。

―レイブン、あなたはどこへ行くのですか?

企業の戦争は続く。仕事に困ることは無いだろう。

―そして、何を求めるのですか?





――敵AC接近。戦闘モード、起動します。